5 部活はどうする?

 結局、この日は始業式を終えると、特に何事も無く帰宅することとなった。

 学校を出る際、ミコトはふと、


(今日も八雲はほとんどしゃべらなかったなぁ……)


 そんな事を考えていた。

 理由はわかっている。八雲は昨年末に母親を病気で失い、それからというもの元気が無い。もともと大人しいタイプの少年ではあったが、決して無口という事は無かったし、根暗というわけでもない。

 大切な親を失って半年も経過してないため、立ち直るにはもう少し時間が必要なのかもしれないが、それにしたってあれほどまでに元気をなくしているのは少し心配であった。


(あたしもパパを早くに亡くしてるけど、記憶に無いからなぁ……)


 ミコトは父親の顔すら覚えていない。何故か家には父親の写真すら一枚も残っていないのである。だから父親に関する記憶は一切無いと言っていい。

 その方が幸せなのかどうなのかはわからないが、ひとつ言える事は、思い出の沢山ある大切な人を失うという悲しみは言葉では言い表せないほどのものなのだろうという事であった。

 八雲はミコトにとって幼馴染みであったし、彼の母親にも何度も会った事がある。当然のように葬儀には参列したが、さすがのミコトもその時の悲しさ、寂しさは胸を締め付けられるような思いであった。それが実の息子となれば、なおのことだと思う。

 なんとか元気づけてやりたいという気持ちはあったが、今のミコトにはどうして良いものやら見当が付かない。だから、今まで通りに接するしかないのであった。


 入学式の日から三日ほどが過ぎた。授業も既に始まっているし、中等部の新入生などは、そろそろ部活を探し始める頃である。

 高等部に昇級した学生たちも、中等部から続けていた部活を継続するか、あるいは別の部に入るか検討しなければならない頃合いである。


「鉄平はまた掛け持ちか?」


 鉄平の机に無造作に置かれた入部申請書を覗き込みながら、ミコトが嘲笑するような顔で尋ねた。

 彼は昨年まで柔道部とサッカー部という妙な組み合わせで部活を掛け持ちしていた。彼曰く、個人競技と団体競技の両方をやりたいからとの事であったが、それならそれで、もっと統一性のある競技にすれば良いものを……と常々感じていたが……果たして今回はどうなのだろう? と、ミコトをはじめ、仲間たちみんなが気になっているところではあった。


「へへ……。今回は柔道部と剣道部に入部することに決めたぜ」

「あら? 中等部の頃よりはマシな選択じゃない?」


 京華が少し感心したように二枚の入部申請書を手にとって見比べる。

 中等部の頃は個人競技と団体競技という違いだけでなく、球技と格闘技という違いもあった。しかし、今年からは両方武術という事で少なからず統一性があるように感じられる。


「でも、柔道は長いことやってたからわかるとして、何でもうひとつは剣道なの?」

「そりゃあ、おめぇ……素手でも武器を持っても強いとなりゃ、格好いいじゃねえか!」


 なんてことはない。ただ、それだけの理由であった。


「安直な……」


 ミコトは深いため息をついた。同時に、


(やっぱりバカはバカだったか……)


 少しでも感心した自分が嫌になった。


「て言うかさぁ、掛け持ちなんかして、両方の部には迷惑じゃないの?」


 京華の指摘に鉄平は「何で?」という顔をする。もはや説明するのも面倒であった。


「ウチは去年までから継続して料理研究部に入る事にしたよぉ」


 瑞木も申請書を手に、鉄平の席までやって来た。


「ああ、料理研ね……。お店の新メニューに活かしたいからだっけ?」

「そうそう!」

 

 ミコトの質問に屈託無い笑みを浮かべる瑞木だが、ミコトと京華は少々残念そうに弱々しい笑みを浮かべて顔を見合わせる。

 彼女たちのそういった反応も当然と言えば当然だ。瑞木の家は父親がお好み焼屋を営んでいるのだが、まず、普通の料理を出すのもお好み焼屋としてこだわりが無いようで瑞木の父親としては抵抗があるだろう。だから、瑞木が新メニューを考案しても、なかなかそれを受け入れてはくれない。それにこの学校の料理研も料理研とは名ばかりで、洋菓子しか作っているところを見たことが無い。無論、お菓子作りだって料理のひとつではあるが、普通の料理を作っていない事から、密かにお菓子研究部とも呼ばれていた。


「ま、まあ、瑞木が前に作って持ってきてくれたエッグタルトは美味しかったな」

「そう? 良かったぁ」


 ミコトが褒めたものだから、瑞木はちょっと照れ臭そうにはにかんで見せる。自分の目的と部活でやっている内容がズレている事に関しては何の疑問も抱いていないようだ。


「八雲、おまえは相変わらず部活はやらないのか?」


 ミコトは、鉄平の前の席に座っている八雲の肩をポンッと叩くと、そのまま彼の前に回り、しゃがみ込んで八雲の机に頬杖をついた。そしてまじまじと彼の顔を覗き込む。


「え? あ……そのつもりだけど……」


 八雲はミコトに顔を覗き込まれ、なんだか居心地悪そうに視線を窓の方に逸らした。


「おまえも何か部活くらいやったらどうなんだ? あたしたち以外に友達いないんだからさぁ」

「そ、そう言われても……」


 どうにも煮え切らない態度だ。傍から見れば大きなお世話だと思うが、ミコトは昔から何かにつけて八雲の世話を焼いている。


(まるで本当の姉弟みたいよねぇ。あの子ってば八雲の事になると、すぐに口出しするんだから)


 京華はミコトや八雲との付き合いも長いので、二人の性格は良く知っているが、殊更ミコトの八雲に対する接し方は未だに理解しがたいところがある。

 そもそもミコトは大雑把な性格で、他人の行動には無関心である事が多い。他人に対しては単純に善か悪かを自分の物差しのみで測り、悪と断ずる者には力を以て粛正する。相手が善であろうが悪であろうが、個人的な事にはほとんど踏み込むようなことはしない娘である。

 それなのに八雲に対しては、過干渉と言っても良いくらいに口出しするのだ。幼馴染みだからと言ってしまえばそれまでだが、同じ幼馴染みである京華に対してだって、そこまで踏み込んで来た事はない。

 以前、京華がその事を指摘したのだが、ミコトは、


「八雲って頼り無いからなぁ」


 そんなひと言で片付けられてしまった。

 言ってることはわかるが、どうも釈然としない。かと言って、ミコトが八雲を恋愛対象として見ているかというと、それも何となく違う気がする。


(ホント……奇妙な関係よね……)


 幼馴染みながら、そんな二人が微笑ましくもあった。


(そもそも、あの子って恋愛感情って持ったことあるのかしら?)


 そんな疑問が湧く。記憶を辿る限り、ミコトがそういった感情を表に出した事は一度も無い。

 恋愛というものが、どういうものなのかすら知らないのではないか? そんな風にすら感じられる。


「まあ、奥手なのは確かか……」

「ん? 何が?」


 ミコトが怪訝な顔で京華を見上げていた。

 無意識のうちに心の声が漏れてしまったらしい。


「別にぃ」


 飽くまで平静を装ったが、内心は慌てていた。なんとか話題を逸らさねばと頭をフル回転させる……が、意外なところから助け船が出た。


「八雲の事言うけどよぉ……。それ言ったら、ミコトも京華も部活なんて前からやってなかったじゃねぇか」


(鉄平、グッジョブ!)


 京華は小さくガッツポーズを作る。上手い具合に鉄平が話題を逸らしてくれたのだ。


「あたしは良いんだ! 常に成績トップを走らなきゃいけないから、部活やってる余裕なんて無い。それに……」


 ミコトはその場ですっくと立ち上がると、ふてぶてしく腕組みをして、


「この学校の綱紀粛正はあたしが取り仕切ってるんだから、それがあたしの部活みたいなもんだ!」


 そう言って、いつもの高笑い。

 一方、京華は、


「そのミコトが暴走するのをアタシが食い止めなきゃならないから、アタシもオチオチ部活をやってられません」


 お手上げポーズでかぶりを振った。


「ああ、なるほど……」


 京華の理由だけは妙にみんなが納得する。もちろん、ミコト以外がだ。

 その様子にミコトはブツブツと不平を溢していたが、京華に強く反発したところで何を言われるか分からなかったがため、それ以上、部活の話題で盛り上がろうとはしなかった。


 

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