ブンゲイファイトクラブ供養
フォルトトレラント
いい加減に散らかってきたから家の古着を適当にまとめて売ったら、真凛のお気に入りも混じってたらしく、真凛がキレた。
「なんでお姉ちゃんはそう何事も雑なのよ!! もういや! こんな家、出て行くからね!」
「べつにいいけど、どこに住むの?」
「けーくんの部屋に行く! 高校にはちゃんと通うからご心配なく!!」
言うが早いか、真凛は制服のままボコボコとボストンバッグに服を詰めて立ち上がる。
「真凛、セックスに過度な期待を寄せちゃダメだよ。所詮はセックスだからね」
真凛は我が家では奇跡的に真面目に育ったの子なのだけど、最近けーくんっていう大学生の彼氏ができてセックスの味を覚えたっぽくて、ここから急転落とかしそうで心配だ。
「そういうところがほんと嫌い!!」
「わたしは真凛のこと愛してるよ」
「あーそう! それじゃあね!!」
バーン!! と、玄関の扉を鳴らして真凛が行ってしまったので、わたしは台所の浩二くんに「真凛が家出したから、たぶん今日は晩ごはんいらないと思う」と伝える。
「え、マジで? 今日だけ? 明日も?」
「分かんないけど、彼氏との破局は早そう」
「まあ人数減るなら、俺は楽でいいけど」
浩二くんは母の彼氏で、先々月に酔って暴力事件を起こして仕事をクビになった挙句にアパートも追い出されてウチに転がり込んできた。アホで甲斐性ナシだけど料理が上手だし、いちおう近くのデイサービスで朝夕の送迎のバイトをしているから完全な無職ってわけでもないし、パチンコもそこそこ勝てる人だから、家計的には微プラスくらいの人材で、歴代の母の彼氏の中では一番まともだ。
「あとわたしも晩ごはんいらないから」
「なに、また彼氏と飲みに行くの? じゃあ、海斗にも晩ごはんいるか聞いてきてよ。俺ひとりならわざわざ米炊くのも面倒だし」
浩二くんに言われて、わたしは玄関先でカブを分解してるお兄ちゃんに「浩二くんが晩ごはんいるかって」と、訊きにいく。
「え? ないならないで別にいいけど」
「お母さんも夜の仕事ある日だし、今日は浩二くんとお兄ちゃんだけみたいだから」
「じゃあ、なんか適当に済ますわ。陽があるうちにコレも仕上げちゃわないとだし」
仕事から帰ってくる途中で壊れたらしく、お兄ちゃんは昼過ぎに汗だくでカブを押しながら帰ってきた。明日の朝までに直しておかないと、出勤できなくなってしまう。
「そんなバラバラにしちゃって、直るの?」
「簡単なもんだよ。古いからすぐ壊れるけど、部品も簡単に手に入るから、そのへんで拾ってきた雑なパーツを嵌めれば、また走る」
「でも、どうせまた壊れるんでしょ?」
「壊れても、適当なゴミを嵌めれば走るからな。すぐに直るなら、壊れないのと大して変わらない。だったら安いほうがえらい」
分からないことはないけど、そのたびにフウフウ押して帰ってくる羽目になるんだから、わりと大した違いだとは思う。
「あと、真凛が家出したよ」
「まあいいんじゃね? 俺も高校生のときはほとんど家に帰らなかったし」
「お兄ちゃんの高校生のときって、二週間もなかったじゃん」「そういやそうだな」
浩二くんに「お兄ちゃんも晩ごはんいらないって~」って伝えたら「じゃあ俺もちょっと飲みに出てくるわ」って、浩二くんはサンダルを引っ掛けて出ていって、そしたら彼氏から電話が掛かってきて「ごめん風子。急に会社の先輩と飲みにいくことになっちゃって、今日ダメだわ」と言われてしまう。
「え、でももう浩二くんに今日は晩ごはんいらないって言っちゃったんだけど」
「マジでごめん。でも外せなくてさぁ」
「じゃあそれ、わたしも行っていい?」
「あ、風子がこっち出てくる? ちょっと待って。先輩に訊いてみるわ」
電話の向こうで彼氏が「俺の彼女も来ちゃっていいですかね?」みたいなことを言ってて、すぐに「オッケーだって」と返事がある。
「駅裏の焼き鳥屋、先に入ってるから」
で、クロックスに足を突っ込んで出掛けようとして思い直して、穴のあいてないジーンズと染みのないTシャツに着替えて、軽く化粧して、スニーカーを履いて玄関を出る。
外ではお兄ちゃんがカブのペダルをガチャガチャ踏んでいて、わたしが「どう?」って訊いた瞬間にボン! とエンジンがかかる。
「あ、直ったじゃん」
「うん。あとはカウルつければ完成」
駅まで歩いて、無人の改札を抜けて快速に乗って「切符落としちゃったんです」って言って、一四〇円だけ払って改札を出る。
焼き鳥屋に入ったら「おう! 風子こっちこっち!」って奥のほうから呼ばれて、彼氏の先輩に挨拶してウーロン茶を注文する。彼氏の先輩に「彼女めっちゃかわいいじゃん」とか言われて、まあ悪い気はしない。
「なに風子、飲まないの?」
「うん。赤ちゃんできたみたいだから」
「え、マジで?」
「たぶんマジ。明日、病院行ってくる」
彼氏の先輩もマジかよ~お前どうすんの? とか言ってて、彼氏がタバコを咥えながら「じゃあ、結婚する?」と訊いてくる。
「うん。しよう、結婚」
「でも住むとこなくね? 俺んち無理だよ」
「うち来れば? 真凛が家出したから部屋空いたし。家賃かかんないよ」
「ほんと? じゃあそうしようか」
で、ライターに火をつけたところで「あ、タバコもまずいんじゃね?」と、彼氏が言う。
「たぶんね。よくはないと思う」
「ふーん。じゃあやめるか」と、彼氏はまだ入ってるタバコの箱をグシャッと潰す。
そうなると部屋が足りなくなっちゃうから、真凛には家出を頑張ってもらわないと。
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