第3話 真綿で首を絞めるとは

「どういうこと?」


 現実から夢に戻されたような、否、夢から無理やり覚まされた時の目眩のような感覚を振り払うようにエクスはかぶりを小さく振り、シンデレラに視線を合わせた。

 きょとんとして、それでいて、自然ににこやかな目の前のシンデレラは何故か自分の知るシンデレラのような気がしてならない。


 そんなはず、無いのにーーー


 と、思った瞬間、


「…エクス」


ーー私のこと覚えてる?


 澄んだ碧眼は抜けるような青空のようにエクスの目を、心を見据えている。それは、彼女が放った言葉の通り、私はあなたの知るシンデレラです、と裏付けるものだった。


「…え…ちょっとまって…いや、だって、そんな…」


 一度想区から抜け、沈黙の霧に入ったらその想区と自分の時間軸はずれていく。 自分のいた想区からはもうずいぶんと遠くに来ている。下手をするともう自分がいた時の想区ではないかもしれない。

 導きの栞としてのヒーローたちは、一度会っているにも関わらず『初対面』である。まさか、物語の繰り返しが起きたら繰り返される前のヒーローたちも栞の中身として加わるのか?そんな感覚は今まで感じたことはないが。


「もう。本当にあなたはいつもそうやってハッキリしない態度なのね」


「…そんな…」


 呆れたように眉を下げ苦笑いを浮かべるシンデレラに、1人で考え込んでいたエクスはどうしていいか分からない困惑した顔で呟いた。どう考えても理解しがたい状況ではあるが、完全に相手の方が主導権を握っている現状に納得せざるを得なそうだ。


「…じゃあ、どうしたら、いいのかな?」


 苦笑いさえもやわらかい彼女にエクスは結局他人任せのような言葉をかける。

本当に申し訳ないが、自分ではどうしようもないのだ。


「……そうね」


 エクスの言葉に笑うのをやめ、シンデレラは目線を下げた。

 エクスはハッとした。

 それは、シンデレラがいつも寂しそうにする時の仕草だったからだ。


「…ごめんシンデレラ…」


「…何がごめんなの?私がいけないのに…いいえ…何がよくて何が悪いなんて…ううん…こんな思いをして何も変えようとしなかったのが…悪いのよね?」


「何を言ってーー」


 エクスがシンデレラに一歩近づくと同時に、カツン…ガラスの靴が一歩前に進む。その爪先から光が漏れ、地面は土と下草が、周りは明るい森の中へと変貌する。


「ここは…」


 懐かしい森。春は下草が芳しい花を咲かせ、秋には色づき木の葉が舞う。小さい頃からシンデレラとよく遊んだ森。まだシンデレラが本当の両親に愛されていた頃、最愛の母を亡くし、そして、意地悪な継母と義姉に小間使いにされていた時も来ていた想い出のーーー


「あなたは仲のいい、ずっとずっと……お友だち。私の運命の書に記されない、何にも縛られない、縛ることのできない人」


「……シンデレ……!」


 消え入りそうな声にエクスが腕を伸ばすそれよりも早くシンデレラがエクスの胸に倒れ込む。

 軽く柔らかい衝撃。あんなに一緒にいたのに、初めての感触。


「ちょ…ちょっと…シンデレラ大丈夫?」


 内心心臓がはち切れそうになりながら、こんなチャンスともいえる状況でも押せないエクスは、シンデレラの両肩を持ち少し身体を放す。

 シンデレラはその様子にクスッと笑った。

 しかし、顔を上げた彼女は笑ってなどいなかった。


「あなたは本当に優しい。優しすぎるの。何でもできる真っ白い人生を歩めるのに自分から何もしようとはしなかった。私の人生を温かく見守って…見送って…」


「…………」


 シンデレラの目に一筋の涙が溢れたのをエクスはただ無言で見つめた。


「…私も馬鹿ね。あなたの気持ちを知っていたの。そして私も……」


 貴方のことを密かに想っていたのーー


 悲しげに笑みを浮かべてシンデレラは自分の肩に乗るエクスの手に自分の手を重ねた。


 シンデレラ。

 想い人。思い出のヒト。今目の前にいる人。

 運命を守った。彼女は幸せなはずなのに。

本当は何もしなかった?できたはず?するべきだった?


 シンデレラの言葉、手の温もりがじわりじわりと体に沁みてくる。

 高鳴る脈に息苦しい。


 あの時、どうするべきだった?


 エクスはシンデレラの一言一言が『答えのない後悔』として喉を詰まらせ、窒息しそうだった。














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