第2章 バスジャック演習の諸事情

第15話 ランクE

 格闘技訓練と講習の日々が始まった。新入社員と言っても年齢層はかなりまちまちだった。ほとんどの新入社員がグループ企業からの推薦であったり、スポーツや武道をたしなんでいる者達であった。


 僕が受けたグループ企業の合同入社試験は僕のような他の人にない能力の持ち主を選出する為の仕掛けが随所にちりばめられていた。


 面接会場にいた女性の面接官も、僕は幽霊だと思い込んでいたが、実は【ローレライ】と呼ばれる能力者で波長の合わせた人に自分の思い通りの台詞を喋らせる事ができるらしい。


 副所長・日影さんのお姉さんで、秘書課のスーパーエリートだそうだ。そしてやはり可視光線を調節して消えられる能力はあるようで自分の事を見る事が出来た相手に対して将来の展望についての質問に【世界征服!】と言わせていたようだ。面接官が目を丸くして『世界征服……ね。』と言って流されたのは【バカな事を言ってる】と呆れられたと思っていたのだが、要チェック対象者だと認識されただけだったのだ。


 そうとは知らない僕は、あの後落ち込んで散々な結果となった上、あの事故の起きた公園に向かう事になった訳だ。原因を作ったお姉さんには一度文句を言いたい!そう思っていた。


 話がだいぶ逸れたが、僕のように合同試験で何らかの適性を見いだされた者達は一般入社組と言われ、当然スポーツ、格闘技の経験もなく、成績はランクDかEがせいぜいだった。


 僕は一般入社枠ではあったが、科学技術部門の責任者【御茶柱おちゃばしら 達郎 たつろう】教授の特別推薦枠での入社であったため最初の頃は『特薦枠』とか『救世主』とか身の丈に合わないふたつ名で呼ばれていた。


 ちやほやされた事などない僕は嬉しくもあり気恥ずかしくもあり何とか名に恥じぬ結果を出したいと頑張った。だが……。


 格闘術の先生は『君らは特殊な能力を買われての事だから』と笑って励ましてくれたものの、僕の実習ランクはオールランクEでかなりへこんだ。そして僕のふたつ名は最近『ランクE』に落ち着いた。妥当だがちょっと悲しく思う。


「よう!一ノ瀬くん。今度、格闘術の模擬戦やらないか?」


 声を掛けてきたのはランクAの【犀川数馬さいかわかずま】だった。

 柔術・剣術・合気道、中国拳法までかじっており、基礎知識から機械アイテムの操作に至るまで非の打ち所のないエリート様だ。


「犀川先輩、僕ごときでは相手にならないどころか、戦闘にすらなりませんよ。声を掛けて頂けるのは有り難いですが、もう少しご自分の為になる方を選らんだ方が良いかと。」


「一ノ瀬くんだけだぞ、同僚の中で僕を先輩と呼ぶのは。同じ年なんだ勘弁してくれ。」


 この人は照れ隠しの笑顔ですらマジで眩しい。この人には天も二物を与えてしまうだろうと僕はおもった。


「陰で君がランクEと呼ばれてるのは知ってるが、同じ仲間だ。僕が他人に教えられる事など大してないが、少しでも君の役に立つことが出来ないかと思っているだけだよ。」


 この人はイケメンで優等生で気配りのきく……ややお節介気味ではあるが良い人なのだ。僕の中では【先輩】か【委員長】以外の形容詞が思い浮かばない。


「君の事を悪く言ってる奴等もいるが、僕はそうは思っていないんだ。今まで君の実技を見ていて気が付いた事があるんだよ。」


 正直なところ、犀川が僕のようなEランクの事を注目し観察していたなど驚きしかない。まあ、【救世主】などと呼ばれて悪目立ちしてしまったのがきっかけだとは思うのだが。

 一呼吸おいて先輩の話しは続いた。


「最初は格闘術に不慣れな事が奇妙な動きに繋がっているのだと思っていた。だが違っていた。たぶん君は相手の動きの先が見えているのではないか?その先読みに体の動きがついて行けていないだけなのではないか?……と思うようになった。そうして見ると君の奇妙な動き、重心移動などに全て説明がついたんだ。」


「嫌だなぁ、犀川さん。深読みし過ぎですよ。僕なんてジタバタしてるだけのただのランクEです。」


「僕は君のは嫌いだ。おちゃらけて自分を卑下して、自分に価値がないように振る舞う。ジタバタする事は……がんばって努力する事はそんなに格好悪いかい?僕は知ってる、君が就業後に残って毎日トレーニングを続けていることを。空き時間にコツコツと積み重ねている努力を。他者の過剰な期待感の重圧に耐えて、少しでもそれに近付こうと……皆の期待に答えようと努力する君を


 見られていた……みていてくれた。今までどんなに努力しても報われる事なんてなかった。がんばっても結果が出なくて笑われて。気味悪がわれて、無視されて。誉められる事なんてなかった。だから隠した。笑って誤魔化して、おちゃらけて照れ隠しで心を守ってた。


「がんばる事にやり過ぎなんてない、まわりが何を言おうと努力は君を裏切らない!だから恥じるな、僕は君を尊敬している。」


 まったく、なんて奴だ。恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなくサラッと言って来やがる。


「まあ、道場の師範だったじいちゃんの受け売りだけどね。」


 こう言うところが男にも女にも好かれる……流石はイケメン委員長様だ。

 僕は犀川に背を向けて答えた。


「わかった。有り難く申し出を受けさせてもらうよ。俺が下手っぴ過ぎて呆れても知らないからな!覚悟しとけよ。」


「大丈夫だよ。君は自分より強い相手を見て、体験する事で強くなるタイプだ。僕は確信している。」


 本当にこう言う奴は苦手だ。長年ボッチを続けてきた僕には刺激が強すぎる。ちょっと目から変な液体が出ちゃったじゃないか、ちくしょう!僕は顔を見られないよう、犀川に背を向けたまま『また、明日!』と右手を振ってその場を後にした。



 犀川と別れたあと、ロッカールームでトレーニングウェアに着替えると研究所の外周をランニングする日課に出た。

 研究所の外周は上り下りの多い道が10キロ以上あるため最初は2時間以上もかかっていたが、今では1時間以内で完走出来るまでになっていた。


「努力は君を裏切らない……か。」


 犀川の言葉が心に響いていた。お前の言ったことはたぶん正しい。だけど一つだけ違うかも知れない。シャワールームから出ると、僕は彼女の事を思い出し、独りごちた。


「僕はみんなの期待に応えられる様になりたいとは思うんだ。だけどそれが全てという訳じゃない。もっと不純な動機なんだよ。」


 ロッカールームに戻ると入り口にその彼女が立っていた。


 ーつづくー

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