信頼殺害の命

 1159年 12月 27日 昼 大内裏


 義平が、騎乗せず轡を引いて、本陣を置いた内裏の東壁までもどってくると あちらこちらで、賞賛の声が上がる。

「若殿、見事でございまする」

「若様、今度はそれがしをお連れくださりませ」と次々声が上がる。

 景澄も駆け寄ってきて、

「やったじゃないか、すげーなおまえ、ヤバイよ」と声をかける。

 義平、表情一つ変えず。

「重盛を討ちもらした」

「何言っているんだ、五百騎を十数騎で討ったんだぞ」

「ちがうな、勝手に相手が引いたんだ、五百騎殲滅させるんなら別の手をうった」

「えっ」

 そこへ、父義朝が騎乗し、駆け戻ってきた。今度は翻したようにえらく上機嫌だ。

「郁芳門で、平頼盛500騎を討った」

「父上、祝着至極に御座いまする」頼朝が声を上げる。相変わらず如才ない。

 頼朝の矢籠は数本矢が減っているので、矢は何本か遠くから放ったらしい。

 義平にはそれより進言せねばならぬことが多々ある。

「それは、祝着至極にて、して首は」

 途端、義朝の表情が変わった。

「首など一々取っておらんわ、討ち払ったまでよ」

「郁芳門は、百騎といったところでしょう」

 義朝の表情が露骨に曇る。

「何故、数までわかる」

「旗の数を見ればおおよそ、わかりまする」

 義朝、愛馬より下馬し大きく、ため息をつく。

「父上、これでは、討ったことになりませぬが」

「おまえは、人が上機嫌なところを、ほんに一々、抗のう、おまえも、もう少しで重盛を討つところを政清を助け、二人の武者の首をはねたそうじゃないか」」

「この義平のことは、どうでもようございます。それより父上、今が引き際と心得まする。今こそ東国に引きましょう、これは罠でございまする、平家方も数百騎の騎馬を自ずから引いたまでのこと。我らが打ち払ったのでは決してございませぬ。向こうが引いたので御座いまする」

「同じことじゃ、それを打ち払ったと申すのじゃ」

「我等は、北を背にし南へ向いておる大内裏におりまする、平家が下がり陣立てし直しておる今こそ、京を南へ駆けぬけ、瀬田を周り東国に抜けるまたとない好機。それにもう十二分に一矢報いたではありませぬか、溜飲も下がったところにて、、」

 ところが、義朝が割り込んだ。

「いや、戦は潮時が肝心、今が攻め時ぞ、不覚人信頼は知らぬが、我等源氏の士気は高い。おまえと、わしが上げた士気ぞ、このまま六波羅まで一気に打って出る」

 今度は、義平の顔色が変わった。

「父上、ご冗談を」

「戰場で冗談など言うやつはおらん。清盛めに一太刀浴びせぬとこの義朝どうにも気が収まらぬ」

「父上、此度は、父上のお命にも十分に関わりまする、どうか一度でよいので周りをご覧あれ」

 義朝左右をぐるっと見回す。

「陽明門を守っておった源光保殿は何処に」

「おらぬな」

「神器を手に入れた源師仲殿は何処へ」

「おらぬな、あやつは、ほぼ神器を盗んだも同然、盗賊じゃ」

「では、源頼政殿は」

「あの鵺退治ぬえたいじは、最初からおらぬわ」

「では、、」義平が更に続けようとしてが出来なかった。本当に名を挙げる味方がいないのである。

「案ずるな、摂津源氏の連中ははなから数には入れておらぬ、あてになるわ我等河内源氏だけよ」

「光保殿が何処へ行ったとお思いか?」

「知らぬわ、あんな掘り返してまで首を取る、外道など」

「恐らく、清盛公の元」

「それがどうした!」

 義朝が怒鳴った。議論は怒鳴りだしたほうが負けている証拠である。

 義平にももう説得するすべがなかった。

 刹那、父義朝の目が一瞬光った。

「それより、わしにもおまえに話しがある、汚れ仕事を授けたと思ってわしを恨んでも構わぬ。藤原信頼を殺してこい」

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