第13話 応接室の戦い

 いやいや…これは何をどうみても全身黒タイツにしか見えなかった。おかっぱ眼鏡の事務員さんは眼鏡のはしを人差し指でちょこんと上げると説明を始めた。


「まあ、みんな最初はそんな顔するわよね。でもこのスーツはあなた達の命を守るために研究所うちの最新鋭の技術が盛り込まれた物なの。」


 厚手の顔だし全身タイツに見えるが、戦闘服との事で対防弾衝撃吸収効果に加えて防火・防水効果、伸縮性の調整を自動で行い身体能力の向上をサポートし、吸湿発熱効果でを実現している!…と自慢気に説明された。


「マジか!」


 思わず声を出してしまった。アタッシュケースにはカードタイプの社員証と先ほど菱木さんが使っていたブレスレット、携帯電話と………目と口だけが線で描かれた【白い笑い顔の面】が入っていた。


 とりあえず顔に当ててみて…との事務員さんの指示にしたがって面を顔に当ててみると、面の裏側は液晶パネルのようになっているのかライトアップされて明るくなった。


《網膜スキャンヲ開始。……認証完了。イチノセタクト本人ト断定。変型ヲ開始シマス。》


 頭頂部と耳のあたりの面のふち裏側にあった突起からアームが後頭部まで伸びて合わさり、このアームを起点に金属が頭全体を覆いヘルメットになった。面の裏側の液晶パネルは外の風景を映し、面を付けていない時と変わらぬ光景を映しだしていた。


 また、目を凝らそうとするとその部分への自動ズームも行われた。音声については、こちらの声をそのまま仮面の外に発声させる事も遮断して通信させる事も出来た。


「おおっ、すっげー!これはマジで最先端技術っぽい。」


 声には出たものの、面のデザインとあの全身タイツがセットでなければもっと素直に感動出来たのだが……あれはどう見ても子供の頃に見たヒーロー物の【悪の戦闘員】だ。


「…ぽいではない!最先端です。」


 彼女はムッとしてわざわざ言い直してきた。しかもこれを全身タイツとワンセットで24時間携帯するように言ってきたのだ。


「24時間と言うと寝てる間もですか?」


 さすがにやり過ぎだろうと思いかなり怪訝な表情を浮かべて問い直してみたのだが、真剣な表情でこう言われてしまった。


「これはあなたの身を守り、同時に監視する物です。寝てる時に襲われない保障なんてどこにもありません。細かい機器の操作・機能などは明日からの教練にて説明されます。我々が非合法な組織だという事は忘れないで下さい。」


 警察や各方面にもある程度のパイプはあるものの危険や敵はいつ何処にいるか分からないのだと言う。昔は社員の全寮制もとられていたそうだが、規模が大きくなるとともに難しくなったのと、研究所の秘匿性が高くなり過ぎるとカモフラージュの研究施設としての効果が薄くなるのだそうだ。


 ちなみに一般職員はカード型の社員証、Sのメンバーにはそれとは別にブレスレット型の社員証が配給されており、同じように利用出来るのだがブレスでしか利用出来ない物や侵入出来ない区画があるのだそうだ。なので基本的にはカード型の社員証を利用し、ブレスは特別な場合にのみ使用するようにとの事だ。


 彼女は右腕の袖をまくると腕を顔の前で立ててブレスレットを見せた。


「私は総務部庶務課ニ係【藤堂櫻子とうどう さくらこ】、もちろんSのメンバーです。総務部でもS関連の仕事はニ係うちで引き受けてます。」


 彼女はそう言うと何もない壁に手をついた。すると壁の一部が沈みこみ、壁にドアが表れた。彼女が軽くドアにタッチすると扉は自動で開いた。


「こちらで着替えて下さい。あっ、そうそう、もう仮面マスクは外していいですよ。【コール:フェイス・オフ】ではずせます。」


 彼女に言われるまで自分が仮面を付けているのをすっかり忘れていた。そのくらい違和感を感じていなかった。


 着替えと荷物を持つとそそくさと更衣室に飛び込んだ。仮面をはずすと早速着替えを始めた。この時点でようやく僕はとんでもない事を引き受けてしまったのではと後悔し始めた。最初は誉められた事が嬉しかった。どうせこんな平和な日本では戦いになる事なんてないと思ってた。準備や訓練で終わるとたかをくくっていた。


 ここに来て24時間スーツを着用と聞いたあたりから雲行きが怪しくなってきた。24時間着用しなければならない状況がある…もしくはあったのではないか……と。


 僕としてはのんびり目立たず過ごしつつ、孤児院への援助への道を探って行ければと思っていたのに。やっかい事に巻き込まれる嫌な予感しかしてこない。


 前とじのジッパーを首元まで上げると合わせ目が見えなくなった。更に全体に一瞬圧力がかかるとピッタリとフィットした。コレが自動調整というやつか。


「僕の人生も自動調整されないかな?」


 いや、厄介な方に自動調整されてるのかな……そんな下らない事を考えていると外にいる藤堂さんに声を掛けられた。


「着替えが終わったらまた仮面を付けて出て来て下さい。コードで解除したので今度は【コード:フェイス・オン】で装着されます。グローブとブーツも自動装着されるので準備できたらよろしくね。」


 仮面を装着すると手首と足首の辺りが膨らみグローブとブーツが形成された。腰のあたりに金属製のバックルとベルトが現れた。やっぱりどう見ても悪の戦闘員だ。当たり前か。準備が出来たので更衣室のドアを開けた瞬間それは起こった。


 左下から右上に向かって大型のアーミーナイフが一閃した。見えてはいたが上手くかわせず胸元を掠めた。びびって足を滑らせたのと戦闘服スーツの自動補正のおかげだ。


 次々とナイフを繰り出してくるのは……僕と同じ戦闘員。胸部と腰の辺りに僕の物にはない装甲が付いている。女性物?…ということは。


 辛うじてかわしてはいるものの、大して広くない応接室では避けきれず何度もナイフが掠めている。スーツのおかげで怪我こそないものの当たった部分には痛みはある。


「やめて下さい、藤堂さん!!」


 返事の代わりに回し蹴りが飛んで来る。避けきれずモロに食らって壁に叩きつけられた。ショックは吸収してくれてるのだろうが、打ち付けた痛みで動けなくなる。


「どうした、どうした?あなたの力はこんなもんか


 足で力任せにテーブルを蹴りあげると、一瞬隙ができた藤堂さんに向かって一人掛けのソファーを投げつける。投げたソファーを利用して死角に入ると彼女の足に向けて蹴りを放つ!彼女はソファーを受けつつ、ジャンプして蹴りをかわすと壁を蹴って一気に距離を詰めてきた。左から降り下ろされたナイフを右腕で受けると左手でナイフを持った彼女の右腕を打ち付けナイフを叩き落とす。


「終わりです、藤堂さん!」


「そうかな?」


 彼女はそういい放つといつの間にか左手で持っていた銃の銃口を僕の左胸に押し当てた。

 そのまま躊躇なく引き金をひくと、弾丸は僕の胸に3発ぶち込まれた。


「ジ・エンドだ一ノ瀬くん!」


 仮面のしたで彼女が笑ったような気がした。


 ーつづくー

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