第8話 クソゲと神ゲーは紙一重


 翌日。開店前。


「えーと、店長。コレは一体?」

「ふふん。昨日やるって決めてから急いで用意したの。奈保に書いてもらったんだけど、なかなかいい感じでしょ?」


 そう言って美織は『ぱらいそ』の天井から吊り降ろした看板に目を細める。

 ダンボールで裏打ちされた横ニメートルほどの模造紙には、勢いと味のある字で『新生ぱらいそ一周年記念! チキチキ! かずさと杏樹が仲良くゲームをクリアするまで帰れません!』と書かれてあった。


「なんだかタイトルがごっちゃになってるよ、美織ちゃん?」

「いいのよ、こういうのはノリさえ伝わればいいんだから。さて、そういうわけで、かずさ、杏樹、用意はいい?」


 美織が勢いよく、後ろでスタンバイしているはずのふたりに振り返る。


「えー、めんどくさいんだけど」

「杏樹、ゲームをやるなら美織お姉さまと一緒がいいのです」


 ふたりともやる気はまったく感じられなかった。


「何言ってんの! これは一周年イベントなのよ、もっと気合入れなさい! それにあんた達が仲良くゲームをクリア出来なかったら、私たちも帰れないんだから」

「えっ、ちょっと待て。なんだよそれ!?」


 また美織がワケワカランことをやり始めたと笑って見ていたレンが、突如降りかかってきた火の粉に慌てて問い詰める。


「当然でしょ。ふたりは私たちの可愛い後輩なんだから。それともなに、レンはそんなふたりを残して、自分だけ仕事が終わったらとっとと上がるつもり?」

「おい、それじゃあまるでオレが情のない、冷たい人間みたいじゃねぇか!?」

「だって、そうじゃない。ふたりに付き合うつもりはないんでしょ?」

「違うって。オレが言いたいのは、ふたりの結果次第でみんな帰れないって言うのなら、オレたちも参加させろってことだよっ!」


 レンの言い分はもっともだ。

 が、


「バカね。それじゃあ意味ないじゃない!」


 美織が一笑に付して「そろそろ開店するから、レンはふたりのことを信じて、いつものように筐体でバトってなさい」と、レンの背中をぱんと叩いた。


「じゃあ、そろそろ始めるわよっ! みんな、今日も気合入れて、めいっぱい楽しく仕事しましょう!」





「なんだ? 『新生ぱらいそ一周年記念! チキチキ! かずさと杏樹が仲良くゲームをクリアするまで帰れません!』って?」

「そのまんまの意味なんじゃねぇの?」

「でも、今ゲームをしてるの、かずさちゃんだけだぞ?」

「しかも今起動してるゲーム、あれってまさか……」


 入店と同時に目へ飛び込んできた看板に、多くの客は戸惑った。

 看板に書かれた内容もだが、それ以上にゲームをプレイしているのがかずさだけであること、そしてモニターに映っているのが、その道で有名なタイトルだったからである。


「おい、店長。また変なことをやりはじめたなぁ」


 にやにやしながら美織に声をかける客がいた。

 九尾だ。


「変なこととは酷い言いようね。これでも新生ぱらいその一周年イベントなんだけど?」

「そういうのって普通、ゲームの安売りセールとかをやらねぇか?」

「普通じゃ面白くないじゃない」

「でも、店員がゲームをプレイするだけで一周年イベントになると思うか?」


 九尾の言うことはもっともである。


「なるわ! だってクリアするのはあの鬼ゲー『キリングフィールド』だもん!」


 が、美織は自信満々に言い放った。

『キリングフィールド』……半年ほど前に発売されたこのゲーム、当初はあまり目立つ作品ではなかった。

 しかし、ヌルいゲームが蔓延る昨今では珍しい高難易度と一撃死の数々……の奥に隠されたゲームシステムがマニアの間で話題となり、ちょっとしたブームを巻き起こした作品である。

 その難易度はまさに鬼ゲーと呼ぶに相応しい。


「ちなみに私はクリアしたわ」

「……さすがだな、店長」

「でもクリアを断念した人も結構いるんじゃない? だから今回、エンディングをお店にやってきたみんなに見せてあげようって言うのよ」


 これって立派なイベントでしょ、メーカーの規制でエンディングや深刻なネタバレ動画のアップも禁止されてるから見たことがない人多いだろうし、と美織は自慢げに微笑んだ。


「なるほど。でもいいのかよ?」

「いいんじゃない。全世界にネタバレするんじゃなくて、お店にやってきた人だけに見せるわけだし」

「いや、そうじゃなくて。そんな鬼ゲーをあのかずさって子に任せて大丈夫か、って意味なんだけど」

「ああ、そっちか。そうねクリアした私が見たところ、かずさの腕前ならなんとかなるわ。ただ、知識も何もないままではさすがに無理。そこで」


 美織はチラっと視界の片隅でぶすーとしている杏樹を見やる。


「杏樹の知識が活かされる。杏樹はゲーム苦手だけど、知識量に関して言えば私すらも凌駕するからね」


 かずさは見たものをコピーするというとんでもない能力の持ち主だが、それを可能にしているのは並外れた反射神経や観察力だ。

 だからそういった力が必要とされるゲームは基本的に上手い。

 とは言え、かずさのゲームへの興味はあくまで手ごろに楽しめる趣味のひとつ。積極的にゲームの知識を集めようという気はさらさらなく、ましてや持っていないソフトの攻略知識など皆無である。


 一方、杏樹はかずさと正反対だ。

 腕前はともかくとして、とにかくゲーム全般への知識が半端無い。例えば司とていっぱしのゲーム馬鹿だから知識量には自信があったものの、杏樹には敵わないと早々に白旗を振ったほどだ。

 その知識量には、姉妹という関係の強制はアレなものの、同じゲーマーとして純粋に尊敬出来るとさえ司は思っている。


 そのふたりが手を組めば……なるほど、難攻不落と言われる『キリングフィールド』もクリアできるかもしれない。

 そして無事クリアの際には、反目しあっていたふたりの仲もちょっとは変わってくるだろう。

 言葉で説得するのではなく、協力させることでお互いの価値観を認め合わせる。美織らしいやり方と言えよう。


「えー、かずさとゲームをするなんて杏樹、イヤなのですよー」

「それはこっちのセリフだよっ!」


 ……ただし、ふたりがちゃんと言うことを聞けば、の話ではあるが。




「ふふん、こんなの、わたしひとりで大丈夫なんだから。ねぇ美織、杏樹と協力しなくても、クリアさえ出来ればいいんだよね?」

「クリアさえ出来れば、ね」


 改めて美織から言質を取ると、かずさは「よーし」と腕まくりした。


「んじゃ、ちゃっちゃっとクリアしようかな。杏樹、あんたは何もしなくていいわ」

「言われるまでもないのですよー」


 杏樹がそっぽ向いて答える中、かずさはコントローラのスタートボタンを押す。

 外人のおどろおどろしい声で「キィリング・フィーーーールド」とタイトルコールされた。


「えっと、最初に六人のキャラの中からひとりを選ぶのか……」


 まぁ、なんでもいいやとかずさが選んだのは、いかにもな格好をした特殊部隊の男性キャラ・グロス。

 謎の組織がとある洋館で怪しげな実験を行っているとの情報を受け、秘密捜査する為に屋敷の裏にある断崖絶壁をよじ登ってきたところから始まった。


「んーと、まずはあの裏口らしきところから入るのかな」


 オープニングムービーが終わり、ゲームがスタートするとかずさはコントローラのレバーをグイっと傾ける。


「「「あっ!」」」


 その行為に美織と九尾はもちろん、チラっと見ていただけの杏樹も思わず声を上げる。


「えっ?」


 驚くかずさ。そして次の瞬間、


 ずどーん!


 突如として画面の中で大爆発が起こり、吹き飛ばされたグロスが断崖絶壁を落ちていって「グロス 死亡」の表記が出たのにはもっと驚いた。


「な、なんで!? 私、ただキャラを動かしただけなのにぃ」

「お馬鹿ですねー。相手は謎の組織なのですよ。敵の侵入が予想される場所には地雷が埋められていて当然なのです」

「はぁ!? なによそれっ!」


 そんなのも知らないのですかと馬鹿にする杏樹に、かずさがキレた。

 まぁ、さすがにこれはかずさが正しい。

 実際、このトラップを知らずに開始一秒でグロスを爆死させたプレイヤーたちは皆一様に「そんなの分かるかっ!」と悪態をついたものだ。


「はいはい。で、かずさ、まだひとり死んだだけだから、次のキャラを選びなさいな」

「ううっ、なんてひどいクソゲーなんだ……」

「ちなみに今のは杏樹じゃなくても大抵のゲーマーなら知ってるわよ、有名な初見殺しトラップだから」


 それも知らないんだから前途多難ねぇ、やっぱり杏樹の力を借りた方がいいんじゃないとアドバイスする美織に、かずさはぶんぶんと頭を横に振った。


「今のでなんとなく分かった。大丈夫」


 そう言って今度は白衣を着た女性を選ぶ。

 彼女の名前はアンジー。この洋館で働く科学者だが、実験の内容に疑問を抱き、組織が何を企んでいるのかを突き止めようとしている。


「今度は安全そうじゃない。えっと、とりあえずこの部屋を調べてみるかな」


 スタートは彼女の研究室からだ。早速机の上に置かれたノートPCを起動させる。


「うーんと、メールがいっぱいあるなー。あ、これ」


 気になるメールがあったので開くと、そこには裏口に敷かれた地雷パターンが書かれていた。


「このゲーム、プレイキャラを入れ替えながら攻略していくのよ」

「美織、そういうのは早く言ってよ。もうひとり死んだじゃん」

「まぁ、最悪ひとりだけになってもクリアは可能だからね」


 とは言ったものの、それは本当に最悪なパターンなのだが。


「そうなんだ。でも悔しいなぁ、これを知ってれば、さっきは死なないですんだのに」

「知らなくても匍匐前進で気をつけて進めば、地雷ぐらい回避できますよー」

「そう! そういうひとつの問題に対して複数の回答を用意しているのがこのゲームのいいところなのよっ!」


 杏樹の解説に美織が力説した。


「美織、なんかオタクくさいよ……で、このゲームの進め方は分かったけど、どうすればいいんだろ? なんか別のメールを見てもたいしたことは書いてないし、ここは他のキャラにザッピングしたほうが……って、え?」


 画面に突如現れた表示を、かずさは眉間に皺を寄せて凝視した。

 さっきまではなかったカウントダウンがいきなり現れたかと思うと、どんどん減っていく。


「なにこれ?」

「かずさー、さっきのメールの中に『今日の予定(時間厳守)』って件名のものがなかったですかー?」

「……あったけど?」

「アンジーは組織の研究員なのです。そのスケジュール通りに行動しないと、反逆の意思があると見なされ、首輪型の爆弾が爆発するのです」

「なにそれっ!?」


 慌ててメールを確認すると、あと約一分の間に上司の元へ研究進捗を報告に行かなければならないらしい。


「って上司ってどこにいるの?」

「それはまた別のキャラにザッピングすれば分かるのです」


 仕方ないですねーと杏樹はゲラルドという男を選ぶように指示する。

 なんだかんだ言って、ゲームが始まるとついつい見入ってしまい、アドバイスしてしまう杏樹であった。


 さて攻略に戻ろう。

 ゲラルドはこの洋館で警備隊長を務める男である。雇い主である組織には忠実だが、グロスらの行動によって館で研究されていた怪物たちが解き放たれてしまい、脱出すべく獅子奮迅の活躍を見せるキャラだ。

 ただし、グロスが早々に死亡した後では仕事中にエロ動画を見ていたことが発覚し、処刑が確定する可哀想なキャラでもある。


「分かった、上司は三つ隣の部屋にいるのね!」


 ゲラルドにザッピングし、上司の居所を突き止めたかずさは再びアンジーへとプレイキャラを戻す。

 さっきザッピングした時は残り一分を切っていた。

 三つ隣の部屋までどれだけ時間がかかるかはよく分からないが、急げば間に合わない時間とも思えない。

 待っててアンジー。あんたは絶対に死なせない。

 と、ロードが終わり、アンジーのプレイ画面になった、のだが。


「アンジー 死亡」


 意気込みも虚しく真っ暗の画面に、ただ文字だけが映し出さる。


「なんでよっ!?」

「カウントダウンはリアルタイムなのです。残念でしたねー、ゲラルドにザッピング中にアンジーの頭が吹き飛ばされてしまいましたー」

「ふざけんなー」


 さすがにこれにはかずさもコントローラをモニターに叩き付けたくなった。


「なんだこれ、なんだこれ、なんなんだこのクソゲー!」

「クソゲーじゃないわよ。今のだってメールを見て、時間を確認して行動していれば余裕で回避出来るわよ」

「でも、時間にちょっと遅れたからって頭を吹き飛ばす組織がどこにあるんだよっ!?」

「誇張表現だけど、暗にビジネスの世界では遅刻は決して許されないってことを教えてくれているのよ」

「絶対ウソだ!」


 ウソかどうかは定かではない。

 ただ時間にルーズな美織が言っても説得力がないのは確かだ。


「これでアンジーも死亡っと。よし、この調子でどんどん行こう!」

「死者が増えたのにその調子でどんどん行こうって、どういうゲームよ、これ?」


 美織の理解不能な応援にかずさは嘆きの声をあげるも、渋々とゲームを再開する。

 その後も先のゲラルドは処刑されるわ、女工作員のレイラもトラップに引っかかって感電死するわといたずらに死者を増やしていった。

 そして、五人目の謎のダンディ仮面がゾンビ犬に噛み殺されたところで、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 何の前触れもなく、突然館が激しく揺れて崩れ始めた。


「なによ? 今度はなんなのよ?」

「くっくっく、来たわっ! 五人の生贄の血を吸ってついに『キリフィー』のボス、古の邪神クソ様が復活よっ!」


 美織が周りを気にする事なく、高らかに声を張り上げる。

 謎の組織の野望を砕く為、洋館に集まった六人。が、実際は邪神復活の生贄としてわざと集められたのだった。

 五人目の死亡と同時にいきなり明かされるこの展開にゲーマーたちは驚き、次いで復活させてしまった邪神のムチャクチャな強さに絶望した。

 しかし、正統派で六人誰も死なさずにクリアするのは勿論、この復活させてしまった邪神(ちなみに名前はクソクソなんたらと長ったらしいのでクソ様と呼ばれている)を倒すことで真のエンディングへの道が開けるなど心憎いやりこみ要素があり、マニアの評価を勝ち得たのである。


「うわあ、こんなの勝てるわけないじゃん!」


 全身をマグマみたいなドロドロとしたもので覆われたヒトガタのクソ様がプレイヤーキャラの何十倍もある巨体でもって襲い掛かってくる。

 対するかずさが操るのは、六人の中でももっともひ弱な体型をしたゲームオタクのプログラマー。ファンからはオタゲーと呼ばれている。「ゲーオタ」ではなく「オタゲー」なのは、敵の攻撃を回避する様がまるでアイドルオタクのオタ芸みたいな動きだからだ。

 今もかずさが「うわっと」「危ないっ」「死ぬ、死んじゃう」と悲壮な声をあげながら逃げ惑うも、モニターの中のオタゲーはなにやら楽しそうな動きをしている。


「やっぱり最初はみんなこのバッドエンドに行っちゃうよな?」

「そりゃそうでしょ。てか、何も知らずにこの展開を迎えるのが面白いんだって」


 私も初めてクソ様とご対面した時はびっくりしたもんなぁと美織が感慨深げに頷く。

 美織もそれまで一見不条理に見える死の連続にキレそうになったものの、この仕掛けでがらりと評価を変えたクチだ。

 さらに六人生き残った状態で迎えるエンディングを見てからも「もしかしたら復活したクソ様を倒したら何かあるかもしれない」と幾度となくチャレンジした末に真のエンディングが隠されていたことを知った時は大興奮したものである。


「ちなみにお姉さまがどうやってクソ様を倒したのかは、杏樹も知らないのですよー」

「当たり前でしょ。クソ様討伐はこのゲーム最大のポイント。そうおおっぴらに話せるものじゃないわ」

「でも、店長でも何十回も戦ってようやく倒せたんだよな? だったら……」

「ああ、まぁね。さすがに真のエンディングは無理だろうから、今日のところは六人行き残りエンドで許してあげるつもりだけど」


 それとて杏樹の協力がないと難しいだろう。「どうするつもり?」と目配せする美織に、杏樹は「かずさ次第なのです」と肩をすくめた。

 そのかずさは相変わらず「うりゃあ」「とりゃあ」とクソ様相手に逃げ回るも、時折攻撃に転じている。

 ただし武器はナイフ。ゲーム中でも最弱の武器で、戦力差は絶望的だった。


「ああ、もう無駄な努力なんかしてないで、早く殺(や)られちゃえばいいのですよー」


 戦闘が長引けば長引くほど無駄な時間が浪費されるだけだから、杏樹は早くゲームオーバーになってもう一回最初からやり直せと急かす。


「うっさいなー。分かってるわよ、そんなこと。でも、なんかちょっと試してみたいんだってば」

「試すって何をですかー?」

「なんかさ、このクソ様ってヤツ、足の裏の一部に色が違うところがあるのよ」

「はぁ? それが一体どうしたって」

「ごめん、杏樹、ちょっと黙って」


 杏樹の言葉を遮って、美織が会話に割り込んできた。


「かずさ、あんた一体いつそれに気付いた?」

「え? いや、さっき踏みつけられそうになった時だけど?」


 美織が見ていた限り、クソ様が踏みつけ攻撃を行ってきたのはわずか一回しかない。

 クソ様の攻撃はどれも強力だが、とりわけ空中からの踏みつけは見た目でも「あ、これ喰らったら死ぬ」と分かるほどだ。だから普通は回避に専念して、足の裏の様子を観察する余裕などない。

 美織だってそうだった。

 全身をマグマみたいなもので覆われたクソ様。その足の裏の一部分にだけ、よく見れば太陽の黒点みたいに黒ずんだ部分がある。美織がこれに気付いたのは、どんな武器を試してみてもクソ様には通用せず、ならばどこかに弱点があるはずだと考えを変えてからのことだった。


 それなのにかずさはたった一回のコンタクトで気付いた。

 改めて思う。かずさ、恐ろしい子。


「ふーん、ってことはやっぱりあそこが弱点か」


 クソ様の攻撃を必死に避けながらも、美織の反応にピンと来たようだ。

 かずさは「よしっ」と気合を入れなおした。


「でも、ナイフで攻撃なんて滅茶苦茶難易度高いわよ」

「かもね。ちなみに美織の時はなんで倒したの?」

「私はマグナムだったわ。ロケットランチャーだと攻撃するまで時間がかかるからね」

「なるほど。で、何発で倒せた?」

「何度も失敗したからね。黒点の周りに当てたのなら何発もあるけど、しっかり当たったと言えるのは一発だけ……あ」


 もしかしてと美織が何かに気付き、かずさが確信し、クソ様が踏みつけ攻撃を行ってくるのは全く同じタイミングだった。

 クソ様がぶよんと巨体を宙に浮かばせ、自然法則を無視したスピードでかずさの操るオタゲー目掛けて急降下してくる。

 オタゲーは相変わらずキレキレな動きで両腕を動かしながらも、その場から離れない。

 そしてついにクソ様の巨体がオタゲーを踏み潰そうとした瞬間。

 オタゲーがあたかもライブ会場で掲げるサイリュームのように、ナイフを天高く突き上げた。


「えっ!?」

「おおっ!?」

「そんな……こんなことって……」


 目の前で起きた出来事に、その場にいた全員が思わず絶句する。

 オタゲーが突き上げたナイフは、見事クソ様の黒点を貫いた。

 時が止まったかのように、一瞬空中で静止するクソ様。そのマグマのように赤くドロドロとした身体がみるみるうちに黒く固まっていき、さらには塵となって霧散していく。

 

 クリアだ。

 まさかの初見でのクソ様討伐クリアだった。


「やったね、弱点への一撃で倒せるなら、銃で狙うよりナイフで弱点が落ちてくる部分で待っている方が楽だと思ったんだ!」


 周りが言葉を失う中、かずさががしっと右手で握りこぶしを作ってガッツポーズを決めた。


「はーい、てことで終了。ねぇ、美織。クリアしたんだから今日はもう上がっていいよね?」


 そう言ってかずさはあどけない笑いを浮かべると、とっととその場を立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待つのですよー」


 そのかずさを引き止めたのは意外にも杏樹だった。


「な、なによー?」

「あれはまだ本当のエンディングじゃないのです」


 杏樹がモニターに流れるムービーを指差した。


「このゲーム、今のはまだクリアじゃないのです。クソ様を倒した後に再度六人全員生き残った状態で館を脱出する真のエンディングを見ないとダメなのです」

「えー、そんなの面倒くさいよっ。それにこのゲーム、クソ様を復活させるために絶対殺してやるって内容じゃん。今から攻略するの、大変だよっ!」

「大丈夫なのです。その為に杏樹がいるのですっ」


 だからほら、と杏樹はコントローラをかずさに手渡してくる。

 驚いたかずさだったが、はぁと溜息をつくと素直に受け取った。


「どういう心変わり? さっきまでは助けてくれなかったくせに」

「ほんの気まぐれですよー。あ、最初はゲラルドを選んで、警備をいくつか無効化するです。そうすればレイラが動きやすくなって……」


 かくして杏樹の力を借りて、かずさの『キリングフィールド』二回目が始まった。




 二回目は驚くほどスムーズに進んだ。

 さすがは杏樹だ。適切な指示を出すのはもちろん、豊富な知識量を生かした小ネタを次々と披露し、かずさをどんどん『キリングフィールド』の世界へと誘っていく。

 かずさもかずさで、杏樹が求めるどんな高難度なアクションでも一発で決めてみせた。


「さすがはかずさなのです。今のショートカットでかなりアンジーの時間を稼ぐことが出来ました」

「杏樹こそ、あんなところから近道出来るなんてよく知ってたね」

「最近仕入れたネタなのです。正直、半信半疑でしたがかずさなら出来ると信じてたのですよー」

「ふふん、任せてよー」


 杏樹のナビでどんどんプレイを進めていくかずさ。

 ついにはプレイ開始わずか3時間あまりで、高難度を誇る『キリングフィールド』をクリアしてしまった。


 真のラスボスを倒し、ふたりは「いえーい」とハイタッチをかわす。

 そこにほんの少し前までいがみ合っていた彼女たちの姿はなかった。


「店長……あの、ありがとうございます」


 そんなふたりの様子に、司もカウンターから出てきて美織に頭を下げる。


「ん? なにが?」

「ふたりがこんなに仲良くなれるなんて、僕、思ってもいませんでした」


 自分を巡って喧嘩するかずさと杏樹に、司はなんとかしなきゃと思いつつも何も出来ないでいた。

 かずさの言い分も分かるし、かと言って杏樹の妹を辞めては彼女をどうやって手懐けていいのか分からなかったからだ。

 しかし、美織はこの問題には敢えて触れず、ふたりが別のことで仲良くする方法を採った。

 司には思いつかなかったことだ。


「これでふたりの喧嘩に悩まされることはなさそうです」


 司はほっとしてにこやかに笑いかける。


「あー、それはちょっと早いんじゃない?」


 だってほら、と美織が指差すとそこには


「ちょっと、杏樹! なんで私があんたの妹にならなきゃいけないのよっ!?」

「何を言っているのです? かずさはつかさの妹になりたいのでしょう? だったらつかさのお姉さまである私がかずさのお姉さまになるのは、当たり前のことなのですよー」

「なにが当たり前よ! そもそもつかさちゃんはあんたの妹なんかじゃないと何度言えば」


 さっきまでとはうって変わって、またいがみ合うふたりがいた。


「えー、一体どうして?」

「まぁ、ふたりに仲良くなれる土壌があるのは証明できたけれど、根本的な問題点は何の解決もしてないからねぇ。というわけで」


 美織が司の背中を押した。


「え、ちょっと、店長。なにを?」

「はい、ここからは一周年の裏イベントよ。今日はもう上がっていいから、話し合って決めるわよ」

「そ、そんなぁ」

「情けない声をあげないの。ほら、私も話し合いには参加してあげるから、今日中にふたりの争いを終結させるわよ」


 美織がぐいぐいと司の背中を押して、諍いの最前線へと進む。

 もとよりかずさと杏樹の仲を取り持つのが今回の目的だったが、当初はまぁゲームを通して多少は改善出来たらいいかなと思っていた。

 それが今は絶対ふたりを仲良くさせようと美織は意気込んでいる。

 だって見たのだ、ふたりの息のあったプレイを。

 このふたりなら問題さえ解決すれば、きっといいコンビになるだろう。

 美織はにししとひとり笑うと、司の背中をばーんと叩いた。

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