第17話 フォルテ、アルトに勘違いする

 フォルテは霊騎士ゴローラモが窮地に陥ってる事も知らず、女官部屋に潜入していた。

 そしてますます混迷を深めていた。


「ねえ、聞いて聞いて!

 私、さっき王様に声をかけて頂いたの」


「まあ! なんておっしゃったの?」


「お部屋の寝具を整えて出ようとしたら、そこの書類をこっちに持ってきてくれないかって」


「まあ! それでそれで?」


「執務机までお持ちしたら、ありがとうって微笑んで下さったの」


「きゃああああ! 羨ましい!!」


(いや、至極ふつうのやりとりだと思うが……)

 フォルテは隅の椅子に座ってリネンを畳みながら、噂話に耳を傾けていた。


「私なんて今日は朝のお着替えを手伝ったのよ!」

 別の女官数人も話に加わった。


「え――っ!! うそっ!!」

「だって王様の身の回りのお世話は、古参の年配女官しかさせてもらえないじゃない」


(そうなのか……)


「ほら、今、ブレス女官長が青の占い師様のお世話で忙しいでしょ?

 だからこっちに仕事が回ってきたのよ」

「まあ! そうなの? じゃあ私にも湯浴みのお手伝いなんかも回ってくるかしら!」


 きゃあああ! と女官達は嬉しそうに頬を染める。


「ブレス女官長の忙しい今なら、きっとチャンスがあるわよ!」

「女官長ったら、いっつもいい所ばかり独り占めですものね」


(そういう事か……)


「ほんと、ほんと!

 悪い虫がついたらいけないとか言って」

「ご自分が王様の側にいたいだけなのよ!」


(結構嫌われ者だな、ブレス女官長)


 とにかく、若い女官達にはデブの王様はすごい人気らしい。

 王様と名がつけば、デブでもカッコよく見えるのか。

 ゴローラモの話からすると、ずいぶん過剰に美化されている。


「まあ!!! 何ですか、あなた達!! こんな所で油を売って!」

 突如その女官部屋の入り口に威圧的な声が響いた。


 噂のブレス女官長だった。


 女官達はわたわたと立ち上がって、それぞれの作業に戻る。


「まったく最近の若い娘は、目を離すとすぐさぼるのだから……。

 私が若い時は……」

 小言を言い始めたブレス女官長に、若い女官達は「あ、洗濯が残ってるのでしたわ」「私は中庭の掃除が……」とそれぞれ用事を理由付けて立ち去って行く。


 フォルテもそれにならって女官の一人にくっついて部屋を出ようとした。


「あら? あなた見ない顔ね。誰だったかしら?」

 ブレス女官長は、そのフォルテを目ざとく見つけ、声をかけた。


(ヤバい!)


 まだ残っていた女官達が首を傾げる。

「嫌ですわ、女官長様。先日ご自分で親戚の子だと紹介なさってたではありませんか。

 臨時の占い師付き女官のフォルテですわ」


「は? わたくしが? そんなバカな……」

 ブレス女官長はフォルテの前まで来て、ジロジロと眺め回した。


(ヤバい、ヤバい! どうしよう……。

 ゴローラモッ!!!)


 その名を心の中で呼べば、瞬時に飛んできてくれるはずだった。

 それなのに……。


(ゴローラモ! ゴローラモったら!)


 何度呼んでも現れない。


 まさか、のっぴきならない状況で、それどころではないとはフォルテは知らなかった。


(まったくゴローラモのバカ!!

 ほんとに肝心な時に役立たずなんだから!!)


 心の中でなじってみても状況は変わらない。


「あなたのような親戚がいたかしら?

 どこの家筋の者なの? 言ってごらんなさい」

 ブレスは丸々太った巨体でフォルテに迫ってくる。


「お、おばさまったら嫌だわ。もしかして物忘れの実をお食べになったのではないですか?」


「物忘れの実?」


「そうですわ。

 最近ひそかに影で出回ってるそうです」


「そういえば……。

 このところ本当に記憶が途切れ途切れで……。

 食事もノドを通らないのよ。

 このままでは痩せて死んでしまうのではないかと心配だったの」


「……」


 その場にいた全員が(絶対ない!)と心の中で叫んだ。


「それに妙に体の節々が痛くて……。

 運動もしてないのに筋肉痛のような……」


「おばさま! もしやそれは王宮でのおばさまの活躍を妬んだ間者の仕業では!」

 フォルテは、ここだ! とばかり大袈裟に驚いてみせた。


「まああ!! 何て事でしょう!

 この私は、確かに王様と宰相様の信頼も篤く、妬まれる事も充分考えられるわ!

 まさかそれで物忘れの実を食事に混ぜ込まれて……」


「そ、その通りですわ! ブレスおばさま!!」


「ああ。よく教えてくれたわ。えっと名前は……」

「フォルテですわ、おばさま」


「フォルテありがとう。さっそく宰相様にご相談せねばなりませんわね」


 慌てて立ち去るブレス女官長に、フォルテはほうっと息を吐いた。


(また嘘をついてしまった……)


 王宮に来てからというもの、嘘に嘘を重ねる日々が続いていた。

 自己嫌悪ですっかり意欲を無くしたフォルテは、リネンの束を持って後宮に戻る事にした。


 これ以上ここにいて嘘を重ねるのが嫌になった。


(あとは大人しく明日の貴妃様の占いに備えよう……)


 とぼとぼと歩くフォルテは、背後から声を掛けられて飛び上がった。


「持ちましょうか?」


 驚いて振り向くと、穏やかな笑顔のアルトが立っていた。


「アルト……」

 今日も庭師の姿だった。

 広い歩幅で横に並ぶと、ひょいとリネンの束を持ってくれた。


「あ、ありがとう……」


「私も今からミラノの間の畑に行くところでした。

 ついでに運びましょう」


「毎日通ってるの?」


「水をやらねば枯れてしまいますからね」


「誰か女官に頼めばいいではないですか」


「頼む時もあります。苗を植える時には数人に手伝ってもらいます」


「そう……」

 女官達にも後宮に入る事は公認らしい。


 ちょうどそこで、後宮への入り口になった。

 詰め所のような部屋から、数名の女官が現れてフォルテを取り囲む。


 体中を触られて危険物の持ち込みがないか調べられる。

 いつもの事だった。


 そして、そのフォルテの背後でアルトが指を口に一本立てて、黙っていてくれと女官に手振りで示している事など気付いてもいなかった。


 フォルテがそれほど厳重に調べられるというのに、アルトは顔パスで通してもらえた。


「ずいぶん信頼されてるのね?」

 フォルテはミラノの間に向かいながら、アルトに不審を浮かべた。

(本当に何者だろう、この人)


「うん。まあ、私が後宮で不届きな事などしないと分かってるからね」

 本当は不届きな事をしても許される立場だが、この数年は畑仕事以外に通った事もない。


 しかしフォルテはアルトの言葉に占い師の経験から思い当たる事があった。


「まあ! もしかしてあなたは……」


「え?」

 アルトはさすがにバレてしまったかと頭を掻いた。


「そう。やっと分かったわ。

 それなら男でも後宮に出入り出来るわね」


「もうバレてしまったか。もう少しこのままの関係で過ごしたかったが……」


「ええ。ええ。私は職業柄そういう方を何人か知ってるの」


「そういう方?」

 王様の知り合いが何人もいるのかと、アルトは首を傾げた。


「気にする事はなくてよ、アルト。あなたのようにとても爽やかなイケメンが案外そういう趣向だったりするの。本当にいつも勿体無いような殿方がそちら側だったりするのよね」


「そちら側?」

 アルトはますます訳が分からなくなってきた。


「男性が好きなのでしょ? 

 いいえ、答えなくていいわ。分かってるから。

 だから後宮でも顔パスなのね。

 ああ、でもあなたのような素敵な方が本当に勿体無いわね。

 あなたのような趣向の方には生きにくい世の中でしょう。

 悩みがあったらいつでも相談してね。

 私はそういう方の悩みの相談はずいぶん受けたの」


 青の貴婦人の元には、自分の趣向に悩んだイケメン貴族の相談も結構あったのだ。


  ◆      ◆



「何をさっきから一人で笑っておられますか! 気味の悪い」

 クレシェンは畑から帰ってから、ずっと何かを思い出しては笑っているアルトに大丈夫だろうかと本気で心配していた。


「いや、悪い。

 あんまり面白い事を言われたものだから……」

 言いながらも、まだ肩が笑っている。


「また臨時女官のフォルテですか?

 本当にお気に召されたなら、側室にあげてもよろしいですよ」


「いや、それは無理だろう。

 彼女は私を男色と思っているのだから。

 後宮に入って私が現れたら腰を抜かすに違いない」

 言ってまた肩を震わせ笑っている。


「……ったく、くだらぬ事で笑っている場合ではありませんよ。

 大変な事が分かりました」


「大変な事?」

 アルトはようやく笑いを止めてクレシェンを見つめた。


「あの占い師。

 とんでもない食わせ者かもしれません」


「青の貴婦人が?」


「ラルフ公爵の所を見張らせていた隠密が、占い師の出した手紙の行き先をつきとめました」


「手紙の行き先?」


「はい。なんとヴィンチ公爵家の料理人の手に渡りました」


「ヴィンチ公爵とは……。最近ベルニーニ側についてると言っていたあの……?」

 一気にアルトの顔色が変わった。


「はい。どうやらヴィンチ家に関係ある女のようです。

 これは何か陰謀があると見ていいでしょう」


「待て。そういえば確か五年前に公爵が亡くなったが、彼の妻の名は確か……」


「テレサ……でしたか? 

 非常な愛妻家で有名でしたね。

 公爵と同時期に亡くなったと報告を受けていたように思うのですが……。

 とにかく調べ直さねばなりません」

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