3. 逃げた先で



 最寄駅じゃすぐに見つかっちゃうから三駅移動して、ファストフード店でどこに行くか考える。さて、どこに逃げようか……。


 おじいちゃんとおばあちゃんの所にはもうパパが連絡してるだろうし、もしそうじゃなくても強制送還されるに決まってる。

 どうしよう。全然思い付かないや。


 ここは駅のそばだから、いつまでもいるわけにいかない。私は飲み終わったコーヒーのカップを捨てて、店を出た。もう少し電車で移動しよう。



                   *



 電車でさらに五駅移動して、私は歩き始めた。ここから歩いて三十分くらいの所に、広めの児童公園がある。うちは昔このあたりに住んでて、小さい頃何度か遊びにきた。


 住宅街を歩いていると、まわりの家から色々声が聴こえる。


「デスペロブラスター!」

「うぐああ!」

 小さい子どもの声。それにバシャバシャ水の音。お風呂で兄弟が遊んでるんだな。


「あははは。ほら、もう切れちゃったじゃん。やっぱり男の人って下手だなあ」

「今のはミスだって! もう一回」

「もうダメ。それが記録だよ」

 若い夫婦っぽい男女の声。なんだろ……リンゴの皮むきを長く続けられるか競争してるのかな。私の家もこんなだったらいいのに。


 匂いも気になってきた。


 お魚焼く匂い……あ、こっちはカレーだ。で、こっちはめんつゆっぽい。うどんかお蕎麦? さっきのお店では節約のためにコーヒーだけしか頼まなかったからな。空きっ腹にこの匂いは効くよ。



 そんな調子で公園までやってくると、もう午後七時。あたりも暗くなっている。私はベンチに腰を下ろした。

 まさかここまで来るとはパパもママも思わないだろうから、しばらくここでこれからの事を考えよう。


 土曜日だから、そろそろパパが私の事を探し始めてるだろうな。ママはどうせ家で待ってるだけ。則宏と織浩がいるからね。



 ママはいっつもそう。大事なことはパパに任せっきりで、そのくせ受験の話みたいな事になるとダメダメって勝手なストップかけてさ。

 ご飯作ってたってお味噌汁をいつもしょっぱくしちゃうし、家族の誕生日に焼くケーキは、いつもスポンジもクリームも固い。

 パパと喧嘩するといつもつーんとしてて、自分が悪い時だってパパが謝るまで喧嘩は終わらない。


「雲雀ちゃん」


 色々とママの事を考えている私に、突然人が声をかけてきた。ハッとして顔を上げると


「こんなところまで来てたんだねえ。パパもママも心配してるよ」


 この人は宮基みやもとまもるさん。私は「まもっちゃん」と呼んでいる。パパとママの学生時代からの友達だ。私は小さい頃からよく一緒に遊んでもらっていたけど、中学生になる時にうちが引っ越ししてから、合う機会は少なくなっていた。


「まもっちゃん、パパに私を捜してって頼まれたんでしょ?」

 あっさり家出がつぶされて、私が不機嫌丸出しの顔と声でそう言うと、まもっちゃんは軽く笑って「うん」とうなずいた。


「正確に言うと、ママにだけどね」

「え?」

 まもっちゃんは「パパに電話するね」と携帯を取り出した。


「雲雀ちゃん見つかったよ。うん。俺のうちの近くの……そうそう。……うん。分かった。じゃあここで待ってるよ」

 まもっちゃんは電話を切るとこう言った。


「ママが迎えにくるって」


「え、ママがくるの?」

 どうせ家で何もしないで待ってるだけだと思ってたのに。私は時計を確認した。もう夜九時過ぎだ。今から家を出てここまで来るなら、十時にはなっちゃう。一時間、まもっちゃんとお話しすることになる。ママよりずっと話の分かる人だから、私の気持ち分かってくれるだろうな。


「雲雀ちゃん、俺、隣座っていい?」


「うん」

 まもっちゃんは「よいしょ」と私の隣に腰を下ろすと、私に缶コーヒーを一本くれた。体が冷えてるからありがたい。「ありがと」と受け取って両掌で挟む。


「何があったの?」


「……ママとさ、喧嘩したんだよ」

「ふーん。それで怒りが治まらなくて家出したの」

「うん。だってさ、ママ、安曇野の卒業旅行の話したら、ダメの一点張りでさ。私の意見なんか聞いてくれないんだよ。私、入学したての一年生の頃からさ……」


 私は悔しさでだんだん泣き出してしまった。


「ずっと友達と……楽しみにしてたのにさ……」

「そっか。それは悔しかったねえ」

「私はさ……家族の中で仲間外れなんだよ。ママは私なんかよりさ……弟二人の方がさ……」


「雲雀!」


 いきなり私の名前が飛んできて、びっくりして振り返ると、公園の入り口にもうママがいた。まだ電話して十分もたってないのに……。ママは私のところまで走ってやってきた。


「雲雀……ハー、フー……」


 ママは息切れが激しくてほとんど喋れなくなってる。運動はからっきしダメで体力ないくせに、走りまくったんだよきっと。まもっちゃんが場所を開けて、私の隣にママが座った。しばらく息を落ち着けると、ママは言った。


「雲雀、ここ寒いからさ、うち帰ろう。帰ったら……お話しよう」

「ヤダ」

 どうせ私の話なんか聞いてくれない。ママのお説教タイムになるだけだよきっと。


「でも雲雀ちゃん、もう夜も遅いしねえ。それに、きっとパパは雲雀ちゃんの味方してくれるよ」

 まもっちゃん……まあ、確かにそうかも。

「そうしたらママも、雲雀ちゃんの話、さっきより聞いてくれるんじゃないかな」

 まもっちゃんはそう言ってママを見た。ママはこくりとうなずくと、私の手の上に自分の手をかぶせた。


「雲雀、帰ろう。今度はちゃんと雲雀の話聞くからさ」

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