episode16 一食の恩義

 殺してしまった。

 この手で。

 銃とは無責任な殺人道具だと思った。

 人を殺す感触がないだけに、人を殺した感覚が残らないからだ。

 俺は、いつの日か、そんな麻痺した人間になる。人の死にさえ不感症な傀儡のように無表情な人間に。

 だからせめて人を殺めた罪が欲しかった。

 なにも感じることもなく働き続ける胡桃割人形

に成り下がる前に。人間であるうちに。


 終わった。

 人を、不可抗力とは言え…。この手で人を…。

 俺は目の前に写し出されるスクリーンに無力さを感じて立ち尽くしていた。

 実際、乗っ取られた体の方も屈んだ姿勢から銃口を突き上げたまま動けない。

 いや、動かないのか?

(…久々に遊べて、感無量ってやつか?人の体もてあそびやがって)

(違う、見ろ)

 仰け反った先輩の首は繋がっていた。

 生きている。

「新兵器ってやつか。完全に気絶してる。感電でもしたか?」

(まさか、お前…知ってて…。)

 踵を返し、祭壇の影に隠れたおじさんの前にしゃがむ。

「おい、お前。これと同じ弾をよこせ。」

「そ、それはあの格納庫でたまたま見つけた物だ。あるとすればあそこにしか…。」

「チッ」

 再び踵を返し、風を肩で切りながらドアへ歩を進める。歩いている場合じゃない。列車が行ってしまう。

(わかってる。焦るな。格納庫に向かうぞ。)

(今すぐ列車に行かないと…。真理が連れていかれるかも知れないんだぞ?)

(お前はその女の所に遊びにでも来たのか?)

 刺さる言葉に何も言い返せなかった。


 ライフルから飛び出した青い薬莢をもとに格納庫の中を探し回る。瓦礫の隙間からチロチロと赤い炎が出ている。

「E-37パルス弾…。これ、か。」

 転倒して歪んでしまった棚の下に数種類の弾薬の中に混じって転がっていた。

(なぁ。そろそろ体を返してくれよ。確かにお前は凄いけど、これは俺の体なんだ。)

「だーめ。大体お前じゃアイツら敵わないって。ろくに銃撃てないんだから。アイツら蹴散らしたら返してやるよ。」

 何かが倒れる音に、物陰に身を隠す。

「積み荷は以上。これよりこの施設を廃棄し、新天地へ向かう。各自戦闘に備えよ。」

「こりゃ、パーティーの予感だな。同居人。」

(井上だ。名前くらい覚えろ。)


 車両最後尾。エンジンルームらしい場所に侵入した。何故か黒光りするYAMAHA MT-09も同伴。…狭い。

「前に飼ってた馬を思い出すんだよぉ。この渋い黒。やっぱ男は黒だよ。」

 この列車はまるで戦闘機のような重装備だった。最初見たときは唖然とした。ミサイル、機関銃はごく当たり前のようについている。多分、所有者の趣味だろう。無駄に手回し式のガトリングまでついていた。…俺は今から安物の銃と年代物の連射がきかない銃で単身、真理がいるであろう先頭車両まで行かなくてはならない。

 …単身?そういえば、日向さんを見かけない。

「そういえば、アイツな。」

 ベタベタバイクを触りながら俺の体は呟いた。

「日向?さん?信用できねぇな。」

(何言ってるんだよ?日向さんは仕事も出来るし、愚痴だって聞いてくれる。それに一緒に真理を探してくれている。)

「趣味は?休みの日は?昔は何やってた?」

(…知らない、けど)

「そこなんだよねぇ、お前の記憶探ってもちっとも尻尾を見せない。ましてこっちに来てから行動が理解できない。」

(どこがだよ?)

「なんでお前を助けなかった?」

 がこん。何かが外れるような音とゆっくりスピードが落ちていく感覚。…まさか。

(おい、呑気にバイク眺めてる場合か。早く窓から外を見ろ)

「なんだよ急に」

(いいから早く)

 だるそうに立ち上がり、満員電車に揺れるサラリーマンの如く前方車窓へ千鳥足で向かった。

 相対性理論。詳しくはわからないけど、要するに100メートルを10秒で走り抜ける。どんどん加速する。100メートルを今度は7秒で走り抜ける。これがもし走り抜ける時間が0になったら…もし0より後ろの数字になったら…。

 加速する前方車両はだんだん小さくなっていく。切り離された。宇宙へ向かうロケットと同じ要領で。

 銃口から五発。放たれた弾丸は車窓のある壁の四隅と真ん中へめり込んだ。

 そして最後の一発。

 おっちゃんから渡された特殊弾で壁はぶっ飛び、冷たい外気が流れ込んだ。

 轟音を上げて荒れ地を駆ける。暗闇に溶け込んだ黒のボディはさながら忍者のように目標物を追った。

「な?やっぱり黒だろ?」

 どんどん加速する。どんどん近づく。

 バレない訳がない。

 直ぐにサーチライトの光の輪に黒のボディは捕らえられた。

 同時に豪雨のような鉛の嵐。

「熱烈歓迎とは、こっちも期待にそぐわないとな」

 蛇行し、地面が削られる。

 激鉄を上げて、光源を潰す。

 突然光をなくし、視界をなくした車体は、岩に乗り上げ、空をとんだ。

 車両の屋根の真上。足が届きそうだ。

「このまま一気にいくぞ」

 タイヤが屋根を擦り付け、一気に加速する。

 刹那、何かに突っかかり、前方へ投げ出される。

 流れる猛烈な向かい風に、あわてて車体を掴むと、屋根から突き出た腕がタイヤを掴み脇に放り投げた。

「ようやく来たか、待ちくたびれたぞ」

 月光に鈍く光るダークグレーの鎧が重苦しく這い出てきた。声、どこかで聞いたような…。


 光沢のある滑らかな体。いつかの上官アサイは不敵に笑っている。

 無限の再生能力の次は弾丸さえも通じない鉄の皮膚か。ノーマル弾ならまだしも、例の爆発する弾丸でさえ傷ひとつつかない。

「どうした?防戦一方か?基礎から鍛練し直しだな。新人。」

 ウィンチェスターライフルの扱いはあの土壇場の一瞬じゃ記憶の断片すらない。

 おまけにアイツ。しばらく休憩とか。肝心な時に…。

「これから戦地へ向かう。生態兵器であるあの女は絶対渡さん。」

 サラエボのような足技。足も鉄並みに硬い。遠心力も加わり、まるで三節根みたいだ。迂闊に近寄れない。

「戦地?列車で?遠足の間違いでしょ」

 屋根。足元。倒せはしないけど、足止め位なら…。破裂する鉄板は四方に飛び散り、塵となった鉄粉は風下へ流れていく。

 その瞬間、先頭車両へ向かって全力で走り出した。

 繋ぎ目を飛び越え、また走った。振り向かない。ただひたすらに前へ。

「やれやれ、井上君はトラブルが好きみたいだねぇ。」

 日向さんが下の車窓から顔を出していた。

「奴ら、過去へ。つまり、今まで僕らがいた時代まで飛んで戦争を吹っ掛けるらしい」

 どこかぼんやりとしたその口調に足を止めた。

「生きる。それを実証しに殺しに行く。なんか矛盾してるよね。あの日の隕石がなければ今の自分たちもあり得ない。向こうであの日まで遡って隕石をどうにかする動きがあるらしい」

「君が真理ちゃんを助けると僕らは死ぬことになるかもしれない。…君はどうしたい?」

「俺は…。」

「元の世界に戻りたいんだろ?」

 振り替えるとアサイが薄ら笑いを浮かべ、繋ぎ目を挟んでたっていた。無傷だ。

「普通そうだよな?誰が死のうが関係ない。お前はお前がそうしたいと願った事をすればいい」

「俺は…」

「わかった」

 日向さんは車窓から抜け出るように屋根に上がった。俺の肩に手を乗せるとふっと笑い繋ぎ目を跨いだ。

「君はいつも自分の意見ははっきり言わない。真理ちゃんと約束したんだろ?誰も殺さないって」

 すっと腰から短剣を一対抜き出す。

「女の子との約束は守らなきゃ…。これで、一食の恩義は解消だ。」

「日向さん…。」

「さぁ。早く連結部分を破壊するんだ。」

「生態改造すらされていない生身のお前に何ができる?」

「県大3位をなめるなよ」

「日向さん。そいつは刃物も通りません。無茶です」

「井上。世界を頼んだぞ。」

 また加速する。ゆっくり車両同士が離れていく。

 日向さんを乗せた貨物車両は暗い闇へ消えていった。

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