第25話 大虐殺のゆくえ②


 僕はハンドレールガンのモードを最低レベルのショックガンモードに変更し、まだ僕の胸の中で震えている少女に突き付けた。

 トリガーを引くと彼女はガクンと震え、気を失う。もうこれ以上この惨状を彼女に見せる訳にはいかなかった。


 僕は背の高い草むらに彼女を目立たないように寝かしつけると、触手を伸ばして仲間達を襲っているグラヴに向き直りゆっくりと歩き出す。


 正直恐ろしい。あんな化け物と戦うなんて。ひざはガクガクして力も入らない。でも……でも逃げない。僕は仲間を見捨てられない。ここで僕が逃げれば仲間は全て奴に喰われてしまうだろう。草むらに残してきたあの少女も。

 せめて、時間を稼ごう。アイツを倒せないとしても、仲間の救援が来るまで。生き残る細い糸を手繰り寄せるのだ。


 僕は両手で自分の顔をパンっと叩くと『パチン』という金属音……僕は仮面を付けていたのを忘れていたのだ。余裕なんて1ミリたりともない。だが、僕の口元には軽い笑みが浮かんでいた。

 僕は心に強く念じながら、それを口にして走り出した。


「我が召喚に応え、でよ【水虎すいこみずち 】、我が呼び掛けに応じ、再び力を貸してくれっ!」


『承知!』


 どこからともなく耳元に蛟の声が響くと体に何かがスルリと入り込む独特の感覚がした。


 正直なところ召喚に応じて力を貸してくれるのか半信半疑であった。だから蛟の声を感じた時は内心ホッとした。だが依然安心できる状況ではない事は理解していた。グラヴの前に立つまでのほんの数秒の間に蛟との打ち合わせを済ませる。


 グラヴの触手の間合いまで走り込むと、右手の表面に作られた薄い水流の膜で触手を斬り付ける。

 触手は鋭利な切断面で切り裂かれ、先端のハエトリグサは絡め取っていた仲間と共に地面に落ちると急速に枯れ果てた。


水虎水刃すいこすいじん!」


 僕は残りの触手も切り裂いて捕まっていた仲間を解放する。だが、仲間達はハエトリグサの毒にあてられたのか身動きする事も出来ない状態だった。


「お前なんなんだナ。凄く痛いンだナ。頭に来たんだナ!」


 グラヴはその場で地団駄を踏むと不気味な顔の縫い付けられた口を歪めて怒りをあらわにした。

 横転した輸送車からは相変わらず悲鳴が聞こえてくる。なんとかグラヴをここから引き離さないと。


 僕はグラヴの方を向きながら触手の攻撃範囲から距離を取った。するとグラヴは触手を一旦背中に引っ込め、僕の方に向かって突進して来た。当たれば洒落にならないくらいのダメージを受けるであろう大振りのパンチをかわしながらグラヴを誘導していく。

 スピードと目の良さはこちらが上のようだ。パンチの風圧だけでもはね飛ばされそうな状況の中、仲間と隊長達1係のメンバーが戦っている辺りをを目指した。


 だが僕は分かっていなかった。目の前の強敵、大罪司教と渡り合う事が精一杯で全体の状況を把握する事などまるで出来ていなかった。


 僕は見た、見てしまった。目の端に写った光景。僕の目指した先……そこには絶望が広がっていた。


 大罪司教のイラが仮面の外れた坪内の首を掴み、片手で高々と持ち上げていた。脇腹に強烈な一撃を叩き込まれ、内臓が破裂したのだろう。口から大量の血が溢れ出ていた。そしてその場に、他に立っている者などもう誰一人としていなかった。


 僕はこの時ショックで棒立ちになっていた。そんな僕をグラヴが見過ごす訳もなく、強烈な一撃を顔面に喰らって吹き飛ぶ。蛟が防御波紋で威力を逃がしていなければ一撃で殺されていた。


 軽い脳震盪のうしんとうだろうか、僕はバランスを崩して立ち上がる事が出来ない。グラヴは口元に笑みを称えゆっくりと近づいてくる。


 その時だ、1台の大型トレーラーがグラヴめがけて飛び込んできた。それはスクールバスをこの地点に強制誘導して来た時に使用された車輛だった。トレーラーはアクセルをベタ踏みでグラヴに向かって突進してきた。

 ブレーキをかけること無くグラヴをはね飛ばし、数十メートル先で速度を落とすとゆっくりとターンを開始した。


「ムッかムッかぷーん! ムッかムッかぷーん! ムッかムッかぷーん!!」


 ゆっくりと起き上がるグラヴは意味不明な言葉を唱えながらトレーラーに向き直るとドスドスと大地を蹴って走り出した。

 トレーラーの運転手もまたグラヴに向かってアクセルを踏み込む。どちらも一歩も引かず両者は正面から激突した。


 先程ははね飛ばされたグラヴだが、今度はしっかりと地に足を穿ち重心を落としてトレーラーの激突を受け止めると、フロントガラスをぶち破り中にいた運転手を引きずり出した。ぐったりとしている運転手の左手を掴むと大きく振りかぶってそのまま地面に叩き付けた。


「ムッかムッかぷーん! ムッかムッかぷーん! ムッかムッかぷーん!!」


 グラヴは運転手の左手を握ったまま、持ち上げては叩き付け、持ち上げては叩き付けた。何度も何度も地面に叩き付ける。何度も、何度も……。


「もう、やめろーーっ!」


 僕は拳に気力を込めると、拳を付き出すように蛇霊の気をグラヴに向かって解き放つ!


「うぉおおぉぉぉ! 切り裂け、蛇斬咬じゃざんこう!!」


 蛇の姿を模した水のやいばがグラヴを直撃し、全身の皮膚を切り裂いた。だが、グラヴの皮膚の下にあったのはヒトのそれとは全く違う、緑色の筋肉……いや、それは先ほどまで背中から伸びていた触手が束になった様な物だった。コイツはヒトじゃない、ヒトの皮を被った本物の化物だ。


「コイツを壊したら、次はお前の番……ナンだナ。」


 こんな化物に勝てる訳がない。僕の心は恐怖に支配されていた。

 グラヴがもう一度運転手を地面に叩き付けると仮面と一体化したヘルメットが壊れて外れた。運転手は僕の知ってる男だった。


「犀川……おい、ふざけるなよ。起きろよ犀川!さいかわーーーっ!」


 ボロ雑巾になった犀川をグラヴは容赦無く踏みつける。犀川は腕も脚も普通ではない形に歪んでいた。

 アイツはきっと僕を助けに来たのだ。イラとの戦闘で無傷な者などいるはずがない。それでもアイツは助けに来たのだ。僕を助けに……。恐怖で萎縮した僕の心が怒りで満たされていく。


 僕がグラヴに向かって飛び出す瞬間、先んじてグラヴの腕をとり、犀川への攻撃を止めた者がいた。それは大罪司教のイラであった。


「今日、私達はここに戦いに来たのだ。断じて戦闘不能な相手をなぶりに来た訳ではない!」


「でもでもコイツがぷーんナンだナ。」


 態度を変えようとしないグラヴにイラは掴んだ腕に力を込めて炎を纏わせた。


「熱い熱い! ごーめんなさーい、ごーめんなさーいだナ。もー分かったンだナ。」


「敵の増援がいつ来るか分からない。早く自分の仕事を済ませるのだ。自分が何をしに来たのか思いだせ!」


 グラヴは玩具を取り上げられた子供のように、トボトボとイラが倒した襲撃部隊の戦闘員達の方に向かって歩き出した。


「SEED《シード》の回収に行ってくるンだナ。」


 イラは『チッ!』と舌打ちすると僕の方に向き直る。呆然としていた僕に強烈な回し蹴りを喰らわせた。数十メートル吹き飛ばされた僕に言い放つ。


「少しはヤルようだけどもうそこで倒れていなさい。貴方では私達には勝てない。そこの彼が助けた命、大切になさい。」


 助けられた……のか? 何故? 

 首を少し横に傾けるとグラヴが触手を使って仲間達を背中のウツボカヅラに放り込んでいた。放り込んで暫くするとその人間を吐き出している様だった。


 僕は涙を流していた。僕には何も出来なかった。誰一人救う事は出来なかった。自分さえ守る事が出来ず、犀川に助けられた。

 僕のせいだ……僕達の班がつけられて奴等をここまで来させてしまった。僕が奴等の気配にちゃんと気付いてさえいれば……。


 先程までの怒りが消え去り、後悔で胸が押し潰されそうになる。止まらぬ涙と嗚咽おえつで仮面のモニターが白く曇る。


「力が……欲しい……。奴等のと渡り合える力が。守りたい人を……守れる力が。あの化け物共を……凌駕する力が!」


 僕の視界はいつの間にか真っ白な、白一面の世界になっていた。そしてそこには白髪の初老の紳士が立っていた。



ーつづくー

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