4.曇り時々…… 『少女が心配な、三人の仲間』

アムテリア学園は『学園特区』と呼ばれる区域に存在する。『学園特区』とは、幼年期からのエリート教育もあれば大学などの研究機関と、様々な施設や学び舎が存在するアムテリア国の一区域のことである。

学園の数は三十ほど。そのため各機関が年に二回イベントをしたとしても、毎週何かのイベントが行われる計算になる。

実際のところ、毎週二~三のイベントが大小様々な規模で開催され、どのイベントもそれなりに賑わいを見せる。

しかし、今回のアムテリア学園の年末公開模擬戦闘は、その中でもかなり大きなイベントの一つである。

そもそも、学園特区の中でも一~二を争う規模の施設であるアムテリア学園。その学園の最大の存在意義といえる戦闘技術の発表の場。それだけでも力の入れ方は、ほかのイベントと比べ物にならないところがある

そのため、当日は訓練場の周囲には様々な模擬店や見世物小屋、公開講義やバザーなど、多くの便乗イベントも開催されていた。

そんな祭りの中、訓練場前でハノンは真剣な面持ちで、ほかの二人を待っていた。

祭り一色のため周囲の人間は皆表情豊かに楽しんでいる様子だが、ハノンはそんな気分にはなれない。

何のことは無い、純粋にイースフォウのことが心配なのだ。

あれから一週間、結局一度もイースフォウと会うことなく過ごしてしまった。

ハノンは、実力のある者を認める。

ハノンは、出会った初めのころはイースフォウのことを軽んじていた。森野は座額が苦手なだけの実力派で、エリスは入院が原因で仕方なく補習生になった。しかしイースフォウは勉学を怠ったからあの場に居た。ハノンからしてみれば、成るべくして成った補習学生だと、自分には取るに足らない存在だと感じていた。

だが違うことに気付いた。きっとイースフォウは幼いころから、想像できないような訓練をずっと続けてきたのだろう。数週間ではあるが、共に訓練した仲である。今のハノンにはそれが想像できた。

だからこそ、その力を無駄にして欲しくなかった。全力で使って欲しかった。

そのためには、ハノン自身も尽力したいと思った。彼女としても仲間のために何かするのは好きなのだ。そのままこの境地を乗り越えて欲しい。

そして、いつか戦線で、共に戦いたい。そうまでも思っていた。

それだけ、イースフォウの仙気は、きらきらと輝けるものになるように、ハノンは感じていたのだ。

「……やれば出来るのに、逃げたら駄目じゃん」

何度探しに行って見つけ出して、引きずって戻ってこようかと思ったか。だが、森野は『大丈夫よ、あの子なら大丈夫』と妙に悟ったような言い方をして相手にしてくれなかった。

確かに、森野に届いた一通のメールは、文言こそ少なかったものの、前向きにも取れる内容のように思える。

だがそうは言ってもこの一週間、イースフォウが何をしていたかハノンを含め三人にはまったく解らない。果たして、彼女たちのいないところで、訓練らしい訓練を出来たのか。何か勝てるあては見つかったのか。変な宗教にはつかまっていないだろうか。変な男にたぶらかされていないだろうか。心配は尽きない。

そんな風に、若干家を出た娘を心配する親のようなことを考えている十二歳の少女の頭に、こつんと何かが置かれた。

「ハノンちゃんって、そんなに表情豊かだっけ?」

バッと頭を抑えながら、一瞬で振り返るハノン。

「ほら、缶ジュース。飲んで良いわよ」

そこには、のんびりとたこ焼きなどをつまんでいる森野がいた。

「……ずいぶん呑気じゃん。結局イースが帰ってこなかったって言うのに」

「そりゃ、今日来るって言ってるんだから、その前に帰ってくることも無いでしょ」

「寮にも一度も帰ってないって言うじゃん」

「武者修行でもしてるのかなぁ」

ハフハフと、たこ焼きをほおばりながら、森野はのんびりと答えた。

その姿に、ハノンは少しだけい苛立った。

「でも、今日まで何にも出来なかったじゃん! このままじゃイースは……」

「何も出来なかったかどうかは、本人に会うまで解らないですよ」

ドンッと重そうな音を立て、ハノンの後ろから声が聞こえた。

エリスであった。その両脇には重そうな紙袋が置かれている。

「ごめんなさいね、古本市で参考書が売ってたので、ついつい買い物してしまいました」

「……エリスも呑気じゃん」

ハノンはため息をつく。自分だけなんだか力み過ぎなように感じる。二人の暢気さに、毒気が抜かれてしまったのだ。

「まったく。これでイースが何も出来ないまま負けちゃったら、如何するつもりよ」

その言葉に、エリスが笑う。

「ハノンさんって、友達思いなのですね。第一印象と結構違います」

ハノンはハッとし、顔を赤らめる。

「ま、まあ仲間は大切にするのが、あたしの考え方だかんね!」

「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。イースちゃんは何か思うところがあって、雲隠れしたんでしょ」

「でも、逃げただけかもしれないし……」

「確かに、あの子のことを考えると、それが一番ありえるわ。でも、それがイースちゃんの選んだ道ならば、それはそれで仕方の無いことね」

「……森野って結構冷たいところあるん」

「まあ、否定はしないけど。でもねハノンちゃん。イースちゃんに一番必要なのは『自分で決めること』なのよ」

「……ただ単になぶられて終わることを選んだとしてもってこと?」

「それを選び抜く勇気も、時として必要だわ」

その言葉に、ハノンはぎりりと奥歯をかみ締める。言い返したいけど、森野の意見には確かに理がある。

こちらがいくら選んでも、イースフォウが選ばなければ何も出来ない。

所詮人が動く理由など、自分が選んだものの為なのだから。

イースフォウが本当に戦うためには、人から言われたことでは無く自らの意思で戦わないといけないのだ

だが、そんなハノンを見て、エリスが笑う。

「森野先輩も人が悪いですね。イースちゃんがそんな事を選ぶなんて、全然考えていないのに」

「そうでもないわ。あのメールが無い限り、イースちゃんはきっと逃げることを選んだと思うし、……たとえ今の状況だって一割はそれを選ぶかもって思っているわ」

「九割は、もっとほかの事を選ぶって考えているのですよね」

ハハハと笑い、森野がハノンの肩に手を置く。

「……森野?」

「大丈夫よハノンちゃん。あの子の基礎力見てるでしょ? 途中で投げ出すような子じゃあ、あんな力は身につかないわ。時間がかかっても、イースちゃんならきっと答えられる。そんでもって、あの子が『必ず本番には出場する』って決めたんだからさ」

「そうですよ。今は私たちの大切な仲間を、信じましょう」

森野とエリスの言葉をハノンはじっくりと噛みしめて、そしてゆっくりと頷いた。

「さあ、とりあえず控え室に行くわよ。結局イースちゃんとは連絡が取れなかったからね。あそこで待たないと、きっと会えいないわ」

森野の提案に二人は頷き、三人は訓練場の更衣室……本日は控え室との名がついた部屋に向かった。



控え室は、訓練場の両側、男女共に二箇所に設置されていた。これは戦闘前に、戦う相手と鉢合わせしないようにという、主催者側の計らいであった。

しかし、森野たち三人が控え室にたどり着くと、入り口に赤毛の少女が待ち構えていた。

「こんにちわ、森野先輩、お元気でしたか?」

エリスは少し驚いて、ハノンはきっとにらみつける。

そして、森野は苦笑しながら話しかけた。

「この前とはずいぶん態度が違うじゃない」

「私は、実力に見合った方に、それ相応の敬意を払っているだけです。森野先輩、あなたは尊敬できる先輩だわ」

「評価してくれるのは嬉しいけど、私だけではなく他の二人にも目を向けて欲しいわ」

「あら、これは失礼」

如何考えても、うわべだけの詫びを述べるスカイライン。

そのスカイラインを鋭くにらみつけながら、ハノンがたずねる。

「何の用? あんたは反対の控え室じゃん!」

「いえいえ、たいしたことは無いのよ。私の対戦相手が、いったいどんな浮かない表情でくるのかを見てみようと思っただけ」

クスクスと、人の悪い笑みを浮かべるスカイライン。

「な、なめてんじゃなッ……!」

「激励してくれるのは有難いけど、流石に主催者側の意向は無視しないほうが良いんじゃない?」

今にも激昂しそうだったハノンを押さえ、森野がそう諭す。

「そうですね。選手は互いの控え室に近づかない。更衣室の配置は、如何考えてもそれを考慮してのことですからね。どう考えても、スカイラインさんは、ここに居てはまずいと思いますよ?」

エリスの冷静な分析に、ヤレヤレといった感じで、スカイラインは肩をすくめた。

「仕方ないわねぇ。私はただ、あの子が逃げ出さずにここにくるかを確認したかっただけなんだけどね」

「イースはちゃんと来る! あいつは、そう伝えてきたから、あたしは信じてる!」

ハノンが叫ぶ。

「ずいぶんあの子の肩を持つじゃない。あの子の何がそんなにいいのかしら?」

「イースは……、イースはきっと元々努力家だったはずからだ。私なんかよりも昔から、きっとすごくがんばって仙機術を訓練してたんだよ。そんな奴が、情けない奴なわけないじゃん! だからあたしはイースを信じるんだ!」

そのハノンの必死の発言に、スカイラインは冷たく鼻で笑う。

「努力? 訓練? あの子が? ……笑わせる」

「何がわらえるん! そうでもないと、あんなに基礎的な力はッ……」

「基礎しか出来てないのよ、あの子は」

やはり冷たく、スカイラインは切り捨てる。

「あの子の何百倍も、何千倍も努力したから、私は今の力を手に入れたんだ。いや、そもそもあの子のそれは努力なんてものではない……。目の前に没頭して、それを信じてずっと一途にこなさない。そんなもののどこが努力だというの? 迷ってばかりで、いつもふわふわして、自分の手元にまだたくさん残っているのに、それも放りっぱなし!! そんなあの子のどこがすばらしいのかッ!!」

そこまで吐き出してスカイラインはハッとする。

最後のほうは、いつも余裕で人を見下す彼女にしてみれば実に珍しく、もはや怒鳴り声になっていた。

「……」

少し驚いたように、ハノンはスカイラインを見つめていた。

ハノンだけではない、エリスも森野も、スカイラインの様子を伺っている。

ばつの悪そうな表情をし、スカイラインはきびすを返す。

「……私には、理解できないわ。先人の残した技術を学ぶことに迷う意味が。それはヴァルリッツァーだけじゃない。学園の授業もそう。過去に生きた人たちを信じて、その知識をこの身に宿す。なぜ迷う必要があるというの? それが一番確実に、何も解らない私たちが強くなる良策じゃない」

そんなことを呟きながら立ち去るスカイラインの背に、森野が尋ねる。

「貴方は迷わないの?」

「迷ったら、強くなれないわ」

そう言い残して、去っていった。

そんな彼女が居なくなった空間に、森野はポツリと一言呟く。

「答えは一つじゃないのよ、スカイライン」

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