第34話 意地と執念

 バスジャック演習の襲撃から帰還したイラは自室に引き込もっていた。

 戦闘員【E】……あの男に手も足も出なかった。蜂女には体を貫かれた。すぐに傷口を自らの炎で焼いて処置をしたので、致命傷には至らなかった。だが、正直完敗だった。

 悔しさで涙がこぼれた。仲間に泣いている所など見られる訳にはいかない。怪我を理由に自室に引き込もったのだ。


 詳細報告はグラウに任せたのだが、あの通りの者なので要領を得ないと教祖のルーさんが何度か部屋を訪ねてきた。

 それさえも怪我を理由に追い返したのだ。


 あれから既に1週間が過ぎた。傷も完治したので、大罪司教たちが集まる談話室へと足を運んだ。敗北の悔しさはまだ残っているがいつまでも落ち込んでばかりもいられないのだ。


「よう、イラちゃん元気になった?」

「イラさん、大丈夫っスか?」

「イラ、もう大丈夫なのか?」

「イラたん、もー大丈夫なンだナ?」

「………もう、みんなが……言った。」


「御心配かけてすみませんでした。」


 談話室には色欲のルクスリア以外の大罪司教が集まっていた。


「それにしてもイラちゃんがあそこまでやられるなんて、俺もシャドウちょっとなめてたわ。超甲武装シェイプシフターだっけ、そこまで凄いのかよ。」


 ベルフェゴールの疑問も無理はなかった。私もグラウも戦闘に関しては抜きん出ていた為、傷だらけで撤退してくるなど誰も思ってもいなかったのだ。


「グラの報告では、戦闘員は全て倒したとあったが間違いないのだな?」


「………はい。最後のひとり、人質を乗せた装甲車のドライバーも車から逃げ出した所をグラウが捕まえて魂の浄化を行いました。」


 イラは教祖のルシフェルの質問に嘘をついた。グラウには全員浄化したと言わないと燃やし尽くすと脅しておいたのだ。

 戦闘員【E】アイツは必ず私が倒す! これは他の誰にも譲る事は出来ないのだ。


「それならば良かった。どんな悪党であろうともグラウの浄化によって救われれば、来るべき世界では誰もが過去の罪を許され、幸福が約束されるのだ! 罪ある者は全て浄化されねばならない。そして誰もが幸福な世界で生きる権利があるのだ。」


 流石は傲慢の罪と言われるだけの事はある。ルーさんの哲学は相変わらずだ。正直言えば、私は来世での幸福など信じてはいない。

 私が信じているのはルーさんの人柄であり、信者の仲間たちの優しさだ。だが、それすらもルーさんが力を授かり、大罪司教などという者達が集まり始めた頃からドンドン胡散臭くなってきている気がするのだ。


 ジャスティス教団では信者のランクがあり、上級ランク以上の信者は全ての資産・財産を投げ打ち教団に帰依する事で、衣食住全てが保証された自由の神の楽園【エデン】に住まう事が出来る。世俗との繋がりを断ち切る事で真の自由を得られるのだと言う。


 普通であれば、まさに胡散臭く思うのであろうがルーさんが見せる奇蹟によって救われた信者達、またその奇蹟を目の当たりにした者達はそれを受け入れてしまうのだ。


 それこそがルーさんこと、傲慢のルシフェルの【罪】の能力なのだろう。


 この事について深く考えようとすると思考に霧が掛かり始める。所詮は私も罪に縛られ、過去の怨みに縛られ、夢も希望も持たずにただ目的の為に生きてきたのだ。だから、自分のしたいように出来ているうちはそれ以外はどうであろうとも良いのだと思う。

 これが自らの思考停止なのか、何者かの能力なのか……だとしても。


「イラにあれほどのダメージを与え、グラウもズタボロにされた訳だ。シャドウとの関わり方も慎重に考えていかんとならんかも知れんな。とは言え悪を放置する訳にもいかん。マモンこれからも情報収集を頼むぞ。」


「かしこまりました。ルシフェル様。」


「けっ、俺と話す時と随分違うじゃねぇか、マモちゃんよー。」


「僕だってTPOくらい使えるんスよ。」


 怠惰のベルフェゴールと強欲のマモンはいつも通りの仲好しぶりだ。


「シャドウにもかなりのダメージを与えたとは思いますが、我々の正体も所在地も割れているわけですから、防御の為の対策も考えるべきではありませんか?」


 私の意見にルーさんは耳を傾けてくれたが、都心の一等地にある教団本部には周りの目もあるので簡単には仕掛けて来れないだろうとの見解だった。

 とりあえず、ベルさんが警察を上手く使って警戒を厳重にするとの事だ。ルーさんの意見は正しいのかも知れない。でも直接戦った私はそれを認める訳にはいかない。


超甲武装シェイプシフターを甘くみてはいけません。奴等は一人で我々と同等以上の力を持つ者達なのです。少人数で乗り込んで来る可能性だってあります!」


「少人数……望む……ところ。……私、皆殺し……する。」


 私の反論に、珍しく嫉妬の罪であるレヴィディアが意見を述べた。


 長い黒髪とその辺のアイドルも負けない端正な顔立ち。胸元と抜群のスタイルを見せつけるような、ボディーラインをくっきりと魅せる真っ赤なVネックのタイトドレスに身を包んだ彼女は、その見た目と裏腹にグラウにも負けない怪力の持ち主だ。


 そして口数の少ない彼女だが、一度口にした事は必ず有言実行する。そのような人物なのだ。だから彼女が口にしたのならその通りの事になると暗黙の了解が出来ているのだ。


「イラの言う事にも一理ある。マモンの情報収集とともに教団として何が出来るか考えてみよう。それでいいか、イラ。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「各自個人行動はできる限り避けるように注意してくれたまえ。」


「「はい。」」


 ルーさんが談話室を退出すると私はマモンに話かけた。


「マモンくん、暇な時でいいんだけどちょっと調べ物手伝ってくれないかな。」


「今、時間あるんでいいですよ。 コンピュータ室行きましょうか。」


「おおっ、まさかマモちゃんらぶ? ねえ、らぶ?」


 ベルさんが僕をちゃかしてくるので『ベルさんはあとでかまってあげます。』と言うと『ちぇっ!』と言ってジト目で僕らを見送った。


 談話室に残ったのはベルさん、グラウ、レヴィさんの3人だ。僕はあの3人で愉しげにしゃべっているのを見たことがない。一体どんな話をしているのか気になるが、珍しくイラさんの方から声を掛けてきたので今はそちらが優先だと思った。


 教団内では信者の家族を除くと僕が最年少だ。信者の中には僕を子供とあなどり、バカにして来る者も多い。だから他人との関わりを嫌う僕にとってはベルさん以外では、年齢の近いイラさんにはわりと好意をもっている。


 あくまで好意だ。LOVEではない。イラさんにしても、レヴィさんにしてもかなりの美人である。談話室以外では顔の上半分を仮面で隠しているため、素顔を知らぬ人が多いのだがそれでもあの2人の人気は高いのだ。

 たぶん素顔を見たら失神する者が出かねないレベルなのだと思う。


 だが、僕は知っている。あの2人の機嫌を損ねると、四肢をばらばらに引き裂かれるか、黒焦げに焼かれてばらばらに砕かれるかのどちらかになると。

 僕はいつ爆発するか分からない時限爆弾に恋愛感情を抱く気にはならないのだ。


 僕はコンピュータ室に到着するとイラさんに 何を調べたいのか尋ねた。


「以前私が起こしてしまった、輸送トラックの事故についてのニュースを集めて欲しいのよ。」


「事故の何が気になるんスか?」


「ドライバー2名が死亡。それ以外の負傷者に関しての記載が何処にもないのよ。あの場にはあと一人いたの。間違いなく。」


 イラさんが何故その一人にこだわっているのかが分からないのだが、確かにどの記事を見ても事故の被害者はその2名のみだ。


「遺体が運ばれたのは、現場の近くにあった真田総合病院のようッスね。救急車は1台しか現場に出場してない。もし、負傷者がいたのならその病院に担ぎ込まれた可能性が高いんじゃないスか?」


「マモンくん、当日の入院患者の名簿手に入らないかな?」


 病院の、しかも入院患者の個人情報だ。簡単にはいかないだろう。だが、何だろう。イラさんは毒を受けていたとはいえ、見間違えたとは思えない。なら、もう一人の負傷者は何処に行ったのか? ワクワクして来るじゃないか!


「イラさん、少し時間を下さい。絶対に手に入れて見せるッスよ! 任せて下さい。」



 あれから3週間……。マモンが手に入れてくれたリストから子供と女性を削除し、残った男性の住所をしらみ潰しに確認して回った。


 残るは一人。最後のひとりは住所を変えていたが、転出届けからマモンが調べてくれた。


 和泉市いずみし 平森ひらもり……私は駅に降り立ち、改札を抜けると駅前広場に足を踏み入れた。住所を確認し目的地に歩き始めたその時だ、私の体に電流が走った!


 目的の彼がすぐ目の前に立っていたのだ。


 見つけたよ……【E】。

 いや、


 彼女は今までの人生で一番冷たい、そして周りの人が寒気を感じる様な笑顔で笑った。




 ーつづくー

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