231~240

231

 人はどんなものも失くす。俺は一度、ペットを探しに来た男が一抱えほどある鳥らしき脚を嬉しげに連れ帰るのを見た。

 鳥の脚、髪の織物、公的機関に相応しくない物が日々遺失物として届けられるが、淡々と事務処理をし詮索せぬに限る。

 俺とて塵溜ごみたさながらの街に吹き溜まる、有象無象の一部には変わりない。

―有象無象は廻り廻る



232

 この刻まれた文をいつか君は見る。そう私は信じている。我々は互いを理解しきった仲で、君は私の最期の言葉を探さずに居れないはずだから。

 この世で最も憎悪する君へ。憎しみは時に愛より深い。我々はいがみ合い、騙し合った。

 この墓碑銘は遠慮なく削り取ってくれ。その時私はしんに眠りに就くだろう。

―君に捧ぐ墓碑銘



233

 こんな人が好みなの?

 恋愛絡みの小説書きが時折貰う愚問だ。んな訳ない。

 私の平穏な執筆生活は突如闖入者ちんにゅうしゃに乱された。部屋に出現して早々迫り来るこのチャラい奴、自作の登場人物そのもの。嗚呼、速やかに策を弄し小説世界へ帰還願わねば。

 こんな時ミステリ書きならうまい手が閃いたのかも。全く難儀だ。

―タイプじゃないのでお帰り下さい



234

 Y監督の持ち味はディテールへのこだわりで……あのこれ、オフレコお願いできる?

 監督の作品って実は元となる事件の発生前に撮られてて。箝口令かんこうれいがあるのも変だけど、いや監督が犯人だとは流石に……でも撮影中の口癖が「これは儀式だ」なんだ。意味深でしょ?

(この聞き取りに応えた男性は現在、失踪中。)

 Y監督の拘り



235

 せっかくのクリスマス会、プレゼント交換会だというのに気が重い。

 私達のグループはいつからか、贈り物に秘密を記した紙を忍ばせるようになった。低学年の頃は好きな人とか他愛ない事だったけど、今は……。

 私が好きな男の子は、自転車で轢いた老人を見殺しにしたらしい。私はどうするべきなんだろう。

―秘密の交換



236

 無意識のうちに、首筋の柔肌やわはだに噛みついていた。俺の頬を豊かな胸に抱き、白磁に朱を滲ませた女が笑う。その瞳が淡く発光していて気づいた。こいつは、俺と同じ化物ばけものだと。

「お前、私の下僕におなりなさい」

「誰が。貴様こそ、俺の食料袋になってもらおう」

 今宵も、主導権を奪い合う淫靡な夜の幕が開く。

―化物は夜に踊る



237

 命を灯火に喩えるけれど、私を内側から暖めるこの炎は、いつともされたのだろう。

 世に生を受けた時か。違う。

 母の胎内に宿った時か。違う。

 有機物のプールの中から、遥か数十億年の時を隔てて、種火は連綿と受け継がれてきたのだ。生命はささやかな火を繋ぎ続けるだろう。

 この星と運命を共にする刻まで。

―生命の火



238

 窓に穴を空け、豪邸に似合わず防犯の甘い家へ忍び込む。重厚なドアの先に異様な光景があった。巨大な室内窓と、おびただしい数の白骨屍体。

 背後で扉が閉じ、嗄れた声が響く。

「ようこそ泥棒さん。私は人が死にゆく姿を見るのが好きなの。嬉しいわ」

 声の主は独り暮らしの老婆か。罠からはもう、逃げられない。

―老婦人の罠



239

 帰宅後スーツを脱いだらシャワーを浴び、さらさらした手触りの部屋着に着替える。推しのアイドルがキラキラ輝いている動画を観ながら、帰路で求めた小さな芸術品のようなケーキを味わう。寝る前にはアロマを焚き、好きな色に染まった足先を見て、布団に潜り込む。

 その全部が、の体力回復アイテムだ。

―my healing items



240

「なんできらきら星を?」

 地球人類の多くが知る素朴な旋律。それを宇宙船から放たれる電波に乗せると、乗組員が尋ねてきた。

 これは約束の歌だ。幼少の頃の私と、太陽系外から来た君との。君はむを得ず帰郷したけれど、また会おうという約束をきっと覚えているだろう。

 今度は私が、君に会いに来たよ。

―約束の歌

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