第23話 生き延びる選択肢

「……なんで、だ……」


 金太――花野優作と呼ばれた少年が息絶えると同時に、それまで腰を抜かしていた桃山が静かに口を開く。


「なんで……オレを……助けたんだ……?」


「…………」


 その顔は恐怖と混乱。理解不能な出来事に頭を真っ白にした様子であり、震える声で目の前のお嬢様に問いかけていた。


「……別にアンタのためじゃないわよ。こいつが気に入らなかったってのもあるけれど、それ以上に頼まれたからよ」


「頼まれた……? 誰にだよ……?」


「オレだよ。桃山」


 ゆっくりと声がした方へと振り返る桃山。

 そこにはいつもと変わらぬ表情のまま立ち尽くす陸と、その後ろに怯えるようにひっついている海の姿があった。


「……陸……海……お前らが、オレのことを助けて……くれたのか……?」


「ああ」


 陸からの返事に桃山は信じられないといった様子のまま俯き、そのままポロポロと涙を流す。


「……なん、で……だよ……」


「…………」


「オレは……お前らに何かしたわけじゃない……。街で何度か絡んで……その度にお前らに因縁つけてたクズだぞ……。親が議員だと威張って喚いていただけのただの迷惑なガキだったろう……。なのに、なんで……その程度の知り合いでしかないオレを助けるんだよ……」


「そうだな。普通ならお前を助ける義理はないのかもしれないな」


 桃山からの問いに陸は自分でもよくわからないと言った雰囲気のまま続ける。


「――だがな、オレが知っているあいつ……オレの友人の真島真司なら、そんなお前でも助けるだろうと、そう思って、そっちの紅刃に頼んだ。それだけだ」


「……そんな、理由でかよ……」


 陸からの答えを聞き、桃山は虚ろな表情のまま乾いた笑い声をあげる。


「ははっ……けど、そうだな……あいつはそうするかもな……。思えばオレが街で花野を殴っていた時も見知らぬあいつがそんな理由でオレ達に喧嘩を売ってきたな……。それがお前らとの出会いだったか……」


「ああ、そうだな。お前もオレ達もあれからなにも変わってないな」


「……ああ、そうだな……」


 陸のその返答に桃山は地面に顔をうずめたまま、ただ震える。

 それは助かったことへの感謝か、あるいは自身が犯してきた罪への反省……いや、恐怖か。

 いずれにしろ、陸の言うとおり、この桃山という男がしてきたことは何も変わらないし、この地獄においても彼が生前と変わったことはないだろう。

 現世で異常者であった者は、この地獄においても異常者のまま。

 クズはどこまて行ってもクズのまま。

 また現世において殺人を生業とした者は、この地獄においても同じことを繰り返す。

 そう思いながらお嬢様を見るが、彼女の瞳はすでに桃山や陸にはなく、その先に隠れた一人の少女――海にだけ向けられていた。


「……クレハ、ちゃん……」


「…………」


 その顔は先ほどの桃山と同じく恐怖と困惑、いやそれ以上の様々な感情が入り乱れる混沌とした表情と化していた。


「……クレハちゃんが……そこにいる人を、殺した、の……?」


「…………」


 海からのその問いにお嬢様は答えない。

 先ほど、陸や海と同じ部屋にいた時からお嬢様が普通の人間ではないと言った雰囲気やセリフは出してはいたが、さすがに死体を前に、それもその人物を殺したであろうナイフを手に持ったお嬢様を前にすればいくら勘の悪い人物であってもこう思うだろう。この少女は『本物』ではないかと。

 思えば、部屋に金太が来た時のやり取りや、陸からの桃山を助けて欲しいと言った頼みを引き受けたあたりからして、いつものお嬢様に比べて随分と軽率な要素はあった。

 実際、目の前で殺人を犯した現場を素人に見られるなんて、ここが地獄だとしてもあまりに油断しすぎている。

 が、相手があの海という名の少女であるならば、お嬢様の真意はなんとなく察せられる。


 ひょっとしたらお嬢様は彼女に――『思い出して欲しい』のではないだろうか。

 クレハと名乗った普通の少女ではなく、音霧紅刃という彼女を殺した殺人鬼の姿を。


 あるいは『自分を殺してくれた少女』と再び真っ向から対面したい。

 そんなある種の自殺願望をお嬢様が抱いていたとしても不思議ではない。

 心の中ではクレハとして接していた記憶だけでありたいと思いながらも、最後の瞬間自分と殺し合った『あの海』とまた再会したい。そんな矛盾をお嬢様が抱いていても不思議ではない。


 震える海を前にお嬢様が静かにその唇を開こうとした瞬間――このドームが揺れるような地震が鳴り響く。


「ッ!?」


「な、なんだ!?」


「じ、地震!?」


「うわああああああああああああああ!!」


「これは……!」


 瞬間、それぞれ困惑を口にする一同。

 だが、それをあざ笑うかのようにどこからともなく、あのこの地獄を取り仕切るとされる大悪魔の声がこの場にいた全員の耳に入る。


『はぁーい! 第13シェルターに逃げ込んだプレイヤーの皆さん、どうもー! 時間切れでーす! 今、このシェルターの入口はここに集まった悪魔の皆さんの手によってこじ開けられましたー! というわけで、もうじきこの中にたくさんの悪魔が入りこんできまーす! 殺されたくなかったらすぐに別のシェルターに逃げましょうー!』


「は、はああああああああ!?」


 突然鳴り響く、その大悪魔のナレーションに真っ先に反応したのは地面に這いつくばったままの桃山であった。


「ふ、ふざけんな! このシェルターにいればオレ達は安全じゃなかったのか!? そんなの聞いてな――」


『はーい! そんなの聞いてないぞー! とかそのシェルターで何人か喚いてますけどー、そんなの大悪魔は知ったこっちゃないでーす。というかー、十二時間生き延びるのがルールのこの鬼ごっこで、一箇所に隠れればあとは安全なんて、そんなゲームとしてつまらないルールを悪魔が設置するわけないじゃないですかー? 当然シェルターによっては何十時間も篭もれる場所もありますが、普通は一、二時間隠れ潜むのが限界の場所ですよ。というか、そうでないとゲームとして面白くないですし、公平じゃないでしょうー?』


「ぐっ……」


 まるで苦情を先読みしたかのような大悪魔からの返答に対し、桃山だけでなく、この場にいた全員が辟易しながら頷く。

 確かに、残り時間ずっとここにこもって終わりなら、この第一ゲームの趣旨とまるで合わない。

 さすがはそこは悪魔といったところか。

 希望を与えておいたところで、すぐさまそれを絶望に変える。おそらく、ここだけでなく他のシェルターでも似たようなことが起こっているのだろう。いや、あるいは場所によってはもっと酷いことも起こってそうだ。

 そんなことを思っている内に真っ先に動いたのはカインであった。


「いずれにしろ、悪魔がこの中に入り込んできたのなら選択肢は一つだ。紅刃嬢、それに陸君。全員、この場から逃げるぞ。入口はすでに悪魔に占拠されたと見るべきだ。なら、裏口から逃げるしかない。今ならまだ追いつかれる前に逃げ出せる」


「ちょっと待ちなさいよ。それはいいけれど、裏口がなかったらどうするのよ?」


「それは大丈夫だ。オレと海はこのシェルターには裏口から入ってきた。だから場所もどこにあるか分かる。よければ案内するが」


 陸から返答にお嬢様は僅かにためらうような素振りを見せるが「……そう、じゃあ任せるわ」とすぐに頷き、その場から駆け出す。

 が、一人だけその場に座り込んで動かなかった人物がいた。

 花野の死体のすぐそばで絶望の表情のまま俯く桃山だ。

 おそらくは悪魔の襲撃によって、メンタルが完全に落ちたのだろう。すでに諦め切った様子で歯をガタガタと鳴らし、もうじきここへやってくるだろう悪魔に対し震えながら涙を流していた。

 そんな桃山に対し、お嬢様も陸も僅かに視線を向けるが、そんな二人よりも早く彼に手を差し出したのは他ならぬカインであった。


「君も一緒に行くぞ」


「はっ?」


 差し伸べられた手を前に桃山は呆けたような表情を向ける。


「な、なに言ってんだよアンタ……。この状況で本気で逃げられると……? いや、というか、こんなクズなオレを助けて、一体どうしようって……」


「はは、すまないな。オレには君が言うクズの範囲というのがよく分からない。というかぶっちゃけた話、オレからすればブッダのような聖人であろうと、君が言う最低のクズであろうとそれが『人』であるならば、オレにとっては等しく愛すべき兄弟だ。君も例外ではない。だから、弟を見殺しにするようなことは出来ない。いいからとにかく来い。君も本心では死にたいわけではないだろう?」


「……っ」


 カインからのその言葉に桃山は僅かに顔を逸らす。

 が、すぐさま立ち上がると、その手を振り払うように真っ先に駆け出す。


「よし、それじゃあ急ごう」


 桃山が動くのを確認するとその場にいた全員が陸の先導に従うように駆け出す。

 背後ではこちらに迫る異形の者達の足音がすぐそこまで響いていた。

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