第27話 断念されたゲームたちに愛の手を!

 男子三日会わざれば刮目してみよ、という言葉がある。

 年頃の男の子は三日も会わなければ凄い成長をしているものだ、という意味だ。


 だが相手が女の子で、半年会わなかった場合はなんと言えばいいのだろう。

 しかも半年前は目の前でこてんぱんにして、そのプライドをへし折り、大泣きさせて帰らせた子である。

 あの時はもう二度と会うこともないだろうと思ったのだが、まさかあれから業界を震撼させるとんでもない事をやらかし、また話をする羽目になろうとは……。


「女子半年会わざれば目ん玉をくり抜かれかねん、やろか?」

「は? なんか言った?」


 美織にジロリと睨まれてしまったので、禿げ頭の男は慌てて自分の口に両手をあてた。

 どうやらつい口に出してしまっていたらしい。


「ふん、まぁ、いいわ。それよりも今日はビジネスの話をしにきたのよ。おたくの『ロングフィールド』シリーズの件で、ね」


 美織が瞳がぎらっと光った、ような気がした。

 半年前、闇雲に訴えてきた時とは明らかに違う、絶対的な権力を持った人間の眼であった。



 〇 〇 〇



 年が明けての一月下旬。

 美織はひとりで、半年前に返り討ちにあわされたゲームメーカーを訪れた。

 思えばあの時の敗北が全ての始まりだった。

 もしあの時、ああも打ちのめされていなかったら、『ぱらいそクエスト』は生まれていなかったであろう。

 ゲーム業界を取り巻く厳しい現状を思い知らされ、スマホゲーの脅威を改めて認識し、それでもその逆境を跳ね返すべく考え付いた『ぱらいそクエスト』。

 おかげでゲームショップの売上げは上がるわ、強力なライバルであったネット通販ジャングルはアプリ参加料を取ることで逆にお得意様にしてしまうわ、メーカーのダウンロード販売への傾注も阻止できるわと、全てが良い方向へと一気に傾いた。

 年末年始の商売戦線も、ぱらいそを始めどのゲームショップも、まるでゲームソフトが子供たちの最高の宝物だった時代に戻ったかのような忙しさだったと聞いている。

 

 そう考えると、まぁリベンジも多少手心を加えてやろうと美織は思った。

 あれだけぼこぼこにされて泣かされたのだ。本来ならば死を持って償うべきだが、まぁ半殺し程度で許してやるか。


「目ん玉くり抜かれる……」

「は?」


 ……やっぱり殺してやるべきかしら?



 〇 〇 〇



「はぁ。『ロングフィールド』は前にもお話したようにアプリゲームで出す予定なんやけど……」


 禿げ頭の社長は溜息混じりに答えた。

 もっともそのアプリゲーム市場は、今や完全に『ぱらいそクエスト』の独壇場だ。きっと今リリースしても、当初見込んでいたような利益を上げることは難しいだろう。

 そりゃあ溜息も出る。


「ああ、そっちの方はいいわ。私が興味があるのは開発中止した方の奴よ」

「あっちでっか」

「あんた、半年前に言ったわよねぇ。資金さえ準備出来たら開発を再開するって」


 とぼけさせたりなんかしないわよと睨みつける美織に、禿げ頭は「はぁ」と観念して頷いた。

 実際、帰り際に美織の祖父・鉄織とも、そんな話のやりとりをしているし、今更とぼけるつもりもない。

 

 しかし、あの時は必要な資金なんて用意出来ないと思ったから、適当に答えただけであった。

 安い資金でアホみたいに儲かることがあるスマホアプリならばともかく、金だけかかって利益はそれほどでもない家庭用ゲームなんて出来ればもう撤退したいとすら思っている。

 

「その資金、融資してあげるわ。幾らいるの?」


 だと言うのに、融資するなんてことを美織は言ってくる。

 勘弁してほしかった。


「幾らいるのと言われても、融資を受ける前に、そちらはんがどれだけの見返りを要求するかを聞かんとよう答えられまへんわ」

「ああ、それもそうね。すっかり忘れてた」


 忘れてた、とはまた白々しい。

 何せ美織はあのゴウテンドーを手玉に取り、ジャングルを味方につけた豪腕である。

 きっととんでもない額や物を要求してくるに違いない。


「私からの要求はただひとつよ。完成した『ロングフィールド』をバッテンイチタロー専用ソフトとしてパッケージ版を出すこと。それだけ」

「は? なんでっか、それ?」


 融資すると言っておいて、金銭の話に一切触れないとは一体どういうことなんだろうか?

 

「えっと、悪いんやが意味が分からへん。具体的に売上げの何パーセントをそっちに収めればええんか、はっきり言ってくれへんか?」


 こっちも暇な身とちゃうんやさかい、無駄な時間は使いとうないさかいと禿げ頭。

 が、美織はただニヤニヤと笑って


「そんなの『バッテンイチタロー』のライセンス料以外にいらないわ」


 と言い切ってみせた。


「いや、ですから冗談はそれぐらいにして。そんなんライセンス料だけで回収出来るような融資やったら、そもそも『ロングフィールド』の開発再開なんて出来まへんで」


 こちらが戸惑っているのを知ってるくせして、さらに挑発するようなことを言ってくる美織に、さすがの禿げ頭もイラっときた。こちらが早々に白旗を振っているのに、面白がってからかっているのだろうか?


 だったら、と禿げ頭は「開発再開にはズバリこれぐらいは出してもらわんと」と具体的な数字を叩きつけた。

 本来の額よりも遥かに大きいのは、あまり大人を馬鹿にするもんとちゃうで、出せるもんなら出してみいやという腹立ちが咄嗟に数字として現れたのだろう。


「いいわ。じゃあその額でいくわね」


 ところがこれまた、美織はあっさりとその金額を受け入れてみせる。


「アホなっ! この額を簡単に用意できるって言うんでっか!?」

「ん、簡単かどうかは知らないわよ。私が出すわけじゃないし」

「へ? それはどういう……」

「だって、お金を出すのは『ロングフィールド』を作って欲しいと願うファンのみんなだもの」


 何を言うとるんやという目で美織を見つめる禿げ頭社長。

 対して美織はふふふーんとのん気に鼻歌なんか歌っちゃったりする。


「ちょい待ち。てことは、あんたが金を出すわけやないんか?」

「そうよ。そう言ったでしょ」

「で、代わりにファンが出すってことは、それはクラウドファンディングって奴やないんか?」

「まぁ、それに近いわね」

「てことは、あんたは何の関係もないやないかっ!」

 

 禿げ頭社長が思わず怒鳴るのも無理はない。

 融資するというから、てっきり美織が金を出すのかと思いきやそうではなく、出資するのはファンだと言う。

 それはクラウドファンディングという方法で既に確立されているものだ。

 美織が偉そうに振る舞える理由などなにひとつない。


「社長、さっき私からの要求はバッテンイチタローでパッケージリリースするだけって言ったわよね?」

「ああ。それがなんや!?」

「クラウドファンディングでそれだけってありえると思う? 普通は金銭とか、出来上がった商品とか要求されるわよね?」


 一応寄付型という資金の見返りを一切要求しないものもあるが、それは主に災害復興支援とかその手の類だ。


「だけど私はさっきの条件以外は何も要求しないわ」

「そりゃああんたは金を一円も出さんのやからそやろ。というか、そうなるとバッテンイチタローで出せって条件すら」

「そして『ロングフィールド』に投資する人たちも、金銭や物品の要求はしないわ。まぁ、面白いゲームを作れぐらいは思うでしょうけど」

「なっ? そんな」

「だって、お金を投資するファンたちは、みんな『ぱらいそクエスト』に課金するだけなんだから」


 美織の言葉に言いたいことを遮られ続けた禿げ頭社長は、しかしその言葉を聞いた瞬間「は?」と毒気が抜かれたように、呆けた表情を浮かべた。


「……それはどういうことでっしゃろ?」

「簡単よ。これまでゲームショップでの買い物でしか課金出来なかった『ぱらいそクエスト』だけど、今度から普通に課金できるようになるの。ただしその時、その課金した金額を私たちが協賛している、開発資金が必要な幾つかのゲームタイトルの中からどれに投資するか決めてもらうの」

「なっ!?」

「つまりユーザーは課金することで『ぱらいそクエスト』で召還石をゲット出来て、メーカーはゲームの制作費をこれで集めることが出来るってことよ」


 ちなみにこれはゲームメーカー向けの説明である。

 スマホのOSメーカーには「ユーザーはゲームの開発に寄付するだけであり、『ぱらいそクエスト』はそれに際して召還石をユーザーにプレゼントするだけである。ここに売買は成立していない」と説明し、ヒルが「ゆえに寄付から手数料を取るのはおかしい! ジャスティスはミーにあり!」と強引に手数料の免除を迫った。


 結果、ユーザーが課金(ではなく寄付という名目だが)した金額がほぼそのままゲームの開発費として運営されることに成功したのである。


「んなアホな……」

「まぁ、このシステムだと『ぱらいそクエスト』の運営には一円も入らないからね。向こうもお金を取りたくても取れないでしょ」


 なお、ゲームショップでの買い物による課金も、運営には一円も入ってないからOSメーカーの手数料対象にはなっていない。


「わっはっはっは! ざまーみろ、あぽー!」

「AHAHAHAHAHA! クソ喰らえ、ググー!」


 OSメーカーの担当者の脳裏には、そんな美織とヒルの高笑いが今も張り付いて離れないという。


「とにかくそういうわけだから、コンシューマー用『ロングフィールド』の最新作は絶対リリースしてもらうわよ? 今の『ぱらいそクエスト』ならさっき言った金額ぐらいきっとすぐに集まっちゃうんだから」

 


 〇 〇 〇


 そしてこの会談があった一週間後。

『ぱらいそクエスト』は突如として「ゲーム開発資金支援プロジェクト」を発表した。


 その内容は課金をいう言葉を一切使っていなかったものの、ユーザーからしてみれば開発困難に陥っているタイトルを支援するためにある一定の金額を払うと『ぱらいそクエスト』で使える召還石が貰えるという、まさしく課金以外の何物でもなかった。


 普通の課金ならば、ユーザーはきっと反発したことであろう。

 しかし、自分たちの課金でこれまで完成は絶望だと諦めていたゲームが製作されるとなると話は違う。これもまたテレビゲームの復興を目指す『ぱらいそクエスト』らしいやり方だと、賞賛するユーザーが多かった。


 またゲームショップ側も、このプロジェクトによるお客様の買い物が減るのではと懸念する声もあったが、新しいゲームソフトが開発されることを支持するオーナーが大多数を占めた。

 何故なら彼らもまた商売人である前に、ゲームファンであるからだ。

 遊びたいと待っていたのに開発中止になってしまったタイトルたちの復活に心ときめくのは、お客様同様であった。

 

 かくして始まった「ゲーム開発資金支援プロジェクト」は、わずか三日で『ロングフィールド』の目標額を達成したのを機に、次々とその他タイトルも実現に向けて動き始めた。

 現在、『ロングフィールド』は支援してくれたファンの期待に応えるべく鋭意開発中。

 美織はその完成をまだかまだかと、他のファン同様、とても心待ちにしている。

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