第50話 第零号検体

 次の日、出勤すると朝一番から所長室に呼び出しを受けた。昨日の事件の報告と配属先認定のためだ。同期入社の生き残りはもう全員配属先に出社している。ほとんどが事務方か研究員だ。合同演習1グループのメンバーは襲撃を受けなかったので生き残ったが、実戦部隊ではなく後方部隊なので、みな内勤となったようだ。


 それにしても昨日は散々な一日となってしまった。せっかくの今日子さんとの初デートだったのに。昼過ぎに着信した緊急救援要請で空気が一変した。現場に最も近かったのが僕と今日子さんだったからだ。


 あの戦場から脱出した僕らは、動物園に到着していた救護回収班に救出され真田総合病院へと搬送された。僕と今日子さんは軽傷だったが、碓氷副所長は腕や足、肋骨ろっこつなど、複数箇所の骨折と打撲、裂傷で今のところ意識不明の重体だ。だが、救いと言えば頭部・頚椎、および内臓系への損傷が少ない事、意識さえ回復すれば何とか助かるらしい。ひとえに超甲武装の賜物と言ったところだそうだ。


 かなり疲労度が高かったはずの小森係長は『今日ははずせない深夜アニメがある!』と言って強引に帰宅した。同期入社で救出部隊を指揮していた藤堂さんは『あんた全然変わんないね。』と笑いながら背中をバンバン叩いて送り出したそうだ。


 小森係長は帰りしなに僕の個室に寄ると、ほぼ全快している僕のあまりの回復力に呆れてこう言った。


「本当に呆れた回復力だな。数時間前に死にかけてたとは思えないぞ。敵もとんでもない化け物どもだったがお前も相当なもんだ。お前が敵でなかった事を感謝するよ。」


「僕こそ、もし係長が来てくださらなかったら本当にヤバかったです。ありがとうございました。」


「『戦闘は基地に戻るまでが戦いだ!』と言われてるが、前回の合同演習でも今回の地下施設からの脱出にしてもギリギリの戦いの中で、お前は良く生きて戻ったよ。死神を退しりぞける……いや、死神をほふる者【ブレイクリーパー】と呼んでやろう!」


「えっと……結構です。」


「えぇっ! なんでだよ!!」


 明らかに不満そうな小森係長だが、その二つ名は流石に中二病感があり過ぎて、僕は苦笑しながら丁重にお断りするしかなかった。


 小森係長は病室を出る時、気になる事をひとつだけ言った。


「一ノ瀬……菱木の事、頼むな。たぶん、の助けになってやれるのはお前だけだ。」


 僕はも『ちろんです!』でと答えたものの、小森係長が何故【】と複数形で言ったのか意味が分からなかった。ただの言い間違いなのかも知れないが、なんとなくその物言いが引っ掛かったのだ。


 結局その日は病院に泊まったものの、真田院長から許可をもらって次の朝一番で退院して着替えてから暁研究所に出社したのだ。



 所長室のドアを軽くノックして『一ノ瀬です。』と名前を名乗るとドアが開けられた。

 ドアを開けたのはコンだった。


「イチゴー、おはようにゃ!」


「おはよう、コン」


「おはよう、一ノ瀬くん。昨日は大変だったわね。」


「おはようございます、小早川所長。申し訳ありませんでした。僕らがもう少し早く到着していれば……。」


 所長は自分のデスクから立ち上がると、僕の話を制して応接テーブルへと案内した。僕の正面に小早川所長が座ると、その横にポテチの袋を抱えたコンがちょこんと座る。


 所長は黒いビジネススーツにタイトスカート、結構体のラインが出る服装な上、大きなリボンを中央で止めてる白いブラウスは、 首筋から胸元まで結構開いているのでかなりセクシーだ。『どう、可愛い?』などと聞いてくるので、僕には『はい。』と答えて苦笑するしかない状況だ。

 コンも褒めて欲しいのか、大きなリボンの付いたピンクのフリフリワンピースのスカートとちょこんとつまんでポーズを取る。

『コンも可愛いよ。』と言うとにっこりと笑って、またポテチを頬張り始めた。あの口の悪かったツンデレ狐がずいぶんとチョロくなったものだ。


 コンの様子を見て苦笑していた所長が、僕に向き直って話しを始めた。何故、副所長があの動物園にいたのか、あの地下施設に潜入する事になったのか? 日影さんの体調がまだ回復していないため、あの日彼から報告があった事だけが語られた。


「あの二人はどうなったのですか?」


「ペットホテルの従業員の子たちは昨日普通に帰宅して、今日は朝早く、就業時間前から張り切って仕事してるそうよ。今日子ちゃんが催眠術で記憶の偽装をしてるはずなんだけど、何か心境の変化でもあったのかしらね。」


 小森係長の部隊が交代で監視と護衛をしているそうだ。


 その後の経緯に関しても小森係長・藤堂係長代行から報告が上がっていた。僕はそこに自分の知り得た情報を追加で報告した。


「そう……、確かにそのカラス男が銀仮面の男をドクター如月きさらぎと呼んでいたのね?」


「はい、間違いなく。」


 小早川所長は少しだけうつむいた。何か悩んでいるのだろうか、険しい表情が彼女の美しい顔に影を落とす。ゆっくりと顔をあげ、何かを決意したかのように僕の顔を見据えると、こう切り出した。


「以前、御茶柱教授と真田先生が語った如月博士の話しを覚えてるかしら?」


「赤熱色の悪魔……クリムゾン・イービルを作った男……ですか?」


「そう、あれはまだ私も日影くんもシャドウの特別構成員になって間もない頃、ある研究所の襲撃メンバーに抜擢されたわ。如月研究所殲滅部隊にね。」


「殲滅部隊……。」


 彼女は語り始めた。如月博士はシャドウが秘匿しているある物の研究をしていた事を。そしてその中でゆっくりと狂っていった事。


「私たちは非合法組織よ。いわゆる悪の組織だわ。非人道的行為だって時にはしなければならない事があるかも知れない。でもね、それでも如月博士がやっていた医療行為といつわった人体実験は看過できないとシャドウ上層部から判断されたの。指揮を取ったのは、初代超甲武装シェイプシフターサイ型ライノセラスの装着者で、今の海外方面本部長【佐川】さん。攻撃部隊長が蜘蛛型スパイダー隊の隊長だった【伊達】君。そしてアドバイザーとして同行したのが如月博士と大学が同期だった【真田】院長よ。」


 大学時代ライバルと呼ばれる程優秀だった二人だが、如月博士は研究の道へ……。真田先生は医療の現場へと活動のフィールドを広げていった。それぞれの分野で名を上げた二人はシャドウにスカウトされる事になった。その後もお茶柱教授の元、各々の得意分野で数々の成果をあげていった。


 そんな時だ、真田先生の娘に異変が起こったのは。


「筋萎縮性側索硬化症[ALS]って知っているかしら?」


「体を動かす為の運動神経が侵され、全身が衰弱していく原因不明の病気じゃなかったかと?」


おおむねそんなところね。真田先生は身体機能を回復・強化させるバクテリアを研究していた如月博士の作り出した坑体細胞に娘の命を掛けたのよ。」


「まさか、その研究所に?」


 僕の問い掛けに大きく頷くと彼女は突入時の事に話しを戻した。


 小早川所長たち殲滅部隊が突入した時には研究員の多くが殺されており、もうヒトではなくなってしまった化け物共の巣窟と化していた。生きているのか死んでいるのかもわからない蠢く肉塊やヒトの意識を残しながら昆虫や動物にされた者。


「皆、一様に『殺して……くれ!』と叫んでいたわ。」


「………」


 話しを聞いているだけでも反吐が出そうだ。全てを焼き払い、燃え盛る炎の中で叫ぶ、数百人以上のかつてヒトであった物たち。殲滅部隊が見た地獄絵図を想像して僕は言葉を失った。


「私たちが真田先生の娘さん【絵真】ちゃんの探索を続けながらたどり着いた研究所の最深部にいたのが、如月博士の作り出した最初のホムンクルス【零号検体】よ。」


 零号検体……シャドウの秘匿物から採取したD細胞を培養して作り出した最初のホムンクルス。全高三メートルを越える巨大な肉塊で、手はあるが足はない。皮膚は透明で筋肉らしき物と内臓と思われる物がむき出しで肉の塊に収まっているという感じだ。

 それを見た瞬間、隊員の何名かはあまりのおぞましさに吐いていた。


 周りを取り囲んでいた機材は倒れたり、崩れ落ちた壁や天井に押し潰され火をあげていた。壊れた水槽から這いずり出した零号検体は倒れていた研究員たちを腕や触手で引き込むと同化していった。そして肉塊の中心部に巨大なひとつ目が現れ、殲滅部隊全員をギロリ見渡すと口もないと言うのに『キィーーギョーーークワーーーッ!』と奇声を発した。


 伊達隊長の命令のもと、零号検体への銃撃が一斉に開始され巨大な肉塊に風穴が空いていった。崩れ落ちていく肉塊にとどめとばかりに小型ナパーム弾が打ち込まれると肉塊は砕け散り爆炎に飲み込まれ燃え盛った。


 炎の中にひときわ大きな肉塊があり、その中には飲み込まれていたのであろう、一人の白衣の男が立っていた。


「きぃーさらぎーーーっ!!」


 その名を叫んだ男は真田先生だった。


 アサルトライフルの銃口を昔は友であったその肉塊に向けると、躊躇う事なく引き金を引いた。バラバラに砕け散った肉片はスライムのように蠢くと一つに纏まり、子供のような形状を取ると一言だけ声を漏らした。


「パ…………パ………。」


 形状を保てなくなった零号の残骸は水のようにその場で崩れ落ち燃え尽きた。


「あっ、あぁ………あーーーっ!!」


 取り乱した真田先生を取り押さえて鎮静剤を打ち、救護班に引き渡すと、残っていた全てを殺し、焼き払い、そして……隠蔽した。



「絵真ちゃんが零号検体に取り込まれていたのかどうかはわからない。でもね、如月博士の最後を、私達は見たわ。だから信じられない、信じたくない! でも……あなた達の報告にあったビーストオーダー、それにホムンクルス。間違いない、彼は生きていた。これよりシャドウの全戦力を賭しても彼を抹殺する。貴方にも協力してもらうわよ、一ノ瀬くん。」


「はい、微力を尽くします。」


 そう答えながらもタクトは正直、困惑していた。あの合同面接の日、トラックに押し潰され、オリハルコンを体内に宿してしまったあの日からまだ一年も経っていない。元々まともとは言えなかった日常だが、ここまで驚愕するような世界が平凡な日常のすぐ裏にあったなんて。普通の人が聞いたら頭がおかしくなったのだと思われるだろう。

 だが僕はこの世界で生きる事を選択したのだ、大切な人達を守るために。この日僕は初めてそう強く認識した。


「最後に一つだけ教えて下さい。シャドウの保有している秘匿物って何ですか?」


「あなたには近いうちに直接見てもらう事になると思うわ。あなたと、貴方の中にいる玄武に意見を聞きたいからね。もちろん他言は無用よ。」


 人差し指を立てて軽く唇に触れた小早川所長は、そう言うと研究所の地下深くに封印されている秘匿物の形状について語り始めた。


「それは、頭に巨大な二本の角を生やし、漆黒の翼を持つヒト型の生物………よ。」




 ーつづくー

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