第21話 スクールバスジャック演習

 晴れ渡る空には雲一つない良い天気だ。僕は例の黒タイツの上から警備員の制服を着て、安全ベストを付けて信号灯を振っている。なんかとてつもなく微妙な気分だ。


 1班の立てた襲撃計画では3班から5班が道路工事や車輌事故を装い、バスをこちらの襲撃計画ルートに誘導する。6、7班が、最終ルートへの誘導と大型車輌を2台使っての襲撃地点への強制誘導と目標の包囲を担当する。3班が先回りして目標地点での襲撃を行い、4班は襲撃地点の封鎖、5班が対象の確保と輸送を行う予定だ。

 2班は目標の追跡と作戦終了後の証拠隠滅。緊急時の救護活動と補助が担当となっている。


『5班、目標が接近中、各自準備よろしいか。』


 無線で指揮担当の1班から連絡が入る。僕らの班は工事を装い襲撃ルートへの誘導を行うのが目的だ。各自装備のチェックを行い、班長への報告を行う。


「5班全7名、準備良し!」


『了解!』


 僕は信号灯を振って直進する車を左の道へ誘導を開始した。ほどなくして篠宮学院のスクールバスが到着すると、僕の誘導で左折して行った。数台おいて2班の尾行チームの車が通過した。


 班長が本部への報告を終えると、全員が撤収準備に入る。急ぎ撤収を終えて移送の準備をしなければならない。全員があわただしく動き出したその時だ、僕はわずかに殺気のを感じた。それが自分達に向けられた物かどうかも分からない……それ程わずかな物だった。班長に報告すべきか?動きが止まっている僕に班長の方から声をかけられた。


「どうした一ノ瀬?動きが止まっているぞ。早く撤収準備を進めたまえ。」


「班長、先程微かにですが、殺気というか、刺す様な強い気配を感じました。すぐに消えたので通過した車輌のいずれかかも知れません。我々に対してではない可能性もあるのですが。」


 各班の班長は警備部1係の隊員達が担当していた。うちの班長の【田所たどころ まなぶ】は1係副長の坪内のような剛のタイプではない。生真面目さや慎重さが顔に出ているようなタイプの人だ。


「一ノ瀬、お前の噂はいろいろ聞いている。俺達には分からない何かを感じたのかも知れないな。注意するに越した事はない、副長に報告を上げておこう。一ノ瀬は作業に戻れ。時間がないぞ!」


「はい、了解しました。」


 班長の田所さんに振った事で、自分の中ではこの件に関して注意や危機感がなくなってしまっていた。安心してしまっていたのだ。この事が僕を深く後悔させる事になるとはこの時点では思いもしなかった。



 移動用の車から1班の用意した輸送車輌に乗り換えると襲撃合流地点へと向かった。その途中で本部から連絡が入る。


「はっ、了解しました。一ノ瀬、お前の報告通り2班の尾行チームを追跡していた者達を捕らえたそうだ。」


 報告ではやはり聖正義ジャスティス教団の信徒達であった。捕獲チームは2班のサポート班が行ったようで、大罪司教も関わっている可能性もあるとの事で捕獲も慎重に行われたようだが、搭乗者に大罪司教は居なかった。


「そうですか、ホッとしました。ありがとうございました。」


「こちらこそだ、一ノ瀬。こんな新人の訓練にまで介入してくるとは、教団の動きが活発化しているが、奴等の目的が皆目分からんのだ。まあ、分からん事は考えても仕方がないがな。」


 田所さんはそう言うと襲撃地点へと車を急がせた。


 山中の少し開けた採石場のような場所に2台の大型トラックに挟まれるような形でスクールバスは停車していた。トラックに運転手を残し、残りの戦闘員はバスを取り囲むように配置していた。


「3班、バス内に突入し速やかに人員を連行せよ!」


「「サー!」」


 3班は坪内の号令によりバス内に突入する。電磁警棒で武装した戦闘員達が車内を制圧し、学生たちを順に車外に連行していく。

 僕は学生達を輸送車輌に迎え入れた。


「こちらです。奥から順番にお乗り下さい。」


 僕の案内に対して一人の女生徒が物凄い形相でにらみ付けていた。


「あなた、なんなんですの?いくら演習とはいえ、わたくし達に対する態度は!誘拐ですのよ、拉致する相手に気を使ってどうするのです。あなたはそれでも誇り高きですの?もっとシャキッとなさい!シャキッと!!」


「あ、その……すみません。」


「だ・か・ら、その態度がダメだと言ってるんですのよ!」


 僕は廊下に立たされる小学生のように棒立ちのまま女生徒に叱られ続けた。


「もっと、こう!『とっとと歩け!』みたいな。」


 身振り手振りを交えながら僕に一生懸命個人指導をしてくる。何かその姿が微笑ほほえましくてつい苦笑してしまった。


「何を笑ってるんですの!」


 仮面の上からでは表情は読み取れないはずなのに間髪入れずに突っ込まれた。勘が鋭いのかなんなのか、まるでどこかの所長の様だと思った。

 僕がどうすればいいか返事を迷っている時それは起きた。隊員の誰かが採石場の入り口を指して『誰か入って来るぞ!』と叫んだのだ。


「入り口を封鎖していた4班はどうした?」


「連絡取れません!通信ジャミングを受けています。本部とも連絡が取れません。」


「緊急回線で本部に情況報告、至急応援要請を出せ!全部隊に通達、思念感応球体アミュレットスフィアによる短距離通信に切り替えろ!」


 現場で通信兵への指示を出した坪内は入り口からたった一人で歩み寄る白い影を目視しながら各班に指示を出す。


「各班散開!ハンドレールガン装備で敵を包囲せよ!ひよっ子共は身を守る事を最優先。私が奴に攻撃を仕掛けてスキをつくる。5班は協力者の保護をしつつ脱出せよ。」


 白いローブを深々と被ったその者はゆっくりと一歩一歩大地を踏み締めるように近付いてきた。こちらは30人以上……それにも関わらず、敵はたった一人で悠然とこちらに向かって来る。坪内は確信した、間違いない!こいつは聖正義ジャスティス教団の大罪司教だ!!


「そちらにも感の良い奴がいた様なんでね。かなり距離をとっての尾行でだいぶ時間が掛かってしまったけど、ようやく尻尾を捕まえたよ、シャドウの皆さん。」


 そう言うと白いローブの影はゆっくりとこちらを見回した。戦闘員達は半月状に包囲を広げながらも、坪内はひとり白いローブの者に慎重に近付いて行く。


「自分は女王蜂クインビー隊・副長Q02。我々はお前ら教団とは争う気はない。手を引いてはもらえないか?」


 白いローブの者はうつむき肩を小刻みに震わせ、声を絞り出すように口を開いた。


「手を、引いてもらえないだろうか?……だと。くっ、ふふふ……あははははぁ。貴様ら非合法な武装集団は我々の作り出す平和な未来には不要!我が罪の力を持って天へと帰るがいい!行くぞ、変身!!!」


 純白のローブを鮮血のような真っ赤な炎に包んで、その者はおぞましい異形のバッタへとその姿を変えた。


「 我が名は ジャスティス教団 大罪司教【憤怒のイラ】君らを神の元に帰す者の名だ。」


 ーつづくー

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