第13話 暖簾に腕押し(なお暖簾は反撃する)

全面的に悪いのは向こうだったとは言え、殺しかけたのは不味かったらしい。

エルは周囲から向けられる刺々しい視線にそう思わずにはいられなかった。


別に敵意のこもった視線を向けられることがつらいわけではない。

その程度、少し睨み返してやれば雲をかき消すように消える些細なことだ。

強いて困ったことがあるとするならば、


「この串焼きいくら?」


「お、お前に売るものはここにはねぇ!」


別に何かしたわけでもないのにこのように嫌われているせいで物を買うことすら困難になったくらいだろうか。

とはいえここでハイそうですかと引き下がるほどエルも大人しい性格をしてはいない。


「そう、じゃあまた来るわ。」


「……ケッ!いつ来たってお前に売るものなんざひとつたりとも……」


「そして毎日、いえここを通りがかるたびに私に売れる商品があるか聞きに来るわ。」


「………へ?」


「朝、昼、晩に必ず一回ずつ、どんな状態でも、竜の死体を引きずっていてでも必ず、ここに来るわ。きっと私は物を買えないと知るたびに不機嫌になっていくでしょうね。」


「ひいっ!?」


「その上で聞くけど………私に売る商品は本当にないのかしら?」


「ど、銅貨四ま……う、嘘ですぅ!銅貨二枚ですぅぅう!!」


半ば恫喝まがいではあるが、こうでもしなければ屋台の串焼きすら買うことができないのだ。

エルの持論として、人間というものは上手くいきすぎると

一度でも「反抗に成功した」という実績ができれば次回以降も同じことをする、否、他の者も真似をすれば更に悪化する。

だからこそエルはこのように販売拒否する輩は恐喝まがいの交渉を行い、石を投げつけてくる子供は世界の果てまででも追いかけ捕まえ泣いて許しを乞うまで叱るのだ。

例えそれが後ろで頭を抱えている青年と、そのバックの組織が望んでいないとしても、正義はエルにあるのだから。


そしてそんなエルに追随しながらため息まじりに頭を押さえる青年こと、エルのパーティーメンバーという名目でこの何をしでかすかわからない暴れ馬の手綱を握らされてしまったクラウス。


「……毎回そうするつもりで?疲れません?」


「この鎧を着てから一度も疲れたことないから問題ない。それより次の「課題」は?」


「えぇと、そういうのは俺は知らないんで………」


事実、エルに「課題」を与えるのはクラウスではなくニーナの仕事であり、クラウスはただエルが「課題をクリアした」という証人になるのが役目なのだ。


「使えないわね……まぁ明日聞けばいいでしょ。今日は解散ってことで。」


「あー……はい。」














時間は数日ほど遡り、エルが大暴れした二日後のことだった。

状況としては「客を勝手に悪魔扱いした挙句衛兵に冤罪でしょっ引かせた」という形である宿屋の主人たちは形としては無罪放免で戻ってきたエルに対し、全力の謝罪と最高級の部屋に無期限で宿泊させる、という形で手打ちを求めてきた。

宿屋を半壊してしまうかもしれない程度には怒りの感情が湧いていたエルもこれほどの好条件を提示されればやぶさかではない。

流石に自分の行動が一般的に問題とされる行動であることは理解しているのでその日は部屋で大人しくしていたのだが、その日の晩にギルドから使者が訪れたのだ。


「仮登録?監査期間?」


「………要するに、流石にギルドでも領主を半殺しにしたことを揉み消すことはできないので、ギルドから与えられる「課題」をクリアしたら晴れて冒険者になれる、ということです。」


あのとき空から降ってきた、名をクラウスと言うらしい男が腕から伸びたいばらをステーキに突き刺し吸収しているエルに引きつった笑顔でそう説明する。

肉とソースの味を感じながらも、エルは自分が置かれた状況を改めて考える。


(とりあえず本来私が選ぶ依頼をギルドの方から指定する、ってことでいいのかしら……暫くお金には困らないとはいえ、冒険者として登録はしておきたいし……あ、これ美味しい。)


意識が別方向に逸れかけたが、もとより冒険者になることを目標としていた以上、拒む理由もない。


「分かった。で、その「課題」ってのはどんなものなの?」


「あー、とりあえず最初の「課題」はアムヌ大河に住み着いたバハムートの幼体の討伐だ……です。」


バハムートなる魔物が如何なるものなのかは知らないが、半冒険者とでも言うべきエルが冒険者になるために課されるものであるならば、そう大したものではないのだろう。


「あと一応、ギルドからの監査役として一時的にですが俺と……えーと、自分とパーティーを組んでもらうことになります。」


「分かった。」


別段ソロに拘っているわけでも、見られて困るものがあるわけでもない。

数日ほど前に食事の光景を見られて困った事にはなったのだが、ギルドに知られたところでどうという事はない。


「じゃあ早速行きましょうか。」


「分かりま……え゛、今から!?」


「暇だったし、こういうのはさっさと済ませるのが一番だもの。」










「………で、俺が伝えに行った二日前から往復で一日半だから大体半日で討伐されたバハムートの幼体の頭があと二日くらいでここに届くんじゃないかと。」


「……バハムートだぞ?」


二日前にエルの元へ使いに出してから帰って来なかったクラウスの報告に、ラガは頬を引きつらせるしかなかった。

何も知らない者が今のラガを見たならぎこちない笑みに見えたかもしれないが、事情を知る者がそれを見たならその引きつりは笑顔ではなく唖然であると分かるだろう。


バハムート。

それは巨大な魚の姿をした幼体、鮫に手足を生やしたような姿の中間体を経て成体となる立派な竜種ドラゴンである。

ドラゴンという種の中でも上位に位置するバハムート、その幼体は兎にも角にも規格外のタフネスと生命力が特徴である。

心臓が潰されても頭が残っていれば余裕で戦い続け、暫くすれば心臓が再生する規格外の生命力は文字通りバハムートが力尽きるまで戦力を投入し続けるのが定石である。


一等星冒険者の中でもパーティーとしてではなく一個人として一等星を名乗ることを許された冒険者であれば単独での討伐も不可能ではないが、それにしても半日は速すぎる。

なにせバハムートの幼体は水棲、水中では著しく行動を制限される人間がバハムートの幼体を仕留めるにはまず水中を泳ぐバハムートをどうにかして地上から攻撃の届く範囲に留めなければならない。


「今後の参考になるかもしれんから報告してくれ………どうやって倒した?」


「……釣りました。」


「は?」


「大縄に家畜を括り付けて川にぶん投げて、バハムートが食らいついたら力技で陸まで引っ張り上げました。その後は、例の妙な「手」で一撃でしたよ。」


クラウスはその時の事を思い出しながら、そう報告する。

「魚釣りにはコツがあるのよ。」と川魚でも釣るかのように幼体とはいえ下手な家屋よりも巨大な竜種を一本釣りした光景はクラウスも笑うしかなかった。


「バハムートを釣る、か………はっ」


そしてクラウスと同じく、今度こそラガも乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

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