第5話

 あれからあいつは俺の隣に座ってフツーに授業を受けやがった。

 授業中にクラスメイト達がこちらを好奇の目で見てくるのに。

 うざったいったらない。

 お前らこの間まで俺らのことなんて眼中になかったじゃねぇか。


 現代文の時間とか、フランス語の時間とか、ドイツ語の時間とか、ギリシャ語の時間とか――あいつが発言するたびにクラスメイト達はこっちを、湊を見てる。

 いや、その気持ちは分からんでもない。クラスメイトの中でも影薄かった奴がいきなり美少女になってくりゃ驚くのもわかるさ。


(なんなんだろうな。その気持ちわからんでもないんだが、なんか無性に――)


 無性に。なんなんだろう。

 その後に続く言葉が出てこないまま、時間はいつの間にか昼休みに突入していた。


「あー、やっと終わったー! ねぇ、ユウは昼休みなにするの?」

「……」

「おーい、ユウさーん聞こえてますかー?」


 こいつは一体何をしてるんだ。

 昨日まで男で、俺の隣で馬鹿話をしてた湊じゃないか。なんだよ、とか、お前ふざけんなよっ、とか言って笑い合ってた、湊だ。

 なのに、あの湊の面影は微塵もない。

 驚きだ。


「聞こえてるよ。昼休みなんていつも予定なんてないだろ? それよりお前、その話し方やめろよ……。なんか調子狂うだろ」

「お好みじゃあなかったですかぁ?」

「おいやめろ。ぶん殴るぞ?」

「はは、冗談だよ?」

「まったく……」


 ちょっとため息が出てしまう。

 なんなんだろうか。コイツは。

 話し方についてはあきらめよう。湊は今後こういうキャラで行くのだろう。あきらめるしかない。

 そんな事を思っていると、クラスメイトが何やら集まってきた。

 集まってきた、と言っても三人程度。クラスの騒がしいサッカー部の奴らだ。

 こいつら、髪も染めてて見るからに軽そうで嫌いなタイプだ。


「おい湊、お前いきなり女ってどーいうことなんだよー!」

「そうそう、マジでびっくりしたし! どうしてそうなったんだ!?」

「元男なら、好みの対象は何になるのか説明願いたいところですな」


 ……くだらない。

 お前ら俺らのこといっつも空気みたいに扱ってたじゃないか。

 いつもの湊なら俺と屋上で飯を食うはずだ。

 しかもこいつの性質上――人付き合いは苦手。というより俺以外の人間とあんまりしゃべっているのを見たことが無いから、きっと何も言わずに俺と一緒に屋上に来るだろう。


「おい湊、屋上に――」

「ふふふ、びっくりしたぁ? いやぁ、実はのっぴきならない事情があってね。他の人に話すとだめなんだよねぇ」


 俺が椅子から立ち上がり、「おい湊、屋上行こうぜ」、と言おうとしたときに、あいつは今までにない感じで話し始めた。

 そりゃもう、嬉しそうに。


「なんだよそれ~! 話すと死んじまう系の超常現象にでも遭ったっていうのかよ~」


 ざまぁ、とばかりにこっちを見たクラスメイトは、俺を露骨に無視して湊に話しかけた。


「あと、好みの対象とかそういうのまだ意識した事ないかなぁ。ほら、女の子になってまだ日が浅いから、てか何? やっちゃん私に気があんの?」


 湊、お前なんでそんな奴らと談笑してんの?


「そ、そういう訳ではないよっ!? まったく、湊くんは冗談がうまいですなぁ! はっはっは」

「おいやっちゃん、お前口調変になってんぞ」


 クソくだらねぇ。

 湊がこいつらと話してるなんて、まったく意味が解らん。

 俺は弁当を持って一人で屋上へと向かおうと席を離れようとした。


「あ、アンダーソン! お前どうして朝、湊と手ぇ繋いでたんだよ!?」

「そういえばそうだったな! アンダーソン、はっきりしてもらおうか! お前、湊さんとどういう関係なんだぁ!?」


 こいつら……!

 ――いや待てよ? 今俺が変なこと言ってみろ。それこそ面倒が増す。面白くもなんともない事が増えるだけなんだ。適当に流そう。


「何かの見間違いじゃね? 朝だから寝ぼけてたんだろ。じゃあな」

「お、おい待てよ」

「それだけとか、つまんねー奴だな。なぁなぁ湊、今日みんなで一緒に――」


 湊を連れ出そうと誘いをかけている奴らを無視して、俺はその場から逃げるようにそそくさと屋上へと向かった。



―――――



「――はぁ」


 十分ほどで弁当を平らげ、青空を見上げる。


「もう少し面白くなるかと思ったんだがなぁ」


 確かに、朝の時点ではこれから面白くなるかもしれないと思ったさ。

 でも、大した事件もおこらない。湊は見事なまでに女の子をやっている。むしろ本物の女子より可愛いくらいだ。

 俺の出る幕なんて、これっぽっちもない。

 これじゃあ俺は端役も端役。「ただの湊のクラスメイト」に成り下がっちまった気がしてならない。


 ――俺が求めてるのは、こういうんじゃない。

 ――じゃあ、一体何が望みなんだ?


 自問自答をするも、答えなんて出ない。

 そりゃそうだ。俺は空っぽの人間なんだから。

 世間にあふれてる物語とか、アニメとか、ラノベとか。そういうものが俺は好きなんだけど、それ以外に何もない。

 特段何か闇を背負ってるわけでもないし、伝説の剣を抜いたわけでもない。超能力も使えない。

 所謂、主人公属性なんてこれっぽっちもない。

 ――期待するだけ無駄だったという訳だ。所詮は空っぽ。何もないところからは、何も生まれないのが常なのだ。


 ため息が、止まらない。


「さっきからうざいんだけど、アンタ」


 どっかの女子がなんか言ってるな。

 屋上に居る奴らなんて、ボッチの奴か、俺とか湊みたいな少人数の仲間が来るとこだ。どうせ女子の隣で男子二人が馬鹿やったりしたんだろう。

 俺に言われてるわけでもない。関係のないことだ。

 そう決め込み、俺はため息を吐く。


「――はぁ」

「だから、うざいっつってんじゃん!」

「あいてっ!! は!? なんで俺が蹴られてんだ!?」


 まったくもって意味不明!

 いきなり襲ってきた衝撃にびっくりして目を開けたら、カーディガンを腰に巻いた姉御肌な女子が俺のことをゲスゲスと蹴って来るじゃないか!


「だから、いちいちため息吐いてんなっつってんの! うぜぇんだよ」

「そんなの人の勝手だろう!? 大体、お前に関係ねぇじゃねぇか! 人の溜息の音くらいでキレんなよ!」

「違うっつーの!」

「何が違うんだよ! お前意味わかんねぇよ!? 弁当喰った後でこっちは満腹でいい気分なんだよ! 蹴ってくんじゃねぇ!」

「いい気分の奴がそんなため息吐くかっつてんのっ!」

「はぁ!?」


 だめだ。まったく話が見えてこない。

 いったい何がしたいんだこのアネゴは。

 意味不だ! イミフ!

 そう思ってもう黙ろうかとして、下を向いたその時、アネゴは今までにない位静かな声で、話しかけてきた。


「何が……あったって聞いてんだよ。言ってみな」

「だから意味が――え?」

「何度も言わすな! いいか!? アタシはただ、いっつも相方と楽しそうに飯食ってたアンタが、今日は独りで、しかも溜息ばっかりついてて気になったわけじゃないんだかんな!?」


 ホント意味不明なアネゴだった。


「なんだよ、それ」

「うるさいよ! いいからとっとと言え!」

「……横暴だなぁ、アンタ。もしかして、どっかのヤンキーか? なんつって――」

「やややややや、ヤンキーじゃあないよ?」

「動揺しすぎじゃね?」

「ヤンキーじゃねぇっつってんだろ!!」

「だからキレんなって!」

「ふぅ、ふぅ……」


 なんだよもう。

 面白れぇ奴じゃねぇか。


 そう思ったら、いつの間にか俺は――


「やっと笑ったね? まったく」

「え?」

「いつまでも辛気臭い顔してるんじゃないよ。人間笑顔が肝心だかんね? 何があったかは知らないけど、笑顔だけは絶やしちゃいけねぇ。それだけだよ」


 そう言いながら笑うアネゴはどっからどう見ても綺麗で。

 なんか、さっきまで悩んでたのが馬鹿みたいに思えてきた。

 見惚れているうちに――姉御は「じゃ」とか言って帰ろうとする。

 待て待て待て。いくらなんでも意味不明だ。

 いや、いきなりの優しさにクラっときた感はあるけども!

 こんなに面白そうな人材、逃してたまるか。


「お、おい、ちょっと待て」

「ん? なんだよあんた。まだアタシに何か用があるのか?」

「下村、俺の名前は、下村雄介っていうんだ。皆からはアンダーソンって、呼ばれてる」

「下村……? アンダーソン……ってアンタ、そのまんまじゃないか! はっはっは!」

「う、うるせぇ、笑うなよ」

「はは、覚えたよ。アンダーソン。アタシは宇都木雅。ウツギミヤビってんだ。あんたみたいにユニークなニックネームは着いてないが――好きなように呼んでくれよ。アタシはあんたみたいな男ぶりの良いのは放っておけなくてね。また何かあったら聞いてやるから。これからよろしくな」

「あ、ああよろしく。……姉御」


 俺が言い終えるかどうかと言うところで、雅は屋上から下の階へと続く入口へと向かってしまった。

 あの嵐のような強烈な個性に、しかも姉御。

 あんな面白そうな人材がいたなんて、この学校も捨てたもんじゃないな。

 そんな事を思いながら、俺は昼休みの終わるチャイムの音を聞いた。


「あ、次の授業に遅れちまったな」


 周りを見れば、誰も居ない。


 このまま帰っちまおうかな。


 そんな衝動に身を任せた俺は、弁当箱を袋にしまって立ち上がる。


 大きく伸びをして、思い直す。


 教室には女になりたての湊がいる。


 さっきの雅に比べたら、どうってこともない、フツーの可愛げのある元男の親友じゃないか。


 あいつが居る教室に、もどろうか。


 そう思い直して俺は足と心を教室へと向けたのだった。

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