2 あの性格さえ無けりゃ

 二人はようやく校門までたどり着いた。なんとか間に合ったようではあったが、ミコトはまだしかめっ面のままブツブツと文句を言っている。


「ったく……おまえはいつまで経ってもグズで 」


 ポカッ! 


「のろまで 」


 ポカッ!


「どうしようもない昼行灯で 」


 ポカッ!

 いちいち弟の後頭部にゲンコツを食らわせている。


「もう許してよぉ……」


 リュウトは頭を押さえながら、いじめられている犬のような泣き声をあげていた。ここまで来ると、傍目から見ても哀れに思えてくる。

 この学園では入学式は新たに中等部に入って来た学生のみが行われる形で、式は高等部校舎の東側にある体育館で行われる事になっている。

 ミコトは「式の最中に寝るな」とか「ちゃんと先生の指示に従え」とか、あれこれ注意しながらリュウトを体育館の入り口まで送るが、そんな様子を大勢の学生が珍しい物でも見るかのような目で注目していた。


「なあ……あれが狂犬の弟か?」

「らしいな……」

「なんと言うか……血を分けた姉弟とは思えないな……」


 二人の様子を見ていた男子生徒の一部がそんな事を話している。無論、ミコトの立っている位置からは大分離れているし、声も潜めているからミコトの耳には入っていないだろうと高をくくっている。

 が、ミコトは突然彼らの方を振り返ると、鋭い眼光でキッと睨みつけ、ツカツカと大股歩きで近付いてきた。


「そこのおまえら、なんかあたしの事話してたみたいだけど……」

「え、あ……」


 男子生徒たちは口ごもる。その表情は明らかに怯えていた。


「まあ、あたしの噂をするくらいなら構わないが、あたしに楯突くとどうなるかくらい……」 


 そこまで言って彼らにズイッと迫る。


「分かってるよなぁ?」


 全てを呑み込むような威圧感。その目に睨まれると、もはや蛇に睨まれたカエルよろしく、彼らは身動きひとつ出来ない。さらに僅かに開かれた口には八重歯がキラリと光る。

 鬼か悪魔か……。まさにそんな表現がふさわしい。


「そ、そんな……筑波に楯突くなんて……滅相もない……」


 男子学生たちはブンブンと手を振ってたじろぐ。


「そ……。ならば結構。はぁ~っはっはっはっはっ!」


 と、腕組みをして高笑いを浮かべながら去って行った。

 男子生徒たちは命拾いしたとばかりに深いため息をつく。


「あの悪魔みたいな高笑い……。たまらねぇなぁ……」

「去年、高等部に上がって、ようやく平和が訪れたと思ったのに、今年からまた、あの狂犬と一緒の校舎になるんだな……」


 もう一度、深いため息。どうやら彼らはミコトの一年先輩であるらしい。

 ミコトはこの学園内で「狂犬」と呼ばれていた。と言うのも、彼女は人一倍正義感が強いのだが、彼女の掲げる正義という物はひどく偏っており、ほとんど独りよがりの正義と言って良い。要は……自分が間違っていると思った物事は悪であると否定し、有無を言わせず断罪してゆく。

 おまけにミコトは外見に似合わず、とてつもなく喧嘩が強い。そして、自分が気にくわないと見なすと誰彼構わず噛みつく凶暴な性格。

 故に多くの者が彼女を恐れ、その性格から「狂犬」と呼ぶようになっていた。

 無論、ミコト自身、そのように呼ばれている事は知っている。だが、彼女はむしろ、そのあだ名が気に入ってもいた。

 力によって抑え付け、間違いを正してゆく。みんなが自分を恐れて悪事を根絶できるのであれば、それこそミコトの理想通りというものだ。

 さらには人々から尊敬もされなければいけないと思っている。だから、必死に学業やスポーツにも取り組み、常に成績トップを維持し続けている。「あたしは完全無欠じゃなければいけないんだ」と、いつも友人たちに言っている事であった。


「そもそも、去年の一件知ってるか?」

「ああ、武器を持った暴走族十一人を相手に

 一人素手で大立ち回りしたって話だろ?」


 昨年秋頃にミコトは他の地域から来ていた暴走族十一人を相手に素手で立ち向かった。理由は暴走行為が近所迷惑だからと彼らに告げ、ほとんどミコトの方から喧嘩を売った形であった。もっとも、一般に知られている理由はここまでで、実はほかに理由があったようではあるが。

 結果、全員病院送り。無論、ミコトの方もさすがに無事では済まず、彼女自身も左手首、肋骨二本を骨折、右脚に亀裂骨折、打撲、裂傷が数十ヶ所という大怪我を負った。

 しかし、数日学校を休んだだけで、全身包帯だらけの姿ながら勝ち誇った顔で、すぐに復帰した。


「あいつは化け物だよ……」


 そう……ミコトの強さは化け物じみていた。


「あの性格さえ無けりゃなぁ……」


 体は同世代の女の子よりも人一倍小さいが、確かに顔は良い。声だって普通にしゃべっている分には若干幼さが残っているような可愛らしいものである。が、ひとたび凄んで見せると、その迫力は満点であった。

 可愛さに関しては事実、一部に熱狂的なミコトファンがいるほどである。しかしながら、その凶暴な性格が邪魔をして、言い寄って来るような者は誰一人としていなかった。

 ミコトの隠れファンの間では、「言い寄る勇気がある者は勇者として末代まで讃えられる」とまで言われているほどだ。もちろん、本人は自分に隠れファンがいるという事さえ知らないのだが……。

 

 

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