死世界のシルフィリア

魚竜の人

第1話 プロローグ

 銀色の髪が風に揺れていた。

 

 陽が木々の隙間に光の帯となって差し込む中、白い鎧を着込んだ騎士に紛れ、銀色に光り輝く髪を持つ少女が森林の奥地へと足を運ぶ。

 純白のローブに身を包み、その髪の色から銀の賢者と称された彼女は、迫り来る闇へ向け短く言葉を紡いだ。少女の言葉に呼応し見えない爆弾が設置され、それは爆発の刃を剥く機会を伺う。銀髪の少女の目には小規模な魔法陣が浮かび、高速で移動する鎌を持つ闇へ照準を合わせ動きを追った。

 刹那。黒髪を揺らし闇は跳躍する。それと時を同じくして眩い光と共に爆発が発生し、続けざまに闇を追うかのように爆炎が連鎖していった。黒髪の女は触れれば燃え上がるであろう炎の間隙を縫って四肢を躍動させ、その真紅の瞳は、一点を見つめて離さない。

 視線の先に先程の銀髪の少女が佇んでいた。血に濡れた刀身を目のあたりにしても、その少女はたじろくことなく平然と立っている。

 赤い瞳を光らせ黒髪が揺れた。その手にする凶刃を銀色の髪目がけて斬撃となって走らせる。その瞬間、銀髪の女は凄まじい速度で迫る刀身を抑え込むように片手を添えると、まるで金属の壁と激突したかのように斬撃が阻まれた。

 美しい顔のすぐ脇で火花が散る中、鋭く光る青いサファイアの瞳で眼前の黒髪を睨みつける。魔法障壁によって死神の鎌を弾かれたにも関わらず黒髪の女は、彼女に対して微笑みすら見せた。


「久しぶりじゃない。元気そうで何よりね」


「この阿婆擦あばずれめ。まだ死んでなかったのか」


 そのあどけなさの残る顔立ちからは不釣り合いな言葉を発する銀髪の女に、黒髪の女は口元を歪ませた。


「死神が死んだら洒落にならないわ」


「それもそうだな」


 突如、銀髪の女は黒髪の女……死神が発したその言葉に可愛らしく微笑んで見せる。だが、その形の良い唇から紡ぎ出される言葉は、笑顔とは似ても似つかないものだった。


「だが死ね」


 青い瞳に文字を浮かび上がらせ、それが高速で流れていく。彼女と死神の中心の空間が湾曲した瞬間、眩い光を放つ。


「上位神聖魔法・光の衝撃<ハイランクホーリーマジック・リヒトインパクト>」


 光の精霊の力を収束し爆発が巻き起こった。それにより吹き飛んだ死神は、空中で体勢を立て直し着地する。爆発により体は所々焼け焦げてはいるが直撃は免れているようだ。

 だが、追撃の手を緩めることなく、銀髪の少女の手に光で形成された魔法光弾マジックミサイルが生み出され、それが高速で撃ち出される。死神は、迫り来る細長い光弾を鎌で弾き返しながら叫んだ。


「可愛げのない女ね。そんなだからいつまでも男ができないのよ。銀の賢者」


「お前に男の心配をされる筋合いはない」


 全ての魔法光弾を弾き返し、死神がまるで地面が縮んだかの如く一気に距離を詰める。身体を回転させた際に生じる遠心力を刀身に乗せ、大鎌が空を裂いた。彼女の体ごと打ち込まれたかのような重い一撃である。だが、銀の賢者と呼ばれたその銀髪の少女の前には無力だった。

 その身を着飾る純白のローブを揺らし彼女は、常人なら鎧ごと胴体を真っ二つにされるであろう死神の一撃を左手一本で受け止める。展開された魔法障壁と刃がぶつかり合い火花が散った。だが、銀の賢者はその場から一歩たりとも動かない。

 青く光り輝く瞳に再び、文字が浮かび上がる。それは銀の賢者だけに許された特別な詠唱法だった。浮かび上がるのは魔法構成であり、瞳の中を流れ行くこと……それはすなわち、詠唱していることを意味する。

 突如、天より落雷が大地に轟いた。だが、それは死神へ向けられたものではなく、銀の賢者と呼ばれた彼女の右手に落ちたものである。その小さな手の中で落雷は、眩い光と共に細長い雷で構成された槍を形成した。

 眼前に光り輝く雷の塊を目にして、驚愕したかのように死神の目が見開く。


「上位精霊魔法・雷神の煌槍<ハイランクエレメンタルマジック・トールリヒトシュトラール>」


 銀の賢者より放たれた雷槍は、死神の体を捉え鎌を持つ右手を貫通し吹き飛ばす。そのちぎれた腕は焼け焦げ血すら出なかった。

 雷槍の勢いで一度は吹き飛びながらも黒髪を揺らし、死神は体勢を立て直し大地に足をつける。だが、その刹那。炎で構成された燃え盛る檻が彼女の体を取り囲んだ。


「それは灼熱バーニング監獄プリズン。これでお前は袋の鼠だな」


 肌を刺すであろう熱気の中で片腕のみとなった死神は、それでもたじろくことなく優雅に足を組んで立ってみせる。その美しい顔は微笑んで見せるほどの余裕が伺えた。


「これだけ上位精霊魔法を立て続けに発動できるのはあなたくらいだわ。並の魔法使用者なら扱うことすら困難な上位魔法を二重詠唱とか、あなたの小さな頭の中に脳みそ何個詰まってるのよ?」


「でも私の体は炎に耐性があるのは知ってるでしょう? この炎じゃ無理じゃない?」


「勿論。知ってるさ。それはお前の動きを封じるものでしかない」


 賢者の足が三回、大地を打つ。それと同時に彼女の体を三重に渡って展開する魔力増幅魔法陣ソウルアンプマジックサークルが眩い光を放ち包み込んだ。

 それを目にした途端、嫌な予感を脳裏に過らせたのか死神は目を細め眉根を寄せる。


「……あなた。まさか……」


「そのまさかだ」


 青いサファイアの瞳に魔法構成を浮かび上がらせ、賢者の体は風を纏いはじめる。それは極大魔法を行使する際に術者を魔法の衝撃から守る為の魔法風である。

 彼女の手に魔力が渦を巻き、それは青白い光となって収束した。


「一瞬で消し飛ばしてやる。最後に何か言う事はあるか? 死神?」


「そうね……」


 炎で構成された監獄の中で、死神は何かを思案するかのように残った左手を顎に当て、中空を見つめる。丁度いい言葉が見つかったのか黒髪を揺らし、死神は鋭い瞳を向ける賢者へと微笑んで見せた。


「地獄に堕ちろ。くそったれ貧乳リリーナ」


 その言葉が響き渡るや否や、銀の賢者は目を瞑りその小柄な体を小刻みに震わす。冷静さを装うとしているようだが、その可愛らしい顔を上気させ、明らかに口元が歪んでいた。相当、激情している様子が伺える。

 青白く燃える炎のように自らの瞳を光らせ、賢者は声を張り上げた。


「死刑確定だ。シオン。この牛ババァ!」


 怒りに震えているであろうその唇から銀髪の少女は、魔法を奏でる。それと同時に空を暗雲が渦を巻き、光が折り重なった。


「最上位精霊魔法・神々の怒り<ハイエンドエレメンタルマジック・ディオスレイジング>!」


 精霊魔法の最上位に位置するその魔法により、死神の頭上に眩い光と共に稲妻が収束し、大地に轟く。それは、一瞬で彼女の体を消し去る……はずだった。

 だが、銀の賢者と死神を包み込んだものは、稲妻が降り注いだ際に発生した光ではない。明らかにそれは地面から浮かび上がっていた。

 彼女達のいた大地を飲み込むほどの太い光の帯が駆け巡る。それは周辺だけではなく遥か地平線の彼方まで一瞬で到達していった。理解しがたいであろう状況に、銀の賢者は驚愕したのか青い瞳を見開く。死神も同様だった。

 光の帯は次第に光量を上げ、彼女達の視界全てを眩い世界へと変貌させていく。そして、全てが光に包まれた。



 

 光が消え去った後、そこにあるのはどこまでも続く深淵の闇である。

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