第14話 暴走が止まらない!

「さて、みんな集まったわね」


 美織が復活したその日の夜。

 食事や入浴を終えた『ぱらいそ』スタッフが全員リビングに集まったのを満足そうに見つめると、美織はいかにも「今から楽しくてたまらない話をします」とばかりに口元をにやけさせた。


「ぶー。お姉さま、杏樹はとても不満なのですっ!」

「なにがよ?」

「だってせっかく杏樹とお風呂に入ってくれたのに、なんでもうすでに一回お風呂に入っていたんですかーっ!?」


 杏樹は十日間も部屋に籠もっていたお姉さまの汚れた身体を奇麗にしたかったのにーと吠えた。


「そんな汚い体でみんなの前に出られるわけないでしょ! 髪とか酷い状態だったんだから。おまけにさすがにちょっと臭ったし」

「その匂いを杏樹は満喫したかったんですよーっ!」


 バンバンとリビングのテーブルを叩いて悔しがる杏樹。変態である。


「……やっぱりかずさにも一緒に入ってもらって正解だったわ」

「入ってもらった、じゃないっ! 無理矢理入れられたんだよっ!」


 ほっと胸を撫で下ろす美織に、かずさが抗議の声をあげる。

 美織としては思わず涙ぐませるほど心配をかけた身であるから、杏樹の「一緒にお風呂に入りましょう」という誘いを断わりきれず、かと言ってふたりきりでは貞操の危機を感じるので、強引にかずさを引ん剥いてお風呂に連れ込んだのだった。


「まぁまぁ、一年生同士、たまには裸の付き合いで親睦を深めるのもいいもんでしょ?」

「だったら服を無理矢理脱がすなーっ! わたしを変態杏樹への盾にするなーっ!」

「むぅ。変態杏樹とはまるで杏樹が誰でも見境なく発情するみたいな言い草であんまりなのです。杏樹は美織お姉さまだからこそ興奮するのですよっ! 事実、かずさの貧相な体つきなんて興味なさすぎて眼中になかったですよー」

「誰が貧相な体つきだっ! それにそんなこと言ったら美織だって……」

「ふふん、甘いのですっ。美織お姉さまのはかずさと違って、神に祝福されしロリボディなのです。具体的に言うと、なんといってもそのつるぺぐはぁ!」

「司もいるのに何を言い出すのよっ、あんたはっ!」


 美織はその場で思い切りジャンプすると杏樹の脳天目掛けてチョップを食らわし、着地すると同時に司をジロリ。


「え? あ、僕、何も聞いてません」

「ホントに? 変な妄想とか、あとあんなところとか膨らましてるんじゃないでしょうね?」

「膨らませてませんって」


 ええ、まったくもって、どこもぜんぜん。


「……なんかそれはそれでムカつくわね」

「そんなぁ。どうしろっていうんですかぁ?」

「ふん。まぁ、いいわ。それよりみんな、『ぱらいそクエスト』の企画書に目は通したわね?」


 司をイジるのには格好のネタではあった。が、今はそんなことをしている時じゃないと考え直すと、美織は話を本題へと戻る。


「読んだけど、これ、ホンマにやる気なん、美織ちゃん?」

「当然よ! もうここまで来たら止めることなんか出来ないわ!」

「ここまでって、今はまだ美織がズル休みして企画書を作っただけの段階じゃないですか」


 黛が呆れたように言う。

 むしろ止めるならば今だろう、しかも全力で。

 が。


「これが実現出来れば、この業界を救う強力な武器になるの! だから絶対やり遂げてみせる!」


 美織は腰に両手を当て『ぱらいそクエスト』なるものに賭ける意気込みを語り始めた。



 十日前、美織はこてんぱんに叩きのめされた。

 禿頭社長に、ではない。

 今のゲーム業界の潮流に、である。


 美織はゲーム機で遊ぶゲームこそが至高だと、ずっと考えていた。

 しかしもはやそんな時代ではないらしく、ユーザーも、メーカーも、スマホのアプリゲームに流れていく。

 既存のゲーム文化はもはや時代遅れだと言わんばかりの事実を突きつけられ、美織は悔しくて泣いた。


「でもほら、幾ら大泣きしても限度ってもんがあるじゃない?」


 その限度が、美織の場合、集中豪雨の如き勢いで泣いたせいか部屋に閉じ篭って一時間後に訪れた。

 そして何気なく「じゃあそのスマホゲームってどれだけのものなのよ?」と幾つか名前を聞いたことがあるゲームを自分のスマホにダウンロードしてみたところ……。


「自分でも驚いたわ。気付いたら一日があっという間に終わってたんだもん」


 確かにゲーム機専用のゲームと比べるとグラフィックはしょぼいし、操作性も簡略化されすぎていて物足りなさは感じた。

 でも反面、予想していたよりも中毒性はずっと高かった。


「いやー、スマホゲーを舐めてたわ。キャラを進化させたり、融合させたりして強くするってゲームで一番楽しいところのひとつじゃない。それに特化してるんだもん。こりゃあハマるわ」


 文字通り寝るのを忘れ、お風呂に入る時間も惜しく、ご飯もスマホを操作しながら摂った。


「でね、そんな日々が五日ほど続いた頃」

「五日もゲームばっかやってたんですか!?」

「そうよ? それが何?」


 司のツッコミにしれっと答える美織に、誰もが言葉を失った。

 美織だから大丈夫だろうと思いつつも、さすがにみんな心配していたのだ。

 心に負った深い傷を癒す為、今はそっとしておいてあげよう、と。

 美織が元気になるまでは、みんなで頑張って『ぱらいそ』を盛り上げていこう、と。


 それがなんだ、実はずっと部屋に閉じ篭ってゲームをやっていました、だと?


「黛さん、わたしが負けた分の買取料金って美織の給料から差し引くことって出来ないかな?」

「奇遇ですね。私もちょうど今その事を考えていたところです」


 では、その手はずでよろしくお願いしますとかずさが頭を下げ、黛は小さく頷いた。


「ちょっと、人が話をしてるんだからちゃんと聞きなさいよ。それでね」


 もっともまさにこの瞬間、減給になってしまった美織自身は全く状況を掴めていないようで、むしろワクワクと目を輝かして話を続けた。


「スマホゲーをやっていてふと閃いたの。これを『ぱらいそ』のウリに出来ないかって」


 かくして残りの五日間、美織は『ぱらいそクエスト』なるスマホゲーの企画書作りに夢中になったのである。




 さて、その美織が考え出した『ぱらいそクエスト』とはどのようなゲームなのか?


 まず最初に断わっておくが、美織はスマホゲーを見直したとは言え、やはりぱらいそで扱っているようなゲーム機専用のゲームこそが最高だという考えは変わっていない。


 であるから『ぱらいそクエスト』はスマホゲーではあるものの、ぱらいそ利用者の為のおまけゲームという意味合いで設計されている。


 どういうことかと言えば、例えば回転寿司のチェーン店で何皿か食べたらミニゲームが遊べたり、某大手家電ショップでポイントが当たるルーレットゲームが遊べるといったものとコンセプトは同じということだ。

 ぱらいそで買い物をすればちょっとしたゲームが遊べ、しかもお得なサービスまでゲットできちゃうかもしれない、そういうものとして設計している。


 しかし、美織がそんなレベルで満足するはずもない。


 あくまでぱらいそでの買い物のオマケという位置付けながら、美織は自身のゲーマーとしての経験をこれでもかとばかりに注ぎ込み、スマホゲーどころか家庭用ゲームにも負けないような本格的なゲームの企画書を作り上げてしまった。


 ジャンルは名前から推測できるようにファンタジー世界を舞台にしたRPG。

 多くのスマホゲーが戦闘に特化しているのとは異なり、プレイヤーは九人のパーティを率いて本格的な3Dダンジョンを探索する。


 しかも一度に冒険できるのは九人だけだが、宿で待機させているキャラといつでも交代可能なのが「ぱらいそクエスト」の大きな特徴のひとつだ。


 と言うのも、キャラにはRPGにお馴染みの体力や魔力の他に「スタミナ」というダンジョン探索に必要なパラメーターがあり、これを消耗すると攻撃力や防御力、敏捷性などがマイナス修正を受けるシステムになっている。

 いくら体力が残っていても、スタミナが少なければ攻撃力はほぼ皆無。さらにスタミナがなくなると、宿へ強制送還されてしまう。


 だからスタミナを消耗したキャラは宿に戻らせて回復させ、代わりに元気なキャラを召還して探索を進めていくというプレイスタイルを取っているのだ。


 ちなみにスタミナの回復は時間経過を待つしかない。

 普通のスマホゲーならばダンジョンで拾った回復アイテムやキャラのレベルアップ、さらには課金によって回復するところだろう。


 が、『ぱらいそクエスト』はあくまで他のゲームの合間にプレイするものであると美織は考え、あえて一度に長時間遊べなくする為に時間回復のみにした。

 『ぱらいそクエスト』に夢中になって、本来遊んで欲しい家庭用ゲームを放ったらかしにされては本末転倒だからだ。


 もっとも、そうは言っても一回のプレイで長く『ぱらいそクエスト』を遊ぶ方法もある。


 ひとつはキャラを育て上げてスタミナを強化すること。

 ただしこれは基本的に時間がかかる。

 対してもうひとつの方法は時間はさほどかからない。

 代わりに必要なのは……言うまでもなく、お金だ。


 つまり宿に待機しているキャラの分だけ冒険できるというのなら、そのキャラを増やせばいい。

『ぱらいそクエスト』はゲーム開始時に九人の基本メンバーがいて、探索中に手に入る召還石を使ってキャラを増やすことも出来るが、一番手っ取り早い方法はやはり課金によるガチャである。


 そして『ぱらいそクエスト』は、この課金にこそ一番の特徴があると言えるだろう。


 従来のスマホゲーの課金ガチャは、キャラを得るためだけに支払うものであった。

 が、『ぱらいそクエスト』にそのような課金は存在しない。

 何故ならこのゲームはあくまでぱらいそ利用者の為のおまけゲームである。だからお店で買い物をした金額で『ぱらいそクエスト』が遊べるようにしたのだ。


 具体的に言えば、三千円分のお買い物でガチャ一回。

 これならばユーザーからしてみれば欲しいゲームを購入したうえに、オマケで『ぱらいそクエスト』のキャラも増やすことが出来るし、ゲームを進めればぱらいそで使える割引券などがゲットすることもあってお得感が高い。


 そしてこれによってこれまで全くの蚊帳の外であったスマホゲーを、自分たちのお店で買い物をしてもらう理由に繋げることが出来る。

 もし『ぱらいそクエスト』がヒットすれば、美織が言うように強力な販促となるのは間違いないだろう。



「と言ってもなぁ、これ、『ぱらいそ《うち》』でやるには規模が大きすぎるだろ」


 熱く語る美織に、レンが率直な意見を述べた。


 美織らしい奇想天外な発想にワクワクするのは確かだが、さすがにこれは壮大すぎる。もはや空想、ファンタジーのレベルだ。


「でも、あのお爺ちゃんが力を貸してくれたら、案外簡単に実現しちゃうかもねー」


 葵が言うお爺ちゃんとは言うまでもなく、美織の祖父・鉄織のこと。

 とうの昔にビジネスの世界から引退したとは言え、いまだその力は健在だ。スマホゲーのひとつやふたつ開発・運営するぐらいの金額なら、カワイイ孫娘の美織が頼めばぽーんと出してくれそうなところもある。


「お爺ちゃんには頼らないわ」


 だが、美織にその気は毛頭ない。


「だったらどうするつもりなん? さすがにぱらいその予算ではとてもスマホゲーなんて作れへんで」


 言っとくけど、うちもプログラムを組むのは無理やからなと久乃。


「え? 久乃、プログラム出来ないの?」

「出来るわけあらへんやん。そんな勉強、これまで全然しとらんもん」

「またまたー。久乃なら三日もその手のテキストを読めば楽々マスターしちゃうわよ」

「美織ちゃん、その発言は世界中のプログラマーさんに失礼やで」


 溜息をつきながらも、さすがにスマホゲーを作り、運営出来るほどの力を身につけるには相当な時間がかかると久乃は早々に白旗を振った。


「分かったのです! だったら杏樹がお父様にお願いして『ぱらいそクエスト』に出資してもらうのですよ!」


 すると美織と久乃のやり取りを見ていた杏樹が、任せてとばかりに挙手した。


「美織お姉さまのところには負けますが、杏樹の家だってちょっとした会社を経営してますし、それぐらいのお金なら」

「杏樹、気持ちは嬉しいけど、それでは意味が無いの」


 しかし、美織はこれも固辞した。


「これほどの大事業だもん、お爺ちゃんや親の力を借りず、自分たちの手で成し遂げてこそ意味があるでしょ? 違う?」


 美織が挑発的な笑顔を浮かべて、みんなの顔を見つめる。


「……なるほど。その表情から察するに、美織は何か当てがあるようですね」


 勿体つけるような美織の素振りに、黛が早く話せばいいのにと嘆息した。

 そんな黛の反応に美織はニヤリと笑って、その口を


「あの、これ、『ぱらいそ』だけじゃなくて、全国のゲームショップにも参加してもらって資金を集められないですかね?」


 開こうとする前に、司が興奮して話し始めた。


「自分たちだけなら無理だけど、全国のゲームショップにも協力してもらえれば実現出来るんじゃないでしょうか? それにこれ、今までスマホゲーに押されていたゲームショップが逆にそれを自分たちに利用できる最大のチャンスですよ!」


 さらに鼻息荒く言葉を続ける。


「ちょ、司! それは私が言おうと」

「さすがは店長だ。最初に企画書を見た時は話が大きすぎて無理って思えたし、さっき五日間もゲームばっかりやってたって聞いて呆れたけど、ぱらいそだけじゃなく、全国のゲームショップを救えるかもしれないコレをたった五日で思いつくなんて……ホントすごい」


 見せ場を奪われて抗議しようとしたのに、司がそれでも話しながら尊敬の眼差し全開で見つめてくるので美織は完全に出鼻を挫かれてしまった。


「店長、やりましょう、これ!」

「あ、うん。そうね、やるわよ」

「とりあえず早速全国のお店にファックスを送って。いや、メールの方がいいかな。あるいは電話で直接話して……って、それは僕みたいな子供より黛さんや久乃さんがやったほうが」

「司、興奮するのは分かるけど落ち着きなさい」

「それからお金が集まったら、開発はどこに頼みましょうか? これも既にどこか考えておられます?」

「いや、だからね、ちょっと落ち着きなさいよ、司」

「落ち着いてなんていられませんよー」


 司が興奮を抑えきれず、両手をあげながら、さらにあれやこれやと今後のことを口早に問いかける。

 さすがの美織も圧倒された。


「ちょっとかずさ、あんた妹でしょ。お兄ちゃんをなんとかしなさい!」

「うーん、おにぃってば、根っからのゲームショップ大好き人間だからね。今にも絶滅しそうなゲームショップを救えるかもしれないんだもん。興奮するのは仕方ないよ」


 かずさがお手上げとゼスチャーを交えて返す。


「だったらレン、ちょっと司の後頭部に手刀をかまして気絶させなさい!」

「無茶言うなよ、そんな達人みたいなこと出来るか!」


 そうこうしている間も司の妄想はヒートアップし、ついにはキャラの声優さんにまで言及し始めた。

 ちなみに今更ではあるが『ぱらいそクエスト』に登場するパーティキャラは、全員ぱらいそのスタッフを考えている。


「店長の声の人はやっぱりあの人ですよね。葵さんもあの人以外考えられないし。あ、そだ、僕、僕はどうしましょうかね? 自分の声に似たプロの声優さんって考えたことないし……そうだ、オーディションをしましょう!」


 そして「プロの声優さんに会えるなんて夢みたいだ」とますます目を輝かせる司。完全にイってしまっている。


 暴走状態の司をもはや止めることは誰にも出来ない……と思われたが。


「残念だけどこの企画、すぐには無理だよ、司クン!」


 たったそのひと言で、司を現実に引き戻す者がいた。

 葵だ。


「無理って、どうしてですか、葵さん?」

「企画書をちゃんと見てみなよ? これ、この夏に配信予定って書いてあるんだよ?」

「確かに今から資金を集めて、メーカーに開発を頼んでって考えたら時間は足りないけど」

「足りないってもんじゃないよ。絶対に無理。断言出来る!」


 だって、と葵は企画書のあるページを開いてみんなに見せつけた。


「キャラクターデザインに人気絵師・ぶるぶるを起用って、あたしだけで何体のキャラを描かせるつもりなんだよっ!?」

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