反省会


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「――ということで、救出に関しては最高評価をつけたいところですが、作戦内容としては、今回の戦闘評価はEダブルマイナー、つまり最低評価となります」


 感情も抑揚もない少女の声が会議室に響く。

 上座にあるスクリーンには今回の作戦での各自の行動が事細かに書かれており、改善点がこれも事細かに書かれていた。

 そのスクリーンの隣には、シルバーブロンドの髪を背中まで延ばした、十代後半の少女がタブレット形状の情報端末を持ち、背筋を伸ばして立っていた。

 オペレーター用のスーツを着ているが、衣装に着られている感じが初々しさを感じさせた。

 少女が軽く指で端末画面を弾くと、会議室の照明が明るくなった。


「意見や質問がある方は?」


 その少女――エリスが周りを見渡す。

 U字型の白いテーブル、席は七席、小規模の人数でする会議には十分な広さの部屋だ。

 その会議室にいたのは、男性三人、女性はエリスを含め三人。皆、同じような情報端末を持ち、プレゼンテーションの内容とそれぞれの行動ログを参照している。


「異議あり!」


 エリスによく似た顔をした、シルバーブロンドでポニーテール、勝ち気という言葉がお似合いな少女が声を上げた。

 この前の作戦で救出対象という不名誉なレッテルを貼られたエエルだ。

 キャミソールにローレグという活発ここに極まれりという服装がよく似合っている。


「はい、姉さん」

「どうみても私の行動に不備なんてないでしょ。個人評価でEダブルマイナーどころかトリプルマイナーってなによ、ひどすぎる!」


 だいたい、最低評価はEダブルマイナーでしょうが! エエルは立ちながら、不当な評価だと訴える。

 エリスはふむ、と意見を聞き、それに回答する。


「当然の結果だと思いますが。確かに途中のスニーキングは陽炎の能力があったとしても素晴らしい、お手本のような侵入です。しかし、姉さんの部隊としての重要任務であるUSNハックに関してはお粗末としかいえません」


 エリスがスクリーン上の音声ファイルをタブレットから軽くはじき、選択する。


『テンプレをそのまま使ってるUSNなんてこんなもの。むしろ手応えがなさ過ぎてあくびがでちゃう』


 エエルの顔が固まった。


「ノーマルの隊長よりも速く罠だと気づかない時点でウォーハッカー失格です」

「ぐぐ」

「この後の応戦もマイナス要素です。敵の異常性に驚きすぎです。タマサ君の補助がなければ死んでいましたよ、姉さん」


 次に動画ファイル。エエル機、陽炎のアイカメラからの画像と、USNによりシミュレートで起こされたバードビュー(空中斜め視点)からの戦闘ログが映し出される。

 それを見ると、確かに動いていなければならない場面で、時々エエル機が止まっていることが容易に分かった。


「い、妹のくせに生意気な……」

「この指摘をして姉さんが生き残ってくれるのであれば私も生意気にもなりましょう」

「ぐぬ」

「はっは、こりゃエリスの勝ちだな。エエル、素直に改善点を受け止めろ」


 U字カーブの真ん中に座っていた、頬に傷のある、彫りの深い顔をした黒髪の男、バックスが笑った。

 タクティカルジャケットにTシャツ、軍用ズボンと軍用ブーツという出で立ちは、まさしく傭兵と言った風貌だ。


「隊長まで!」


[聞き分けがないようにしか聞こえないね]とオンライン参加しているユキナからもツッコミ。


「うるさい、AIの癖に」

 ふん、とエエルは顔を横に向ける。


「とゆーかさー、エエルの評価が今回の作戦評価を下げてるんだよ。とばっちりを受けてるこっちの身になってよ」

 と、両手を後頭部に回している、ぼさぼさ黒髪の少年が眠たげ気な声で文句を言う。

 サブマシンガンを装備した軽量型CATを操るジロウだ。

 体は小柄ながらも、緑のタンクトップから見える適切に鍛えられた筋肉が、彼が普通でないことを物語っている。

 イスを前足だけ上げて、シーソーのように遊ばせている時点であまり真剣さがないようだが、彼の指摘はもっともだった。


「うるさい、弾ばらまいてただけのくせに」

「制圧射撃だって重要だろ!」

「銃は当たらなきゃ意味が無いんですー、お子様だから分からないんですかねー?」

「あんなのに命中なんか出来る分けねーだろ! それともなんだ? お前に引導渡したほうが良かったか?」

「なにおう!」

「なんだよ!」

 向かいの席だったエエルとジロウは睨み合う。


「どうどう、二人とも」

 ジロウの横にいる、眼鏡をかけた金髪長身の男、ラディスが両手を前に出して、落ち着けのポーズを取る。

 皺のないワイシャツとズボンという戦場染みていない服装が、落ち着いた雰囲気を作っている。とても猫乗りには見えない青年だ。


「揚げ足を取り合うよりも、敵の対策を取ることが重要だろ?」

「その通りだ、ラディ。……正直、今回は俺以外全滅もあり得た。

 あの刀使いの圧倒的な戦闘力。おそらく、並の傭兵会社では中隊でも太刀打ちが出来ないレベルだ」


 バックス以外全滅したという言葉にも説得力があった。

 アレと一対一で戦えると言えるほど、この場の傭兵はうぬぼれていない。

 更に、今回はブービートラップからの不意打ちという状況も入っている。

 こちらも今のような小隊規模規模でなく中隊規模であれば不意打ちにも対応できるだろうが、それはクライアントから了承されないだろう。


 主に、金銭的な理由で。


「くうう、考えれば考えるほど悔しいっ! カー姉さん、私の猫、まだ直ってないの?」

「無茶言わない。カメローは無いわ、片腕片手首欠損してるわのひどい状態なんだから。

 あと、陽炎の吸音構造入ってる特製ボーンフレームはフィックスポッドもまだ対応してないし。

 これはさすがに本部に帰らない限り修理は無理」


 カー姉さんと呼ばれた、薄茶色の作業服と麻色の短髪が特徴的な女性、カーネがエエルの言葉に対して肩を竦める。


「じゃあうちの猫は作戦終了まで使えないってこと?!」

「そういうこと」

「そんなぁ……せめて代用のフレーム使うとかで」

「エエル、カーネを困らせるんじゃない」

「だって……」

「今回はいろいろあったが、今まで通り作戦の中でお前が直せるところを直せ。命あっての物種だ」


 お前は出来る奴だってことは皆知ってるんだから、とバックスは付け足す。


「あとタマサにちゃんと礼を言っておくように。いいな?」

「……分かったわよ」

 渋々、といった感じのエエルは、こくりと頷いた。


「よし、それじゃこれから対策会議だ。エリス、おさらいも兼ねてミッションの再説明を頼む」

「分かりました」


 対策会議、その言葉から、場の空気が変わる。


 ジロウは座る姿勢を正し、ラディスは眼鏡を正し、エエルはプレゼンテーションディスプレイを正面に見据える。


 いい顔だ。バックスはカーネと目を合わせ、満足そうに頷いた。

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