第9話 非日常の戦いと覚醒

 アスカが結界を抜けるとほぼ同時に西牙が後を追うように突入する。


「下手に教えるんじゃなかったな…」


 アスカに非日常のことを一部でも教えたのはこのようなことを防ぐ意図もあった。


 しかし、アスカはこの場にやってきた。


「どうしてきた?」


「気づいたのもあるけど、ちゃんと考えたわよ。関わるかどうか」


 対峙する二人。その空気は非日常の中であってもひりつくような雰囲気になる。


 しばし静寂が続いていたが、先に口を開いたのは西牙だった。


「条件がある」


「事が終わったらそれをこっちに渡してもらう。下手にこれ以上関わらせるわけにはいかない」


 そう話しながらアスカの腕輪を指さす。


「それは……」


 絶対に出来ない。そう答えようとしたとき、聞いたこともない咆吼とともに背筋から薄ら寒くなるような感覚が二人を襲う。


 咆吼の先に視線を向けると建物三階分の大きさがある獣のような異形がそこにいた。


「話してる場合じゃないわね……」


「ちっ。このまま対峙するならさっきの話は受け入れたとみなすからな」


「はぁ!?そんなこと言ってる場合じゃ…っ!?」


 いつの間にか現れた異形と似た小型の存在達が二人に襲いかかる。


「意外と…」


「素早い…」


 異形に対応するため、二人は相手の攻撃をなんとか紙一重のタイミングでしのいでいく。


 その動きにアスカと西牙の違いが出る。


 アスカは一番の手札である腕輪を太刀に変化させる印を結ぶことが出来ないため、致命傷となり得る攻撃を見極め受け流す。


 一方西牙は体術に加え手にした銃らしきものを抜き、何度か引き金を引き異形に致命傷にはならないが確実に深手となる攻撃を加えていく。


「このままじゃ…」


 分が悪い。そうアスカはこの状況を理解している。


 しかし、その思考のわずかなズレが一瞬の判断を誤らせる。


「しまっ…」


 とっさに腕を胸元に重ね、異形の咬みちぎろうとする致命傷をかばうようにする。


 すると壁にぶつかったかのように異形がのたうち回る。


「もしかして…」


 ちらりと腕輪の方を見る。


(今まで受け流せたのも、昨日一撃入れられたのも、この腕輪の力?)


 そうなってくるとまた戦い方の幅が広がる。勿論、ぶっつけ本番なので多用は出来ないものもいくつかはある。


「それなら!」


 深く短く深呼吸をすると同時に、起き上がる異形に近づき思いっきり腹部に当たる部分を蹴り上げる。


 腕輪の力はきちんと作用し、蹴り上げた際にずしっとした衝撃が生まれる。組み手などで当たる衝撃と同じ感覚で差違はなかった。


 それを理解すると同時にくるりと回り遠心力によって威力を増した裏拳を方の腕から繰り出し、守りの力とアスカ自身の攻めの姿勢を組み合わせたことにより異形は大きく吹っ飛ばされる。


「無茶な方法をとるもんだな…」


 一応アスカを気にかけながら目の前にいる銃撃によって深手を負った異形に最後の一撃を見舞わせながら西牙は正直な感想を述べる。


(使う人間次第とはいえ、やっぱりあの霊剣は渡してもらうか)


 状況的に抗議の途中で今の状況になってしまったものの、アスカにはこれ以上関わらせない方が一番だろう。


 そう決めると同時にシリンダーに当たる部分を弾丸一発分動かし、アスカが吹っ飛ばした異形に銃撃を放つ。


 すると一瞬で穴だらけになりそのまま肉体は消滅していく。


「さてと…」


 気配で近づきつつある大元の異形に向かって銃撃を放つ。先ほどのシリンダーそのままに2回引き金を引き、いくつかの穴が穿たれるが致命傷や深手にはほど遠いものになる。


「残るはこのヌシというべきこいつだが…」


 さすがに西牙の手札では難しいのが実状だ。


 本来はきちんと対策をしたうえで可奈のサポートの元、今目の前にいる異形を討つ計画だったのだ。


 しかし、アスカがこの場に現れたためその計画は使えず、そのままなし崩し的に戦闘が始まってしまったのだ。


 そのため、本来使うはずだった『道具』を持たぬまま来てしまい、手持ちのものだけではどうしても決定打に欠けてしまう。


「地道に削るしかないか」


 そう決めると適度に距離を保ちつつ、銃撃を異形にたたき込んでいく。


 アスカも異形の攻撃を見極め西牙がかわすと同時に槍の突きのように鋭い蹴りを放つ。しかし――


「固すぎでしょ…」


 全力のつもりでも、理性によって無意識に押さえられているのもあるだろう。


 その感触は小さい子のふざけた遊びで太い幹に同じような蹴りを入れたようにびくともしない。


 一応効いてはいるのだろうが、どうもアスカには違いが分からない。


 持久戦となればこちらが不利になるだろう。二人はそれぞれ考える。今必要な最善の一手を。


 次の瞬間、アスカの目の前の風景が変わる。あの時と同じく悪霊と対峙する巫女服姿の女性がそこにいた。


 女性はそのまま悪霊達を見据えたまま空中に文字を描く。すると描いた場所を中心にいくつもの光弾が現れ、次々と悪霊に直撃していく。


 形勢が不利になった悪霊が逃げようとすると、女性は地面に向かってまた文字を描き駆けだす。


 そのまま描いた文字の上を通過すると女性は悪霊に向かって大きく跳んだ。


 その勢いのまま腕輪の前で印を結び、抜いた刃で悪霊を切り伏せ――


 というところでアスカの視界は元に戻る。


(今のは…)


 混乱しつつもアスカは空中に先ほどの光景を再現する。指先に精神を集中させ、鏡文字になるように『弾』と描きそこに物があるように手のひらを押し込む。


 次の瞬間、いくつもの光弾が異形に向かって放たれ全て命中しわずかながら体制が崩れる。


「…覚醒、した?」


 その光景に西牙はそうつぶやく。


 今のアスカのように古い知識をいきなり発現できる者もわずかながらにいる。


 この時点でもう西牙にはどうあってもアスカを止める権利はもうないのだ。


 実は自身が使う銃のようなものも現代科学で古い知識を扱いやすくするために方法や発現の仕方を変えたものだ。


 シリンダーの中にはアスカの使った『弾』の力を強化する別の術用文字が刻まれている。


 本体には『弾』、今の位置のシリンダー内には『散』の術用文字が組み合わさることでアスカの放った光弾より多くの光弾を放つことが出来る。


 同様に刃を出現させる術用文字を刻んでおり、刀のように扱うことが出来る。


 そういった要因が重なり、西牙としても最善の方法が浮かぶ。


 その方法に1度深いため息をつき、


「やむなし、か」


 思考を変えると覚悟を決め、それぞれが光弾を異形に放つ。


 その攻撃が徐々に深手となるほどにダメージが蓄積していく。


 そして耐えきれず、とうとう異形が二人に背を向け逃亡を図ろうとする。


 それを見た二人はそのまま駆け出す。


「こいつはもっておいて良かったな…」


「多分これなら!」


 アスカは『駆』の術用文字を描き、西牙は『駆』の術用文字を入れた札に精神を集中し術の力を解放して走るスピードをさらに上げる。


 逃亡しようとする異形の先には結界がある。


 恐らくその結界を破壊し外に出ようとしているのだろう。


「まずい・・」


 西牙の中に焦りと不安が生まれる。


 結界を破り、外に出てしまえば現代の人間にはまず認識されない。そうなれば被害は計り知れないものになる。


 異形が結界に向かって腕を思い切り振るう。


 手負いの獣ほど恐ろしいとはこのことを指すのかと2人は一瞬考える。


 その一撃で結界にヒビが入る。


 アスカも直感で最悪な方向に進むというのを感じ取る。


 追いつこうにも術で速さを変えても徐々に息が苦しくなり、走る速度も落ちてくる。


 そして、その不安と直感は現実のものになる。


 もう1度放った異形の一撃は結界のひとつを破壊する。


 その影響で異形の姿が霧のように薄くなったり濃くなったりしている。


 それを見て西牙は賭けにでる。


「行かせるかよ」


 シリンダーを操作し、組み合わせで貫通弾のような形に変更する。


 撃鉄を起こし、もう一つの結界に近づこうとする異形の足に向かって銃口を向け光弾を放つ。


 撃鉄が下り、バチッと電気音が聞こえたと思った瞬間に自身の身長と同じくらいの巨大な光弾が放たれる。


 本来は片手で撃つものではないのだが、無茶を押しているため肩に反動が来る。


 しかし、その無茶には見合ったようで光弾が異形の足の一部を消滅させる。


 そのままバランスを崩し転倒するも、異形はもがきながら結界へと進んでいく。


 それを見てアスカは印を結び、太刀を手にする。


 そしていつでも抜けるように構え、強く短く息を吐きゆっくり吸うと速度を上げる。


 同時に西牙も銃のグリップの付け根を引っ張り中のフレームを出して半回転させて再びはめ込む。そうすると刀の柄に近い形になる。


 そのまま走りながら精神を銃に集中し、術用文字を発現させて刀の刃を形成する。


 そしてアスカは『跳』の術用文字を描いて跳び上がり一気に距離を詰める。


 西牙はもう一度『駆』の術用文字を刻んだ札を使用し、さらに速度を上げて異形に近づく。


 偶然異形が2人の方を見た瞬間――


 アスカは抜刀し、えぐれた足の方へもう一度『跳』の文字を描き、鞘を捨て両手持ちをして術の力で異形の頭上の方へ跳び上がりながら斬り抜ける。


 西牙は靴に仕込まれている『跳』の術用文字を発動させ、異形の眼前にまで近づくととそのまま刃を振り下ろす。


 そしてその斬撃の線が交わった時、異形は肉体が霧のように霧散していく。


 それを見届けることもなく、アスカは肩で大きく息をする。


 しかし、感じる気配で異形の凍り付くような感覚が薄くなっていく。


「なんとか、終わった…」


 気がつくと目の前に投げ捨てたはずの鞘が浮いた状態で現れる。


(…元の腕輪の一部だから…手放しても…近くに戻ってくるのかな)


 そんなことをぼんやり考えながらアスカは太刀をしまい、腕輪に戻す。


 それと同時に緊張の糸が切れ、その場にアスカは座り込む。


(流石に…疲労困憊…)


 息が整い、体に力が入るのを確認し立ち上がろうとした瞬間。


「じゃあ、そいつを渡してもらおうか」


 一足早く動けるようになった西牙が息を整えながら、アスカの後頭部に銃口を押しつけていた。


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