第27話 黒の導機

 アルラウネの森を焼き払う敵の姿を下方に捉える。それらの導機は頭部にあたるヘッドパーツがなく平べったい胴体に四肢が申し訳ない程度に付け加えられているものだった。その手にはどこまでもシンプルな巨大筒を持ち、そこから黒い鉛玉を発射している。対軍用の大砲を導機の手持ち武器として運用することがある。彼らはそれを使っていたらしい。

 砲撃が降り注ぐ中、ブレイデルはガイオークスを召喚してすぐさま機体を跳躍させていた。少々森の地面を抉り取るようなジャンプとなってしまったが、この際は目を瞑ってもらう。

 上空八十メートルといった距離まで飛び上がったガイオークスはメイスを片手に運悪く真下に位置する頭のない歪な黒い導機目がけて落下していた。

 八メートルの巨人はその見た目に反して重量は凄まじく、落下の衝撃だけでも相当な威力を発揮する。超重量級のガイオークスの両足が間違いなく黒い導機を頭上から踏みつけ、圧壊させていく。

 その衝撃によって大砲内部の弾薬、火薬が誘爆を行っていくが、炎と衝撃に巻かれようともガイオークスの装甲には傷一つ付かなかった。


「ジャッ!」


 掛け声一閃。ブレイデルの気迫と共にガイオークスの右手に構えられたメイスが振るわれる。のろまな敵がその一瞬で全身をひしゃげさせ、千切れ飛んでいく。


『よ、容赦ねぇのな』


 その光景を目の当たりにしていた玄馬はガンガンと魔力をまわしながらも、撃破されていった導機にもパイロットが乗っているのではないかということを気にしていた。森を襲う、盗賊のような連中なのだろうが、現代の感覚を持つ玄馬にしてみればその部分は少し、気になる所であった。


「既にここは戦場だ。油断をすれば、こちらが殺される。それに、このような無法者を許しておく必要はないだろ。それにしても数が多い!」


 ブレイデルは答えながら、機体を操作する。メイスで地面をくりぬき、無数の岩盤をかきだし、土石流と化した地面がさらに数体の黒い導機を巻き込んでいくのだが、それでも敵は残っていた。

 ブレイデルは騎士であり、戦士である。こと戦いの場においては心構えが違う。それは狂獣を相手にする時以外でも、こうして、人が乗っているかもしれない敵と対峙してもだ。

 彼らにしてみれば、このように導機を使って無法を働く者などそう珍しいものではないからだ。


「ざっと残りは十二体……盗賊ではないな。かといってどこかの正規軍でもない……このような導機は見たことがないぞ」


 十二体の導機からの集中砲火が浴びせられてもガイオークスは揺るぎもしない。鉛玉が飛来しても軽く手で払えばそれで防げるし、面倒になれば土魔法を使って一網打尽にもできる。それを行わないのは、背後に控えるアルラウネたちへの義理だ。

 もう既に森の地面を踏み抜き、入り口の岩盤を掘り起こしてる手前、強いことは言えないが、ブレイデルとて気を使っているのだ。


『軍隊じゃないならどこだ? 謎の秘密結社か?』


 玄馬も割りきりは必要なのだと自覚した。敵は、通告なしでアルラウネたちを焼き払おうとしている。ならば、それは玄馬にとっても許せる行為ではないからだ。それに、なんとなく、本当になんとなくだが、玄馬は敵の導機から人の気配というものを感じることができなかった。

 それは、目の前の導機がまずもって人の形をしていないことが理由だ。ガイオークスであれ、ガラッテであれ、その姿は頭があり、四肢がある。各々の意匠は除いても、それらが『見覚えるのある』形だからこそ頼もしくも見えたし、納得も出来た。

 だが目の前の黒い導機は歪すぎた。機械としての効率を重視した形でもないし、何かをモチーフにしている様子もない。ただ、動けばそれでいいというような形だ。


『――ッ! ブレイデル、瘴気だ!』


 ガイオークスが手ごろな一体をメイスで押しつぶした瞬間、その感触が繋がっている玄馬にも伝わるのだが、その感覚に乗って、玄馬はぞわっとしたものを感じた。これまでに何度も味わってきた感覚。瘴気である。


「瘴気だとぉ!?」


 振り降ろしたメイスで地面を抉るように、再び振りかぶる。新たな敵を視界に収めながら、ブレイデルは反芻した。

 一瞬、己の体に変調をきたしていないかを不安に思ったが、どうやら心配はない様子だった。ブレイデルは勢いのまま、新たな敵を粉砕した。


「どこからだ!」


 瘴気を感じるということは、つまりどこかに狂獣、さもなければ呪いが発現したということだ。用心をしなければならない。


『目の前の連中からだよ! それに、森からも少し!』

「瘴気の拡散!? いや、違う……!」


 こちらの動きを阻もうと二体の黒い導機がガイオークスの両腕を掴もうとしたが、パワーが違う。右側の敵を殴り飛ばすようにして、払いながら、左側の敵は逆に掴み返して、上半身と下半身の両端を手にして、思い切り引きちぎる。

 泣き別れした機体の内部が散らばる。機械のパーツと冷却循環用の液体と共にその内部からは黒い結晶のようなものが砕け落ちてくる。それらは宙に放り出された瞬間にバラバラと砕け、粒子となり、そして、ガイオークスに吸収されていく。


「黒い……結晶? だが、これでは瘴気の塊ではないか!」


 直感として、ブレイデルは叫んだ。そうとしか言いようがなかったのもある。この黒い結晶は、今、間違いなく吸い込まれていった。それが意味することはつまり、そういうことだ。


『あのゾンビ野郎と同じ……! おい、瘴気ってのはあんな風に利用できるのか!』

「不可能だ! 触れれば、それだけで呪いに蝕まれる毒だぞ! 狂獣を動かすエネルギーにはなるが……」


 瘴気とはそれ一つが確かにすさまじいエネルギーを持つといわれてきた。だが、その強大さに比例するように生物を犯す毒である。


「その昔、瘴気を利用しようとした文明もあったようだが、滅んだ。それ程のものなのだ。瘴気というのは!」


 しかし現実として目の前の導機たちは瘴気をエネルギーとして動いている。その理由をブレイデルは推し量ることができなかったし、この世界に詳しくない玄馬にしてみても理解できるものではなかった。

 ただ一つ確かなのは、この連中を放っておくわけにはいかないということだった。


「む?」


 戦闘が開始されて五分が経過していた。ガイオークスは傷一つなく、順調に敵を撃破していたが、次第に敵の動きにも変化が訪れる。撤退行動である。じりじりと大砲を構えながら、敵の導機たちは後ろへと下がっていく。

 その動きだけはどこか生命のようにも感じられたが、だとしてもブレイデルは取り逃がすつもりはなかった。

 だが、それはどうやらアルラウネ側も同じだったようだ。


「なに?」


 再び地面を踏み抜き、ジャンプをして間合いを取ろうとしたブレイデルだが、それよりも先に黒い導機たちの動きが止まる。機体の脚にはびっしりと樹木が絡みつき、それはぐんぐんと伸び、ついには胴体すらも完全にからめとっていた。

 樹木たちはそのまま導機が軋む程のパワーで締め上げ、圧縮していく。黒い導機から漏れだす瘴気はそのまま樹木に吸収され、その度に樹木は急速に成長しているようにも見えた。

 その光景が繰り広げられると同時にガイオークスの背後の地面が盛り上がり、深緑の導機が姿を現す。

 深緑の導機は薄桃色の花弁で目元を隠した女神像のようでありながら、その下半身もまた巨大な花に包まれていた。その花の下部、そして人型を取る上半身の背部からは蠢く緑の触手が伸び、それぞれが地面に深く突き刺されていた。その触手は時折脈打ち、本体へと何かを供給しているようにも見える。


「邪導機ファレノプシス。私たちアルラウネに伝わるものよ」


 通信回線が開かれると、モニターには機体と一体化したように乗り込むアロマローネの姿があった。ファレノプシスのコクピットはそれ自体が樹木のようになっているのだ。


「オークの騎士にばかり頼ってられのよね。この森は私たちの森、さっさと締め上げるわよ」


 アロマローネの気迫と共に花弁の下に隠されたファレノプシスの双眸が妖しく輝く。それに呼応するように樹木がさらに巨大に成長していく。一瞬にして二十メートルもの巨体に成長した樹木は、しかし、すぐさま枯れ果てる。さらさらと塵となっていく樹木は、取り込んでいたはずの黒い導機諸共消え去った。

 そしてその塵はガイオークス、そしてファレノプシスへと吸収されていくのである。


『なんだって邪導機ってのはこうえげつない技ばかりかねぇ……』


 その光景を眺めていた玄馬はこめかみを抑えながら、さてと後方を確認する。黒い導機たちが放っていた瘴気は消え去っていた。しかし、アルラウネの森から感じる瘴気は未だに消失していない。胸騒ぎがしていた。


『――アロマローネ、騎士ブレイデル、そして救世主玄馬、聞こえますか?』


 ふと、クイーンの声がどこからともなく響いてきた。


『瘴気がこの森を包み込もうとしています。敵は、この大地に何か、楔のようなものを撃ち込んだ可能性があります。それを破壊しなければ……』


 クイーンの言葉は地面の奥底から轟く叫び声によってかき消された。その声は地面を突き破るように現れ、二体の邪導機の目の前に現れる。

 どろどろと表皮が溶けだしたような土色の体。それは泥の竜であった。


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