第1章 初出勤の諸事情

第6話 初出勤は悪夢の始まり

 空を見上げると透き通るような青空が広がっている。いい天気だ。だが、僕はとても晴れやかな気分にはなれなかった。孤児院育ちの僕は少しでも恩を返したいとの思いから、広く一般公募をしていた医薬品・医療用器具の一流メーカーのシオカワグループの入社試験を受けたのだ。


 だが、試験後の集団面接でとんでもないヤラカシをし、ショボくれて帰る帰り道で交通事故に巻き込まれ、そのまま入院。入院先で合否の通知を受けとる事になった。


 結果は当然…と思いきや【合格】。

 喜んだのもつかの間、採用されたのは山奥の研究所。一番近くの駅からバスで1時間50分…さらにバス停から徒歩で30分。


「陸の孤島かよ…。」


 思わず声に出てしまった。だが、せっかく受かったのだし我慢するしかない。どんな場所でもシオカワのグループ企業だ。上手くコネが作れれば孤児院への援助への糸口になるだろう。規制や法律で経営が苦しくなる一方の孤児院を助けるために何かしたかった。でもまだ高校生だった僕の話を聞いてくれる所など何処にもなかった。


「焦るな、急がば回れだ!」


 何の力もコネも無い僕にはコツコツ努力を積み重ねていくしかないと思えた。


 それにしても遠い。延々と続く山道の道路は舗装されているが、歩いている人はいない。民家すらない道路には研究所への案内板と道路標識だけが延々と続いている。


研究所はこちら→【カラスに注意】

研究所はこちら→【崖崩れ注意】

研究所はこちら→【狐に注意!】

研究所はこちら→【熊に注意!!】

研究所はこちら→【落ち武者に注意!!!】

 

バス停を降りてからずっと無駄に多い。一本道なのにである。そして看板の注意書きが意味不明だ。


「あーもう、うざいわっ!」


 また思わず声に出てしまった。

そして次の案内板にはこう書いてあった。


 研究所はこちら→【うざくてゴメンね。さあ、パーティのはじまりだぁー!!】


 どこからか見られているのか??

周りを見回すが人の気配など感じられない。監視カメラ等の機械的な物も見当たらない。急激にまわりの景色が霧のような物で覆われていく。


「な、何なんだよこの霧は? くそ、周りが何も見えやしない!!」


 普通の霧であれば手元や足元程度は見えるはずだが、コレは自分が何処にいるのか?立っているのか、倒れているのかさえ分からない。むしろ目を閉じて絶叫系のコースターで落ちてる感覚に近い。正直パニックだ。だが、それは突然一瞬にして晴れた。まるでつぶっていた目を開けたように。そこは…


「どこだここ。お墓…墓地かな?」


 状況が全くわからない。夢じゃないかと顔を2、3度叩いてみたがただ痛いだけだ。


 辺りを見回して見ると、崖と森に囲まれた荒れた感じの墓場だった。広さはたぶん野球場よりは小さいと思うのだが、いつのまにか日が暮れており、伸び放題になった枯れた草木などにもより正確な広さは分からない。


 不用意に道もない森に立ち入るのはさすがに危険なのではないかと思い、墓の間に出来た道のような物をたどって出口を探してみることにする。


 ここで僕は一言いっておこうと思う。僕はある事情から独りでいる事が多かった。いわゆるボッチである。なので一人でいることに不安はあまりない。


 だが…クラスで一人ボッチなのと荒れた墓場で一人ボッチなのは全然違うのである!


「誰か…いませんかー?」


 不安からつい声を出してしまった。

遠くで何かが動いたようだ。墓石や木々に隠れて良く見えないが、かすかに人影が見えた。近づいて声をかけてみる。


「あの~すみません……」


 続く言葉がでなかった。振り返ったその人影の頭部には深々と日本刀が刺さっており、血の失せた青白い顔で白目をむき、口から血を垂れ流していた。着ている軽装武者鎧には何本かの矢も刺さっており、たぶん死んでる系の方であろう事は一瞬で理解できた。

 

そして周りには見渡すと同じような方々がざっと20人近くいる。そして彼らは全員が僕の方を見ていた。


 僕は今まで流した事のない尋常じゃない量の冷や汗が流れているのを感じた。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!

幼い頃から幽霊の類いが見えてしまっていた僕には全ての霊が悪意を持っている訳ではないと知っていた。


 だがその逆もしかりであった。生きていた頃の因縁や恨みを引きずってしまう者、孤独や精神的な疲労感から自分と同じ世界に引きずり込もうとする者、悪意を持って人に害悪をなそうとする者、それらには共通している事があった。黒色のオーラである。


 通常、僕にはオーラなんてなかなか見えない。こちらが意識して更に相手がこちらに強い感情を向けている時限定だ。そして目の前にいる彼らからはハッキリと黒いオーラが見てとれた。


「親切に出口を教えてくれそうにはとても見えないな…。」


 言うが早いか、きびすを返すともと来た道を全力で走り出す!その瞬間彼のもといた場所に武者が投げつけた日本刀が突き刺さる!全ての武者が彼を追って動き始める。


 最初は逃げる事でいっぱいいっぱいであったが走り始めてすぐあることに気が付いた。そこかしこに手頃な武器になりそうな物があるのだ。手斧、鉈、刀、竹槍、竹刀、手裏剣…etc。最初に通った時にはなかった物だ。


「おいおい、コレで戦えってか?戦える相手だと?」


 振り返ると武者までの距離は少し広がっていた。ヤツらのスピードはあまり早くないようだ。適当に距離を取りつつ1体ずつ相手に出来れば…。


 なぁーんて、冗談じゃない!相手は悪意全開の20人近いイケイケ武者、こちらはいじめられる事はあっても喧嘩すらしたことがないボッチ君だ。ムリムリ。せめてこういう場合はロケットランチャーでも置いといてくれー!だ。昔ハマったゲームにはラストにそういった仕掛けがされていたのだ。


 くだらん事考えてるうちにまた距離を縮められた。そして更にいつの間にか来た時とは道が違う事に…気が付いた。


「え?まっすぐ戻ったはずなのに。」


 墓石は少なくなり雑草と背の高いススキ、ゴツゴツとした大岩が点在する野原へと変わりつつあった。


 そしてソレは正面の少し開けた草原に鎮座していた。まあ、鎮座というか…原っぱの真ん中で丸まって眠っているようだった。


「なにあれ?…ど、どうする?どうする??」


 熊に死んだふりが通用しない事ぐらいは僕だって理解している。しかし、パニック×パニック…パニックの2乗だ。


 前門の虎、後門の狼…といったところだが、熊と武者の方が何十倍もやっかいな気がする。


「おちつけ、とにかく落ち着け!」


 時間はないけど考えろ!自分を叱咤し状況を確認する。後ろの武者まではまだ距離がある。まわりを見回し使える物がないか確認する。熊の少し手前に大きな岩とその向こうに背の高い草が生い茂ったヤブがあった。


 とりあえず思いついた事を試してみるために小石をいくつか拾うと後方にひしめいている武者に向かって投げつける!小石が当たるとむきになって追ってくる。


「良かった、モソモソ追ってくるからたぶんそうだと思ったけど、幽霊とかだったらホントに万事休すだった。」


 だが、それでも賭けは5分5分だ。

手のひら大の石を拾い、熊の左手前にあった1mくらいの大岩にそっと駆け登ると、投げた方向を察知され難いように熊の真上に向かって石を投げつけ駆け上がる反動そのままに大岩をけってその奥にある大きめの藪の中に身を潜める。上手いこと岩が当たるとムクリと身を起こす熊。2mを越える巨体の正面にはゾンビ武者20名さまごあんなーい!


 藪の中で隠れているとはいえ、熊までの距離は僕の方が近い。熊がこちらを目指した時点でゲームオーバー。僕の作戦は詰んでしまう。せめて驚いて逃げ出してくれるだけでもグッジョブだ。


 ただ、起き上がった熊の行動は素早かった!身を起こすとただちに正面の武者の武者の群れに突進し蹂躙を開始した。ガシャガシャと嫌な音をたて、血の匂いをさせて近づく物達に襲いかかった。普通の熊ならば音をたて近づく大群からは逃げるのが当然だ。


 だが、ヤツは違った。茂みの多い場所でもあるこの場所で、道から見える草原に無防備でひなたボッコし、丸くなれる程の力を持つ…そういうモノなのだろう。


 そっと熊の様子をうかがいつつ、回りを見回すとすぐ後ろに草で出来たトンネルがある、猪かなにか大きめの獣のケモノ道だ。


「次のステージにご招待ですか?」


 あの一本道にあった研究所の案内板の注意書き…。あれを作ったヤツの思惑通りに慌てふためいて動かされている自分にやれやれと思いながらも僕はケモノ道を進んでいく。大きな溜め息を吐きながら、コレが夢なら早く覚めてくれと…思う。


 ーつづくー

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