第22話

ナタリーの駆け落ちの噂は、翌日には宮廷内を駆け巡っていた。

「駆け落ちなんて、びっくりしたよ。レイチェルの兄上と親しくなれたって、喜んでたのに……。わからないものだな」

 手紙を読んだときには、ナタリーが興奮して話す様子が目に浮かぶようだったというのに。

「なあエリー、ナタリーが落ち着いたら、連絡をとってみてくれないか?」

「とれません」

 きっぱりとエリーは言い切った。

「――そっか、駆け落ちだものな」

 ジェーンは肩を落とす。エリーは厳しい顔つきをジェーンに向けた。

「――ジェーン様、心して聞いてください。ナタリー嬢は、駆け落ちで行方をくらませたのではありません」

「どういうことだ?」

 ジェーンの顔が曇る。

「逢い引きではなかったのですよ、あの二人は。互いの家同士の連絡役だったのです。反ステュアートの」

「何だそれは。ナタリーは、私やレイチェルの大事な友人だ」

 眉を顰めて、ジェーンは言う。エリーは冷ややかに返した。

「それは存じ上げています。ブリュワー嬢が、本心ではどのように考えていたのかはわかりません。強要されていたのかもしれません。しかし、ブリュワー嬢が、ステュアート嬢や城内での出来事に関する情報を流していたのは事実です」

ジェーンは絶句した。

「駆け落ちの噂は、陛下が用意したあの二人が表舞台から消えるための、一応のカムフラージュです」

「どうして……」

 それだけ、絞り出すように言う。

「陛下は、あなたをこれ以上傷つけまいとしているのです。あの時、あのままやり過ごすこともできました。しかしそれではあなたが、ブリュワー嬢が反ステュアートに与していることを知ってしまう。それを避けるために、駆けつけたのです。あの日、あの場所で〝逢い引き〟があることは掴んでいました。しかし私は、ジェーン様をお連れした。――あなたに、現実を知ってほしかったのです」

 諭すように、エリーは続ける。

「我々は、先王陛下とエドガーの二の舞は避けたいのです。私はあなたに、そしてずっとお守りしてきた陛下に、幸せになっていただきたい。あなたにとって、厳しい事実だということはわかっています。今回動いたことでのリスクも承知しています。でも、あなたが陛下と共に戦っていただくために、必要だと思ったのです」

「ナタリーは、無事なのか」

 身体の震えを押さえ込むように、肘掛けを握りしめる。エリーは答えなかった。ジェーンはしばし考え込んでいたが、蒼白な顔でエリーの胸ぐらを掴む。エリーは無抵抗でジェーンを見つめる。ジェーンはそれをいいことに手荒くボタンを外すと、エリーの服を肌着ごと剥いた。ほどよく締まった背が露わになる。ジェーンはその背を見て唇をかんだ。赤黒い筋がいくつも浮かんでいる。長年の蓄積ではない。明らかに最近のものだとわかる。ジェーンはそっと服で身体を包んだ。

 トレヴィシックが、主人を危険に晒すことを、彼らの活動を妨げることに対して寛容であるはずがなかった。

「――無知とは、無力とは罪だな。周りに被害が及ぶ」

 吐き出すように、ジェーンは言う。どっと、背もたれに身体を預けて、天井を仰いだ。ぼんやりと、濃い栗色の格子模様を眺める。まるで、牢に閉じ込められているかのようだ。

 ――理想の王とは、どんなものだ。

 エリックの問いが浮かぶ。これまで自分は、守られてきたのだ。でも、永劫そのままではいられない。何より、自分で決めたのだ。エリックを、一人で戦わせたりしないと。

(恨むな。止まるな)

 必死に、ジェーンは自分を奮い立たせる。苦しんでいるのは、自分だけではないのだ。

 コツコツ

 扉がノックされ、秘書官の一人が現れた。顔が青い。相当に急いできたようで、肩で息をしている。

「どうしたんだ」

 ジェーンは訝しんだ。秘書官は、声を震わせていった。

「陛下が倒れられました」

 椅子を倒さんばかりの勢いで、ジェーンは立ち上がる。次の瞬間には、秘書官をおいて走り出していた

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