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世界は歪んでいる。

ヒトは狂っている。


無論、それを意識する人は人のままであり、人の住む街は変わらず街のままである。


しかし、人は自覚がないなりに意識はする。

生と死のなんたるかを思考し、知覚できるが故に、愚かにも、己の終わりと世界の終わりを同列だと錯覚してしまうのが人である。


人は限りある生を厭い、まだ見ぬ死を怖れる生物である。


人としての命の終わりがいかに世界にとって無意味で無価値であるかを知りつつも、見えず、聞かずを繰り返す。

それが人である。


世界を語り、言葉によって己の境界を仕切るという賢人たる行為は限りある生命の営みの中では、あざとくも矮小な行為である。


己を騙り、あらゆるものを狩り続け、喰らい、そして生き続ける。

それが人である。


人は存在しようと抗い、同族同士でさえ平気で争う。

差別をなくせ格差をなくせと自ら概念の異形となり、種の保存を謡いながら、一方であらゆる種を絶滅させてきた罪深き存在。

それが人である。


原罪、カルマ、業。

なんと呼ぼうが叫ぼうが、それらは遍く人が自らを律しようと苦肉の策で編み出した無駄な言い訳に過ぎない。


人はもはや、生まれつき背負った罪ある存在などという生易しいものではない。


生まれついた時点で人という種、人から生まれし個体は世界を壊し始めるのだ。


地球上のあらゆる生物の中で、およそ文化と言語を持つヒトほど役に立たぬ生物はない。


世界は本来、微妙なバランスの上に成り立っている。


空や大地、風や炎や水といった天然自然。動物、微生物、虫、一木一草に至るまで、それらは存在そのもののまま、成り立つままに在ろうとする。連鎖の均衡は常に一定に保たれ、そして自ら保たれようとする。


それらをして、初めて自然というのだ。


言葉は便利なものだ。

人間は不自然なのだ。


人が生きようとする行為そのものが罪である。人の数だけ世界があるがごとき、異常な世界など本来的に間違っている。


霊長類だ神に選ばれた存在だと勘違いも甚だしい。


真実は一つと自惚れ、世界を語り、世界を壊す。同じ神を畏怖しながら、互いに互いを殺しあう。それが人である。


人という狂える種によって世界はやがて土台を失い、大地は荒れ果て、大海は全てを飲み込み、猛る太陽の炎は大地を焼き尽くし、砂漠は地を覆い尽くす。


わかるまい。

それらは太古から連綿と、ゆるゆると作り上げられてきた、狂えし人間が世界に成した究極の罪の集合だ。


爆発的に増殖と文明の進化を繰り返した忌むべきウィルスや寄生種をして、即ち人間と呼ぶのだ。


人が数多持つ究極の物語の結末。世界の終末は近い将来、誰しもに等しく訪れることだろう。


これこそが定められた予定調和である。逃れられぬものである。


文明や科学の進歩などという究極的には脳の麻薬に還元してしまう一切に骨の髄まで侵された、狂えし人の仔にはわかるまい。


既にして、世界の終末を告げるラッパを吹く使者は訪れている。

古の世に舞い立ち、破壊を許された天使が背徳の街のすべてを焼き尽くしたかのように。


見るがいい。

無限に隔てた境界の中での、この世界の有り様を。

親は子を殺し、子は親を食い尽くし、世界を他者と己に分け隔て、競争と骨肉の争いを命が消える瞬間まで意識する狂った世界を。


聞くがいい。

大地は荒れ、季節は狂い、海は大地を呑み込み、あたかも宴のように音を立てて崩れゆく世界の断末魔の叫びを。


想像してみるがいい。

神の放った紅蓮の焔はやがて己と年端も行かぬ幼子達を、老人達を焼き尽くす。


やがて人は知るだろう。

深い絶望と後悔。阿鼻叫喚の中で苦痛と憎悪に泣き叫ぶしかなくなった、果てなき地獄の世界を。


理とは常に己の内に秘められているものである。本来見ないふり、気付かぬふりで平気で押し通せるものではない。


世界は元来傾いているのだ。

余計な力を加えずとも、たった一かけらの雪の玉が雪崩さえ引き起こすように。

蝶がひらりと舞う羽の動きさえ巨大な風に変じてしまうように。


悪戯に操ろうとせずとも、世界はそもそもヒトの手にどうにか出来るものではない。


世界は揺るがない。

世界は人の下に属さない。

世界は人の行く末と共に、ただ滅んでいくだけである。


人の存在が罪だというのならば、命の灯が消える瞬間まで人は世界と調和するべき宿命と、贖罪を負った存在でなければならない。


世界は滅ぶべくして滅ぶ。


ゆるゆると狂い続ける罪深き人の仔に世界の滅び行く高らかな鐘の音は、さぞかし澄み切った音を立てて大地に響き渡る事だろう。


その時、真なる世界は本来の形を取り戻すのだ。

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