出ユーロパ記

人鳥暖炉

プロローグ

「もうすぐ御門が……このユーロパの外へ通ずる扉が我々の手に落ちる!開放の時まであとわずかだ!」

 ユーロパ正統教会の大司教であるエスセヴンはその叫びを、監視システムを通して聞いていた。懐かしい声だった。

 そうか。やはり君だったのか、デーシックス。

 驚きは無い。“開放者”を名乗る彼ら異端の一派が跋扈し始めた時から、既に心のどこかでは覚悟していたのだ。正統教会から御門を奪わんとするあの一派を率いているのが、かつての親友だということを。

 そして、デーシックスがそうなるきっかけを作ってしまったのは、他ならぬ自分なのだ。


「大司教!防衛陣がもうもちません!相手の数が多過ぎる上に、奴ら、こちらの態勢を崩すために捕獲した“エイチェス”まで使っています」

 部下が切羽詰った様子で連絡を入れてきた。

 分かっている。分かってはいるのだ。今の戦力で守り切れないことは。だが、増援を求めたところで、間に合うはずもない。民衆だけでももはや手に負えない数になっているというのに、エイチェスまで使っているとなれば尚更だ。

 そう考えたまさにその時、監視システムが送ってきた映像の一つに黄色い歯を剥き出しにしたエイチェスが映った。耳をつんざかんばかりの咆哮が響き、映像が途切れる。どうやら、カメラが壊されたようだ。

 それにしても、作物を荒らし、民衆を苦しめる害獣としてあれほど憎悪していたエイチェスを利用するとは、向こうもなりふり構ってはいられないということか。無論、こちらを混乱させるために暴れるだけ暴れさせた後、エイチェスは全て処分するのだろうが。


「もう良い」

 エスセヴンの返答は、部下を戸惑わせた。

「もう良い、とは……?」

「そのままの意味だ。もうこれ以上、無駄な犠牲は出すな。大司教として、御門守護隊に撤退を命じる」

「そんな……!しかし御門を手に入れてしまえば、彼らはまず間違い無く……」

「分かっている」

 エスセヴンの声には、苦渋が滲んでいた。

「分かっては、いるのだ。だが、事ここに至っては、どのみち守り切ることは不可能だ。やむを得まい。これも、彼ら自身が選んだ道なのだ」

 少しの間があった後、部下は返答した。

「……御意」


 エスセヴンは瞑目し、記憶を呼び起こした。かつて、デーシックスと共にエイチェスの駆除に従事していた日々を。そして、この結末を招いた、友との決裂のきっかけを。

 いったい自分は、どこで間違ったのだろうか。

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