21~30

21

 ほい、とミルクティーの缶を渡すと、寒さで強張った頬がほころぶ。彼女の笑顔は世界一だ。

 横目で窺うと、どこか遠い目をして、缶の縁に唇を宛がう姿がある。私は彼女の微笑みを見続けられるだろうか。次の冬も、その次も、お揃いのスカートを脱いだ後でも。

 友達以上にはなれない私は、ただそれを切に願う。

―お茶



22

 保健室の窓から、雪の花を見た。裸の枝に咲いた白い花。

 水色の薄い空の下、時間は凍てつき、ストーブの上の薬缶が立てるシュンシュンという音が、僕のひっそりとした孤独を際立たせていた。ガラスの向こうで、ひらひらと囁くように細雪ささめゆきが舞う。

 あの冷たくも温かい幼少期の思い出が、今でも僕を生かす。

―冬に咲く花



23

 冷たい部屋に満ちた月の光は、青黒く滲む輪郭をぼうっと浮かび上がらせているけれど、一番そこにいてほしいあの人はもういない。ブルガリのプールオム、その残り香をうっすらと漂わせたまま。

 それが生命維持装置であるかのように、私は彼の香りを、末成うらなりの肺胞までとばかり吸い込む。何度も、何度も。

―月明かり



24

 深夜、静まり返った路上で、先を急ぐ人の前に姿を見せるのがマイブームだ。俺のこと見えるんだ、と言いながら。これがまた物の見事に皆怯えてくれる。

 今夜も都合よさげな人を探していると、急に路地裏から少年が現れた。うっすらと笑んでいる。

「僕のこと見えるんだ」

 ああ、参ったな。こっちは本物らしい。

―エンカウント



25

 歯磨きが好きだ。歯が綺麗になると気持ちがいい。歯に肉片が挟まっているのは具合が悪い。咥内が血でぬめぬめしているのは気持ちが悪い。食べた後の歯磨きは重要だ――殊に、人肉を食べた後は。

 人間の肉は美味しいけれど、脂身がたっぷりで血の気が多いことが難点だ。だから僕は、歯を磨くのが好きだ。

―歯磨きは大切です



26

 さあ今日こそ決着を。

「出て行きなさいよ幸子!ここは私の場所なの、後から来たくせに生意気よ!」

「はあ?花子こそどっか行ったら、いつまで旧制の制服着てるわけ?ダサいのよ」

 そこでドアが開いたので、私達は急いで便器の中に隠れた。一時休戦だ。私達はこのトイレで、果てもない闘いを続けている。

―トイレの花子さんと幸子さん



27

 疲れて帰ったら、愛猫のライラの肉球をふにふにする。すると数十分経っていたりする。

「肉球って癒されるなあ、人を堕落させる最終兵器に違いない」

 呟くとライラがすっくと立ち上がった。

「気づいたか、生かしておけぬ」

 ライラが立った!感動する僕の顔面に強烈な猫パンチが直撃して、意識が途絶えた。

―リーサルウェポン



28

 大学の飲み会で、およげ!たいやきくんの自己同一性を滔々と語る先輩がいた。

「毎日焼かれてるってことは、昨日と今日のたいやきの自己認識は同一だよね。でも一匹一匹は別の自己なんだよ。面白いよね」

 初対面の私ははあ、と答える他なかった。名前も所属も忘れたが、その話だけが妙に焼き付いている。

―たい焼きの自己認識の同一性について(この論文はフィクションです)



29

 数を数えれば数えるほど、僕のまわりにあるものたちは0に近づいてゆく。0に等しくなることは無いけれど、僕が一心に数を大きくすれば、それだけ目に映らなくなる。

 僕を呑みこむくらいにふくらんだ数字がやさしく僕を包んで、そうして僕は数字とだけ寄り添って、あたたかい眠りに落ちることができる。

―無限に囲まれて



30

 ついに完成だ。刀身に強力な排魔の術式を纏わせた、僕渾身の聖剣。これならどんな非力な者でも一薙ひとなぎで魔王をたおせる。この剣を駆け出しの冒険者に渡して――そこで工房にどやどやと黒服の一団がなだれ込んできた。

「剣を押収します。我々には――この世界には、物語が必要なのです」

 そんな、ご無体な。

―弱い敵からこつこつと

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