第5話 暖かな午後の昼下がり

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 話は少しさかのぼる。


「エクス!?」


 激しい戦闘が終わり、二手に分かれていた仲間も集まった。戦闘の態勢を解除し、各々コネクトしたヒーローを解除していく。エクスも、シンデレラから本来の自分へ戻る、はずだった。否、本来の姿へは戻ったのだが光が消えたその瞬間にエクスの膝が折れ色を無くした目がふと閉じられ前に倒れた。その様子に気付いたタオが叫ぶやいなや、一番近くにいたファムの横をすり抜けクロヴィスがエクスの身体を受け止めた。お陰でエクスが地面に突っ伏すことはなかったのだが……


「……素早いわね…」


 見事な身のこなしに驚嘆きょうたんの声を上げるよりも、気持ちがやや引いてしまった。

 クロヴィス、この男。『青髭の想区』の空白の書の持ち主にして、青髭ジルの従者をしており、執事業務から武術にも長けた一見非の打ち所のない人物である。しかし、恩義、忠義を重んじるがゆえの主への直向きな姿勢は時として“異常”であるのもまたしかり。そして現在、本来の主である青髭から一人立ちしてるため、主と言うべき人物はいないのだが、利己的な理想に闇雲に走っていた自分や主の目を覚まさせたエクスを敬っている。ただそれが少しだけ、オーバーな気もすると皆は思っている。


「さすがクロヴィスくんナイスキャッチ!……さて、少年は…」


 ファムはクロヴィスに抱き抱えられたエクスの顔を覗き込んでほうほうと顔をしかめた。

 眠るような顔つきではあるが、少し顔を歪めている。ファムはエクスの額に手を当てそっと眉間に親指を押し当てた。反応はない。


「まるで悪い夢を見ているようだね。まさか……か…」


 ポツリとファムが呟く。


「…どういう意味ですか?」

「いや、何でもないよ。命に別状はなさそうだけど心ここにあらずみたいだから街に戻って宿にでも入ろうか。クロヴィスくん頼むよ」


 眉をひそめ、訝しげにシェインが聞くと、誤魔化すように、にっこり笑顔を作ったファムがエクスから手を離し言った。

街はこの想区に入ってすぐあり、ここからはさほど距離もない。ここにいても埒は明かないし、エクスが目覚めなければ先へも進めない。またヴィランの大群が押し寄せて来ないとも限らない。

 一行はファムの言うとおり街へ戻ることにした。


「ねぇファム。エクスは大丈夫かしら…」


 その言葉は、男が男にお姫様抱っこされている状態を指したのではなく、もちろん、エクスの意識不明を指している。

 レイナはさきの戦闘での急なヒーローチェンジが負担をかけたのではと不安になった。もしくはもうひとつ。


「ニシシ。まさか“シンデレラ”が少年に何かしたって?お姫様考えすぎだよ。嫉妬は……いたっ」

「おふざけは禁止!もう!」


 レイナの拳が目にも見えぬ速さでファムの脳天を突く。半分図星の様子にファムは頭を擦りながら一層笑った。レイナは更に怒りを見せたがエクスの手前、それ以上の罵倒は慎んだ。


「心配なさんなって。きっと大丈夫だよ。丁度みんなも疲れてるし休もう休もう!」


 一行の不安を紛らわすようにファムは鼻を鳴らし早足に先頭に立つ。


「(シェインちゃんは耳がいいなぁ。思いの外声大きかったかなぁ?クロヴィスくんは…少年に気をとられてたから聞こえてないね、うん。さてさて、まったく、余計なことをしてくれたもんだねオヒメサマは)」


 誰にも悟られないようにとんがり帽のつばを顔に寄せ一人ごちる。

 ファムは視ていた。

 シンデレラからエクスに代わる瞬間の、シンデレラでは無いシンデレラの微笑みを。


「(そして、どんなことしてるか分からないけど…エクスくんよ、頑張れ)」


 ちゃんとこっちに戻って来るためにーー。


 ファムはまだ高い位置にある太陽を見上げた。

 戦闘を終えた身体にはまだ暑い風が帽子を揺らした。




ーーーーーーーーーーーー


「ねぇどっちにするの?」


 後ろにはカオス・シンデレラが、前には幼馴染のシンデレラが、エクスの応答を待っている。


「どっちって…どっち?え?ええ?」


 いままで女性にこんなに見つめられて、挟まれて、答えを求められるなんてそんな経験したことのない状況に再び頭が混乱してきていた。


「…まさか、私とそこの娘を選ばなきゃいけないとか考えてないでしょうね?」

「え?あ、そうか…違うよねハハハ……」


 嘲笑の似合うカオス・シンデレラが呆れ、失笑気味に言う。背中に緊張感を感じつつ、自分の言葉で目の前のシンデレラの眉がピクリと動いたのも見逃さなかった。


「……私とそこの方を、そもそもエクスはという選択肢があると、そう言うことかしら?そんなにくっついているんですものね。エクスも男の人だから仕方ない、悲しいけどそう思うことにするわね」


「ち、違うよ!こんな、いきなりこんな状況で何がなんだか分からなくなっちゃったんだよー!ごめんシンデレラ!カ、カオス・シンデレラも離れてっ」


 悲しげな顔のわりに言葉の節々に刺を感じる。シンデレラは勘違いと優柔不断発言をしたエクスに完全に苛立ちを表している。エクスは何とかカオス・シンデレラの腕から逃げ出しシンデレラに駆け寄った。シンデレラはまだ少し眉を潜めていたがエクスの焦りように小さく笑った。


「優しすぎるからつけこまれるのよ。ああいう女の人もいるから気を付けてね」

「……シンデレラ」


 やっと普通に話せる雰囲気になった二人ははにかみながら笑う。こんな風に昔は喧嘩して笑いあっていた。今日あったこと、未来のことを話し合った昔のように、これまでの旅の話をシンデレラにしてあげたい。エクスは懐かしさを覚えた。


「あらあら、失礼ね。私は男にだらしのない女ではないわ。男に支配されるなんて死んでも嫌よ。力もないくせに陰口だけ達者な女も嫌いだけど」


 私を忘れないでくれる?とばかりに再びエクスの背後を取るカオス・シンデレラが話に割って入る。


「生ぬるい話は後からでもできるでしょう?さあ、決心しなさい。アナタの大好きなシンデレラとここで一緒に暮らす……それとも私と暮らしてもいいわよフフフ」


 カオス・シンデレラが後ろからエクスの首筋、顎へ指を這わす。エクスが身体を震わせたのと、シンデレラが険しい表情になったのは同時だった。


「やめてちょうだい。……駄目ね。私もはっきりしないからいけないのね」


 険しい表情のまま、シンデレラは何かを決心したように息を吐いた。そして、エクスに触れるカオス・シンデレラの手をやんわり外すとエクスとの距離を詰める。


「っシンデレラ?(ち、近い…)」


 吐息が当たりそうな、背後のカオス・シンデレラが押したら確実に顔に当たる、まさにキスしてしまう距離。エクスが少し距離を離そうと恐る恐る両手を挙げるもその手をもシンデレラが柔らかく捕らえる。


「…エクス。キス、して」


 そのキスは、言わば“契約”を示すもの。共にここで生きるという意味。

 少し潤んだ青い瞳に吸い込まれそうになる。

 そんな暖かな午後の昼下がり。










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