episode10 制御不能のウェスタン

「ねぇ、なんで返事もしないの?」

 星野真理はやっぱり特殊だ。空気が見えるどころか、学校の外までついてきた。

「別に…。」

「なんだ。しゃべれるんだ。」

「そりゃ、人間だしね。君、もしかして家までくるき?」

「この間の連中がまた浅野君をいじめないように私が護衛してあげる」

 小雨が降るなか国道沿いの歩道を黄色い傘と黒い傘が並んで歩く。

「つめてぇ!…最悪。びしょびしょだ…。」

 突然道路側を歩く僕に水飛沫がかかり大きくリアクションをすると黄色い傘のしたの彼女はケラケラと笑い出す。

「人に冷たい態度とるからバチが当たったんだよ。もっと感謝しなさい。」

 どや顔で胸を張る彼女に聞こえないように小さく舌打ちをする。

 さっきの水飛沫の犯人と思われる長身の男が白いワゴンを路上に停めて、街灯の下にぼんやり立っている。

 フードつきトレーナーを深々かぶり、顔はよく見えない。

「…君が星野さん?」

 消え入りそうな声に珍しく彼女は僕の後ろに隠れた。

「…誰?」

 背中に張り付いた彼女は首を左右に振るばかり。

「…この間は弟がずいぶんお世話になったみたいで…。…君が弟の友達の浅野君かな?」

 フードの男は暗闇で笑っているように見える。


「おい。…おい。いつまで寝てんだい。もう店じまいだよ。とっとと帰んな。」

 からん。グラスの氷が溶ける音に微睡みから引っ張り出される。

 あれから数ヶ月。俺は連れ去られたユイを探すため組織を抜けて隠れ家を出た。

 わずかな金貨と日曜雑貨を鞄に積めてユイのふるさとだと聞いていた田舎町にやって来ていた。

 こんな田舎じゃすぐ見つかる。そう勘ぐっていたのもつい先週まで。みるみる財布は底をつき今じゃツケで車が買える。ったく。どこ行ったんだよ。

「はいコレ。請求書まとめといたから今週末までに払いな。」

 ドサッと置かれた数十枚に及ぶA4サイズの白紙には、ご丁寧に大きめの文字でここ数週間の酒の種類からお通しまで正確に記されていた。もちろん利子込みである。

「は?なんだよこの端数は?」

「あんたに貸してやってんだから利子は当然だろ?こっちだって商売でやってんだ。」

 悠長にキセルを加えるこの守銭奴はマダム・イソラ。バーを経営しながら裏ではその顔の広さから情報屋を営んでいる。金には汚いが料理はうまい。

「ったく…。わかったよ。で、何か情報は?」

「あんた、買う金はあんのかい?」

「ない」

「あんたのそういう無駄に度胸があるとこだけ認めてやるよ。いいから黙って金持ってきてから無駄口叩きな。」

 目の前にヒラヒラと上下する請求書をむしりとると席を立ち、出口へ続く登り階段の手摺をつかんだ。

「待ちな。あんた、まさかそのまま帰る気かい?」

 マダムの後ろの流しには大量の食器が溢れ返っていた。


「サタデーナイトスペシャル一つ。と…。あぁ、そうそう9mm弾も。あ、20回払いで。」

 食ってくには金が必要だ。ユイの情報もとりあえずツケを払わないとたどり着けそうにない。朝、モーテルの一室で財布を確認した俺は長いため息をついて、この町唯一の老舗のガンショップに足を運んでいた。

「…うちにはそんな安物は置いてない。」

 またか。そういいたげなめんどくさそうな態度で店主はショットガンを拭いている。

「え?でも、さっきあのお爺さんがあるって」

 日差しが差し掛かるカウンターに中折れ帽を被ったお爺さんが帽子の下でニヤついていた。

「良いから売ってやんなよ。あるんだろ?そいつにはどうしてもそれが必要なのさ。」

「必要って、じいさんどういうつもりでいってんだ?」

 車椅子の店主は手入れをやめて踵を返す。

「世間の怖さを教えてやったのさ。ルーキーは安物つかませて自滅させるに限る。もっともそれすらろくに買えないみたいだけどな、そこの貧乏人は。」

「騙そうとしてたのか?」

「知らないお前が悪い。なんなら今からでも摘んどくか?」

 茶色い紙袋から黒光りする拳銃が出てきた瞬間、コントロールを強奪された。

「おや?それはもしや生産中止の幻の名銃。クロコダイルM-2300。最近のじゃお目にかかれないノックアウト式のヴィンテージ物。さすがご老人。お目が高い。」

 一瞬驚いた表情でこちらをみると、老人は照れ臭そうに銃を置いた。

「最近の若いもんにしてはちょいとばかり腕が立つらしいな。先月頼んでようやく手にいれたとこだ。」

「いえいえ、こちらこそ。さっきは生意気言ってどうもすいません。あのぅ…差し支えなければちょっと見せていただいても…?」

「構わん。」

 老人は少年のような眼差しでこちらを見ている。自分の趣味を誉められて嬉しいらしい。

「うわぁ。始めてみたぁ。やっぱり良いなぁ…このシックな感じ。木目調のグリップもいい味出してる。」

 頬擦りを始めた俺の体はさりげなく回転銃のシリンダーを一つずらす。

 思考以外の全てのコントロールを(誰か)に奪われた俺は、頬に感じる冷たさを除けば映画でも見ているように他人事だ。

 でも映画。たまにとんでもないことをする。

「いや~、でも何かおばあちゃん家のタンスみたいな古くさい匂いがとれないですね。あ、加齢臭か?臭いから返すね。」

「…表でろ。」


 何があっても自己責任と言うことで、とりあえず店の倉庫にあったヒメネスアームズ一丁と弾丸一発を借りた。

「最近の若いのにしてはなかなか博識のあるやつだと思ったが大間違いだったようだ。しかも弾は一発のみ。お前。プロをなめてんじゃあねぇか?」

 木枯しが土煙を運ぶ。

「あんな古くさいもんぶら下げてよく恥ずかしくないな。俺なら貰い物ならともかく、恥ずかしくて外に出歩けねぇ。じじぃになるとボケるって言うけどほんとらしい。」

「早く死にたいらしいな。」

「そっちは俺が手を下さなくともそのうちポックリ逝きそうだけどね。西部劇見たことある?三歩歩いて振り向いてズドン。ボケてるからって数え間違えるなよ?」

 1…。

 おい。まさか本気か?

 2…。

 止まれ止まれ止まれ。相手は本物だぞ?

 3。

 …終わった。

 体が勝手に懐から銃を取り出し振り向く。

 チュン。頬を掠めた弾丸は後ろの方で何かに当たった。

「やっぱり老眼鏡かけた方がいいんじゃない?」

 引き金を引く。ドン。破裂音がカラスを散らす。

 硝煙にしてはやけに煙が多い。見ているスクリーンは灰色一色で何も見えない。

 痛っ。どうも尻が痛む。

 渇いた風がスクリーンから煙を追い出す。

 現れたのは暴発して見るも無惨なガラクタと化した借り物の銃と日頃から目立たないようにはめていた黒の皮の手袋の裂け目から見える銀色の義手だった。

「勝負あったみたいだな。」

 店主が砂ぼこりの向こうから車椅子で近づいてくる。

「ほら、立て。」

 あっけに取られた俺は、コントロールが戻ったことをすっかり忘れていて、差し出された手に思わず右手の義手の方を差し出した。

「まだ、勝負はついてねぇ…。」

 老人は銃口を突きつける。

「いや…。あんた。帽子見てみな。」

 見ると頭と帽子の丁度空間になってる辺り。弾丸一発分のギリギリのスペースに穴が空いていた。

「命拾いはあんたの方らしい。もし一ミリでも下がっていたら、あんたの命は…。」

 老人はその場にへ垂れ込み、股間から液体を垂れ流していた。

「軌道はいいんだが、構えが基本からずれている。明日またここに来い。俺が稽古つけてやる。」

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