Moon Eater

加湿器

第1話 海渡り大鴉

 暗い宇宙の虚空の中に、ひっそりと取り残された墓標がある。


 ここは船の墓場だ。

 海原を越える道の途中で、力尽きたものたちの墓場。

 忘れられた夢たちの墓場。


 私達船乗りが、いつかたどり着く場所。


******


 力尽きた宇宙船が肩を寄せ合うように息絶えるこの宙域は、数ヶ月前まで戦場だった場所だ。

 見渡す限りに広がるスペースデブリの間を縫うように哨戒艇を駆れば、いやでもその傷痕が目に入る。

 今はもうその機能も役目も失った軍船達、主を失った砲塔や機銃、元が何だったのかすら判らない鉄塊の星々。


 そして、還る船を失った船乗り達の骸。


 偶然目に入ったその宇宙服から目をそらすようにアタシは操縦を続ける。

 慣性飛行中の船内はひどく静かだ。聞こえてくるのは計器のかすかなノイズと、同乗者たちの息遣いだけ。

 宇宙服の損傷からして、砲撃でエアダクトから放り出されたのだろう。

 それでも、この辺りを漂う死体達の中では運のよいほうだ。


 ・・・・・・生身で宇宙に放り出された人間の末路は、悲惨という言葉そのものだ。

 操縦に集中しなければならないとわかっていても、数ヶ月前に戦争の中で見た光景がフラッシュバックする。

 体中をズタズタに引き裂かれ、飛び出した血や眼球が瞬間に凍りつき、さえぎるもののない恒星の光で体を焼かれ・・・・・・。

 アタシだって、それなりの修羅場は踏んできたつもりだ。それでも、あれを忘れることは暫く出来ないだろう。


「っと、やべ」


 集中力を乱したせいか、哨戒艇がデブリに近づきすぎてしまった。

 衝突させるようなことはないが、回避のために船体は大きく揺れてしまう。

 普段一人でスクーターを乗り回している時ならば、さして気にもしないような振動。だが、今は事情が違う。

 とっさに速度を落としながら、船体側面のジェットでぶれた進行方向を調整し揺れを収める。


 そうして、静かだった船内が、サブエンジンの駆動と共に少しずつざわめきだしていく。

 重力装置にも多少の負荷がかかったようで、手元のパネルの黄色い警告灯はちかちかと、そして控えめに抗議を発していた。

 ふっ、と短く息を吐いて気合を入れなおすと、目線は外さずに後ろの気配に気を尖らせる。

 船倉からは相変わらず規則正しい寝息の音が聞こえてくる。どうやら「お客様」の眠りの邪魔にはならなかったようだ。

 この船に乗る前の彼らの憔悴しきった様子を思い出し、アタシは一先ず胸をなでおろす。


 では、同乗者はどうか。前方に障害物が見当たらないことを確認すると、ミラー越しに通信席に目を向けた。


「あまり荒い操縦は困るぞ、フル」


 自身に目線が向けられたことを気配で察したのか、同乗者が皮肉めいた口調で忠告する。


「・・・・・・悪い、起こしたか、ロイ」


 同乗者――「ロイ=L・ランバート」は、それまで身を沈めていたシートから起き上がると、小さく伸びをしてこちらへ向き直る。


「いつもの哨戒とは違う。今日は大事な荷物が載ってるんだぜ、わかってるのか。」


「いちいちうっさいんだよ。」


 短く言葉を交わすと、アタシは目の前の船窓へと向き直り母船との距離を確認する。

 こいつの皮肉に腹を立てたりはしない。こんな口ぶりでもなんだかんだいつも相手を気遣って心配してくれている。

 アタシの経験上こいつのこういう物言いはいつも、そんな気持ちの気恥ずかしさ故の裏返しなのだ。そう思っている。


 まるで天球儀のようなレーダーの反応の中から、懐かしい母艦の姿を見つけ出した。比較的長期に渡った今回の遠征も、もうコンマ数パーセクで終わるようだ。

 この狭苦しい哨戒艇から開放されるのは素直に喜ばしいことだ。


「なぁ、ロイ。」


 気晴らしにと同乗者に呼びかける。どうせもう数分もせずに帰還できるんだ。少し話に付き合ってもらっても問題はないだろう。


「こいつらは、何時までこのままなんだろうな。」


 いくら戦場跡とはいえ、数ヶ月もこの規模のデブリ郡が放置されているのは普通じゃない。

 そのほとんどが機能を失っていても、先ず金属資源としての価値がある。

 普通ならもうとっくに回収されているはずだ。ここで戦っていた陣営のどちらかに。


 ……三星皇国軍と、外惑星国家郡連合アウタースペーシズ

 ここで戦っていたのは、あたし達にとってどちらも知らぬフリの出来ない存在だ。


「……さあな、リチャードにでも聞いてくれ。」


「あの船長殿が真面目に答えるかよ。」


 両軍が手を出せていないのは、アタシ達のせいだ。

 この宙域にアタシたちが滞在しているから。

 あの船長のことだから、何か理由があるのだろう。船や死者に対しての敬意を忘れるほど腐った船乗りじゃあない。それを押してでも、ここにとどまる理由があるってことなんだろう。

 ......だからこそ、納得のいかないところもあるのだが。


「・・・・・・アタシ達にも、理由ぐらい教えてくれても良いと思うんだけどな。」


「何だ、今日は随分感傷的じゃあないか。お前らしくもない。」


「アタシだって、たまにはそんな日もあるさ。オンナノコだからな。」


「ハハ、そういうセリフは、もう少しそれらしい格好が出来るようになってから言えよ、ハナミズ女。」


 ・・・・・・らしくないのはわかるが、鼻で笑われると流石に怒るぞ。


 そうしてじゃれあっているうちに、すぐに船は母艦に近づいている。

 こいつへの報復は・・・・・・まあ後で考えるとしよう。通信席に視線を送れば、すでにロイも船長室との回線を開き始めている。

 後は、誘導ビーコンに従って哨戒艇を着艦させるだけだ。

 帰ってきた。我らの船、私掠船「黄金の鯨」号ゴールデンウェールに。


「――『大鴉レイヴン』から『黄金の鯨ゴールデンウェール』へ、こちらは操縦者のフレイ=N・ダンテスト。着艦を要求する。繰り返す――」

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