敗走、花園橋

1159年 12月 27日 夕刻から夜 鴨川から高野川


 最初は鴨川の川面をバシャバシャ音をたてて瑞雲で駆け登っていた義平だが河原に手綱を操り馬首を巡らせ、鴨川の河原は大きな石が転がる石河原である。その河原に出た。

 右手には、大文字で有名な如意ヶ岳、左には平安京である。東京極大路が南北に走っている。揚梅小路を過ぎ、六条坊門小路、樋口小路、五条大路に出ると道幅が大きくなる。

 どんどん京を北上し駆け上がっていく、なんということはない、昼間内裏から下がって来たのを清盛によりまた北へ押し上げさせられ逃げているだけである。

 平家の右翼の散発的な徒武者や胴丸だけ着けた盗賊のような傭兵の軍勢が六条いたきりで、それらは、義平のような軍馬に乗る騎馬武者が近くを通るだけでく逃げまわった。容易な敵を討ち取り、手柄として褒美代わりに平家一党に献上するのであろう。

 義平が戦の前に景澄に説いたように、実は馬は敗残し逃げる時に実は重宝するというか、馬に乗っているとどうにか戦場からは逃げ切れる。

 敗北し戦場に置き去りにされ、捕まるのは雑兵と徒武者だけである。

 河原には、というか、この京の左京には平家の伏兵は全く居ない。

 それより、六波羅での戦で手負いになり、血まみれのまま薙刀を杖代わりに足を引きずり必至に早足になり逃げている河内源氏一族の郎党の徒武者や雑兵に出会うほうが、いたたまれない。

 中には、義平と瑞雲にすがりつこうと手を伸ばしてくるものもいる。

 自分らに付き従い戦い手負いになった者を一人馬に乗って置いて逃げていくのである。 目も合わすことが身を切られる様にに一番つらい。

 なかには、「若殿お助けを」とか「お慈悲を」「お助けを」となどと露骨に声をかけてくるものも居る。

 鴨川の河原は河原が続く限り義朝の一党の地獄模様である。これが、負け戦だ。

 大きな五条大路のあと、五条小路 高辻小路、、、。錦小路、、姉小路三条大路と続く。

 父義朝は無事に志内景澄しうちかげすみから替え馬を受け取れたか、必死にそれだけを考えようとする。

 何度も後ろを振り返ったが、白い旗でこちらに駆けてくるものは皆無である。恐らく、自分が最後尾さいこうびであろう。

 押小路に、中御門大路を過ぎた。次の大きな大路は土御門大路。それをすぎると平安京の北の端、一条大路である。

 正に都落ちとはこのことである。

 時折、名のありそうな立派な大鎧を着た武者が馬も離し、内からの血で大鎧を真っ赤に染め座り込んでいる姿が、もしや頼朝よりとも義朝よしともではいかと思いひやひやする。

 下鴨神社の手前で鴨川は遡上するには二つの川に別れることになる。というか東の八瀬や大原から流れてきた高野川、と貴船近くにある十三石山から流れてきている加茂川が下鴨神社の南で合流して有名な鴨川と成るのである。そして、桂川と合流し、桂川へ、そして宇治川と合流し淀川となり摂津、河内へ流れていくことになる。

 義朝一党は間違いなく、東へ、高野川沿いに逃げたはずである。八瀬から大原へと北国街道を逃げ、そのまま越前へは抜けず、龍華越えをし南下、信じられないことだが、叡山を北回りに半周することになる。こんな馬鹿げた敗走路は古今東西ない。

「だから、退き口は南へと申し上げたのじゃ」義平は、独り言を言う。

 山深い大原から奥はどうなっているか義平にも全くわからない。

 一乗寺村を越えたあたり、大分駆けたところで心配になってきた。

 それより平家の追撃の手はどうなっているのだろう。

 清盛ならなんとする?政敵でもあった義朝とその一党をほぼ壊滅させ追い払ったことには間違いないから第一の目標は果たしたことに成るだろう。それに二条の帝も手に入れたことになる。

 清盛は後白河院とはどう付き合うのか知らぬが、あとは、どれくらい本気でもうつぶ這々ほうほうの体で逃げている義朝ら我等、河内源氏を潰しにかかるかだ。

 源師仲みなもとのもろなからを始め摂津源氏はほぼ平家方に降った。源頼政みなもとのよりまさは六波羅での戦いで降ったどころか清盛に与力した。恩賞は、義朝らの旧領地か?。なら東国に帰りし後に一戦交えることと合い成る。

 面白い。

 どんと来いだ。

 船戦ふないくいさに長けたる平家らしいが、鎌倉こそ天然の要害。しかも地の利はこちらにある、近隣の在野の豪族どもがどっちに付くかは連中次第だが、今度こそ我らが在所での戦い、死に物狂いで戦わなければならない。目にものを見せてくれよう。

 愛馬瑞雲の事も考え、少し馬の歩を緩ませる。その時、右手の叡山えいざんの山あいの方から矢が数本飛んできた。

 矢の音が弱く、矢の勢が鋭くない。武芸を生業なりわいにしたものの放った矢とは思えぬ。

 恐らく土豪か盗賊、半農半豪あたりのものだろう。

 人の言の葉は馬より早く駆け、また風聞というように風よりも早く伝わる。

 もう義朝が六波羅で負けたことはこの辺りまで届いているに違いない。

 平家方が高額の報奨金を出しているかもしれない。

 もう周りは全員敵ぐらいに思っていおいたほうがいい。

 丁度、高野川が大きく右に折れ、開けていた修学院のあたりから、いよいよ八瀬大原の急峻な崖の間に入っていくところだ。

 高野川に大きな橋が掛かっている。

 橋を駆けてしまい走り去れるかと思ったが、瑞雲が嘶き、首を振り嫌がった。 

 馬の進むべき先を射てくるのである。どうやら、こちらを一騎と思い本気でやりあうつもりらしい。

 気がつくと、橋の手前にぼろに派手な胴丸と胴丸に全くあっていないボロな草摺くさずりだけを身をまとった、髭の大男が立っている、手には、薙刀を持っている。

 この橋は渡らせぬつもりらしい。右手の山の林には矢を射た者がたぶん数人。叡山の法師かと思ったが、そうではないらしい。

 義平は、瑞雲を歩み程度の速さで進ませる。

「ちょっと待たれい、お武家さんよ」橋の手前の髭の大男が語りかける。

「どんどん手負いの武者が南から落ちて来なさるががあんたら、源氏のものたちだろうて」

 義平、矢籠には矢が大量に残っているものの逃げる最中か六波羅で弓を捨ててきたらしいことに気づく。夢中だったから仕方がない。持っているのは、大刀の石切だけだ。

「大きな戦が六波羅であったらしいな、それに派手なよき鎧によき御兜だ、さしも名のあるお方なのだろうて。うん?褒美と身代金がたんまり貰えそうじゃ」

「生まれはその方らより下賤じゃ」

 義平、平然と答える。瑞雲の歩は止めない。ポクポク程度で髭の大男に近寄っていく。

「そんな立派な鎧兜を着て、なにがわれらより下賤じゃ、冗談言うない!、普段は偉そ振っとるくせして」

「偉そ振ってる奴は、俺も一番嫌いじゃ」義平も負けていないし本心である。

 義平、どんどん瑞雲を進めてる。

「知っとるぞ、おまさん方、河内源氏の一党じゃろう。太宰大弐様に六波羅で手ひどくやられたらしいのう」髭の大男が下卑た笑いをする。

「心配しなくとも今度は、太宰大弐様が偉そ振るぞ」

「なに!?口の減らねえ御武家様じゃの」

「その橋を渡してくれさえすればいい。命までは取らん、その方らも、今日の夕餉にありつき、今晩は、たんまりと寝たいだろう」

「なにっ!!。」髭の男の表情が変わってきた。そして叡山の林に向かって大声を上げた。

「おい、鼬丸ねずみまる女郎殺じょろうごろし、ちゃんと狙っとけよ、絶対弓外すんじゃねえぞ、こいつが変なことしたら、構わないから射殺しちまえ」

「ああー」林の方から、弱々しい声が帰ってくる。

「おい、女郎殺しも返事しろ、この馬鹿野郎」

「だめだ、兄貴、今日はいっぱい矢を討ったからもう指が痛えよ」

「何言ってる。ちゃんとしないとこの獣郎丸じゅうろうまるが女郎殺し、おまえをを痛い目に遭わせるぞ」

 髭の獣郎丸が怒鳴り上げた。義平は思った。三人か。

「それより、ぽくぽく馬でこっちに来るんじゃね、この源氏の落ち武者野郎が止まりやがれ」

「出来ぬな、先に待っている者がいるし、後ろからは太宰大弐様の郎党が追いかけてくるからな」

 義平はまだ瑞雲の歩みを止めない。

「止まれっつっているだろう。まずゆっくり馬から降りろ、この獣郎丸様がてめえの身柄とその高そうな鎧と兜をいただく、ついでにその麒麟みたいに馬鹿でかい馬もいただく」

 その時だった、橋の脇の茂みから弱々しい声がした。

「義平、止まるな、駆け抜けよ」

 義平には聞き覚えのある声である。

「早う、行け。わしやこやつらに構うな。そこの大男だけではない、橋のたもとにもう一人首魁が隠れておる」

「ひい叔父上」義平が叫んだ。橋の袂から聞こえる声の主は父義朝の祖父の弟、義朝の大叔父の義隆よしたかである。義隆は伝説上の武者八幡太郎義家むしゃはちまんたろうよしいえ末子ばっしで生存する義家の唯一の実子である。

「だまれ、このくそじじい」

 橋の袂でもう一人の男の声がして、鈍い音がした後、「ぐぐう」と義隆のうめき声が聞こえた。

 たもとの橋下駄に囚われた義賢ともう一人首魁が隠れているらしいが義平には、暗くて、どうなっているか全然様子がわからない。

 義平は、それでも、瑞雲の駒を進める。

「あのじじいとどうやら、身内らしいじゃねえか、あのじじいがどうなってもいいのかさっさと馬停めて、降りろ!義平とやら」獣郎丸が薙刀を突きつけた。

 瑞雲と義平の騎馬から髭の十郎丸までの距離十尺程度にまで縮まっている。

「行け、瑞雲よ」義平がちょんと足で瑞雲の腹にムチを入れると瑞雲は瞬時に加速、跳躍し十郎丸の目の前まで飛んだ。

「てめえ」十郎丸が叫び薙刀を振るったが、もう薙刀の刃の間合いは過ぎていた。薙刀の柄の部分が瑞雲の腹にあたっただけである。瑞雲は立ち上がると前足で獣郎丸の顎を蹴り上げた。

 獣郎丸はごぼっと血とともに顎を砕かれ、真上に蹴り上げられると、そのままと真後ろに斜めに飛ばされ死んだ。

 途端、矢が数本瑞雲の周りにぽそぽそっと刺さったが、義平にも瑞雲にも当たらなかった。

 突然、橋のたもとから首魁と思われる男と具足のみで直垂姿になった義隆が現れた。

 義隆の直垂は腹のあたりが赤く染まっていた。

 首魁は、短刀を義隆の喉元にあて、体を義隆の後ろに回し隠れていた。

「おい、義平とやら、このじじいがどうなってもいいのか、まず、その物騒な馬から降りろ、さもないと、じじいの命はないぞ」

「義平、わしに構わず、ゆけ、義朝よしとも頼朝よりとも朝長ともなががその方を待っておるぞ」義隆は弱々しくつぶやいた。

「ひい叔父上動かれますな」義平が、あっさりと片方の鐙から足を離すと瑞雲から降りた。

「この阿呆が、おまえはやっぱり阿呆の悪源太じゃ」義隆が小さな声で唸った。

「悪源太!?。おまえがあの売女の息子、鎌倉悪源太か」

「売女は余計だ、おまえら一端の壮士のつもりらしいが、素人が御武家に絡むと碌なことないぞ、ひい叔父上を今ここで放すなら、こちとらも追われている多忙な身の上、お前ら全員を見逃してやろう」

「見逃す!?、何言ってやがるんだ、この下駄蛇げたへび様がちょいとこの小刀を動かせば、おまえのひい叔父上はあの世行きだ、悪源太さんよ」

「交渉は決裂だな、下駄蛇殿、こちとらも先を急ぐ身の上その方らと、ぐだぐだやっている暇はない、林から弓で狙ってる鼬丸に女郎殺し、に指示を出したほうがいいんじゃないか、下駄蛇殿」

「おい、鼬丸に女郎殺し、構わね、この悪源太とかいうやつを射殺せ、なにをしているささっと射殺せ!!」

 と下駄蛇が怒鳴るために視線を林の方に移した瞬間に義平は矢籠から矢を一本早業で右手で抜くと矢籠の近くからそのまま矢を下手のまま手首の回転だけで、ものすごい早業と速度で投げつけた。

 矢は下駄蛇の額のど真ん中に浅くだったが綺麗に刺さった。

 下駄蛇はぐうーと声にならぬ声を上げると、小刀を持ったまま、絶命しそのまま下に崩れ落ちた。

 義平が、林の方向かい叫んだ。

「おい、鼬丸に女郎殺し、馬鹿な獣郎丸に下駄蛇の兄貴二人は死んだぞ、命惜しくば逃げろ」

「ひいー」「ひやーだから俺は嫌だってはなから言ったんだ」

 鼬丸に女郎殺し、二人分の悲鳴と弓と矢を投げ捨てる音がぱらぱらと林の方で響いた。

 二人が木から飛び降りう駆出して逃げていく足音が聞こえる。

 その時、どさっと、なにか重たいものが崩れ落ちる音が義平の近くでした。

「ひい叔父上!」

 源義隆が崩れ落ち座り込んでいた。義平は義隆を抱きかかえると、巨木のところまで運んでいった。老いた義隆は信じられないほど軽かった。巨木に義隆を寄りかからせると。

「ひい叔父上、何も出来ませぬが、何か血止めを、どこにお怪我を下の川で水を汲んでまいりましょう」

「よい、構わぬ、この義隆、六波羅で脇腹を切られた。義朝らの騎行にもついて行けず、もう助からぬ身故、京の夕景色でも観て楽しみながらゆるゆる行こうと思うておったら、あの橋のところで、矢を射られてのう、馬から落ちてしもうた。してやつらの虜になってしもうたのよ。おまえはほんに阿呆よの悪源太。義朝ですら置いていったこんな手傷を負うた老いぼれのためにあんな立ち回りをいたすとは、、」

「ひい叔父上を楽しますためで御座いまする」

「相変わらず、口の減らんやつじゃ、それ故、悪源太などと長年謗られる、う」

 喋ると辛いのか、義隆が呻いた。

「ひい叔父上あまり、喋られますな。怪我に響きまする」

「何を言うとる、年寄りの意見は聞くもんじゃ」

「はっ、この義平の干飯でも食べられますか」

「愚か者、これでも、この義隆、己の最後はわきまえとる」

 もうとっぷり日が落ちたが、にしても大量に失血している様子で暗い中でも義隆の顔色は悪いのはわかる。

「義平、その方に話がある、老いぼれの遺言と思うて聞け、これでも、まごうことなき八幡太郎義家の実子ぞ、しかと心して一言一句聞くように」

「はっ」

「まずは、その兜を取れ」

「はっ」

「よいか、よき聞け、おまえ、義平が義朝に取って代われ」

「ひい叔父上、、」

「おまえには、優しさ敏さ、胆力、洞察力、決断力、行動力、それに武力、すべて備わっておって、なおかつその能力は義朝より上じゃ。見ろこの顛末を、義朝がおまえの半分でもその力を持っておったら、また、義平その方が京に上りしのち、その方の策を一つでも受け入れておったら我等河内源氏一党は、かくの如きにはなっておらんかったであろう」

「しかし、ひい叔父上」

「最後まで聞かんか、この悪源太。この悪源太という二つ名、諱も誇りを持って受け入れろ。悪源太、などという諱を得ることこそ周りがその方を認めておる証左ぞ」

「父上はともかく、我が兄弟は、、」

「その気になったか、え?悪源太、よいぞ」ごほごほ、義隆が咳き込んだ。 義平が竹筒の水を義隆に与えた。

「次男の朝長も家柄もよく頭はいいかもしれんが気力行動力決断力がもう一つで足りん、三男の頼朝は家柄もよくおまえより敏いかもしれんが、胆力が足りず、周りに気を使いすぎる。それは別に構わんが、それは、臆病な証拠ぞ、その臆病さゆえなにより猜疑心が強い。寛容さ、器の大きさに欠ける。まぁ、怯えることは、色々予想して怯えておるのだから頭がいいことの証左だがな、文には優れたるも、武は足りぬ、足りぬどころか、将として心もとないぐらいじゃ いざ戦というときに付き従うものが多くなるとは思えん。もう家柄だけで人を束ねる事はできない。

 よいか義平、おまえに従うか訊いた上で、従うならよし、拒んだり口を濁したり怪しき気配があるなら、二人共殺せ、家のため源氏に付き従う郎党ためじゃ致し方ない、我等源氏は同族殺しの家系ぞ。

 大きく割れて大きな戦になるより、内輪で済ませたほうが、付き従うものも困らんで済むし、遺恨も残りにくい苦しむものも減るというものじゃ」

 義平は、話を聞いていると、途中より涙が出て、とまらなかった。それは、義隆の最後が迫っているせいなのか、頼朝や朝長を殺さなければならないためかわからなかった。

「泣いておるのか、悪源太ともあろうものが、情けなや、おまえにも欠点はあるぞ、この阿呆。

 おまえは自分より強いもの目上の物のに平気で噛み付くじゃろ。あれは自分を卑下しておる証拠でもある。恐らく、それなりの上の立場の立つようになれば、収まると思うが、もう誰彼ともなく直言し噛み付くのは止めよ、それにわかっておるぞ、噛み付くのは、若干相手を馬鹿にしておるであろう、そんなこともわからないのかと、どんな愚鈍な人間でもそういった悪気もしっかと感じておるもじゃ、気をつけよ」

「はっ」返事はするものの義平は涙でぐじょぐじょだ。

「おまえが自分を卑下しておる、一番の原因じゃがのう」

「はっ」もう義平は返事しか出来ない。

「おまえの母御前の件であろう」

「はっ」

「この大馬鹿者が、相手がお前を母御前の件で謗るのは、相手がお前を警戒しておる証拠ぞ、よくわきまえよ、お前が相手を怖がらせておるのじゃ、謗るやつをを哀れなやつと思い、それこそ頼朝ではないが、許してやれ。あと、肝心なことじゃが、これで、一挙に問題と悩みが解決するとは思えんが、おまえの母御前はな、わしもそんなには知らんが、普通の女ぞ、普通の女が故あって遊女になることもその方の歳ならわきまえておろう」

「はっ」

「母を許せ、おまえにも欠点があるように、遊び女などという、生計のたて方があるこの世も欠点だらけ、母御前にも欠点がある。悪源太そのほうを預かりしのち手元で育てた義朝の器量の大きさを尊べ、馬鹿者。あの男も女に手を出しすぎ多少馬鹿なところはあるが源氏の頭領にふさわしいそれなりの男ぞ、少しは義朝を尊べ、そして己を卑下するでない」

「はっ」

「分かったか、悪源太」

「この鎌倉悪源太、ひい叔父上のお話全て心得ましてございまする」

「そうか」義隆は、義平の頭をバシバシ叩き、かわいがった。

「まるで捨てられておった野犬じゃのうお前は」

「そこでじゃ、悪源太、わしは下っ腹を斬られて、もう持たん。自分で決着を着けたいが、さっきの連中に肩を射られてのう、その時、右肩から落馬して右腕が効かん。誠にすまんが、悪源太、介錯してはくれまいか」

 義平の表情が固まった。

「それぐらいできんと源氏の頭領にはなれんぞ、悪源太」

「ひい叔父上、どうか望みをお捨てにならぬように、我が愛馬瑞雲なら、二人を乗せて騎行でも十分に可能でございまする」

 義平泣きながらの必死の説得である。

「そんなことしてみろ、悪源太、お前が義朝にとって代わり、兄弟も皆殺しにするつもりじゃと、義朝にすべて話すぞ、ぐわはははは」

 義隆は声あげ大きく笑った。

「痛ててて」だが、痛そうである。

「悪源太、わしはそなたほど文に優れておらんが、前門のなんとか、後門のなんとかじゃのう、ぐわはははは」

「痛てててて、さ、早う、今もわしが痛いことに十二分に留意するように」

 そう義隆は言うと、胡座をかき、前屈みになり頭を下げ、首を差しだした。

 義平は大粒の滂沱の涙を流しながら、立ち上がった。涙は一滴もふかなかった。いつもより乱暴に大刀石切りを引き抜くや、大きく振りかぶった。そして

「ごめんっ」と義平は大音声で叫ぶや、伝説上の武者、八幡太郎義家の実子にして末子、己の最大の理解者にして、己の曾祖叔父にあたる源義隆の首をはねた。 


 場所は、八瀬の入り口、橋の近く。橋の名前は花園橋という。

現在でも花園橋は高野川にかかり存在している。

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