蘇る黒狼

25


野性味たっぷりな、見ようによっては、ひどく偏屈で気難しげな来栖要の端正な顔を見て、花屋敷はこれほどに安堵感を覚えたことはなかった。

しかし、慣れない者なら五分と経たず、この場から逃げ出す事を考えるのではないだろうか。


無言の沈黙が支配する言い知れぬ圧迫感と冷たい気配に満ちた、いつかとは違う、張り詰めたような地下の事務所のこの雰囲気。

何よりも感情がない人形のごとき来栖の、この冷たい表情を窺うにつれ、花屋敷は少しずつではあるが息苦しさを覚え始めている。


五感に対し外部から刺激など何一つ加わっていないにも関わらず、首の後ろ辺りの毛が逆立ったり、皮膚がゾクリと粟立ったりするような、この皮膚感覚が齎す矛盾。

これが俗に殺気や嫌な予感と呼ばれる感覚だという事を、花屋敷は刑事になって様々な事件に出会う過程で知った。


しかし、これほどに悲しみとも怒気ともつかない冷たい圧迫感を与える人物に出会ったのは始めてのことだった。かつては同じ大学で同じ時を過ごしていた人間と、目の前の冷徹そうな男を重ね合わせる事がどうしてもできなかった。


同じ事務所でも、これなら指定暴力団の組事務所で組長だの若頭だのといった幹部級のヤクザと相対している方がまだマシかもしれない。

非合法な活動をしているとはいえ組織である以上、そこには規律や規範、約束事は確実に存在する。警察官が法や倫理に縛られているように、暴力団には暴力団なりの不文律だの仁義だのがある。


構成員としての立ち位置や成り立ちや目的となるものが異なるだけで、組織に属しているという点において花屋敷と彼らは本来、置換可能な立場にあるのだ。そうした意味では、筋さえ通せば彼らはまだ常識の通じる範囲内にいる。


だが、目の前にふんぞり返っているこの旧知の男には、おそらく法の下に集う国家権力の集団だろうと、背景に暴力的な威圧を持つ集団であろうとも、いかなる組織的な後ろ盾を持つ者達の当たり前な常識など全く通用しないように思えた。


ネクタイをしていない黒いアンダーシャツの胸元をはだけ、さらに全身黒一色のスーツに黒革の靴。


喪服や礼服の黒が自然に醸し出す厳粛な雰囲気とは根本からして違う。どこか不吉な感覚さえ漂わせた人物である。


闇夜のカラスを思わせるようなサラサラで艶やかな漆黒の黒髪。病的なまでに白い肌に、すっきりと整った鼻梁。細く鋭角的な眉。両の瞳に赤いカラーコンタクトを被せた異様な双眸。

まるで、よくできた蝋人形を思わせる整った顔立ちをした探偵は、先ほどから腕を組んだまま身じろぎ一つせず、行儀悪くも靴を穿いたまま己の長い脚を机の上に投げ出し、自分専用の椅子の背もたれに深く身を沈めながら、花屋敷達を静かに威圧しているように見えた。


しかし実際の所、偏屈な探偵の視線は花屋敷達をすり抜け、部屋の後ろの壁にいつの間にか黒いダーツの矢で無造作に留められている一枚のカードのようなものへと注がれていた。


花屋敷と共に初めてここを訪れた隣の石原の存在など始めから気にかけている様子は全くない。というより、黒衣の探偵は、最前よりずっと周囲の世界全てを閉ざしてしまっているようだった。


あれだけ派手な事件を起こした、この偏屈で粗野な男が証拠不充分で釈放されたのは、実に昨日のことだった。


あのゴタゴタの最中、管理官の早瀬が警視庁に掛け合い、裏で手を回したかどうかは不明だが、そもそも高校生一人を守る為に起こした事件な訳だし(やり過ぎの感は否めないが)、加害者は未成年の少年達だった割には、その身内から被害届けの類は一切出されなかったというのだから、傷害事件としては正に異例中の異例ともいえる事件だろう。


結局、暴力事件は警察側が折れた形となって終結した事になる。少年達による不正な薬物犯罪を、未然に防いだ彼の功績は大きいと判断された為だ。


大事の前の小事。警察もそこまで融通の利かぬ組織ではない。

マスコミが嗅ぎ付けなかったからよかったものの、正当防衛の人間をいつまでも留置していたのでは組織の面目はたつまい。


この男が予めここまで見越して事件を招いたのだとすれば舌を巻くが、いずれにせよ非常識な男がいたものである。


彼をよく知る女占い師アリサの話では放免されるなり、この男はずっとこの部屋で、この調子なのだと流暢な日本語で教えてくれた。

今度は花屋敷の方が獣の檻にでも入れられたような気分になる。


不機嫌を通り越して、どこか凶悪な表情を隠そうともしない、黒い狼を思わせる目つきをしたこの男は、次の瞬間には何をするか予測できない危うさを持っているだけに余計に不安になる。


部屋にすんなりと招き入れられたのも、事態の重さをそれなりに察してくれた彼の助手である女占い師のおかげであり、花屋敷が彼の旧友であるという、この頼りない二つの点だけに依っている。


まるでこちらの様子に気付いていないかのような来栖を見て、花屋敷は複雑な思いに駆られた。


ここに来る事も、花屋敷は相当に躊躇したのだ。早瀬の命令に従っただけとはいえ彼を一度逮捕したのは花屋敷なのだし、今さらこの風変わりな地下の事務所を彼が訪れる筋合いなどない。


彼に対して後ろめたく感じている一種のわだかまりや疎外感は、未だに拭い去る事はできなかったが、そうした花屋敷の複雑な心境をこの偏屈な男が気にしている様子も今の所ないようだった。


こうした所は昔と何一つ変わらない。早瀬はどうか知らないが、この男は花屋敷と会えば、たとえそれが何ヶ月ぶりだろうと何日ぶりだろうと、昨日会ったかのように軽口を叩く。花屋敷とて昔は同じだった。

来栖にはいつだって肩肘張らず、大抵の事は気軽に相談できた。

花屋敷は再会したなら、まず最初にこの男に殴られる事さえ覚悟してきたというのに。

実際に肩透かしを食らったような妙な気分ではある。


考えてみれば、いくら相手が旧友の来栖とはいえ、ここは民間人の住居には変わりはない。異分子はむしろ自分達の方だろう。


晴れ渡った昼時の新宿は何だか騒々しい上に、ひどくくすんで見えた。

新宿駅東口にあるアルタビジョンでも、昨日の事件の続報を延々と伝えていた。通り掛かりにすれ違う多くの通行人の目が気にならなかったといえば嘘になる。

早瀬を始め磯貝警部に花屋敷に石原。そして多くの捜査員達は、こうした非常識極まりない事件に翻弄される度に被害者の家族やマスコミには連日のように罵倒され、足を棒にして奔走した挙げ句、結局は途方に暮れる運命しか待っていないのだ。つくづく因果な仕事だと思う。


警察組織が民間人に叩かれるのはよくある話だが、道を踏み外すのも同じく民間人なのである。


花屋敷は消化不良のようなやり切れない思いを自分の大きな図体に抱え込んでしまっていた。


不可解な事件が始まった時のあの言いようのないやる気は今や完全に削がれ、裏付け捜査だの確認作業だの少女達への事情聴取だのといった、何もかもが今や面倒くさくなっていた。ひとえに連日に渡る睡眠不足が効いている。


本来の足で稼ぐ地道な捜査や、素直に仕事だと割り切って報告書だの調書だのを纏める気になれないのである。


この事件にはまだ俺達の知らない裏がある。


そう思った花屋敷は石原を伴い、再びこの歌舞伎町を訪れたのだ。


早瀬の思惑がどうあれ、今は刑事としてではなく、一人の友人としてこの風変わりな男に会ってみたいと思った。


予めこんな救いのない顛末になる事を、ある程度予測して警告していた来栖に殴られるのは当然の事だし、刑事として何人もの人間の死を目前に何も出来なかった自分など、殴られて当然だ。


そう思ってここに来た。


我ながら青臭いと自分でもそう思う。だが、この男は昔から取っつきにくい割に妙に相手に安心感を与えてくれる所はあった。

始めから事件には関わっていたようだし、何かしら示唆してくれるかもしれないと僅かに期待してもいた。


この男を担ぎ出すことは今や責任者として調査や事後処理に慌ただしく追われている早瀬の望みでもあるだろう。


とはいえ結局の所、花屋敷はそれら刑事である理由を建て前にして彼のどこか超然とした魅力と野卑な穏やかさに昔のように甘えてみたかっただけなのかもしれない。


自暴自棄で捨て鉢な今の花屋敷など実際、殴る価値もないだろう。


それにしても、これほどまでに存在感のある男というのもめずらしい。


平素から不機嫌ともとれる仏頂面をして、知らず知らず周囲を威圧しているような花屋敷をして、この男の存在は異質だ。


時代がかったような表現だが、この男…来栖要は日本人の癖にどことなく英国貴族を思わせるような気品があり、黙っていれば一流モデルのような顔立ちをした美丈夫でもある。


手も足も長く、憎たらしい程に一挙一動に華があり、街を歩けばおそらく擦れ違う女性の10人中7人は振り向くような外見はしているだろう。だが実際の彼をよく知る者は大概、彼の言動には戸惑うばかりだ。


弁は立つし科学的知識は多岐に渡り、それをベースにした話題は泉のごとく尽きないのだが、言葉使いは粗野で、口調にも棘があり、皮肉屋な上に口も悪いし、おまけに態度も柄も悪い。


行儀の悪さが逆に人間味を保証しているような男なのだ。よく探偵などという商売が普通に成り立っているものである。


聞く所によれば、この探偵は浮気調査や身辺調査、ペットの捜索や証拠写真を撮るなどといった一通り興信所の探偵がするような仕事はよほど気に入らないらしく、絶対にやらないタチらしい。できないのではなく、やらないのだ。この辺りが凄いところだ。もちろん褒め言葉ではない。


服装の趣味とて相当に変わっている。


シックで上品なスーツを好むのかと思えば、学生時代はライダースジャケットやパンクロックやデスメタル系のような格好で平気で街中に現れる事もあった。

共通点はただ一つ。

黒一色しか着ないという所だ。

そのイカレた趣味は六年経った今でも全く変わっていないようだ。これはもう、こだわりというよりは偏執狂に近い感覚なのかもしれない。


幾らでもまともに出来るのにしない。周囲には全く迎合しないし、いかなる色にも染まらない。


どんな規制の枠にも型にも嵌らないタイプの、ある種独特の雰囲気を持つ人間がいるとすれば、花屋敷は真っ先にこの男を思い浮かべる事だろう。


これも褒め言葉ではなく、いわゆる変人の部類に入る人間という意味だ。


事件から既に20時間が経過しようとしている。


目の前の男は今、何を考えているのだろう。


悲しんでいるのか?

悔やんでいるのか?


今また失意のどん底にいるであろう成瀬勇樹を助けた来栖要は今、何を思う…?


成瀬勇樹という生徒にはここで一度会ったきりだが、今時いないタイプの正義感が強そうな学生で、花屋敷は多いに好感が持てた。


有名人で誰からも尊敬されていた先輩は実は殺人犯。

同じクラスメートの鈴木貴子は今もなお杳として行方不明。

自分のクラスメートが絶命するのを目の前で見届けた成瀬勇樹の心痛はどれ程であろうか。


それを思うと、花屋敷はますますやり切れなくなった。


花屋敷は普段、陰惨な事件の捜査中はなるべく無表情に淡々と、いつもと変わらぬ振る舞いをするよう務めてはいる。


医師や弁護士がそうであるように、痛々しい事件の渦中にあっては被害者側に悪戯に感情移入してしまうと後々まで尾を引き、しんどいのである。


これは花屋敷に人間的な優しさがないとか、感情を押し殺しているという意味ではない。感情があるが故の、屈折した心理なのだと自分ではそう思う事にしている。


所在をなくし、花屋敷は土産にと買ってきた差し入れの洋酒をテーブルの下に押しやり、ぼおっと部屋全体を見渡してみた。


およそ住居や人の住む空間の雰囲気や居心地の良さだのを決定づける最終的な要因は、そこに住む人間の人格だの人隣りだの、普段他者と接する時の態度といった外的な要因が齎す印象による所が大きい。


住んでいる部屋を見れば、その人間の性格もある程度わかるという理屈も確かに間違いではないと思う。


始めてこの地下室のごとき部屋を訪れた時には部屋の暖色系の照明や、目の前にいる探偵のやや衒学的とも思える趣味や調度品の類などは、それでもまだ人間味のある不思議な雰囲気を醸し出し、訪れた花屋敷に安心感を与えてくれもしたのだが、それは今、目の前にいる男が旧友を迎え入れる為だったからに過ぎなかったのかもしれない。


探偵は相変わらず身じろぎ一つしない。


花屋敷は緊張と息苦しさにひどく喉の渇きを覚えたが、つい先ほどアリサが出してくれた目の前のコーヒーに口をつけようとは思わなかった。


隣にいる石原も同じようだった。彼女はひどく居心地が悪そうにモジモジと自分の膝の辺りに視線を落としては来栖の顔を窺い、真新しいスーツを窮屈そうにするような動作ばかり先ほどから繰り返していた。


誰も何も言わない。

いや、言えないのか。


何をどう切り出していいのかがまずわからない。


雑音だらけの場所は落ち着かないが、全く物音一つしない空間というのは、それはそれでもっと落ち着かないものである。


そう思ったまさにその時、目の前の男がいきなり沈黙を破った。


「そうだよ。まずは落ち着けよ、二人とも」


二人は、はっとしたように来栖を見つめた。


「確かに、この事件は起こるべくして起きた悲しい事件だし、防ごうと思えばできたかもしれない。

お前ら警察にもいくらか落ち度はあったかもしれないが、そもそもこんなふざけた構造をした事件なんか滅多にお目にかかれないんだから、お前らが気に病む必要なんか何一つないんだぜ」


探偵は怒涛のようにいきなり語り出した。


「だから花屋敷。そうやってお前が奈良の大仏みたいなデカい図体で黙っていたって、事態は何も変わりゃしないんだ」


いきなりの弁舌に二人は金縛りにあったように動けなかった。


「だいたい俺はそちらの石原智美さんとかいう、巡査になって二年目の、妹さんと暮らしてるお嬢ちゃんの紹介もまだ受けてないし、お前にしてはめずらしく詫びを入れるつもりで俺の出所祝いに買ってきたんだろう、そのテキーラの差し入れも貰っちゃいないぜ」


それにな、といきなり饒舌になった探偵はまくし立てるように言った。


「年頃の高校生が殺人事件で失意のどん底にいるってんなら慰めの言葉の一つもかけてやるが、陰気なツラして萎れてるお前みたいな大仏を殴ったところで、ただ手が痺れるだけだし、第一面倒くさい。

お前らのヘマや事件の概要を報告するなら、さっさと報告する。警察の現状を愚痴るなら愚痴る。コーヒーを飲むなら飲むではっきりしろ。それこそ、こっちにはいい迷惑だぜ」


花屋敷は唖然とした。先ほどまで自分が考えていたことを、いきなり次から次へと見透かされたように感じたからだ。


来栖はひょいと機敏に足を下ろすと、同じく隣で呆然としている石原の方へと向き直った。


「始めまして石原巡査。

自己紹介が遅れたが俺は来栖要。この界隈じゃあ一応、私立探偵って事で通ってる。アンタがここに来た理由はもうわかってる。

確かにアンタが神戸に行って確かめてきたように、例の時計塔の設計をしたのは死んだ俺の馬鹿親父だ。だが、あの男はこの事件には直接は無関係だよ。

ただ、ちょっとした意味のない悪戯をあの学園に施しただけだ。その事で聞きたい事があれば別に話してやってもいいが、俺はこの世で二番目にあの男の事が嫌いだ。それでいいなら心して聞いてくれ。

そして俺は、そこにいる大仏やお前達の捜査本部長の早瀬一郎とは大学時代の同級生でもある。…まぁ、それは事件がない日にでも、気が向けば話してやるさ」


びっくりしている二人をよそにそうそう石原刑事、と探偵はいきなり石原の方を向いた。


「事件が忙しいのは解るが、ちゃんと東北の実家には電話してるか?

親御さんも、妹さんと女だけの二人暮らしじゃ随分と心配してるかもしれないぜ?」


石原はこれには度肝を抜かれたのか、完全に固まってしまった。まさに鳩が出会い頭に豆鉄砲どころか拳銃を突きつけられたような顔である。呆然としている彼女をよそに探偵は再び続けた。


「ああ、そうそう…。石原刑事。今回の殺人事件に関係しているかもしれない売春事件だが、少女達の回復を待ってじっくりと事情聴取をするにしても、マスコミだの一条明日香のファンだの何だのが、これだけ世間に幅を利かせている今は、客側の全容を絞り込むのは実際のところ、かなり難しいと思う。

一条明日香の自宅から押収されたダチュラは全体の一部だけだし、薬物の入手ルートにしても分からないことだらけなんだろう?

マスコミの対応に躍起になってる上層部に苛つきたい気持ちはわからないでもないが、売春事件の方は早期の解決は望めないだろうから、そちら方面からのアプローチはかなり難しいと思うぜ。そちらの方も、まずは焦らない事だ」


淀みなく喋る来栖の弁舌は止まらない。

彼はさらに続けた。


「それから、老婆心ながら忠告しとくが、あの男が設計した建物なんかにはもう近付くな。今さら遅いが、ロクな目に遭わない事だけは俺が保証してやる」


来栖がそこまで言った時、ようやく固まっていた石原が叫んだ。


「ど、どうして分かったんですか!?」


石原は先ほどからの疑問をようやく口にした。


「た、確かに私は警視庁捜査一課の石原智美ですし、巡査になって二年目の…まだまだ新人の刑事です。

妹の歩美と二人で暮らしてるのも確かですし、神戸の元用務員さんの所まで行って来栖さんの話を聞いてきたのも私です!

上司の古井管理官にマスコミ対策の事で噛みついて、その事を磯貝警部に窘められてます!

…ど、どうして私が話してもいないことまで、初対面の来栖さんに分かっちゃったんですか!?」


やられた、と花屋敷は思った。こいつの凄いところは、この常人離れした頭脳もそうだが、何よりも得た知識の応用や対応の仕方の早さにあるのだ。


どうやら花屋敷達は既に、完全にこの男のペースに嵌ってしまっている。

しかし、なぜ話してもいない事までこの男に解るのか花屋敷にはさっぱり解らなかった。


「ククク…。アンタについて知っていることはそれだけじゃないんだぜ、お嬢ちゃん」


来栖はしてやったりという表情で石原に向け、ニヤリと微笑んだ。


「そうだなぁ…アンタはまず東北の…福島県は郡山市から割と近くの出身で高校時代はバレーボール部だったんじゃないのか?これもおそらくだが、妹さんは大学生で…ああそうか、そろそろ就職活動の時期なんだな」


「お、おい石原…まさかとは思うが、でたらめにしか聞こえない、こいつの言ってる事は…」


「は、はい、先輩…。信じられないでしょうけど、ぜ、全部…中ってます。

その通りなんです…」


「なにぃ!?」


「ちなみにアンタがメイクを直したのは、ここに来る直前で、上にある喫茶店『アトレア』の中だろう?

花屋敷とはその喫茶店で待ち合わせ、花屋敷はその時に思いついて、そのテキーラを近くの専門店から買ってきたんだな。

ちなみに花屋敷が昨日寝たのは夜中の三時頃…本庁の仮眠室だったんじゃないのか?

…ああ、そうか。お嬢ちゃんもどうやら同じのようだな。アンタは花屋敷よりは眠れたようだが夜中の一時半過ぎに仮眠室で眠るのは美容によくないぜ」


来栖は駄目押しのようにそう言った。二人は揃って目の前の男を、ただ驚きの表情で見つめるしかなかった。

もちろん、全て的中していたからだ。


「そう怖がるなよ、お嬢ちゃん。ついでに花屋敷、お前もだ。俺は別にサトリの化け物じゃないし、超能力者でもなけりゃ魔術師でもないぜ。人の記憶や心なんて読める訳ないだろ。

人にあるのはいつだって体だけで空っぽさ。空っぽの筒みたいなモンなんだよ」


「つ、筒…? 空っぽの筒…ですか?」


「そうさ、筒さ。人にはありとあらゆる雑多な情報が詰まったり流れたり、絡んだり縺れたり巻き付いたりしている。その蛇の巣のような情報がたまたま筒の表面に触れると、その瞬間だけ意識というヤツが発生する。その断続的に発生した意識をあたかも連続したかのように錯覚して、その意識の層を人は便宜的に心と呼んでるだけだ。

自分の心を信じて生きる事は大切だが、突き詰めていくと、いずれどん詰まりになるぜ。明日死ぬだの生きるだのという苦悩を背負う事になる。

老婆心ながら忠告しとくが、お前らのような刑事は今回のような事件では、特にそう割り切った方が楽かもしれない」


「警察の捜査に感情なんて必要ない…そう言いたいんですか?」


石原は怪訝な顔で来栖に尋ねた。お嬢ちゃんと呼ばれても腹を立てた様子はないようだ。花屋敷がふざけ半分に呼んだら、ビンタの一つも飛んでくるところだろう。


「俺が言いたいのはそういう事じゃない。感情は心とはまた違う」


「全然わかりません」


「何だってんだよ?相変わらず抽象的で唐突で回りくどいな、お前の説明は」


「そういうお前は相変わらず短絡的で思慮が浅くて堪え性がないんだな、花屋敷」


「ほっとけ。だいたい何で話してもいない事までお前に解るんだ?

さも鬼のような顔で黙ってたかと思えば、いきなりまくし立てるように、こっちが話してもいない事まで説明されたら、こっちは混乱するだけだろうが!」


「そうですよ! いくら何でも人が悪すぎます!初対面なのに私の出身地や、高校時代の事…それに妹の事や昨日と今日の私達の行動まで、全部ズバリと言い当てるなんて普通じゃないですよ!」


「そこだよ。まずはそれを俺達に説明しろよ。これじゃあ何が何だかさっぱりじゃないか!」


「…ふん、俺を長い間、豚箱に入れやがった仕返しだよ。まぁ、どうやら俺も悪ふざけが過ぎたようだし、お前らも少しだけかわいそうな気もするから、そろそろ種明かしをしてやってもいい頃かな」


探偵は再びニヤリと微笑んだ。


「不思議な事なんか何もないんだよ、花屋敷。俺は知りえた事や解った情報を整理統合した上で、そのままお前達に話しただけだ」


「嘘つけ!話してもいない事までお前に解る道理がないだろうが!だいたい石原なんて紹介されていないうちから、お前は既に名前まで見抜いていたじゃないか」


「ククク…俺は敢えてまくし立てるように話したが、最初に自己紹介した時に彼女に何と言ったか覚えてるか?」


「そんなの、いちいち覚えてる訳ないだろ!」


「待って下さい、先輩!

確か…そういえば、あの時、来栖さんは『アンタがここに来た理由はもうわかってる』って…。

…ああ、わかった!そういう事ですか!」


「お前まで何なんだよ。何が何だか俺に解るように説明しろ」


「要するに先輩、来栖さんは早瀬警視に聞いて、私達が今日ここに来るのを前もって知っていたんですよ。だから私の名前が石原智美だと紹介されなくても解っていたんです。

捜査員しか知らないはずのリアルタイムの情報や、売春事件の進展具合まで来栖さんは知っていました。情報源は早瀬警視だったんですよ」


「ご明察だ」


「何てペテンだ!」


「ペテンじゃない。早瀬は俺を逮捕した事をよほど気に病んでいたのか、昨日ここに送ってくれる最中に俺に改めて捜査に協力してくれと頼んできた。

情報交換はその時にしたのさ。もうじき奴もここに来る約束になっている」


仕掛けを聞くと腹が立つほど単純な仕掛けだ。考えてみれば、あの早瀬が逮捕した旧友に何もアプローチせずに花屋敷達を寄越すはずがないのだ。

インパクトのある探偵の自己紹介にすっかり打ち解けた様子の石原が、今度は怪訝そうな顔をした。


「けど、それだけじゃ、まだ説明がつかない事がありますよ。どうして私の詳しい出身地や妹のこと、それに私の高校時代の部活がバレーボール部だって事まで解ったんですか?

少なくとも私が妹と暮らしてる事なんて、先輩だって早瀬警視だって知らないはずです。妹と面識のない来栖さんに解るはずありませんよ?」


「面識がないから解らないとは限らないさ。まぁ、これも実は種も仕掛けもないんだよ」


探偵はどこか嬉しそうに歯切れのいい口調で続けた。


「まず出身地だが、アンタの話言葉は語尾や途中途中の口調がやや独特のトーンで跳ね上がる。これは会津弁…特に福島県中部辺りの典型的な方言の特徴だ。

まあ福島訛には浜通り方言というのもあるんだが、どうも違うようだから郡山辺りだろうと推察したのさ。自分では気付いていないだろうが、解る奴には解るんだよ。

早瀬に聞いた情報を下に俺は最初、東北としか言わなかったが、アンタがどうやら福島辺りの出身だというのは、興奮した時の口調で気付いたのさ。高校の頃に部活がバレーボール部だというのは、アンタの手の甲や腕の辺りを注意深く見れば気付くし、妹さんと二人で住んでいるというのはアンタの着ている、そのあまり刑事らしくなくカジュアルでサイズが微妙な服装でピンときた。

サイズ的にはやや小さめで、アンタ自身もさっきから少し窮屈そうにしている。そうなると、その真新しいスーツはアンタ自身が買ったんじゃない可能性がある。そのデザインはフレッシャーズの大学生向けのブランドのスーツだ。

小柄なアンタよりもさらに服のサイズが小さい女性からのプレゼントで、そしてアンタの身近に女子大生がいる可能性を示唆している事になる」


「お見事です。仰る通り、本当に種も仕掛けもなかったんですね」


推理小説の名探偵を地でいくような来栖の観察眼に、石原が感嘆の溜め息を漏らした。

しかし、花屋敷はまだ釈然としなかった。

何か都合よく騙されているような印象が拭えなかったのだ。


「ちょっと待てよ。まだ解らない事があるぜ。こいつが昨日俺達がそれぞれ寝た時間や、今日俺達がここに来るまでの行動まで具に解ったのはなぜだ?

少なくとも、それはここにいない早瀬には知りようがない情報のはずだぜ」


「だから空っぽの筒なんですよ、先輩」


「バカにしてんのか!」


「もぅ!誤解しないで下さい。要するに、私達は身体的な特徴だけでも、相手に多くの情報を与えてるっていう事です。

恥ずかしいんですけど、私がメイクを直したのは、確かにここに来る直前なんです。上の店の御手洗いって、かなり芳香剤の匂いが独特で香水みたいな強い匂いがしたんです。

上の喫茶店に行った事がある近所の来栖さんは、おそらくそれで気付いたんですよ。そのテキーラもです。先輩も昔飲み比べした時の銘柄で、探し出すのに随分苦労したって言ってたじゃないですか?紙袋の表示で、どこで買ったかはすぐに解ります。

私達のお互いの行動や時間はそれで逆算し、だいたいの見当をつけたんです」


来栖はニヤニヤとしながら聡明な女刑事の言葉に頷いている。石原は続けた。


「私達が睡眠不足だっていうのは、もう誰がどう見ても解るんですけど、決定的なのは先輩が無精髭を二日分は伸ばしているからだと思いますよ。おそらく事件が起こってから忙しくて一度も剃られていない、先輩のその髭の伸び具合を見て来栖さんは先輩が寝た時間や行動まで特定できたんじゃないでしょうか。…そうですよね?」


よくできました、というように来栖は大きく頷いてみせた。


「そこの髭大仏と違って、お嬢ちゃんはかなり見込みがあるぜ。先輩刑事はさぞかし耳が痛い話だろう。懐かしい土産の品はとりあえず有り難く頂いておくぜ」


そう言って底意地の悪い探偵は、テーブルの下にあった土産の袋を手にして再び花屋敷に向けてニヤリと微笑んだ。この表情はクセなのだろうが、まるで馬鹿にされているような気がする。

口の減らない探偵は改めて言った。


「これは要するに起こった順番と、それぞれお前達が行った行動の、通常解らないと思われている部分まで、関係ない第三者の俺が都合よく接続してみせたから起こった混乱ってことなんだ」


「事態をややこしくしただけじゃないか!」


「そうかな? これと全く同じ構造をした事件に躓いているみたいだから、手っ取り早く説明してやったんだがな。

しかも、俺が小賢しく立ち回ったおかげで、早瀬を待ちながら今回の事件を皆で見当するという方向は、すんなりと定まった。最短で俺達は同じ土俵に立つ事ができたんだから、むしろ感謝してほしいぜ。

…それに、お前らはこういう事が聞きたくてここに来たんじゃないのか?」


花屋敷は口を噤んだ。確かに混乱してばかりの自分達が、要領よく来栖に説明できたかというと自信がなかった。

花屋敷に至っては来栖をこの手で逮捕したという負い目まである。


素直じゃないこの探偵は、そんな負い目を花屋敷に感じさせたくなかった為に、一芝居打ったというのだろうか。


いやいや! そんな殊勝な男では断じてない。ないはずだ。


花屋敷がそう思った時、来栖は応接用のソファーに座った二人の前に改めて腰をかけた。余計な気遣いはもはや、お互いに無用だという事だろう。


ようやく現れた探偵はいきなり本題に入った。


「じゃあ、まずお前達が感じている疑問を改めて列挙してみよう。今回の事件のポイントとなっている部分だ。

訂正があったら言ってくれていいぜ。

…まず、なぜ校長の村岡は殺されて尚も、首をり裂かれなければならなかったのか?

…搭屋から飛び降りた一条明日香の意味不明な行動は何なのか?

…なぜ少女達の方は殺されなかったのか?

…鈴木貴子と沢木奈美の役割は何なのか?

なぜ両者のうち片方は死に、片方は途中から全く姿が消えているのか?

いるとすれば鈴木貴子は今、どこにいるのか?

これが、いわゆる今回起こった事件の謎とされている部分だ。違うか?」


「そうです。メモもなしに、実にスッキリとまとめてくれましたね。訂正の余地もありません。

捜査本部では今のところ一条明日香に覚醒剤反応があった事と墜落現場に凶器のボーガンが落ちていた事から一条明日香が沢木奈美と校長先生を殺害し、その事が原因で覚醒剤を用いた結果、錯乱して飛び降りたと目されています。

しかし、錯乱した彼女の単独犯行と位置づけると当然出てくる疑問が…」


「なぜ、同じ現場にいた女生徒達は眠らされていたのか。なぜ一条明日香は仲間の前なのに赤いマントで顔を隠していたのか、という疑問が出てくる訳だな?

一蓮托生の仲間同士なら協力して一人を殺害または誘拐すればいいのに、それをしなかった理由がある訳だ」


「そうです。川島由紀子の事件は不可解な事故死で片付けられますが、今回の事件にはクロロフォルムや覚醒剤という薬物まで関わっています。

少なくとも容疑者が飛び降りた原因は覚醒剤による錯乱だとしても、沢木奈美によって扉を閉められて密室にされた時計塔の資料館の室内で校長先生だけ殺されていたという状況は、かなり疑問を残すと思います」


石原の言葉を受けて今度は花屋敷が言った。


「俺は一条明日香が赤いマントで顏を隠していたのは最初から一人で校長を殺す何らかの動機があったからじゃないかと思う。

無関係な仲間達は眠らせておいた方が、犯行はやりやすくなると考えれば、別に疑問はない。前後不覚の彼女達に罪を着せるという事後工作の用意もしてあったのかもしれない。

初めて人を殺したんだから覚醒剤に手を出したくもなるだろ? その行為が結果的に、この事件全部を歪ませてしまう結果になったって事だ。

肝心なのは普通は有り得ないような奇妙な要因が重なり、短時間のうちに、それが重なってしまったところにある。

沢木奈美は当然、彼女の共犯者だろう。凶器を運んできた際に邪魔だから殺した。あるいは口封じに殺されたという線もありえる」


「なるほど…。花屋敷刑事が一条明日香の単独犯行説を強烈に支持したがっているというのは、まぁ解ったよ。

…ところでその凶器のナイフとボーガンだが、沢木奈美と一条明日香の指紋以外に何か特徴はなかったのか?」


「時計塔の鐘からと思われる銅の成分が検出され、一条明日香の指紋の方が比較的、新しかったそうです。

つまり凶器を所持したまま鐘を鳴らした怪人物は一条明日香で、中庭のベンチに矢の刺さった痕跡が残っていたことから、鈴木貴子を誘い出すのに使った凶器を一条明日香に渡した人物は沢木奈美…。状況的にそう考えるのが最も自然だと思います」


「沢木奈美の一連の行動について、花屋敷巡査部長の意見は?」


「これは解らないな。…だが、俺にはどうも、彼女は凶器をただ実行犯の下に運んできたというだけじゃない気がする」


「…なぜそう思う?」


「行動に一貫性がなさすぎるからだ。友達を閉じ込めて凶器の運び役をした彼女と成瀬君の前で罪を悔いて死んだ彼女を、俺は何か同一視したくないんだ…。いや、個人的な感情が入っているというのはわかってるんだが、その点だけは、どうもな…。

彼女をあまり悪い奴に考えたくないというべきかな。誰かを殺害する目的のある人物に凶器を届けるという行為も、ある意味自殺行為に等しい。

だから、死んだ沢木奈美についてだけは俺にはお手上げだよ。解らない」


「なるほど…。お嬢ちゃんはどう思う?」


「私も先輩と基本的には同意見です。ただ、私は彼女が一条明日香の共犯者で凶器の運び役だったという意見には賛成できません。

…むしろ逆なんじゃないかと思いました」


「と、いうと?」


「沢木奈美が実は一条明日香の殺害を最初から狙っていたと考えれば、彼女も死んだ説明がつきます。

彼女には少なくとも、事態がにっちもさっちもいかないところまで自分達を追い詰めた一条明日香を殺したいだけの動機はあります」


「なるほど…。逆に返り討ちにされたか、沢木奈美はもしかしたら誤って射たれたのかもしれないと考える訳だ。だが、彼女達が争った形跡はないんだろ?」


「それはそうですけど…。

一条明日香が誤って引き金を引いてしまったという線は、十分に考えられます」


「まぁ状況から考えられる部分は、とりあえず今は置いておこう。

それで、時計塔の鍵は沢木奈美が所持していた…これは間違いないのか?」


「それは間違いない。

その時計塔の扉の鍵だが、普段使われる事など殆どなくて、職員室の入口の近くにある保管箱の位置さえ知っていれば、誰でも持ち出せる状況だったらしい。

あの日は学園での授業は午後までで、生徒達の大半は残っていなかったし、部活動にしてもほんの僅かの生徒達しか残っていなかったらしい。視聴覚室の教材や音楽室を使うといった特別授業の為に鍵を開けるような授業もなかった。

彼女以外の誰かが鍵に触れた形跡はない」


「なるほどな…」


そう言って来栖要は黒いスーツの懐から白いタバコを取り出し、シャボン玉のような不思議な色合いをしたジッポーのライターで火をつけた。


「現場以外の事で幾つか確認させろ。これは現場に行ったお前達じゃなきゃわからない。見たまま聞いたままの情報を寄越せ。

…事件を通報してきたのは学園の女性事務員という話だったな。彼女は現場には行ったのか?」


手元のメモを確認しながら石原が答えた。


「ええと…事件の通報が所轄の交番に届いたのが午後18時52分。通報してきたのは聖真学園の経理担当の事務員で桂木涼子さんという女性の方です。この人は殺害現場には行っていません。かなり動転していた上に彼女はあの鐘が鳴る少し前から、どうも気分が優れなかったんだそうです」


「気分が…悪かった?」


「ええ、女性ならではの体の変調ですよ。ありますでしょう? 実は彼女、妊娠してるんです。既にニヶ月目に入っていて、つわりも相当ひどくて、電話した後も校医の間宮先生がつきっきりだったそうです。

花田という物理の先生…これはお爺ちゃんの先生なんですけど、鐘が鳴ってからしばらくは、その先生が職員室に一人で残っていたようです」


「その花田先生ってのは、殺害現場には行ったのか?」


「ええ、間宮先生と。様子を見に行った山内先生がいつまでも戻らないので、二人とも気になって様子を見に行ったと言っています」


「その時、職員室にはその桂木涼子さん一人しかいなかったんだろうか?」


「…いえ、体育教師の植田先生が真っ青な顔をして戻ってきたとだけ…」


「その植田先生が、何やら妙なものを見たと言ってるんだったな?」


これには花屋敷が呆れたように答えた。


「セーラー服を着た女の幽霊が鏡に写ってて、そいつがフラフラ廊下を歩いていたんだとよ。キィキィ変な音まで出していたそうだ。…馬鹿にしてるぜ」


「セーラー服…か。聖真学園の制服は男女ともにブレザータイプで、女子はブラウスに赤いアーガイルチェックのスカートだったな。

その齟齬について、警察の見解は?花屋敷はどう考えている?」


「ただの見間違い」


「なるほど、簡潔だ。

その幽霊を捜査本部では沢木奈美だと判断したんだな。理由は?」


「沢木奈美の血痕が屋上へ続く階段と廊下から中庭に通じる扉にかけて点々と続いていました。例のどん詰まりの鏡はちょうど反対側にあることになります」


「なるほど。幽霊はただの見間違い…か」


来栖はそこで深くタバコを吸うと盛大に上に向けて煙を吐いた。不確かな紫煙の流体は、くるくるといびつな形で天井のファンに巻かれて消えた。


「やはり思った通りだ。この事件の犯人は、一条明日香じゃない。他にいるな」


探偵はとんでもない事をさらりと言った。


「はぁ!? お前…俺達の話を聞いてなかったのか?どこをどう考えたらそうなるんだよ!」


石原はひたすら目を丸くしている。花屋敷が思うに、この男の出現は、様々な意味で彼女の許容範囲を越えてしまっているようだ。


「まぁ、待てよ。俺がわかったのはこの事件を外側から眺めて推理してみただけの、要するにただの仮説だ。

まだそいつがやったという証拠は何もない。見当はついているが、早瀬が来るまではもう少し待つべきだろうな」


「なぜですか?わかったなら話せばいいじゃないですか?他に殺害の犯人がいるという事なんでしょう?切迫しています」


「お前達に余計な予断を与えたくないからだ。俺の考えを披露することで全く別の状況を呼び込む可能性が充分にあり得るからだ。…少なくとも今、現在進行形で人一人の命がかかっているんだぞ?

自分の存在までも総体として捉えた上で、ギリギリまで躊躇するぐらいじゃなきゃ助かる命も助けられない」


探偵の発言に花屋敷は思わず身を乗り出した。


「だったら尚更、鈴木貴子という生徒を救う為に俺達に協力するべきなんじゃないのか?

真犯人がもしいたとしたら、そいつは二人の人間を殺害した上に一条明日香の飛び降りにまで関わっていて、尚且つ鈴木貴子を拉致監禁した疑いまであるってことじゃないか! そんな奴が野放しになってるんだぜ」


「だからこそ慎重に事を進めなきゃいけないと言ってるのがわからないのか?

…いいか、花屋敷。物事の歪みってのはな、偏った加重に対し均衡を保とうとする力が働いて生じるものという言い方もできるんだ。

急激に補正したり、一度に加重を排除したりする事は、その不安定な均衡までも破壊する結果になりかねない。

俺が今、学園に乗り込んで事件を解決する為に真相を教師や刑事以下、皆の前で披露する事はできるぜ。きっと簡単にできる。

だが、この事件に関しては不完全な形で関わる事が最も危険なんだよ」


「だから何を根拠にそう言い切るんだよ!」


「根拠?刑事が二人も雁首揃えてそれじゃあ困るな、二人とも。少なくともお前らは今回によく似た事件を知ってるはずなんだがな」


「よく似た…事件?」


「わからないのか?

山内洋子を村岡義郎に。

武内誠を一条明日香に。

山内隆を成瀬勇樹に。

高橋聡美を鈴木貴子に比定して考えてみろ。

恐ろしく突拍子もない発想だが、見えてくるものがある事に気付かないのか?」


二人は過去の事件の関係者の名前がいきなり登場したのでひたすら混乱した。


「山内洋子を殺された校長の村岡に…。

武内誠を一条明日香に…。

成瀬君を発見者の山内隆に…。

それに現場からいなくなった鈴木貴子を高橋聡美に…だって?」


待てよ。


「いきなり不可解な殺され方をした村岡義郎…。十二年前に黒魔術のような不可解な殺され方をした山内洋子…」


口に出してみて、初めて花屋敷は奇妙な共通点に思い至った。


「不可解な事件をいきなり起こして時計塔から自殺したのは有名タレントの一条明日香…。十二年前は武内真という優しかった教師が、やはりいきなり女生徒を殺して時計塔から自殺…。

死んだ生徒に一番近しい人間は山内隆。そして今回は成瀬勇樹…。

事件後に行方不明になった生徒は高橋聡美で…。今回は鈴木貴子か!」


「似てる…。似ています!

二つの事件はそっくりです!」


驚きの声を漏らす石原に、来栖が言った。


「そっくりなんじゃなくて全く同じ構造なんだよ。与えられた混乱まで同じ。学園と時計塔という舞台で起こる不可解な事件だ。

原因不明の狂気に蝕まれた殺人犯人。行方不明になる生徒と失意のどん底に陥る生徒。噂をひた隠しにする教師達。それを巡って煽り立てる周囲の人間達の噂。

犠牲者は違えど、構成要素は同じで中身も同一。過去と現在で二つの事件は全く同じ構造を持っているんだ」


「信じられません…。

あまりに異常な事件の連続でそんな風に考えた事もありませんでした。確かに起きている状況は瓜二つです…」


「こりゃ一体…。どういう…事なんだ…?」


「どういう事も何も、こういう事だ。俺がお前らに警告したかったのは…」


花屋敷は来栖を驚きの表情で見ていた。石原は眉間に皺を刻んだ。


「私達は事件があった日にあの殺害現場にまで行ってきたというのに…。私達がもう少し早くこの事に気付いていれば、もしかしたら事件は未然に防げたかも…」


「最初に言ったはずだぜ。こんなふざけた構造をした事件なんてまずない。お前らが気に病む必要なんてどこにもないさ」


落ち着き払った来栖に花屋敷が噛みついた。


「そんな馬鹿な事件があるか!

お前が言う事が本当なら、こんな意味のない事をした奴こそ本当の犯人なんじゃないのか…!?俺は信じないぞ! そんな馬鹿げた偶然があって堪るか!」


「それを言うなら花屋敷、この世は全て偶然で成り立っている。今さら驚くまでもないだろう。…しかし、生憎だがこれは偶然じゃない。偶然は偶然なんだが、誰かの理屈の上に並んだ偶然という可能性があるんだよ」


探偵は神妙な表情で続けた。


「この二つの事件は合わせ鏡のように同じパズルのピースを共有している。

ただし裏と表…過去と現在とで描かれている絵柄は全く違う。そういう事件だと思えばいい」


探偵は続けた。


「事件に関わった登場人物達は役者であり駒だ。舞台に乗った役者達が事件を増やしていく訳だから、防ぎようがないんだ。

誰がどこで、どんな罠を仕掛けられているか舞台の役者達には知りようもないんだからな。真相を知ろうと思うなら、第三者として事件を捉えながら、器を構成する要素をまとめて処理する以外に方法はない事になる」


探偵はそこで一つ大きく溜め息をついた。


「生徒の一人を助けようとして俺は既に失敗しているんだよ。同じ過ちをお前らに繰り返してほしくない」


「何てことだ…。そういう事だったのか…」


「そうさ。そうなると花屋敷、鈴木貴子が今現在占めている位置というのも当然わかるだろう?」


「待てよ…。事件後に証拠と共に行方不明になった高橋聡美…。

そして現場にいたはずなのにいきなり失踪した今回の鈴木貴子…。

…ああ、何てこった!

そういう事になるのか!」


「まさか、鈴木貴子は行方不明になったまま…このまま誰にも発見されなくなるというんですか!?」


石原が驚いて叫んだ。

来栖は微かに表情を険しくして言った。


「そうさ。危ないんだよ。彼女は特にね…」


「すぐに本部に、この事を連絡しないと!」


「大丈夫だ。早瀬に言って既に手は打ってあると言っただろう。

お前らの情報が元で警察の連中に大騒ぎされた上に公開捜査に踏み切られるのが一番困るんだから、お前らは動くな」


「それにしても、お前…。

なぜこんな大事な事をずっと黙ってたんだ! 知っていて隠してるなんて卑怯だろ! また逮捕されたいのか!」


「キャンキャンうるせぇな…耳元で吠えるなよ、犬じゃあるまいし。ああ、そういや今は犬なんだな。それにしても立派な警察犬になったもんだな、お前も」


「なんだと…!」


「その懐にある薄っぺらな帳面に書かれた正義の名の下に警察権を行使する事が実は真犯人の役に立っている事だと、まだ気付かないのか?

警察になるってのは人間性を失う事と同義だと言った物理学者を俺は知ってるが卓見だな。お前の反応は実に面白いぜ」


「何だと!」


花屋敷は思わず立ち上がって来栖を睨んだ。

しかし探偵は全く動じない。


「ふん…だいたい俺を豚箱に放り込んだのは、どこの誰だよ? わざわざ犯罪まで犯して警告し、取引寸前までこぎ着けてやったのに大事な情報提供を拒み、起こり得る可能性のある殺人事件を未然に防げなかった警察に俺のやり方をとやかく言う資格があるのか?」


「そ、それとこれとは話が別だろうが!」


「違うね。これも一緒なんだ。お前にはまだ信じられないんだろうがな。

探偵と刑事、六年ぶりに出会った旧友同士が同じ事件で対立し、いがみ合う。

実はこの都合よく与えられた状況もパズルのピースの一部なんだって事さ。

…忘れるなよ。俺やお前は既に盤上に乗った駒の一つに過ぎないって事を。

逮捕される時に俺は忠告したはずだぜ。お前らは、この事件の底深くに流れている犯人の歪な憎しみがまったく見えていないとな。

この犯人を甘くみない方がいい。そもそもお前らの手に負える相手じゃない」


「じゃあ何か! 俺は知らず知らずのうちに、その真犯人の手の中で踊らされていたっていうのか!?

お前や俺達の動きを封じる為に暴行事件はその黒幕が仕組んだ罠だってのか?

実行犯はただのガキだ。事件に手出しすればこうなるぞというお前への見せしめだったってのか?」


「結果的にはそうなっているじゃないか」


「クソっ! 何も知らない女生徒が犠牲になるのを指をくわえて黙って眺めてろっていうのかよ!」


「しつこいな。だから既に手は打ってあると言った。俺は少なくともそのコを…鈴木貴子という生徒を死なせるつもりはない。

それに、こんなナメた真似をしてくれた犯人を許す気もない」


とにかく落ち着けよ、と探偵は花屋敷をジロリと牽制した。


「花屋敷…俺はお前らに協力しないなんて一言も言ってないぜ。彼女を助けたいと思うなら、お前らは余計な行動をしてくれるなとそう言ってるんだ」


「ちゃんと理由は話してくれるんだろうな?」


座り直した花屋敷に向けてもちろんだ、と言って探偵は吸っていたタバコを灰皿で揉み消した。


「いいか花屋敷、しつこいようだが、この事件はお前達が通常扱っているような事件とは原理原則が異なる全くの別物なんだ。

お前達が相手にしている犯人は事件に全く関わりのない人間達を、これまた突拍子もない方法で足止め代わりに使うってところが最も厄介で手強いんだよ」


「関わりない人間達を足止めに使う…だと?

そんなの一体どうやって…」


「もちろん…噂だ」


ちょうどその時、奥の部屋のドアが開き、一匹の黒猫がにょろりとその隙間から部屋の中に入ってきた。後ろには占い師には見えないアリサがケーキの皿を載せた盆を持って姿勢よく立っている。


びっくりしている花屋敷の足元にやって来ると、小さな黒猫は何やらクンクンと花屋敷の靴を嗅いでいる。

隣にいた石原が背中を撫でてやると、猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らして身をよじった。

つっけんどんな飼い主と違って随分と警戒心のない人懐っこい猫である。


「ちょっとクリスティー、お客さんに悪さしちゃダメよ」


いつかと同じ黒いエプロン姿にスカーフを巻いたアリサが、黒いチョコレートケーキをテーブルに並べながら猫を窘めた。クリスティーというのが猫の名前らしい。名探偵エルキュール・ポアロで有名な、イギリス推理作家協会の四代目の会長を務めた、あの女流作家にちなんだのだろうか。


雌猫なのだろう。黒くしなやかな毛並みをした黒猫は一声小さく鳴いてトコトコと部屋の隅に歩いていくと、そこにあった赤色の丸いカーペットの上に丸くなって寝そべった。そこが彼女の定位置らしい。


猫にチラリと一瞥をくれた来栖は、アリサに向けて言った。


「ちょうどいい。アリサ、例のものを二人に見せてやってくれ」


と言った。アリサは形のよい眉をひそめた。


「本当に人使いの荒い探偵ね。どうでもいいけど、人の商売道具をダーツの的にしないでよね」


アリサは呆れたように壁に留めてあったカードを見つめて咎めた。占い師の仕事に使うタロットカードだったようだ。


「今回の相手が『魔術師』を名乗ってるんだから仕方ないだろう。いいから早くアレを持ってこい」


探偵はにべもない。アリサは肩をすくめ、再び隣の部屋に消えた。


「来栖さん…今、気になることを言いましたね。この事件の『魔術師』って一体何の事なんですか?」


石原の質問に探偵は片方の眉を釣り上げた。


「魔術師は22枚あるタロットカードの一番目の大アルカナにあたるカードさ。奇術師とか手品師とも呼ばれるな。

カバラにおけるヘブライ文字の神秘的解釈と関連づけた解釈では、ヘブライ文字ベートを介して西洋占星術の水星に関連づけられ、また生命の樹…セフィロトにおいてはケテルとビナーのセフィラを結合する経に関連づけられている」


来栖は人差し指をこめかみにあてる、独特の仕草をしながら続けた。


「タロットカードの有名なデザインにはアーサー・エドワード・ウェイトのウェイト版タロット…いわゆるライダー版と呼ばれるアールヌーヴォー風デザインのものがイギリスを中心に日本でも主流になってるんだが、これは主に白い聖衣を纏った若い魔術師が正面を向いた姿で描かれている」


そう言うと来栖はおもむろに右手の人差し指を立てて天井を示してから、今度は同じように白と黒のアイボリーの床…地面の方を指差した。


「この若い魔術師は聖なる杖で天上を示し、もう片方の手で地面を指差しているんだな。これは天上の神を地上に降ろそうという意志の現れだといわれる。

この魔術師は要するに、人と神の橋渡しをする境界にいる人物だと、そう位置づけられている訳だ」


石原が興味深くこくりと頷いた。花屋敷は相変わらず旧友の意図が読めないままに、聞くともなしに聞いていた。


「この魔術師の頭の上には無限大のマークが浮かんでいて正面には木の机があり、机の上には剣に金貨、杖と杯が載っている。

この道具一式はタロットカードの小アルカナのスートだ。この四つはそれぞれ火、水、土、風という四大元素を象徴しているといわれる」


花屋敷は肩を竦めながら探偵に尋ねた。


「それら全てを操っている万能にして無限の力を持った魔術師って訳かよ?

神様と人間の橋渡しをするっていったって、そいつも所詮は人間な訳だろ?

何だか胡散臭い話だよなぁ…」


「そう。まさにその通りなんだよ花屋敷。

その理解で合っている」


花屋敷は目を丸くした。この男に肯定されるとは思っていなかったからだ。


「十六世紀から十八世紀頃にかけて、ヨーロッパで大量生産されていたカードの総称をマルセイユ版とかグリモー版というんだが、このマルセイユ版タロットの伝統的なデザインでは、この魔術師は、奇術を行う大道芸人の姿で描かれているんだ」


「大道芸人? ははぁ…そりゃ確かに胡散臭いな」


「そう。大きくひん曲がった奇妙な形の帽子を被り、先が金色の巻き髪の、派手な格好をした大道芸人なんだ。

右手にコインを持ち、左手でステッキをクルクルと回している。この男は原っぱに今にも壊れそうな三本足のテーブルの上に雑多な道具を広げてステージを行っている。そんなデザインだ」


「へぇ…神秘的なイメージのあるタロット占いのカード一つにも、様々なデザインや歴史があるんですね。

私タロットって、ただの占いに使う道具ってイメージしかありませんでした」


石原が溜め息混じりに感慨深く感想を述べた。花屋敷が探偵に目を戻した。


「タロットってのは一つ一つに何かが暗示されてるものなんだろ? この魔術師ってのには、どんな意味があるんだ?」


「それこそ暗示の意味や解釈は様々さ。占う側の占い師によっても違うしな。

タロットには正位置と逆位置もあるから一概に限定は出来ないが、占いではよく強い意志や手腕、個人主義者、それに実験や技術者、始まりや旅立ちを象徴する意味合いで使われる事が多いようだぜ」


石原が再び尋ねた。


「大道芸人と魔術師じゃ、かなり意味合いが違うように思いますけど?」


「そうだな。タロットは長い歴史の中で、時に宗教的な意味合いも絡めながら発展してきたからな。

デザインだけを見れば、胡散臭い大道芸人だったり清廉な若者であったりと二面性がある分、かなりわかりにくいカードだな。

この魔術師は、そうした二律背反する属性を併せ持った境界に立った人間を示している…そうした穿った解釈も可能かもしれない」


石原は壁に留めてあるカードを指差した。


「そこにあるタロットに描かれた赤い魔術師は、そうした意味や歴史を踏まえた上で描かれているんでしょうけど、やはり少し違いますね。人物は描き込まれてますけど、フードに隠れていて顔は見えないし…。

ゴツゴツした荒野に立って杖を掲げてる魔術師…そんな感じなんですかね?

背景も日没なのか日の入りなのかも、いまいち分かり難いですし。わざわざそんなデザインにしてあるんでしょうか?」


来栖はこれには何も答えなかった。

どこか陰鬱で不機嫌そうな表情だった。


「そのタロットカードはレプリカよ。奇矯の画家にして建築家でもある来栖征司が最後に描いたとされる、タロットカードのデザイン…世間じゃそう噂されてるわ」


いつの間にか、アリサがノート型のパソコンを持ってドアの前に立っていた。アリサは壁に刺さったダーツの矢を引き抜いて自分のカードを手に取った。


そして、ガラステーブルの上に小型の黒いモパソコンとタロットカードを静かに置くと、暫しの間、探偵の表情をじっと見ていた。


「来栖征司…?あ、あの…それって例の時計塔を設計した人ですよね?その、つまり…」


ちらりと上目遣いに探偵を窺いながら、石原がそう言った。雄弁だった探偵が苦々しく唇を噛み締めているのを見たからだ。どうもこの探偵は、肉親であるところの父親の話になると、途端に不機嫌になるようだ。


探偵はあからさまな嫌悪の表情を見せてから、ぼそりと静かに呟いた。


「解らないんだよ」


「…え?」


「実際に親父がどれだけの数の建物をどこに残したのか、一切記録には残っちゃいないんだ。俺は確かにガキの頃に親父に連れられて、あの学園に行った事はある」


意外な告白だった。


理事長から聞いて知っていた情報ではあったが、こうして改めて本人を前にすると花屋敷はやはり複雑な思いだった。彼が決して話したがらない、そして彼が変わってしまった過去の出来事に深く関わっているのだろうという事は、花屋敷も何となくだが察した。


来栖は何かを思い出すような口調で言った。


「『上を見れば下にあり、下を見れば上にある。この綺麗な学校に足りないもの…、それなぁんだ?』」


「なんだそりゃ?」


まるで謎かけだ。


「さあな…。施工前の時計塔の事はぼんやりと覚えちゃいるが、詳しい事は俺にも判らないんだよ。何せガキの頃の話だからな。

俺が知っているのは完成間近の時計塔で親父が出したその奇妙なナゾナゾと、親父がその時、退屈で飽きてた俺に、童謡の『かごめかごめ』をしつこく歌って聴かせてくれた事くらいだ」


「『かごめかごめ』?

あの後ろの正面だぁれっていう、アレか?」


来栖は何も答えず、どこか遠くを眺めるような虚ろな表情をした。


「あの…どうしてその時計塔のモデルにもなった来栖征司氏のタロットカードがここにあるんです?

さっきはレプリカと仰いましたけど…」


石原が遠慮がちにアリサに尋ねると、占い師はどこか、悪戯好きの小悪魔のような表情で微笑んだ。


「あら、私は占い師ですもの。アンティークで神秘的で素敵なデザインのデッキに興味を示すのは当然でしょ?

今ではそのデザイン、絶版状態で殆ど手に入らないものなのよ。かなりレアなお宝ね。

マニア垂涎の値打ち物よ」


外国人でもあまり使わない言葉を無視して、探偵は黙ってモバイルパソコンに自分の携帯電話(これも黒だ)を繋げている。インターネットでもするつもりだろうか? こんな地下でも一応携帯は使えるようである。


探偵事務所の癖に電話も引かない探偵は、助手の占い師の言葉を聞きながら鼻筋に盛大に皺を刻む独特の苦々しい表情をしながら、黙々とキーボードに指を走らせていた。この男は恥ずかしがっている時や、きまりが悪い時によくこういう表情を見せる。


「私とそこの変な探偵が知り合ったのは何を隠そう、そのタロットがきっかけだったのよね。二人の思い出の品ってトコかしら。

…ねぇ?」


アリサはどこか悪戯っぽく微笑んだ。探偵は余計な事を言うな、とでもいうようにアリサを一瞬睨んでから、今度は花屋敷達の方を見上げた。この妙な二人の関係だけは未だによく解らない。


「二人とも、こいつを見てくれないか」


カタカタとキーボードを動かして、探偵は二人の前にノートパソコンの液晶画面を示してみせた。


「おい、これは…大型匿名掲示板ってやつか?」


えっ、と石原が驚いたように花屋敷の肩口から液晶を覗き込むように顔を近付けた。石原の童顔が近い。


「まさか、こんなサイトがあったなんて…。捜査本部だって掴んでませんよ、こんな情報…」


中にはひどい書き込みもあるようだ。表情を曇らせて液晶から目を上げると、石原は探偵に訝しげな視線を向けた。


「でも来栖さん、いくら聖真学園に関係するサイトがインターネット上にあったからといって、生徒達が全員これを必ずしも見る訳じゃないでしょう?

これが原因で事件とは無関係な人達まで事件に巻き込まれていると考えるのは短絡的じゃないですか?」


石原の当然の疑問に来栖は眉をひそめた。


「お嬢ちゃん…そいつは実に何も知らない優等生の答えだな。カウンターの表示を見てみろよ? 有り得ないほどの数字が出てるだろ。携帯電話でもアクセス出来て、しかも見やすく出来ている。

これはおそらく公式な学校のホームページとは別に生徒個人や学校にゆかりのある人間が無責任に立ち上げたサイトなんだよ。噂を聞きつけた人間が、さらに面白可笑しく書き込むんだから、今や混沌の極みだがな」


「それは解ります。出会い系サイト規制法ともども、こうしたサイトって風紀を乱すような書き込みが多いから近々法整備がより厳しくなって、取り締まりの対象になる動きも実際に出てきているんでしょう?」


はっ、と盛大に鼻を鳴らすと探偵は、さもつまらなそうな表情でソファーにふんぞり返った。花屋敷が思うに、この男は柄の悪い態度をさせたら、おそらく天下一だ。見た目が上品で容姿が整っているだけに、ギャップが激し過ぎる。


「法律でいくら規制したって無駄だよ。このテの犯罪すれすれの書き込みは今後もっと増える。一斉に逮捕者が出るような騒ぎが起きても、なくなりはしないだろう。いくら犯罪性があるからって、口さがない噂話の延長でしかないんだからな。そのうち、携帯電話よりも高度で薄型で有能な端末を、そこら辺の人間が歩きながら使うようになるさ。

今でこそさほど表面化しちゃいないが二年後ぐらいには、このテのサイトが爆発的に急増して問題になる時がくるだろうな。いずれは個人個人が、あらゆる噂話をネット上で呟けるようにもなるだろう。

…しいて名前をつけるとすれば、学校裏サイトとでも呼ぶべきものさ」


花屋敷は堪えきれない思いで液晶から目が離せなくなった。噂には聞いていたが想像以上にひどい。

捜査の一貫だと割り切れば気にもならないが、それでもやはり花屋敷はこの種の悪意ある書き込みは見る度に嫌な気分になる。


分別のない人間が誰かの足を掬って問題を起こすのは世の常だが、この種のサイトの最もひどい所は特定個人の実名を挙げて名指しで中傷したり『死ね』や『ウザイ』だのと、しつこいほど徹底的に個人を攻撃する所だ。便所の落書きより始末に悪い。


鬱屈としたストレスを手っ取り早く解消する集団ヒステリーやいじめの延長としか思えなかった。


槍玉に挙げられる人物が仮に何も関係のない濡れ衣で、ただ誹謗中傷の的にされているだけなのだとしたら。

よしんば、それが原因で自殺などに発展したとしたら悪質な書き込みをした当の本人達は、どう責任をとるというのだろう?


ネットは顔が見えないから書きたい放題。相手が誰かも判らないから言いたい放題。だが、垂れ流された言葉はこうして記録され、勝手に一人歩きまでする。


来栖の言うとおり実際に犯罪にまで発展するケースは、これからますます増える一方なのかもしれない。


「こいつは…マズいな。すぐに閉鎖させるように上に掛け合わないと」


無駄だろうが出来ればそうした方がいいだろうな今は、と不機嫌に呟くと探偵は苦々しい口調で続けた。


「時代が変わって技術がいくら進歩しても人間の醜い部分は未来永劫、変わらないのさ。…いや、技術の進歩がかえって形のない噂や概念を後押しして、複雑化した現代風の理屈を武器や楯にして、よりタチが悪くなったというべきかな。

理由は簡単だよ。便利でバレにくい上に判断しようがない微妙なものも多いからだ。技術の進歩に取り締まるべき法律の方がついていってないんだ。取り締まるには手間も暇も掛かる。

いくら犯罪に近い書き込みが多いからとはいえ、所詮はやはり噂だからだ。

後ろめたい気持ちはあっても誰かと繋がりは持ちたいし話したい。言わずにはいられないし、知らずにはいられない。それが人の本音だし、情報とはそうした面もあるからだ。退屈だし興味がある。人は好奇心には勝てないものさ。

…だが、時に言葉というのは恐ろしい暴力にも凶器にもなり得るんだという事に現代人はあまりにも無自覚だ。

いや、知っていて行うんだよ。だからタチが悪くなる。残念ながら便利なネット社会は今や犯罪の音床だ」


そういえば来栖は元理学部だ。薬学の知識にも相当に詳しい。来栖は注意して見なければ気がつかないほどの一瞬だけ、とても悲しげな表情を見せた。


「様々なあるべき人の境界を科学技術はいともたやすく踏み越えてしまう。科学が悪いんじゃない。科学を使うのが人間で、使い方を間違うのが人間だからだ」


花屋敷は頷いた。人は愚かで悲しい生き物なのだろう。花屋敷はつくづくそう思う。

犯罪捜査も今や変わっている。花屋敷のように地道に足を使って情報収集する捜査とは別に、こうしたネットを専門にする人員も増えてきた。科学技術の躍進は群集に紛れた個人を完全に特定し、捜査をさらに容易にする。


花屋敷は不機嫌な頷きを、同じく不機嫌な表情をした探偵へと返した。


「知る権利とプライバシーの侵害が対立して声高に叫ばれる一方で、現代では匿名性を隠れ蓑に、こうした書き込みが誰かを追い詰めてもいるんだからなぁ。

自分は他人にどう思われているのか知りたいと思えば誰かの噂話には過敏になるし、ネットで自分の身近な話題や場所を検索したりもするんだろうし、学校や職場での話題作りに利用する人間だっているだろうな」


そうですね、と石原も頷いた。


「特定個人の誰かの秘密はネットを通じて不特定多数の人の間では、共有財産にも攻撃材料にもなり得てしまうって事だと思います。

悪い噂って、ある意味で最強の飛び道具ですよ。情けも容赦もないし。先輩の実家の洋食屋さんなんかは、悪い噂一つで潰れてしまう可能性だってある訳で」


「何で俺の実家を引き合いに出すんだよ」


花屋敷は呆れたように眉をひそめて言った。


「まぁこんなものが普通の私立高校にまで存在している以上、これからも教師は頭を抱えて心労に追い込まれ、いじめや自殺にまで追い込まれていく生徒達は増える一方になるのかもしれないな…」


花屋敷の言葉に、探偵は再び鼻を鳴らした。


「これが恥じらいの文化を持つ、この国の陰湿な現実だよ。そして、これが今回あの学園で起こっている事件の一つの側面でもある」

 

花屋敷は腹でも壊したような表情で言った。


「また噂か…。

これなんだな? さっきお前が言った、知らないうちに多くの人間たちを巻き込んで足止め代わりに使うやり方ってのは」


「そうだ。あくまで一つのやり口だというだけだがな。ただの噂話を誇張して別の意味づけをしたり、話題を特定の方向へ向けたりして学園に関わる人間達や、脛に傷を持つ人物達の不安要素を煽り、行動選択の余地を限りなく狭めているんだ。最終的にはそれが特定の個人にまで及ぶ。ここが味噌だ。

恐ろしく迂遠で回りくどいやり方と思うかもしれないが、学園に漂う不穏な雰囲気を作り出すのに、こいつが今回一役買っている。

薬物一つにしても、この犯人は獲物をうまく追い詰める術を体得しているな。

しかも凶器はボーガンときてる。飛び道具の扱いに長けていて実体を見せない。実に巧妙で邪なやり方もあったもんさ」


来栖は暗然とした表情をしたままノートパソコンを閉じた。花屋敷が当然のように問いかけた。


「だが、これだけじゃお前の言う真犯人の目的は全くわからないだろ?

噂になった人物達がそれぞれ好き勝手に事件を起こしてるだけとしか思えない。

…そもそも、この事件の犯人は一体何が目的なんだ?覚醒剤やクロロフォルムまで使用するからには、よほど知られたくない秘密があるって事だろ?」


この問いに石原が思いついたように答えた。


「そこですよ。

売春に使用されていたのはダチュラと呼ばれる強力な催淫剤のようですが、来栖さんが最初に言ったように一条明日香の自宅の部屋から押収されたのは、どうも一部だけでしかなかったようなんです。

覚醒剤の出所に至っては全く不明です。十二年前から依然として残っている謎なんですよ。ラブドラッグのような媚薬は幾つか押収されてるようなんですが…」


「媚薬なぁ…。今時の女子高生には本当に過ぎた代物だと思うんだがな。しかし、そんなに簡単に手に入るもんなのか?」


花屋敷は石原に問い直した。

彼女は握り拳を顎に押し当て、暫し考え込みながら言った。


「…ええ、それこそ昨日の捜査会議でも出たようにインターネットを利用して通販などで購入したんじゃないでしょうか? 大麻なんかは海外では公然とネットで売りさばいているような話も聞きますから。

サークル棟の園芸部の部室からは、植物図鑑や花の薬効に関する文献も幾つか発見され、鑑識に押収されてるようですが…。

実際にどうなんでしょうね…。

最近の薬事法の改正に伴って、純度の高いものや劇物指定されているような薬物は無理だとしても、薬効のある植物の株や種自体は安価で手に入りますから、後は育てて精製するだけの知識があれば、女子高生にも可能なんじゃないでしょうか?」


「確かに園芸部員がメンバーにいるというなら、それも可能か。となると、後は栽培して精製する場所という事になるんだが…。

原料から栽培するなんて方法を取ったとしたら、入手ルートを探るのはますます困難だぜ? 温暖化の影響下じゃケシの花だって自生する訳だし。

だが、そのダチュラ…。朝鮮朝顔ってのか?

そいつを媚薬として使うってのが、俺にはいまいちピンとこないんだよな。

譫妄中ってのは記憶がほとんどない訳だろ? 逆に言えば気持ちいいとか…。

まぁその…何だ、性的な快楽を伴った行為をした事や、された事さえ本人達は覚えてない訳だろう?

まぁ俺には媚薬なんて縁はないし、定義の仕方だってそもそもハッキリとは分からないんだが…」


話題にしにくいこと甚だしい。売春に薬物に媚薬に女子高生というカテゴリーでは、既にして花屋敷の手に余っている。


「最近の刑事の知的怠慢ぶりは目に余る物があるな。まぁ、お前には、それこそ過ぎた代物な訳だし、媚薬という言葉だけ聞けば今のマスコミが騒ぎ立ててるように、さぞかし妖しげでエロチックな儀式だったんだろうと想像するんだろうが、媚薬自体は直接犯罪に結びつく代物じゃないだろ」


来栖は肩を竦め、花屋敷を情けない子を見る親のような表情で言った。俺にはってのはどういう意味だ、という花屋敷の抗議の声は綺麗に無視された。


「まぁ、あれだけの騒ぎだった訳だし無理もないか。その辺りからして分かっていないから、警察も余計な混同をしてしまっているのかもしれないな。…まぁ、いいだろう」


そう言って来栖は居住まいを正した。


「鑑識に聞いた方がお前には早いんだろうが、一般的に媚薬ってのは即効性の催淫作用のあるものを指す。

実際には男性のインポテンツの回復や早漏の回復にも使用されているし、女性のバストアップや陰唇の膨張や閉経の治療薬にも使われているなど、一口に媚薬といっても様々な効果を持つモノがあるんだ」


「お、おい! いきなり何なんだよ! それに言葉を選べ。仮にも女性が二人もいる前でだな!」


「だから、別に卑猥だ卑俗だと煙たがられる類の話はしてないだろうが。思春期の中学生じゃあるまいし、なんでもシモの話に結びつけるなよ。

分からない事を棚上げにしたり人任せにしたりするから一人合点な余計な混同をするんだ。デカくてウブなデカは今は黙ってろ」


男同士なら猥談の一つにも繋げられるが、女性二人がいる場ではやたらと気の置けない内容である。石原は特に気にしている様子はなかった。石原はケーキに口をつけ、アリサは雌猫のクリスティーに何やら英語で話しかけながら、意味なくじゃらしていた。


来栖は花屋敷に向けて、唐突に指を三本立てて続けた。


「媚薬には大きく三つある。アロマセラピーのように嗅覚からの催淫作用があるもの。

もう一つはスッポンやタツノオトシゴ、ホウデンに代表されるような、いわゆる漢方薬だ。これは乾燥させて性治療薬として、あるいは滋養強壮剤や回春剤として飲んだり、中華料理の食材などにも使われたりする。

もう一つが、お前にとっちゃお馴染みの性行為に使用される…いわゆるラブドラッグの類だ。これは飲んだり鼻から吸ったりするものもあれば、粘膜に塗ったり吹き付けたりするスプレータイプのモノもある」


薬学の知識もある理学部出の変な探偵は、再び淀みなく続けた。


「今回使用されたダチュラのように違法性のある薬物の中には媚薬としての効果を齎すモノもある。だが、これらは整理する上では分かり難くなるから、今はとりあえず別にしておこうか。

今あげた三つが主な媚薬だ。

大別すれば嗅ぐ、飲む、塗るの三種類がある事になるな」


「来栖…説明は物凄く明瞭でわかりやすいんだが、その…あまり媚薬媚薬と連呼するなよ。聞いてる方が恥ずかしくなる」


「他に言いようのある語彙がないから媚薬と呼んでるんだ。まぁ、お前の言いたい事はわかる。媚薬は『媚びる薬』と書く。

この日本語の漢字ってヤツが、いらぬ誤解を生むんだ。媚薬は一概に惚れ薬とは言えないし誰かに別に媚びる訳でもない」


来栖は肩を竦めた。


「今回のダチュラが正にそうなんだが、歴史上、古くから人間は媚薬作りに心血を注いできたし、はるか昔から性行為目的で研究がなされてきたのも確かだよ。

そういう意味じゃ、媚薬イコール性行為という図式は間違いじゃない。だが、俺は学究的な立場から論じる上では明確に分けるべきだと思う。

人間の体内という極微の世界では様々な感覚が混沌として影響しあっている。そうした意味で現代の人間を語るには、いわゆる薬物というヤツは欠かせない要素だ。

アロマセラピーにせよアレルギーにせよ、最近になって改めて市民権を得たような分野ではあるからな」


「ちょっと待て、来栖。

俺にはいまいち納得がいかないんだが、アロマテラピーが何で媚薬になるんだよ?

そもそもリラックス効果を得る為のものじゃないか?」


「アロマセラピーともいうんだ。理工学部出身の刑事の癖にそれじゃ困るな、花屋敷。

植物のエッセンスである精油は、嗅覚を通じて人体に変化を与える事が可能だ。これを治療に応用するのがアロマセラピーだ。

犯罪性のある物はもちろん、媚薬として扱われているのは、確かにごく一部だけだがな」


来栖はそこでアリサの淹れてくれたコーヒーに口をつけた。


「ん…いい香りじゃないか」


あくまでマイペースな調子で来栖は続けた。


「コーヒーの香りや成分に鎮静や高揚の効能があるように、香りと性は実は切っても切れない関係にあるんだ。植物は芳香を放つ花で昆虫を誘って受粉するし、動物は交尾の相手を匂いで探したりする」


「ああ…つい引き寄せられるんだとか聞くな」


花屋敷は頷いた。脱線してはいるが、何かしら引き寄せられる話ではある。


「人間もそれらの動物と同様に無臭だが異性のフェロモンに引き寄せられる習性がある。お嬢ちゃんも聞いた事くらいはあるだろう?」


来栖は今度は石原に振った。


「え、ええ…確か香水の成分に使われてたりする物質もあるんですよね? 一昔前に流行ったフェロモン香水のような…」


「そう。女に限った話じゃないが香水をつけるのはルーツを辿れば体臭を消す目的という説が有力だが、知らず知らずの内にそうした事を人間の体が本能的に知っていたからではないかとも考えられている。

最近の研究では、人間の嗅覚器が脳下垂体および生殖器に連動している事も判明しているしな。

従って特定の匂いが性行動に直接影響を与えても不思議じゃない。また、神経伝達物質が匂いに素早く反応するため、迅速に肉体的変化が起こるものだとされている まぁ…どうにも、下半身がむず痒くなるような匂いというのはある」


「ははぁ。媚薬なんて、もっと遠い存在かと思ってたんだが…」


香水にしろアロマセラピーにせよ、現代ではひどく身近なものだ。


「俺達が知るこの嗅覚は、今や科学の進歩によって躍進的に花開いたが、同時に多くの不安も抱え込む事になった。

現代の先進国と呼ばれてる国…特に日本人は昔に比べて過剰なほど匂いに過敏になったといわれている。アレルギー症状も大半は嗅覚と結びつけられ、治療法もある程度、確立されてきているしな。

身近と言えば、さっきも言った漢方薬だってそうなると立派に媚薬とみなす事はできるだろう?日本でも鍋料理にはスッポンを使うし、精進料理に漢方の食材を使っている所だってある。

もっと身近な例を挙げりゃ、その昔はセロリやトマトなどの比較的栄養価の高い野菜も媚薬効果のあるモノだと信じられていた時代だってあったんだぜ」


「なんだと?俺の実家じゃ毎日のように食卓に出るが…そんな覚えはないぜ」


「そういや、お前の実家は洋食屋だったな。あの威勢のいい親父は元気かい?

…まぁ昔の話だよ。当時の人間に言わせりゃ、それなりに効果はあったらしい。つまり媚薬は科学的根拠のあるものから今言ったようなプラシーボ効果…。

いわゆる『思い込みの力』で成り立っているものもあるって事さ」


来栖はそこで、何やら考え深げに花屋敷と石原を交互に見つめた。


「さて…長々と保険体育の臨時補習みたいな講義をしてきた訳だが、ここからが今回の事件の肝だ。

飲み薬や塗り薬に関しては匂いと違い、精神的な効果はなく、肉体的な効果がまずハッキリと現れるのが特徴だ。注射器などで血管に注入した場合はもっと顕著に現れる。経口摂取する媚薬も対象に確実に効果を及ぼす」


二人の表情が俄かに険しくなる。それを確認して探偵は続けた。


「媚薬だけに限らず薬は大量に摂取すりゃ効果がある訳じゃない。用法、容量を守って正しく使わなきゃ効果がないだけでなく、ただの毒だ。バカと天才のようにリスクとクスリは紙一重なのさ」


バカみたいによく喋る探偵は続けた。いつになく脱線しているようだが、この男がこのような含みを持たせた回りくどい話をする時は、大概が何か大事な事を伝えようとしている時だという事を花屋敷は知っていた。


「この国の先進的な内科医療は薬の副作用には詳しいが、患者の薬の併せ呑みなどの問題には案外鈍感だ。

病院嫌いの人に理由を尋ねると、薬漬けにされて別の病気を招きそうだという意見は実際に多いらしい」


薬漬け…?

待て。それはまさか。


顔を曇らせた花屋敷の表情をちらりと窺いながら、来栖はさらに続けた。


「面白いのは現代の媚薬には脳内物質を作り出すというものまであるんだ。ノルアドレナリンとフェニールエチルアミンという物質を作り出す媚薬さ。

ノルアドレナリンは興奮状態に分泌されるホルモンで、フェニールエチルアミンは強い快感を引き起こす脳内物質だ。この二つは主に恋愛感情を起こした時などに分泌される。

動物は匂いに反応する訳だが、人間の意識は不思議な事にこの二つの物質が脳内で分泌されていると、恋をしていないにも関わらず『自分は今、恋をしている』などと思い込んでしまう。

これなんかはさっきのプラシーボ効果と同じ心理的な効果に近い。一番分かりやすい惚れ薬だな。

『吊り橋の男女』って話を知ってるか?」


「あ、はい。わかります。

グラグラした今にも落ちそうな狭い吊り橋の上にいる男女は、恋をしたのと全く変わらない肉体的反応を示すというんでしょう?

脳がそうした状況を勘違いしてしまう、これはいわゆる錯覚なんですよね?」


「正鵠を射た説明だ。再会するなり人を逮捕するような石頭共とは格が違う」


「お前、まだ根に持ってたのか?」


花屋敷はやや呆れたように来栖を見た。


「吊り橋の男女の脳内にもノルアドレナリンとフェニールエチルアミンが分泌されているといわれているんだ」


来栖は花屋敷を完全に無視して石原に説明した。こういう花屋敷をあからさまに煽るところが腹が立つ。慣れてはいるのだが。


「花屋敷、現場の部屋に入った時に成瀬達は…カスタードプリンと花の香りが混ざったような、やたらと甘ったるい花のような匂いがしたと言っていたんだったな?」


「あ、ああ…。それに関しては、まだ確認が取れてないんだ。昨日の捜査会議でも薬を使うような連中なら、違法性のあるモノだろうとかそうじゃないとか、色々話には出ていたんだが…」


「イランイラン」


「は?何がいらないんだよ? 確認は絶対に必要だぜ」


「イランイランだ。催淫作用のある香油にも使われている植物の名前だよ。

別名『花の中の花』とも呼ばれ、非常に薫り高い精油が得られるんだ。

オリエンタルノートかフローラルノート系の香水を誰かが使ってた可能性もあるが、植物や生薬に詳しい園芸部のお嬢ちゃんがメンバーの中にいて、サバト遊びに使ったというなら恐らく煙か蒸気だろう。

彼女達はイランイランのインセンスを焚きしめるか、アロマオイルを部屋に満たすなりして、客や校長と行為に及んでいたんだろう」


石原が忙しそうにメモをとっていた。来栖はさらに続けた。


「イランイランの香りは室温や気温が変化していないにも関わらず、じっとりと汗ばむぐらい体感温度を上げる作用もあるヤツだ。

インドネシアでは新婚夫婦のベッドにはイランイランの花を散らすという風習もある」


花屋敷は呆れた。本当にいらぬ事まで知っている男だ。だが、現場で得た不可解な情報が咀嚼して飲み込める分、大層わかりやすい。


花屋敷は思わず、感嘆の溜め息を漏らした。


「ははぁ…売春や疑似恋愛には正にうってつけの香りって訳だ。確かに現場の臭いは玉石混交混ざり合った酷いモンだった。まぁ何というか…説明しづらいんだが…」


花屋敷は再び石原やアリサの視線を気にした。


不惑を過ぎた権威ある校長の全裸の死体。

夥しいほど飛び散った血液。それを黒マントの少女達が囲んでいた殺害現場。正に異常というよりない惨状だった。


「いいよ言わなくて。大方は想像がつく」


来栖は片方の眉だけを吊り上げ、チラリと花屋敷に視線を送って言った。こいつは変な奴だが勘は異様に鋭いから、花屋敷が言い淀んだ本当の理由にも気付いたろう。


「ただ連中がイランイランを使ったのは、そうした雰囲気を作り上げる為だけにしたんじゃない。

今回の事件を分かり難いものにしているという意味で長々と説明してきた訳だが、実はもっと卑属的で単純な理由だ」


「校長に媚薬を使った理由か?」


「そう。たとえば意識が朦朧としている時に特定の匂いを嗅ぐと、奴隷にされてしまう…とかな」


「下品な話だな。村岡は、本当に犬か奴隷にされてたっていうのかよ?そもそも譫妄状態だった村岡に殺されるほどの動機があったとは思えないぜ?

復讐や怨恨といった線は今のところ、どこからも出てこない。意識がある人間に怖がらせてやろう、思い知らせてやろうという理屈自体がまず通用しない。

脅されて売春に関わっていて、なおかつ奴隷にされてたってだけじゃ、殺されるほどの動機にはならないんじゃないのか?」


来栖は再び肩を竦めた。


「動機なんてそれこそ考えるだけ無駄だよ。だが、奴隷にされたような校長の哀れな姿は、犯人側にとって何かのきっかけにはなっただろうな。それこそ殺してやりたくなるような状況下だったからやった。俺はそう理解してるんだがな」


「どういう事ですか?」


「売春してたガキ共は眠らされていた。犯人はその上で凶行に及んだ。それが捜査本部の見解であり、お前らが出した結論だ。

だが、その意味をお前達は履き違えている。それがどうやら誤りの大元だ」


「え…!?」


「…はっきり言おう。お前達はこの事件の取っ掛かりに誰かが仕掛けたブービートラップにいきなり嵌っている。殺害されたのは校長で、一条明日香が殺したとしか思えない状況証拠の数々が、お前らに呪いをかけているようなものだ。犯人の仕掛けた罠に骨の髄まで浸かっているんだよ」


「状況証拠に捕らわれるなということですか?」


「発想を転換してみろと言ってるのさ。思い込みによる盲点を突く…それが犯人が仕掛けた罠だ。

…いいか、この犯人は少しも狂ってなどいない。自分に捜査の範囲が及ばないように細心の注意を払っている節さえある。俺が一条明日香が犯人じゃないといきなり結論づけたのには理由がある」


「何なんですか…?」


「一見異常としか思えないような物事こそ、何より雄弁に意志を主張しているんだよ。

異常というのは思い込みだ。それが盲点になっている」


状況証拠に囚われるな。


発想を逆転させてみろ。


そして、犯人の手口は思い込みによる盲点を突く…か。


「単純だが、そこに気付けば謎なんかどこにもないし、俺がしゃしゃり出る幕もないよ」


そう言って狡猾な探偵は再び結論を保留した。説明する気はまだないようだ。石原が考え深げに顎に拳を押し当てる癖をした。


「塔の屋上から笑い声がした…。やはり、それが全てのきっかけなんでしょうね。

今回の事件は一条明日香の笑い声が聞こえてから何もかもが、おかしくなった…。

発端は川島由紀子であり、そして十二年前は武内誠という教師の事件だった…」


探偵は頷いた。

花屋敷は誰にともなく呟いた。


「狂った笑い声か。思えばこの事件は最初からその話ばかりだな。この笑うってのは一体何なんだ?

これから死んでいく人間が笑うなんてコトがあり得るのか? 俺にはそれこそイカレてしまったって理屈しかつけられないぜ」


来栖は言った。


「それじゃ次は、笑いのメカニズムについてレクチャーするとしようか」


この男の頭脳だけはどうやら別誂えだ。搦め手が得意な探偵は、再び居住まいを正した。何かにつけて講釈をぶつのが好きなのかもしれない。


「アメリカ人なんかはよく膝を叩いたり、両手でバンザイするようなボディランゲージまで示して大笑いするだろ?そりゃ大袈裟だろ、とこっちが突っ込みたくなるくらい、はっきりと笑う。

欧米人に言わせると、アジア人は表情がまるでないとか、引きつった愛想笑いばかりする卑屈な人種だとも言われるそうだが、そいつはただ偏見に満ちた無知な差別にしか過ぎないな。

そもそも獣は笑わないから亜州の人間は獣に近いんだとでも言いたいんだろうが、どっこい笑う獣というのも中にはいる。ゴリラなんかがいい例だ」


再び脱線した来栖の話にも、石原は興味深く頷いた。この手の話が好きなのかもしれない。


「確かによく言いますね。獣は笑わないって」


「そう。表情筋という顔面の筋肉が発達しているのは人間だけらしい。

獣に喜怒哀楽があるかないかという点に関しては未だに学者によって様々に説は分かれてるようだが、基本的にクスクス笑ったり大口開けてガハハと声まで出して笑ったりするような、複雑な筋肉の収縮や痙攣を繰り返す顔面の運動自体は動物には出来ない。解剖学上無理だと結論づけられている」


いつの間にかアリサの膝をスルリと抜け出した猫のクリスティーが、部屋の中をトコトコと歩き回っていた。

花屋敷は話題が禽獣や欧米人の笑いにまで発展したので見るともなしに見ていたのだが、綺麗な毛並みをした黒猫は、そのまま探偵の膝に飛び乗ろうとして主人にポンと頭を叩かれ、そそくさと部屋の隅に退散した。


邪険な扱い方をされて尚も黒猫はそんな飼い主の方を名残惜しそうに振り返ると、小さく一声鳴いた。黒服の探偵はそんな黒猫に構わず続けた。


「よく笑いは文化だ、とか言うだろう?」


「言いますね」


「だが文化だとはいうものの、これも解剖学的な見地から言えば笑いというのは、どうも後天的に学習するものではないらしいんだ。人間に生来的に備わっている機能らしい。

赤ん坊だって笑うからな。

もっとも、何が可笑しいかどうかは獣同様に確かめようもない訳なんだが」


「笑いますね、無垢というか純粋というか…赤ちゃんの笑顔って理由もなく可愛くて、思わず抱きしめたくなりますよね。

…あ、でもそれも一種の防衛本能や反射行動じゃないかって説もあるんですよね?

愛らしさや無邪気さが武器になるっていうのも変ですけど、そうやって自分の身を守っているっていう」


石原がそう言って表情を崩して微笑むと探偵も頷いてニヤリと微笑んだ。何が可笑しいのだろう、と花屋敷などは憮然とする。


「そう。欧米人はよく俺達を無表情だと馬鹿にするが、それでいて彼等の言語には笑いを言い表す語は二種類しかない」


「『laugh』と『smile』ね?」


イギリス人と日本人のハーフであるところのアリサは特に反論するでもなく、ネイティブな英語でそう問いかけた。


来栖は頷いて言った。


「そうだ。口を開けて笑うか、閉じて微笑むか。その程度の差しかない」


「口を開けるか閉じるかしかない…か」


花屋敷はふと思った。


では川島由紀子の事故は一体どうなる?


一条明日香の発していたという狂ったような笑い声は何なんだ…?


思わずそう問い質そうとして、花屋敷はやめた。この男は先ほどからどうも、そうした核心部分にわざと触れずに語っている。それでいて花屋敷は、得体の知れなかったこの事件の全貌の一端を僅かに掴みかけているような気がするのだ。


事件の周囲を漂う不確かな霧が、ヒントかどうかもわからない探偵の言葉の渦に巻かれて徐々に晴れていくような、そんな印象さえ持てた。


この男の繰り出す膨大な量の無駄な知識と言葉は彼独特の方法論によって組み上がり、合わさり、時には大幅に脱線や搦め手を加えつつ、不明の闇を次々に解体していく。


一人黙ったままの花屋敷をチラリと横目で見てから、来栖は再び続けた。


「この口を開けて笑う場合…これはどうも起源的には威嚇の表情だといわれている。

解剖の結果、人間の表情筋の進化を辿ると、動物が威嚇する為に働かせる筋肉と発生が同じものだという事がわかった」


「威嚇…ですか?」


「そう。虎や狼、猫でもそうだが、こう敵を威嚇するのにガァッとやるだろ?

それなんだそうだ。その威嚇行為が人間に至っては笑いになった」


威嚇する…笑い?


「それから口を閉じる微笑みの方はまるで逆で、この場合は相手に対する劣等意識…つまり白旗を上げる恭順を示すというのが起源らしい。こう耳を倒して尻尾を丸めて、キイキイ鳴くだろ?

許してくれと。あれが微笑みの起源になる。

殺さないでくれ、もう抵抗しないから…そういう意味がある」


恭順を示す…笑い?


『きゃははは!あははは!あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっ…!』


先輩どうしたんですか、と石原が花屋敷を心配げに見つめた。


「いや…なんでもない」


と花屋敷は答えた。喉がカラカラだった。

何なんだろう? このモヤモヤした感じは…。


再び探偵は続けた。


「だから西洋人の笑いは、この威嚇と降参の二つをそのまま受け継いでいるという訳だ。言葉がそれを証明しているな。

日本人なんかはもっと複雑に笑いが進化している。

この国には、微笑、大笑、苦笑、艶笑、哄笑、爆笑といったように笑いを表す言葉だけでも幾つもある。

…まぁそれだから獣に近いのは、むしろあちらさんの方なのかもしれないぜ。

…おっと、こういうのを差別と呼ぶのかな」


「まったくね。笑いの文化なんてそれぞれ国によって違っていて当たり前よ。

日本人だって昔はエンターティナー…芸人は一段下がった賤しいビジネスだと見下していた時代だってあった訳でしょう?

欧米は少なくとも人を楽しませる人々を落として楽しむような文化はないと思うわ」


と言ってアリサは苦笑した。

来栖も意味ありげに微笑んだが、花屋敷は今や笑えなくなってきている。


現場にいた女生徒達は、いきなり上から(!?)一条明日香の妙な笑い声を聞いたと供述したのだ。鈴木貴子が消えたのは、その直後だ。


これは一体何を意味しているのだろうか…?


待てよ。だとすれば。


そもそも犯人の一条明日香は、どこにいたんだ?


花屋敷は急激に自分の体温が低くなるのを感じた。いつの間にか口元に自分の掌を押し当てていた。

何かが花屋敷の琴線に激しく触れている。

凄くもどかしかった。


鏡の中に見えた幽霊。

沢木奈美の残した血痕。


何なんだ、この違和感は…。


そう、花屋敷はおそらく知っている。

その場所(!?)を知っている。知っているが、言葉にならない。答えはすぐ喉元にまできている。しかし判らなかった。


その時、花屋敷の思考はドアをノックする堅い音で妨げられた。


「来たか…」


来栖はアリサに目配せした。出てくれということだろう。


アリサによって通されてきたのは捜査本部長の早瀬一郎だった。

早瀬は何だかいつになく窶れて見えた。手には茶色い大判の封筒を持っている。

早瀬は何も言わず、来栖の正面にいきなり腰を下ろした。


「首尾は?」


来栖は最短の言葉でそう問いかけた。早瀬は眼鏡のフレームを親指と中指で押し上げた。


「お前が想像した通りの結果だ。大当たりだよ。こっちにしてみりゃ実に困った事だ。

一体どうなっているのか、さっぱりだ。

こんな馬鹿げた事件はありえないな…!」


冷静な早瀬がいつになく興奮気味に吐き捨てるようにそう言った。


「早瀬警視、それは一体、何なんですか?」


「現場に残されていた被害者の…村岡義郎の血液鑑定の結果だよ、石原君」


「血液鑑定…?

く、来栖さん。来栖さんが依頼したんですか?それって…一体、どういう事ですか?」


「村岡がなぜ、首筋の頸動脈を切り裂かれていたのか、どうしても気になったもんでね。それが恐らく彼が殺された理由に繋がる。

…早瀬、その書類の中身を見ないで、内容を中ててやろうか?

村岡の血痕以外に別の人間の血液が検出された。

その人物は、お前らが描いていた犯人像を大きくぶち壊すような人間で、しかも普通ならあるはずのない人物の普通じゃない血液だ。

…違うか?」


「ああ、その通りだ」


「そいつが一連の事件の犯人だ。もちろん、そいつは一条明日香ではなく…」


来栖はその人物の名前を全員に告げた。

その名前に座は一瞬で凍りついた。


「ば、馬鹿な! 何でそいつの名前がここで出てくるんだよ!」


「一体これは…どうなっているんですか!?

だって、そんなこと…絶対にありえないじゃないですか!?」


来栖が静かに言った。


「全ては十二年前から始まっていたんだ…。あの学園の呪いはその時にかけられた。

この事件はな、起こるべくして起こった事件なんだよ」


来栖はようやく、その時が来たというように一同を見渡した。


十二年前。

女子高生監禁刺殺事件。

警察の公式な記録では、それは目黒区学園黒魔術事件とも呼ばれるのではなかったか。


花屋敷は再び息苦しさを覚えた。もはや誰も、何も言えなかった。水を打つような沈黙の中、闇の底から響いてくるような低い声で来栖要は再び続けた。


「武内誠という教師が山内洋子という女子生徒を時計塔に監禁して自殺…。

同じく高橋聡美という生徒が大量の覚醒剤を所持したまま行方不明になった。

それが公式な記録として残っている事件の記録だ。当時の警察の見解は大筋で間違ってはいない。

ただし、今回のお前達と同じように真相をまるで読み違えている。行為としての結果は同じでも、その錯誤の齎した事実は、後々にまで禍根を残すような結果を招き寄せてしまった。

それが川島由紀子の事件であり、売春事件であり、薬物を使った今回の犯罪にまで発展したんだ」


「過去の事件か。お前は何を知っている?」


早瀬が睨みつけるように来栖に問い掛けた。


「俺が解せなかったのは、当時の死体の状況だよ。武内誠は普段からアルコールを摂取する習慣がなかったという点さ。

…当時の週刊誌や新聞発表にも載ってるはずだが彼は普段は酒もやらず煙草も吸わない真面目で実直な、どこにでもいそうな教師だったそうだな?

にも関わらず、彼の死体は眼球が黄色く染まってしまっていた。つまり多臓器不全と思われる症状を起こしている。

…おかしくないか?」


「どこがだ? アルコールを大量に摂取したからこそ起きた症状だし、前後不覚に陥ったからこそ、あんな事件を起こしたんじゃないのか?」


早瀬の問いかけに、来栖は即座に返した。


「だったら尚更、発見された時の死体の状況はあまりに不自然だ。

彼の死因は縊死…つまり首吊りによる自殺。

彼の血中アルコール濃度は相当に高く、風邪薬の成分が体内から検出され、死体が見つかった時、眼球は白目が黄色くなる結膜性黄疸まで見られた」


「それがどうしたっていうんだ?

死後に出来上がったという事なんだろう?」


「それはおかしい。黄疸のメカニズムを知っているか?

そもそも黄疸は病気や疾患に伴う症状の一つなんだ。身体のビリルビンが過剰にある事で、眼球や皮膚といった組織や体液が黄色く染まる状態なのさ。

血漿中の非胞合型ビリルビンは肝臓でグルクロン酸胞合を受け胆汁中に排出され、胆道から消化管へ流れる。胆汁の主成分は胆汁酸…いわゆるコール酸だ。

この体内の機能がなんらかの障害を受け、ビリルビンが体内組織で優位になるんだ。ビリルビンは弾性繊維との親和性が高い為に皮膚や強膜、血管や眼球といった弾性繊維が豊富な組織に沈着する。

酸性の薬品を振りかけたように変色した、年寄りの黄色い皮膚を見た事はないか?

…要するに疫学的にも病理学的にも、生体内で起こりうる現象なんだよ」


探偵の弁舌はやまない。


「死体となった状態でビリルビン色素が沈着し、眼球が黄疸するなんて事はありえないとは言わないが、相当に確率が低いことは確かだ。俺が違和感を感じたとすればそこなんだよ、早瀬。

今回の事件や山内洋子の検案調書と併せてよく考えて推理すれば、過去の事件はまるで違った様相を見せる事に気付くはずだ」


座は水を打ったように静まり返っていた。


来栖はどこか苦悶に耐えるような表情で、ぼそりと言った。


「物事の境界…。境目ってのはどこにあるんだろうな…」


黒い狼のような探偵は、どこか遠い目をしたまま誰に向けるでもなく一人、静かにそう呟いた。


「例えば正常と異常ってのは、どこでどうやって線を引いているんだ?

早瀬は夏でも白いコートを着ているし、俺は年中黒い色の服しか着ない。そこのアリサはイギリス生まれの癖に英語の方がヘタクソだし、花屋敷は六年も経つのに相変わらずの単細胞で見た目もあんまり変わらない。お嬢ちゃんは24才なのに、まだ中学生みたいな顔をしている。これは異常な事か?」


呆気に取られている周囲を尻目に、探偵は続けた。


「例えば、自分は犯罪と関係ない環境にいると頑なに思い込んで、好きなだけ勝手な事を言っては誰かを追い込み、自分はまともですアイツらは異常です、と考えるのは果たして正常な事か?」


早瀬が答えた。


「それこそ正常と異常なんて議論は無意味だ。誰だって何かしら、他人から見れば異常とも思えるような、人には言えないような事に興味を示したりする」


「そうだろう? ここから先は異常です。

そこからこっちは正常ですなんて括り方はしないし、そんな境界は曖昧でいい加減で人によっても時代によっても違うし、あるようで実はないものなんだ。

悪い事という自覚も法律すら知らない人間にとっては極端な話、殺人が犯罪かどうかもわからない。

生まれた時から銃弾が間近でバンバン飛び交っている国に生まれた子供は、人がバタバタ死なない国がどこかにあるなんて思わない。

物事を隔てる境界とはおそらく、そうしたものなんだ…」


来栖の視線はガラステーブルの上にある一枚のカードに注がれていた。

タロットカードの中の魔術師は、夕焼けか朝焼けかも判然としない荒野に、赤とも黒とも見える格好で立っていた。


「異常というなら皆、異常だし、大概の人はまともだ。

そもそも、そんな括り方をして人は生きちゃいないだろう?

だが、この正常と異常のように境界はどこにでもあるし、見える見えないは関係なく必ずある。人間が生きていく過程で囲みという枠は、必要不可欠なものなんだよ。

人は誰かと何かの間に線を引いて、自分を成り立たせていかなければ立ち行かない生き物なんだ。

人が生きている限り境界というものは消えない。いや、生者と死者を分かつ境界だってどこかにあるだろうさ…」


真実を告げる探偵は続けた。


「世界は自分の肉体という器を通して内と外の二つに分けられる。

自分の外側には、物理的な法則や運行に完全に支配された世界があり、そして自分の内側にはその人にしかない、その人だけの世界がまた広がっている。

そのどちらの世界にも境界は無限にある。

外側の世界では他者と自分、親と子、家族と自分、学校の外と中、檻の中と外、男と女など無数にある。

自分の内側の世界にも秩序だった事と混沌に満ちた形のない概念が対立したり、責めぎ合ったり、時に調和している。

秩序立った事とそうでない事。道徳、法律、倫理、公徳心。

ありとあらゆる心理や葛藤が意識という舞台に境界を作っている。

しつこいようだが、境界は内にも外にも無限にある」


「何が言いたいんだ?」


「つまり、人間はどちらでもないところで、どこにもない場所に立っている。本来はそう考えるべきじゃないかと思うのさ。

何物にもなれるし、何物にもなれないモノ。

それが即ち人間なんだ。

様々な物を見て、聞いて、触れて、食って、嗅いで、感じながら俺達は生きている。ありとあらゆる境界の中に俺達の人生がある。

様々な知識やあらゆる経験という境界を経て、自分なりの言葉で境界を仕切れるようになった子供がいつしか大人と呼ばれるように、そうした境界の自覚…自分自身を見つめるコトは、人生の始まりだともいえる」


探偵は苦々しい苦悶の表情をしている。


旧友は…。来栖要は迷っているのだろうか?


「暗い檻の中で考えていたんだ。親父はきっとそんな想いをこのカードに託して、あの学園の時計塔を設計したんじゃないかとな…。

俺の馬鹿親父はつくづく罪作りな男だよ。

この事件は、ある意味で俺が引き起こしてしまったようなものだ…」


いつになく悲しげな顔だった。


「間違った方に位置づけられた境界は、やはり誰かが決着をつけるべきなんだろうな。

これは誰かが解決してやらなきゃ終わらない問題なんだろうな…」


来栖は暗然と呟いた後、俯いていた顔をゆっくりと上げていった。


その表情にはもはや微塵の翳りもなかった。端正にして精悍で、そしてどこか獰猛な獣を思わせる凶悪な目つきだった。


花屋敷はザワリとした。

迷いの一切なくなった偽りの赤い瞳を持つ探偵の表情は、正に死神のごとき凶相だった。


早瀬が問い掛けた。


「来栖、お前の言う解決とは何なんだ?」


「解決は解決だ。全てさ。

村岡義郎は誰によって、なぜ意味のない密室に仕立て上げられ、なぜ首を切り裂いて殺されなければならなかったのか?

搭の屋根から飛び降りて死んだ一条明日香の果たした本当の役割は何なのか? なぜ、あの場にいた少女達は殺されなかったのか?

川島由紀子はなぜ死んだか?

そして、鈴木貴子と沢木奈美の役割は何だったのか?

彼女達は目撃者だったはずなのに、なぜ両者のうち片方は死に、片方は途中から全く姿が消えているのか?

いるとすれば彼女は今、どこにいるのか?

全ての元凶である十二年前の殺人事件の真相は何だったのか?

…そして、これら全てを企てた犯人は誰か?

これらの謎すべてに一つ残らず説明をつけ、学園に正しい平穏を取り戻し、そして救うべき人間を救う事…それが、きっと解決なんだろうな」


整った顔立ちをした探偵は口の端を引きつらせるような歪んだ笑みを湛えながら、それだけを一気に言った。


「そんな全てを一挙に…?

お前ならそれが出来るっていうのか?」


「ああ、それが解決だ。お前らが求めているのも、きっとそうだろう早瀬、花屋敷、それにお嬢ちゃん。…違うのか?」


「…だがどうする?

実際、状況はあまり芳しくない。既に一連の事件のせいで、捜査本部では鈴木貴子は実は事件の容疑者ではないかという意見も実際に出始めているんだ。

これは本来ならば、俺が絶対に流してはならない情報なんだろうがな…」


早瀬は僅かに言葉尻を濁した。花屋敷は彼が民間人の為に完全にサポート役に回っている事を今さらのように奇異に思ったが、同時に頼もしく、そして誇らしくも感じていた。

普通なら事件の捜査本部長がここにいる事自体、有り得ない事だろう。


…まったく素直じゃないよな、どいつもこいつも。


花屋敷はそっと心中でほくそ笑んだ。花屋敷も今やこの男に賭けてみたいという気はしていた。やはり何年経とうと俺達はバカなままらしい。


早瀬の言葉に、来栖はニヤリと微笑んで言った。


「鈴木貴子はもちろん犯人じゃないさ。お前達が持ってきた証拠や資料がそれを証明してくれてる。犯人はもちろん他にいるさ。

そう、他にな…」


来栖は再び挑みかかるような視線で、赤い魔術師のカードを見つめていた。


「…さあ、散々勿体をつけて説明してきたが、これで終わりにするぜ。

俺がこれから言うべき人間達を、そうだな…夜の聖真学園の校舎にでも一同に集めてくれ。最後の舞台は、やはりあの時計塔がふさわしいだろう。この俺の提案に従ってくれるなら、生きたまま鈴木貴子を確実に保護し、犯人をその場で確保させてみせるとこの場で約束してもいいぜ」


早瀬の顔が俄かに驚きの色を帯びた。


「まったく来栖…お前には再会した時から驚かされてばかりだな。

推理小説の名探偵よろしく、最後は秘密の解明に乗り出すという訳か?

お前は一体、どういうつもりでいるんだ?」


「俺自身、好きでこんな役回りをしたい訳じゃない。言っておくが、この決断は急いだ方がお前らにとっても身の為だ。

…これは脅しじゃない。

俺が警告してどうなったのか、よもや知らないとは言わせない…」


花屋敷はゴクリと唾を飲み込む。早瀬がゆっくりと静かに頷いた。


「わかった…。お前の条件を飲もう。確かにこれ以上、人が死ぬのはもうたくさんだ」


「一体、誰を集めろというんですか?」


「それはだな…」


来栖はゆっくりと花屋敷達にその関係者達の名前を告げた。


花屋敷は訝しげに探偵に問い掛けた。


「それが最後の舞台のキャストという訳か?

お前…一体何を企んでいるんだ?

俺達にも言えない事なのか?」


来栖は再びニヤリと笑った。


「真相は目の前なんだからもう少し我慢しろよ。

それに、お前たちにいいものを見せてやろうと言ってるんだ。別に拒む理由などないだろ?」


「全く…。呆れて物も言えん。ヒントくらい、くれてもいいだろうに…」


早瀬が困った表情で眼鏡を押し上げた。


「ヒントはここまでだ。後から来たお前は花屋敷達にでも聞くんだな。これがそれこそ時代がかった探偵小説なら、

『材料は全て出揃った。私は読者に挑戦する』

とでも洒落込む所だろうが、そんな時代錯誤な野暮は俺は好きじゃない。

悲惨で救いのない事件に論理もパズルも…ましてやハッピーエンドなどあるものか。推理は犯人を追い詰めるだけのただの材料だし、こんなコトは誰にだって出来る。

だが、この事件を解体するのは…やはり俺の仕事なんだろうな…」


探偵はそれ以上は何も言わず、振り返ることなく黒いスーツをバサリと翻して花屋敷に背を向けた。


探偵は真っ直ぐに黒いドアに至ると、その向こう側にある漆黒の闇に足を踏み出した。


「おい、どこへ行くんだよ?

…おい、来栖!」


花屋敷は思わず身を乗り出そうとしたが、早瀬がそれを制した。


「待て、花屋敷。追うな。行かせてやるんだ」


「しかしだな…言うだけ言ってこのままじゃ…」


「先輩、行かせてあげましょう。あの人はひねくれてますけど、いつだって誰よりも正しい真実を見抜いているんだと思いますよ。

きっと悪いようにはしてくれませんよ。私はあの人を信じます」


「ああ、石原君の言う通りだ。一度は逮捕した人間の取引を警察が呑むなんて実際、馬鹿げた話だと思われるだろうが、本当の犯人が判った今、真相の究明はまとめて行った方がいい。それに、探偵はいつだって真実を見抜いて語るのが商売のようだからな」


「アイツには何か策があるっていうのか?」


「今は言われた通りにするしかあるまいよ。

それに今回の事件の最強のラストカード…どうやら奴は既に引き当てているようだしな」


早瀬は探偵がするように、ニヤリと微笑んだ。


アリサが場違いなほどの明るい口調で言った。


「警察にも話のわかる人達がいるのね。そのコはきっと大丈夫よ。あなたユウスケっていったっけ?親友の癖に、アイツの腕をまるで信用していないのねェ」


アリサはからかうような口調で肩を竦めた。


「いや、信用してない訳じゃないんだが…。アイツは俺の知ってるアイツとは、やはりどこか違う…。アイツが心配なだけさ」


「大丈夫。あなたが思っている以上に、あなたの友達は普通の探偵じゃないの」


その言葉に花屋敷はほんの少し微笑んだ。


「よく知ってるよ。アンタは俺達の知らないアイツを知っている人なんだな。

…聞いていいか? アイツと昔、何があったんだい?」


さあね、とアリサはとぼけたように笑った。


「ああ見えて、アイツはこの界隈じゃ割と有名な男なのよ。この新宿にはね、ユウスケ、それはいろんな人間がいるわ。人種も国籍も、そして昼も夜もない。アイツの腕が確かな証拠に、この街じゃ暴力団も蛇頭の構成員も右の人も左の人も、それにキャバ嬢やホストや同性愛者やオカマやオナベや不法就労者やホームレスだって、富める人も貧しい人も…。どんな階層のどんな人間でもアイツには手を出さないでしょうね。

だってアイツの腕を知っている人なら、ビジネスの相手にした方が何かと便利なんですもの。警察や法律は取り締まるコトは出来ても、黒を白には出来ないでしょう?」


「そんな人間達を相手に商売をする事もある…と?」


早瀬が訝しげに異邦の占い師に問うた。


「言葉はどうとでも…。そこの白い人も上に行きたいと思うなら、覚えておくといいわ。

世の中ってのは不公平なものでね、社会から炙れた人間達や、まともに生きたくても生きられない人間達だっているってコトよ。

そこからこぼれた人間達を人としてまともに扱えない社会なんて黙ってても滅ぶだけだわ。光がなければ影がないように、闇がなければ光は輝くコトすらできない。

…要はそういうコト。私達の間にあまり深くは立ち入らないコトね」


「俺達は何年経とうが、どう変わろうがアイツを知るアイツの友人だ」


「青臭いわねぇ…。そういうの嫌いじゃないけどさ。無粋な男は嫌われるわよ」


と占い師は肩を竦めた。手には宝石箱のような小さな箱を持っている。


「蛇の道は蛇。餅は餅屋。世の中、持ちつ持たれつっていうじゃない?

あなた達警察が表の世界で厄介な揉め事を収めているように、ここにはここの不文律ってものがあるし、アンダーグラウンドな世界の事情も力も拮抗していたりする。

必要とされる人間は黙っていても上に行くけど、中には変わり者もいて、好き好んで深くて暗い下に行きたがる人もいるわ。

その人は普通の人よりも、ほんの少し第六感が優れているのよね。神様がこの世に仕掛けた、何かの仕組みを知っている人は、いるところにはいるんじゃないかしらね」


占い師は宝石箱の蓋を開けた。中身は花屋敷の方からは見えなかった。


「このビルのオーナーはね、彼なりにそうやって、この六年間を生きてきたのよ…。

これ以上は教えてあげられないし警察の下っ端が知ったところで、どうにもならないわ。とんでもないところから、凄く痛い目を見るだけよ。あたし達は別に疾しいコトはしてないけど、客の中にはそうは思わない人もいるでしょう? 表の世界では生きられない人にも、救いの手は必要だわ」


「アイツは一体、何者なんだ?」


花屋敷が問い掛けた。占い師は答えた。


「『新宿の解体屋』。

この場所を知っている人は、アイツの事をそう呼ぶわ。私はただの繋ぎの電話番で、ここはそうした場所なのよ。もっとも…」


警察が泣きついて来たのは初めてのコトだけどね、と笑いながら占い師は魔術師のカードを手に取ると、シャボン玉のような不思議な色合いをした宝石箱に、そっとしまった。



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