第24話 ゴウテンドーチャンネル

「さて、これで賽は投げられたわ」


 美織は自分のスマホに映る「『ぱらいそクエスト』参入ショップで『ドラモン』を買って、UR以上のキャラが必ず当たる召還チケットをゲットしよう!」という文字を見て、ひとりごちた。


「なぁ、ホンマに大丈夫なんやろうね?」


 久乃が心配そうに、何度も美織に確認する。

 それもそのはず。

 こんなキャンペーンを打っておきながら、『ドラモン』の仕入れ数はいまだ以前と変わらず絶望的に少ないのだ。

 

 それは他の『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップも同じで、皆一様に「今の状況でこんなキャンペーンを打ち出して本当に大丈夫なのか? 本数を全然用意出来なかった場合、クレームが殺到してしまうことにならないか」と、久乃同様の不安を口にした。


「大丈夫だって。私を誰だと思ってるのよ」


 そんな久乃たちに、しかし美織は自信たっぷりに言ってみせて今回のキャンペーンを強引に押し進める。


 キャンペーンを打ち出す前に決まっていた入荷数は、どこも既に予約でいっぱいだ。

 ここからキャンペーンを見て予約をしてくるお客様、あるいは発売日当日、店頭で買おうというお客様の分を用意しなければならない。


 一応キャンペーンによる予約受け付け開始は一週間後に指定しているが、果たしてそれまでに大量の『ドラモン』を用意できるのだろうか?

 

 ともかく勝負の一週間が始まった。



 〇 一日目 〇


 美織は学校を休んで『ドラモン』の販売メーカー本社を訪れた。

 急な話ではあったが、美織があのマックロソフトと手を組み『ぱらいそクエスト』なるスマホゲーで業界に新風を巻き起こしている存在であること、さらには今なお経済界に影響を持つ化物・晴笠鉄織の孫娘であることから、メーカーのトップが応じてくれた。


 なお『ドラモン』の販売メーカーはゴウテンドー。

 かの三大ハードメーカーのひとつである。


「すみませんなぁ。無理ですわ」


 しかし、美織の『ドラモン』パッケージ版の初回出荷数を増やしてほしいという嘆願はあっさりと断わられた。


「なんで無理なのよっ!? そもそも今回の『ドラモン』の出荷数はいくらなんでも少なすぎるわ。うちのお店でも予約できないって嘆くお客さんがいっぱいいるのよ」

「はぁ」

「うちなんて五百本ぐらい仕入れようと思ってたのに、あんたのところから来た回答はたった五本なのよ」

「ほぅ」

「なんとか問屋とかにお願いして、予約している人の分は確保できたけれど」

「ふむ」

「でも、これじゃあ全然欲しい人全員には行き渡らないわっ! 今すぐ工場をフル回転させて増産しないと、もはや商売するってレベルじゃないぞって発売日当日は大騒ぎになるわよ、ってちょっとあんた、ちゃんと聞いてる?」


 苛立ちを隠さずじろりと睨みつける美織に、ゴウテンドーの社長である初老の男は「へぇ」と、やはり素っ気無い言葉を返すと


「そう言われてましても、こちらとしてもよく考えた上での生産数ですからなぁ。それをお嬢さんの一言で増産することは出来ませんわ」


 と一考すら見せない態度を見せた。


「はぁ!? なにがよく考えた上での生産数よっ!? 全然足りないってさっきから言ってるじゃない!?」

「いえ、うちらはそう考えておません」


 何故なら今はダウンロード販売というのがありますからな、と男は口元を吊り上げた。


「確かに店頭では売り切れ続出やもしれまへんが、ダウンロードなら二十四時間いつでもユーザーの方々は購入できますやん。これなら『ドラモン』が買えへんってことは起きまへんで?」

「なっ!? ダウンロード販売なんて、そんなの邪道よ! 子供とか買えないじゃない!」

「ご両親がダウンロードしてやればええでっしゃろ。むしろお金さえあれば子供でも親に内緒で買えるパッケージ版より、親御さんには安心してもらえると思いまっせ」

「で、でも、例えばプレゼント……そう、クリスマスプレゼントはどうするつもりよ? 寝て起きたら本体に『ドラモン』がダウンロードされてて『寝てる間にサンタさんがダウンロードした』とか言わせるつもり?」

「さすがにクリスマスシーズンにはパッケージ版を増産しますさかい、それまで待っておくれやす」


 そうは言うものの、美織が欲しいのは発売日当日分なのだ。

 誰だって楽しみにしているゲームは発売日からやりたいもの。

 クリスマスなんて、発売日から一ヶ月も待ってなんかいられない。


「まぁお嬢さんが言われることは分かりますわ。でも、これも時代の流れ。諦めなはれ」


 男はおもむろに席を立った。

 美織が「まだ話が終わってない!」と声を荒げるも聞き耳持たず、部屋を出て行こうとする。


「嬢ちゃん、世の中すべてあんさんの思い通りに行くと思ったら大間違いやで。『ぱらいそクエスト』の『ドラモン』キャンペーン、中止にされるんやったら早いことやられた方がよろしいんとちゃいますかな」


 そしてにっこり笑うと、男は「ほな。わいはこれで。茶漬(ぶぶづ)けでも出しましょか?」と部屋を出て行った。


 その部屋から美織がなにやら喚き散らす声が廊下にも洩れ聞こえてきたが、男は振り返ることもなく、ただにんまりと笑って立ち去るのだった。



 〇 二日目 〇


「だから、お宅が入荷する『ドラモン』、こっちが悪くない値段で買い取ってやるって言ってるじゃない!」

「言ってるじゃない、と言われても、申し訳ないが何を仰っておられるのかよく分からんな」


 かつて黛が勤めていた、全国にチェーン展開している巨大複合店。

 その本社の会議室で、先ほどから美織が怒鳴りまくっていた。


「美織、ちょっと落ち着きなさい」


 興奮する美織を黛が諫めると、改めて交渉の場を落ち着かせるように口を開く。


「今回のキャンペーンによって多くの予約キャンセルがそちらで出ていることを、私達は把握しています」

「ああ。かつて弊社でも腕利きのエリアマネージャーであった君に隠しても仕方ない。その通りだよ」

「そしてこれからも予約キャンセルは止まらないでしょう。この調子ならば、当日発売分も『ぱらいそクエスト』に参加されておられないそちらではあまり期待出来ないかと思います」

「ふむ。だから不良在庫化する前に、そちらにそこそこの値段で流せ、と言うわけか」

「ええ。悪くは無い話だと思いますが?」


 黛がモガモガ言っている美織の口を押さえながら、相手の目をじっと見つめる。

 相手はかつての上司。巨大複合店の頭脳とも言われる本部長だ。


「なるほど。確かに悪くは無い話だ」

「はい」

「だが、やめておくよ」


 男の返答に「むきー!」と再び暴れ出す美織を必死に押さえつけながら、黛は「何故?」と短く問うた。


「決まってるじゃないか。君たちは今、奈落に向かって突っ走っている」

「奈落、ですか?」

「そうだ。『ぱらいそクエスト』の噂は聞いているよ。あのヒル・ゲインツと組んでゲーム業界に殴り込みとは、まったくとんでもないことをやってきたな」


 たまたま店の従業員がヒル・ゲインツと恋仲になったのがきっかけと聞いているが、それでもここまで漕ぎ付けるのは単なるラッキーではない。『ぱらいそクエスト』が世界一の金持ちを納得させ、動かすだけの魅力あるプロジェクトであったからだと男は評価していた。


「しかし、さすがに今回のキャンペーンは勇み足だったな。うちにこんな話を持ってくるってことは、まだ充分な数を仕入れていないってことだ」

「……」

「そしてこのまま用意出来ないとなると、あのキャンペーンは撤回するしかない。ほんの一握りのユーザーしか恩恵を被れないキャンペーンなんか、それに洩れたユーザーの不満の爆発が恐ろしくてとても出来やしないからな」


 黛は顔色一つ変えず黙って聞いていたが、かつての上司が指摘したことは図星だった。


「ここまで順調だった『ぱらいそクエスト』だが、この躓きは大きい。ユーザーを煽るだけ煽って無理でしたでは、下手したらプロジェクトそのものが吹っ飛ぶかもしれん」


 だから君たちは今奈落に向かって突っ走ってるって言ったのさ、と男は笑った。


「とにかくうちの『ドラモン』は君たちには卸さない。どうせ失敗するキャンペーンと分かっているんだ。卸す必要なんてどこにもないからね。むしろまたすぐにでも予約が殺到するだろうから、なんとかゴウテンドーさんにお願いして今のうちに追加を多少なりとも都合してもらわないといけないな」


 男の眼が「さぁこれで話は終わりだ」と告げる。

 黛も察して、暴れる美織を羽交い絞めにしながら立ち上がった。


「なるほど。それがあんたたちの答えね。よく分かったわ」


 ただそのまま帰るのはしゃくだったのだろう。

 美織が黛の拘束から逃れて吠える。


「あんたたちなんか『ぱらいそクエスト』には絶対に参加させてあげないから! 覚えてなさいよっ!」


 実に負け犬の遠吠えらしいセリフに男は笑った。

 誰が墜落する飛行機に乗りたがるもんか--



 〇 〇 〇



 三日目。

 大手量販店を回るも収穫ゼロ。


 四日目。

 変わらず。


 五日目。

 進捗ダメです。


 六日目。

 万策尽きたー。

 ただし、未だ『ドラモン』キャンペーンの告知は撤回されず。



 そしてついに明日から予約を受け付ける、つまりは今日中に充分な数を確保しないとキャンペーンを撤回しなくてはならない最後の七日目を迎えた。



 〇 〇 〇



「ふん、晴笠鉄織の孫娘だか、ヒル・ゲインツのビジネスパートナーだか知らへんが、やはり『ドラモン』を集めるのは無理やったみたいやな」


 部下からの報告を受けて、ゴウテンドー社長はにんまりと笑った。

  

「当然でしょう。どこも必ず売れる『ドラモン』を手放したりはしませんよ」

「そのわりにはまだ例のキャンペーンを撤回してへんみたいやが?」

「それも今夜には白旗をあげるか、と」


 部下の男はくっくっくと笑い声を押し殺す。


「まったくアホな子やな。あんなキャンペーンを打ち上げといて、なんの勝算もあらへんとは呆れてものも言えんわ」

「しかし社長、その失策のおかげでますます私たちの思惑通りに物事が進みますね」

「キミィ、人聞きの悪いことは言うもんやあらへんでぇ。事情を知らん人が聞いたら、まるでうちらが相手の失敗を利用するみたいやあらへんか。そやない、うちらは相手の尻拭いをしてあげるだけや」

「そうですね。失礼しました」


 深々と部下は頭を下げた。

 が、その表情は社長同様ニヤついたままだ。


「さて、そろそろ時間やな。ちょっと行ってくるわ」

「はい。よろしくお願いします、社長」

「まったく、今の世の中、社長業も楽やないで」


 なんせ社長自ら営業せなあかんねやからなぁとコキコキ肩を鳴らしつつ、ゴウテンドー社長はスタジオの扉を開いた。



 〇 〇 〇



 今の世の中、インターネットを使った宣伝は当たり前である。

 特に誰でも動画配信が出来るようになった昨今、ゲームメーカーとしても従来の紙面だけでは伝えきれない自社タイトルの面白さを動画で伝えない手はない。


 とは言っても、ただ動画を流しているだけではダメだ。

 より注目を集める為には、何かしらのスペシャルな要素が必要となる。

 そこでゴウテンドーは社長自らが生放送で自社タイトルの宣伝を行うことにした。

 その名も『ゴウテンドーチャンネル』。

 社長自らがプレイして魅力を語り、それを見ているユーザーもリアルタイムに感想を書き込むことが出来るこの番組は、ファンから多大な人気を得ている。


「まいど!」


 ゴウテンドーチャンネルはいつも社長のこの挨拶から始まる。

 たちまち放送を映しているパソコン画面にも、ユーザーたちの「まいど!」の言葉で埋め尽くされた。


「おおきにおおきに。今夜も多くのファンが集まってくれたみたいで感謝やでー。さて、今夜のゴウテンドーチャンネルは、みなはんがお待ちかねの『ドラモン』シリーズ最新作特集や。番組で初めて明かされる新要素なんかもあるさかい、最後までちゃんと見てやー」


 この社長、営業からのし上がってきただけあって、とにかく話術が上手い。

 普段は京都訛りが目立つが、番組の中ではコテコテの関西弁の方がウケると判断し、器用に使い分けていた。

 おまけに『ゴウテンドーチャンネル』にもちゃんと台本はあるが、その内容を踏襲しつつも、上手く状況に合わせて盛り上がるようアドリブを入れまくる。


 おかげでこの日も番組は大盛況。

 大人気ソフト『ドラモン』の初出し情報も盛り沢山なこともあって、番組はいつも以上の盛り上がりを見せたまま終盤に差し掛かった。


「いやー、社長のワイが言うのもアレやけど、ホンマに今回の『ドラモン』おもろいわー。発売まであと二週間あまり、みんな楽しみにしたってやー」


 満面の笑みのまま、お辞儀をする社長。

 しかし次に顔を上げた時には、何から申し訳なさそうな表情に変わっていた。


「そやけどひとつ、みなはんにお詫びしなければあかんことがあります。今回の『ドラモン』、諸事情によりあまりパッケージ版の数を作ることが出来まへん」


 社長の言葉に、放送を見ていたユーザーからも不満の声が続出した。

 その中に『ぱらいそクエスト』の文字を見つけた社長は、ここぞとばかりに取り上げる。


「先週『ぱらいそクエスト』とかいうスマホゲームで『ドラモン』を買えばなにやらプレゼントがもらえるってキャンペーンが告知されたらしいんやけど、これを楽しみにしているユーザーには特に謝らせてもらうわ」


 すんまへんともう一度頭を下げ、再び顔を上げると、画面は悲鳴に似た言葉が埋め尽くされていた。


「そもそもあのキャンペーン、うちらに一切連絡がなく、向こうが勝手に始めたことなんや。急にそんなことを言われて、うちらも慌てて何とかならんかとファンのみなはんのために懸命に考えた。そやけど工場の予定は既にどこも埋まっとるし、どうにもならんかったんや……」


 もちろんウソである。

 元より初回生産分の増産なんて頭にはない。


 が、ユーザーにそんな事が分かるはずもない。相変わらず画面には不満を表明する言葉が並んだが、それはゴウテンドーではなく、『ぱらいそクエスト』運営側に向けられるものがほとんどだった。


『くそっ、ぱらいそクエストに騙されたっ!』

『なんだよ、あのキャンペーン、ゴウテンドーとのコラボじゃなかったのかよっ!』

『ヤベェ。オレ、キャンペーンの為に別で予約してた『ドラモン』をキャンセルしたわ』

『ぱらクエ、やっちまったな!』


 その数は社長が思っていたよりも遥かに多く、『ぱらいそクエスト』のブームの大きさに内心肝を冷やした。

 だが、それも今回の失策で終息するだろう。

 社長は「してやったり」とニヤけそうになるのを必死に堪えた。


「おそらく今夜にでもキャンペーン中止のお知らせがあるんやないかと思われます。ホンマ、力になれずにすんまへん。そやけど」


 謝りつつも、すぐに逆接の言葉を入れて、もう頭を下げはしなかった。

 悪いのは全て勝手なキャンペーンをやった『ぱらいそクエスト』側なのだということをファンに理解して貰えた今、これ以上卑屈になる必要はない。


 それに『ぱらいそクエスト』の話をしたのは謝罪のためではなかった。

 すべてはこれからの話のため。

 そう、すべては


「代わりと言ってはなんやけど、『ドラモン』のダウンロード版を日付が変わった明日0時から事前ダウンロード出来るようにしましたわ」


 ダウンロード版『ドラモン』をユーザーに購入させるためである。


「ダウンロード版の欠点は、最初にダウンロードするのに時間がかかって、すぐに遊べへんことでした。おまけに大勢のユーザーが発売日にダウンロードしようと殺到して、なかなか繋がらんこともある。最近は事前ダウンロードも珍しくはあらへんが、それもせいぜい数日前のこと。『ドラモン』みたいなビッグタイトルでは、それでは発売日までにダウンロードできるかどうか不安なユーザーもおられるやろう。そこで異例やけど、発売二週間前からダウンロード出来るようにしたんですわ」


 俄かに番組の画面が「キターーーーーーーーーーー」って言葉で埋め尽くされた。


 実のところ、この二週間前からの事前ダウンロードは当初から予定されていた。

『ドラモン』ほどのビッグタイトル、しかも今回はダウンロード版の比重が大きいとなるとサーバーの負荷はかなりのものとなる。

 従来のように二日ほど前からの事前ダウンロードでは不安があった。

 そこで充分な事前ダウンロードの時間を取ることにしたのだ。

 もちろんこれには幾つかのデメリットもあるが、それらに目を瞑ってでもダウンロード版を快適にダウンロードしてもらい、普及させる為には必要だった。

 

 そこに『ぱらいそクエスト』のキャンペーン失敗の尻拭いをするという意味合いも持たせてやれば、これ以上はない追い風となる。

 社長の顔がニヤけそうになるのも仕方のないことであった。


「ではみなはん、『ドラモン』を早めにダウンロードして、発売日の午前0時からどうぞ――」



「ちょっと待ったーっ!」



 お楽しみ下さいと言うとする社長の言葉を、女の子の声が唐突に遮った。

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