悪夢・出逢い・真下

9


コツ…コツ…コツ…。


一人で廊下を歩く足音だけが、やたらとうるさく響き渡る。


ここはどこだろう…?


学校の…廊下…?


あれ…?これって…。

いつか、どこかで見た光景だ。

そう…あれは確か。


コツ…コツ…コツ…。


そうだ。

いつかの夢で見た景色と一緒なんだ。


これが世に言うデジャビュというヤツなのだろうか?


取っ散らかった記憶を再構成する時に脳という奇術師が起こす記憶の誤認とすり替えのマジックだ。


なんだか身体がふらふらした。麻酔にでも打たれたように頭の芯がぼおっと霞んでいる。


ビーカーの底に溜まった沈澱物のような気分だった。

思考の底にある記憶はグズグズに淀み、ひどくぼんやりとしているクセに、見たり聞いたりといった感覚は、まるで表面に浮いた上澄み液のように透明で澄んでいて、やたらとリアルに感じるのだ。


人の記憶をごちゃ混ぜに希釈したらどうなるのだろう?


痛いんだろうか?

気持ちいいんだろうか?

それすらわからない。


夢はいつだって不思議で不可解なイリュージョンだ。


苦痛に満ちた悪夢と快楽に満ちた夢心地。

いつだってその境界は朦朧としていて曖昧で、そして訳がわからないから、とてもとても蠱惑的だ。


ふと見当外れな疑問が湧いた。

痺れた感覚の中にあっては快楽と痛みはどっちが勝るのだろう? 同じものとしか感じないのだろうか?


メスで背中をめった刺しにされている事にすら局部麻酔のせいで気付かずに、絶命する瞬間まで強姦し続けた犯罪者もいるらしい。


赤い…真っ赤だ…。


夕暮れか明け方かも判然としない緋色の廊下は延々と続いていて、やはり終わりは見えなかった。


白昼と暗夜。

混沌と秩序。

天国と地獄。

そして彼岸と此岸。


血のように真っ赤なこの世界はきっとあの世とこの世の境にあるのだ。だから黒でも白でもない世界なのかもしれない。


生きているのか。

死んでいるのか。

生きていたのか…?

死んでいたのか…?


赤い霧が立ち込めている。

周囲の景色が一変する。


赤い景色の廊下にはいろんなゴミが散乱していた。


腕や足が欠損した裸のマネキン人形が、俯せだったり仰向けだったり、様々な姿でゴロゴロと辺りに転がっていた。


かさかさとせわしない音を立ててどぎつい色をした女郎蜘蛛が行列をなして白い廊下を歩いている。

夥しい真っ黒いカラスの群れが、貧るように白いマネキン人形を心ないクチバシで突っついている。


ああ…そんなにしたら顔が爛れてしまうのに。

長い髪の女のマネキンは、マネキンのクセにやけに幸せそうな顔をしている。

無数のカラスにズタズタに突かれながら、恍惚とした表情で笑っている。


一匹のカラスがマネキンの目玉をぬらりと引きずり出した。

目の神経か何かがずるり、と繋がったまま飛び出し、やがてそれも鴉の嘴で引き千切られた。


…ふふっ。


ああ、誰だろう…。

女の声がする。クスクスと忍び笑いが聞こえる。

やがてその忍び笑いはいろんな声となって反響し、嘲るようにガンガンと赤い世界を揺らし始めた。


時計の鐘の音がする。


耳が痛い。

頭が割れそうだ。


…ダッダッダッダッ!


誰かが後ろから追い掛けてくる音がする。

捕まったらきっと殺されるに違いない。泣き笑いのような顔でいつの間にか駆け出していた。


…こっちに来ないで!

…うるさいうるさい!

…どうだ!引き離してやったぞ、ザマーミロ!

…こっぴどくやられたな。

…アレをさっさと出せ!

…カワイくてつい。

…死ねばいいのよ!


ギュッと目を閉じていたら、今度は後ろから誰かに羽交い締めにされた。


痛い!

痛い痛い痛い!

苦しい…!


殺される。

けど何も出来ない。


後ろを振り返る。

鈍く銀色に光る仮面を被った怪人が見えた。そいつは黒いスーツを着ている。

ネクタイだけが赤い。


笑っているような半月型の目。

真っ黒な空洞のような目。

その目元の先にまで、ぐにゃりと裂けた口。


思わず顔を背けた。


見てはいけないものを見たら殺されるんだ。だってそう決まってるんだ。


髪をグイと鷲掴みにされた。

怪人は手にギラリと光るナイフを握っている。

逆手に握ったナイフが徐々に喉へと近付いてくる。


「笑え」



制服の女が顔を上げた。


ああ…長い髪が…。

銀色のナイフが…。


周囲の視界がグシャリと鮮血の真紅に染まった。


…ガバッ!


「ぅぐっ!」


起き上がった途端にズキリと痛みが走った。夢の続きのような、全身に行き渡った痺れと痛みの中で成瀬勇樹は完全に目を覚ました。


はっとして勇樹は自分の体を覆っていた銀色の柔らかな毛布を引き剥がした。


自分の喉元に触れ、体を探ってみる。

ナイフが突き立っている訳など当然なく、もちろん部屋の中も何ともない。


僕は確か須藤と争って…。

それから…倒れて…。


ここは…どこだ?


ふと見ると腕と足首に包帯が巻いてある。顔の頬の辺りには湿布にガーゼまであててある。誰かが手当をしてくれたのだろうか?


先ほど見た悪夢のせいか、背中の方にじわりと汗をかいていた。


もっとも、いつかのように裸で寝ている訳ではなく、ちゃんと学園の制服を着ていた。


なんだかひどく恐ろしい夢を見た気がする。


柔らかくて大きな黒い革張りのソファーベッドの上に勇樹は寝かされていた。


…ここはどこだろう?


勇樹は今度は意識的に、改めて部屋全体を眺め渡してみた。


広さにして十二畳はありそうな広い室内だった。

壁はシックなアイボリー柄の壁紙に床はチェス盤のような白と黒の格子模様。


天井にはエアコンの大きなファンがゆっくりクルクル回っていて、湿っぽい季節だというのに室内は涼しく、からりと快適な温度に保たれている。


勇樹の寝ている黒革の大きなソファーベッドが対面にもう一つ。ガラス製の大きな応接用テーブルを挟んで向かい側にあった。


不思議な事に部屋には窓がなく、本来窓があるべきはずの壁にはポートレイトや絵が飾ってあり、側には観葉植物の鉢植えがある。


中世の探偵映画に出てくるような足の部分が丸くなった安楽椅子があった。


一方でビリヤード台があったり、壁には大きなダーツがあったりルーレットまで置いてあったりとオフィスなのか娯楽施設なのか皆目わからない場所だった。


応接用のソファーの近くには棚があり、ファイルや書籍が整然と並んでいる。

そして部屋の奥側の中央には、おそらくはこの部屋の主が座るのだと思われる、木製の落ち着いた雰囲気の机と肘掛け椅子がある。


淡い黄色に近いような暖色系の穏やかな照明の中、天井のファンは相変わらずゆるやかに回転している。


外界の喧騒などまるでお構いなしに気怠いような、それでいてぬるま湯に浸かってでもいるような、どこかゆったりとした時間がここには流れていた。


勇樹は自分の置かれた状況も一時忘れ、ソファから立ち上がった。


…今、何時なんだろう?


きょろきょろと周囲を見渡してみるが、この部屋には時計らしきものがない。


時間にさえ置き去りにされたような、どこか不思議な暖かみのある部屋だ。


「あら、もう起きても平気?」


突然の若い女性の声に勇樹はビクリとした。


怖々、振り返ったと同時に勇樹は思わず飛び上がるほどギョッとした。


白木の枠が鮮やかな白い入口のドア。いつの間にかそこにはイスラム教の女性が着るような紫色のベールを深々と頭に被り、同じく紫色の薄手のドレスに身を包んだ背の高い女性が一人、立っていた。


「あ、あの…」


「あらやだ!そんな化け物を見るような目で見ないで頂戴。別にアタシは怪しい者じゃないわよ」


どう見たって怪しい。


ここの所、自分の身の周りで立て続けにおかしな事ばかり起こっていた勇樹は、ここに到って究極に混乱した。

絶句している勇樹を尻目に、女はまるで自分の家でもあるかのような慣れた様子でスタスタと部屋に入ってくる。

眠気を催すような不思議な香水の香りがした。


「あなたね。カナメが言ってた聖真学園の学生さんって。なかなかカワイイ顔してるじゃない」


「はぁ…あの…」


ありがとうございます、と答えたものか。

勇樹はまだ夢から覚めた夢のようなこの状況に、いまいち頭がついていかない。

カナメとは、あの黒いスーツの男の事だろうか…?


混乱する勇樹をあくまでよそに、女は時代劇に登場する夜鷹のように頭からすっぽりと肩まで覆った紫のベールを外した。


あっ!と勇樹は今度こそ驚いて、思わず声を上げてしまった。


ウェーブのかかった長い金髪がふわりと宙に舞う。そこには明らかに純粋な日本人とは容貌の異なる、ブロンドの髪も鮮やかな女性がいた。


透き通るような白い肌。

高く整った目鼻立ち。エキゾチックなダークレッドのルージュがふっくらとした唇によく似合っている。

睫毛が一際長く、淡く青いコーンフラワーブルーのサファイア色をしたその瞳はキラキラと悪戯好きな妖精のように、勇樹を興味深そうに眺めている。


勇樹は思わず気恥ずかしいような気後れを覚え、慌てて目を逸らした。その姿がおかしかったのか、彼女はクスリと微笑んだ。


指や腕には幾つも高価そうなジュエリーを身につけているが、不思議と嫌味な感じがしない。

それらは彼女の持つ不思議な魅力を、くっきりと際立たせる為に存在しているような感じさえした。

首元を彩るネックレスや、剥き出しの細い足首に着けたアンクレットといったアクセサリーも素人目にも、けして安い物ではない事がわかる。


ジュエリーや宝石などの知識や価値など勇樹はまるでわからないが日本人の中年の成金がギラギラ、ジャラジャラと身につけた醜悪にさえ見える姿に比べれば、彼女はモデルにはうってつけの人物とも思える。


有り体に言ってしまえば、かなりの美人なのだ。


ハーフとはいえ外国人の実年齢などそれこそ勇樹にはわからないが、二十歳かそこらではないだろうか。流暢な日本語と、奇抜な服装にすっかり騙された恰好だが、占い師か何かなのかもしれない。


「どうしたの?ポカンとして?ひょっとして、まだどっか痛む?怪我の方は本当に何ともない?」


「あ、はい!お蔭様でもう大丈夫です。本当にありがとうございました。なんか色々と助けてもらったみたいで…。

…といっても自分に何が起こってるものやら未だに状況が全然わかんなくて…。

だらしない事にさっきまで気絶してて、この通り怪我の手当までしてもらったのに未だに何もわかっちゃいないんですけど…」


勇樹はガリガリと困ったように頭を掻いた。


「ふふっ…なかなかカワイイ寝顔だったわよ。

お礼ならアタシじゃなくてカナメに言いなさい。

…大変だったのよ~。

アイツったらいきなりあなたを肩に担いで帰ってくるなり、

『猫のケンカに巻き込まれたぜ。コイツは比較的おとなしいから手当してくれ』

…ですって。

自分はドラ猫の親分みたいによく暴れるクセに、失礼しちゃう話よね~」


「あ、あの…カナメってあのホストみたいな黒いスーツを着てた人ですか?」


「そうよ。来栖要(くるすかなめ)っていうの。ああ見えて、ここら辺じゃ割と有名な男なのよ。

それにあの変な恰好は別にコスプレとかホストじゃなくて、アイツの商標登録みたいなモノだから、あんまり深く考えなくていいわ。

ホストなんて言ったらアイツ途端にヘソ曲げて機嫌悪くなるわよ」


「はあ…」


勇樹は来栖が不良連中を一瞬で返り討ちにした事を思い出した。ホスト扱いされて腹が立ったのかもしれない。

あの出鱈目な喧嘩の腕前を知った今となっては、須藤達のように軽率な真似をする気にはとてもなれなかった。絶対に敵に回したい相手ではない。


この女性の言うここら辺がどこら辺の場所なのか勇樹には皆目わからなかったが、あの男が助けてくれたのはやはり間違いなかったようだ。出来すぎのような悪夢といい、どうも現実感が伴わない。


「自己紹介が遅れたわね。

私はアリサ・コールマン・ク…。

…ああ、えっと…まぁアリサでいいわ。見ての通り母はイギリス人のハーフよ。この街で占い師をしてるの。…あなたは?」


アリサと名乗った女はそう言うと気さくにパールのブレスレットを嵌めた細い右手を差し出して勇樹に握手を求めてきた。


「僕は勇樹。成瀬勇樹っていいます。聖真学園高校の二年生です」


勇樹は自分の服で汗ばんだ手を拭うと差し出された彼女の白い手と握手を交わす。

ビックリする程、アリサの指先はひんやりしていた。


「ヨロシクね、勇樹」


「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします」


「ふふっ…そんなに緊張しなくても別に取って食いやしないわよ。とりあえず適当に座ってたらいいわ。もうすぐアイツも帰ってくるだろうし、アタシもこの時間はまだ暇だしね」


「占い師の方…なんですよね。

あの…失礼ですけど来栖…さんの恋人なんですか?」


勇樹が興味本位でそう聞くと彼女は驚いたように突然大きな目をパチクリとさせ、続いてクスクスと笑い始めた。


「あはははっ!冗談!

アタシが?アイツと?

アハハハ!おっかし~!

ふふっ…残念ながらそんないいもんじゃないわ。アイツは仕事上のパートナーみたいなもんよ」


「…え?

あの人も占い師なんですか?」


「ううん、アイツは探偵。

アタシは滅多に探偵らしい仕事をしないアイツの仲介役みたいな事をさせてもらってるの。アイツ…探偵のクセに気の向いた仕事や危ない仕事ばかりしかしない奴でさ、浮気の身辺調査や身元探しとかペットの捜索なんか死んでもやらないってワガママ男なのよ」


「はぁ…」


変わった探偵もいたものである。というより探偵とは呼べない気もするが…。


「ここ、住所では一応は歌舞伎町の地下って事になるんだけど、興信所の看板すら出してないわ。

商売する気あんのかって感じだけど別にアタシら、生活には困ってないしね~」


ああ、そうなんですか…と言いかけて、勇樹は思わずハッとした。


「ちょ、ちょっと待って下さい!か、歌舞伎町!?

こ、ここ…新宿なんですか!?」


「ええ、そうよ。

勇樹もずいぶん遠くまで運ばれてきたもんね~。ちなみに今日は6月16日の夜。時刻は夜の8時過ぎってトコかしら」


アリサのサラリとした口調に勇樹はひたすら目を丸くするばかりだった。

例のゴタゴタから実に丸一日経過していた事になる。


「カナメがあなたに聞きたい事があるそうよ。

アイツも何か考えがあってあなたを連れてきたんだと思うわ。例の不良達の件で警察だのなんだのがあの辺をうろついてたし、あなたも怪我してたしね。

変な探偵に関わってしまった以上もう少しだけ付き合ってあげて。ほら、よく言うじゃない?毒食わば皿までって。…ね?」


日常でもあまり使わない諺をよく知っている。というより顔立ちを除けば、ハーフらしさはまるで感じない。

日本語が堪能な芸能人を勇樹は連想した。



「ええ…僕の方も来栖さんに色々聞きたいんで別に構わないんですけど…。

しかし参ったな…。須藤達に巻き込まれたばっかりに…母さん心配してるだろうな…。

あ!そういえばアリサさん!来栖さん、僕ともう一人、髪の長い男を拾ってきませんでしたか?」


「そんな猫ちゃんまでいるの?

さぁ…アタシは知らないけど…」


「そうですか…」


勇樹は再び物思いに沈む。

ある程度、状況はわかってきたが、相変わらず自分の周りでいかなる事が起きているものやら勇樹はまるでわからなかった。


『…川島から預かったアレをさっさと出せ!』


『お前の全てがだ!』


『成瀬。お前なんかには一生わからねぇ…』


アイツは…須藤は普通じゃなかった。一体、奴は何に駆り立てられていたのだろう?


どう見てもイレギュラーとしか思えない今回の騒動。

しかし底深くで何か繋がっているような妙な違和感が勇樹には一層に気味悪く思えてならなかった。

須藤との約束は果たした訳だが、あいつが単純に口を割るような奴だとも思えない。


売春組織。

死んだ由紀子。

彼女が所持していたモノ。

須藤達が探していたモノ。

それらの奥で見え隠れしている何か得体の知れないグループの影。


これらは未だ全体像が見えない、パズルのピースの一つ一つにしか過ぎないのだろうか?

得体の知れない像が形を結んだ時、そこに浮かび上がる絵とは一体どんなものなのだろう…?


はっきりしているのは、何かしらのただならぬ事件の影が由紀子の死を景気に動き出しているということだ。


「難しい顔してるわね」


アリサの深く静かな湖のような青い瞳が勇樹へと向けられている。


「ああ、ごめんなさい…。

一体これからどうなるんだろうって思って…」


一人呟いてみる。それは勇樹の偽らざる本心だった。


焦りに似た不安定な心臓の鼓動。これが俗に嫌な予感と呼ばれる、ひどく感覚的で特に根拠もない動物的な勘である事は知っている。

だが、勇樹はこの感覚を信用する事にしている。


何か…。

このまま放っておけば取り返しのつかない事態になりそうな厭な予感を勇樹は確かに感じている。


それが何に起因するものなのか、モヤモヤとしたこの焦燥感がやたらともどかしかった。

何か根本的な所で見落としをしている(!)ような…。


「そうだ勇樹!お腹空いてない?御飯も食べずに寝てたんでしょ?せっかくだし、何か作るわね」


アリサが場違いに明るい声を出した。見知らぬ勇樹を元気づけようとしてくれている眼差しが凄く新鮮で久しぶりのように思えて、勇樹は思わずにっこりと微笑んだ。


「いいんですか?僕も何か手伝いましょうか?」


「いいのいいの!こう見えても料理は得意なのよ。病み上がりなんだから、ここはアタシに任せて!」


大袈裟に胸を叩く仕種をして、アリサは鼻唄混じりに別の方向にある入口へと向かっていった。


ホッとするようなアリサのその姿に何かしら救われたような気持ちになって、勇樹は再び柔らかいソファーにゆったりと身を沈めた。


「あれ…?」


何だろう?


ふと見ると彼女がいた床の辺りに何かが落ちている。

アリサが落としたのだろうか?

勇樹はソファーから立ち上がり、拾いあげてみた。


「何だこりゃ?」


それはトランプより一回り大きいサイズの一枚のカードだった。

黒地の幾何学的な模様の背景に人の顔をした太陽が描かれている。そのどこか人間くさくて愛嬌のある大陽は泣き笑いのような表情を浮かべている。


裏返してみると、そこには奇妙な絵が描かれていた。


岩だらけのゴツゴツとした荒野に赤黒いローブを纏った人物が立っている。

昇っているのか、それとも沈んでいく様なのか。

地平線から覗く太陽が周囲を茜色に染めていく中、その人物は魔法使いのような格好で片手で杖を天に翳している姿で立っている。


赤黒いローブに身を包んだ人物の顔はフードに覆われていて見えない。老人のようにも見えるし、真っ直ぐに威風堂々と荒野に立つその姿は青年のようにも見える。

光彩の加減か、黒いローブは茜色の空に照らされ、赤いローブにも見える。


上にはギリシャ数字の1。下には『MAGICIAN』と書いてある。


占い等に用いるタロットカードというヤツだろう。


勇樹も実際こうして手に取ってまじまじと見るのは始めてだった。占い師の商売道具だろうか?

どこか神秘的な雰囲気を醸し出したカードである。


「魔術師…か」


その時、白いドアが音もなく開いた。

あの男が立っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る