140字小説

冬野瞠

01~10

01

 窓を触ると冷たかった。

 トンネルと寂れた漁村が交互に現れる中を、唸りながら列車は進む。乳白色の陰鬱な空と、同じ色をした海が果てしなく広がっていた。水平線は淡く空と混じって、境界はぼんやりと霞んでいる。波は岩肌に打ち寄せてしぶきをあげるが、音は列車の中までは届かない。

 冬が来るのだ。

―Scenery of Winter



02

 初めて見た時、炎の化身だと思った。

 燃え盛る火の髪に、鮮血の瞳。微妙に異なる赤が、幼い僕の心に強烈に焼き付いた。

 僕は赤に焦がれる。脈打つエネルギーの色。力の象徴。僕の持つ、繊細な金と純粋な青は、力なき者の象徴に思える。お飾りの烙印。

 だから僕は、彼が憎くて、たまらなく羨ましいのだ。

―ないものねだり



03

 古代ローマでは、と授業中先生が声を張る。

「娯楽として奴隷と竜を闘わせるのが流行しました。竜は人の言葉が分かる唯一の生き物です。そんな酷い事をしては駄目ですよ」

 知ってるよと言いたげに、クラスの皆がはあいと返事をする。窓の外では今日も、物資や人を乗せた竜達が、空を縫うように飛び交う。

―幻のドラゴン(title by spitz)



04

 眼窩がんかから抉り出された眼球は、どれくらい元の色を保っていられるものなのだろうか。

 僕は稀に、そんな妄想に耽る。時として、妄想は夢の中で現実となる。

 彼の血色の瞳を抉って、自分の空色の目玉を捨て、彼のものをくらい穴へとめ込む。彼の目には世界が何色に映るのだろう。

 僕はそんな、赤い夢を見る。

―Ich schaue auf die roten Traum.



05

 女の腕が男に絡まる。

「なぜ手を出さなかったの」

「俺の汚れた手で、綺麗な君を汚すのが嫌だった」

「私は綺麗でもないし、貴方の手は汚れてもない」

 そう言っても響かないでしょうね。呟いて、女は聖女の如く笑む。

「代りにこう言うわ。その手で私を汚して」

「煽るのが巧いな」

 男が笑い、ベッドが軋む。

―Please make me dirty.



06

 冷たい夜に、熱い指先を想う。

 いつでも私へ差し伸べられていた、彼の大きな手。その手を取って、彼の胸に洋々と広がる愛の海に飛び込んで、二人で溺れてしまえたら。

 夢見る夜も確かにあるけれど、同時に、幸せになる権利など私には無いのだと思い知る。忘れられない夜だけが、心の底で冷え続けている。

―冷たい夜の獣たち



07

 先に逝った者を、取り決めた花木はなぎの下へ、残った者が埋める。我々を繋ぐ、一つの約束事。

 やつれゆくその人は、藤が綺麗、と目を細めた。私は知っている。たもとの中の手首が痩せ衰えているのも、自力では起き上がる事すら叶わぬのも。

「出歩いていいのか」

「好きな花を決めないと」

 淡く儚く美しく、微笑む。

―花葬



08

 彼女の手の甲には傷があった。白くわずかに盛り上がったそれは、滑らかな彼女の肌の上で否応なく目立ち、僕は尋ねずにいられなかった。

「実家にいた黒猫に引っかかれた痕よ。もう死んじゃったけど、これはその子が生きてた証なの」

 かつての黒猫そのものであるみたいに、彼女は傷痕を愛おしげに撫でた。

―proof



09

 彼の名は、呼ぶ度に甘く舌に広がった。彼の胸に額を押し付け、声がくぐもっていても、それは変わらなかった。

 彼の腕の中は心地よく、ここは自分用の特別誂えの場所なのだ、とどんな女性にも思わせる何かがそこにあった。彼は体からして根っからのプレイボーイなのだ。舌に広がる、それは甘い毒だった。

―sweet poison



10

 初めて見る海は、全てを塗りかえる青だった。

 視界を埋める、美しい色。白波に誘われるまま、大いなるうねりへ飛び込んだ。鮮やかに網膜へ焼き付いた水平線、その向こうへ、水と一体になって、どこまでも行ける。

 僕は知っていた。ここが僕の世界だ。果てなく広がる自由だ。僕はここに、帰ってきたんだ!

―青の世界

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