第10話

「さて……この数か月、色々あったが。無事に乗り越えられたのは皆のおかげだ。

感謝する。

―――乾杯」

「「かんぱーい!!」」

そこは、広大な荒野にポツンと建った小さな建物。その前にある、野外席の一角だった。

晴れ渡った空の下、あたりには何機もの大型宇宙艦が停泊しており、一種異様な風景を醸し出している。

ここはイルドより十光年ほど離れた惑星。

つい先ほど終了した、イルド宇宙レースの1次予選の会場。その宇宙港だった。

テトたちのチーム―――"黄金の薔薇"号のチームだけではなく、周囲には予選を通過したチーム、予選落ちしたチームなど雑多な人々でごった返している。

「いやはや。お嬢ちゃんがテトを連れて来た時は駄目で元々と思ったが。大したもんだよ、さすが軍で鳴らしてただけのことはある」

なみなみと蜜酒(ノンアルコール)が注がれたジョッキを掲げながら声を上げたのは、赤い作業着の昆虫人間。整備主任(と言っても整備士は数名しかいないが)であるおばちゃんの言葉に、皆がガハハと笑う。

言及された当人であるお嬢ちゃん―――ベ=アは、恥ずかしそうにジョッキで顔を隠していた。もし顔を覆う毛がなければ、真っ赤な顔になっていたことだろう。

その様子に、芋は微笑んだ。

そんな折。

「ええい、あんなどこの芋とも知れねえよそ者にやられて悔しくねえのかよ、てめえは」

「ちょ、兄貴、聞かれてますぜ」

「聞かせてんだよ、畜生め」

唐突に上がったのは野太い男の声。目をやれば、敗退したのであろうパスタ頭の男が、周囲のものを巻き込んで荒れていた。

無視してノンアルコールの芋焼酎をチビチビやるテトだったが、直後。


どんっ


後頭部に衝撃。テトが手を伸ばすと、ミートスパゲティがそこに張り付いていた。

「……」

芋は無言でそれを払い落とすと、ポケットから取り出したハンカチで後頭部、ついで首筋を拭き始める。

周囲が一斉に静まり返った。

作業が終わると、テトは食事を再開。皿にのった唐揚げにレモンを絞ると、パクり。

「……中々いけるな」

完全に無視される格好になった下手人―――スパゲティを投じたパスタ頭の男へ、視線が集まる。彼は、テトへ歩み寄ると。

「おい。何か言いやがれよ」

襟首をつかむと、テトを引きずり立たせる。こうしてみるとテトよりパスタ頭の男は一回り以上大きかった。

「飯は静かに食う主義でね。邪魔しないでくれ」


―――幾つもの悲鳴が上がった。


テトの言葉にパスタ頭の男が激昂。それどころか、襟首を掴んだまま、殴り飛ばしたからである。

殴られた当人は平然とした顔で、相手を侮辱する言葉を口にした。

「なってないな。そんなへなちょこパンチじゃ俺には効かんぞ」

二発。三発。

立て続けに、殴打の音が響く。

「ちょ、やめて、やめてぇ!」

その場にいる誰よりも、熊顔の少女が早く動いた。彼女はパスタ頭の男にすがりつき、腕にしがみつこうとする。

対する男が、己の腕に絡み付いてきたベ=アを振り払おうとしたとき。

「そこまでにしてもらおう」

男の腕をつかんだのは、分厚い皮に覆われた芋の腕。テトのそれは万力のようにパスタ頭の男の腕を封じ、微動だにしない。

「くっ、てめ―――」

その時だった。


轟音


皆の視線が、今度はそちらへ集まる。

開放式になっている建物の中から出てきたのは、赤く染めた髪が印象的な狼女。グラマラスな肢体を覆い隠すボディスーツが艶めかしい。

顔を斜めに横断する傷跡が印象的な彼女は、今時珍しい火薬式の拳銃を手に告げた。

「はいはい、そこまで。

―――それ以上やったら心臓に風穴が空くよ」

パスタ頭の男は即座に両手を上げ、後ずさる。

その表情は引きつり、額からは脂汗が流れ落ちていた。

「ま、あたしとしちゃそれでもいいんだけどね。こんだけ証人がいるんだ。暴漢を撃ち殺しました。正当防衛です。でポリスはおしまいにしちまうだろうねえ」

「ひ……ひぃ!?

覚えてやがれ!」

吐き捨てると、そのまま走り去るパスタ男。

「罪状に食い逃げ追加だねぇ、ありゃ」

嘯くと、狼女は拳銃を腰のホルスターへしまう。

そのまま彼女は、テトたちへ歩み寄った。

「大丈夫だったかい?えらく殴られてたけど」

「ああ。

おかげ様で助かった。ありがとう」

「いいさ。困ったときはお互い様ってね。それに―――ああいう奴はヘドが出る」

「同感だ。

ポ=テト。テトでいい」

「あたしはルゥ。ただのルゥさね」

テトとルゥ。両者は握手を交わす。

「じゃ、あたしはこれで」

去っていくルゥの背を、その場の皆が見つめた。

喧噪が戻って来たのは、それからややあってのこと。

「……恰好、よかったですね」

「ああ。いい女だ。

さ、食事の続きといこう」

ベ=アに答えると、芋は少女をエスコート。

席に戻る途中、テトは、久しぶりに煙草を吸いたい。そう思った。

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