被り笠とお稲荷様

雨乃ジャク

開幕.プロローグ

 開幕.プロローグ




木々が切り開かれた坂道を青年は登っていた。


青年は少しくたびれた着物を着ており、

頭にはさんさんと降り注ぐ日光を防ぐため、

かぶがさ(竹と藺草で編み込んだ帽子のようなもの)をかぶっている。

背中には手荷物を風呂敷で包み込み簡単な鞄としていた。


腰にはボロボロの布に巻かれた一振りの太刀を差しており、その刀身は青年の身長と同じか、やや大きいほどであった。

刀の柄には金細工で細かな装飾がされており、

そこいらの武器屋に置かれてある、大量生産されている刀とは格が違うという名刀としての片鱗を見せているものの、

鞘(さや)を覆うように手荒に巻かれたボロボロの布がその格をガクッと落としている。


青年の身なりをよく見れば、

着物には糸のほつれがあちこちに出来ており。

被り笠は好き勝手な方向に竹が飛び出している。

時折、痒そうに自分の体を掻く青年は傍目から見ると浮浪者と勘違いされてもおかしくはない。


要するに青年は全体的にボロボロで汚かったのである。



――季節は春。



しかし、過ごしやすい春と言っても歩けば汗もかくし、山を越え野宿をすれば体も汚れていく。

それが二週間も続けばなおさらだ。


坂道を歩き、また歩き、もう一度歩き、今一度歩いた所で山頂を超えた青年は麓(ふもと)を見下ろす、

その眼前に町らしきものは……… ……… ………なかった。



「あぁぁぁぁーーーーーっ!!!

 もうダメだ!!!」



悲鳴にも似た声を上げると、

青年は体が汚れるのもお構いなしに地面にごろんと倒れ込む。


「あーーー、どうしようか

 食料………これ、町が見つかるまでには持たないよなぁ」


「村でもう少し買い込めばよかったかなーーー

 荷物がかさ張るのは嫌だったしなーーー」


ぶつぶつと喋りながら、不満を呟く。

別にこれは一人旅が悲しくて自分に言い聞かせているわけではない。

青年の言葉は自分に言い聞かせるというよりは誰かと会話をしているようだった。


「………おーい、聞いてるか?

 お天道様はとっくに顔を出しているぞ」


そう言いながら、青年は着物の中にある膨らみを指で突いた。


すると膨らみは不自然にもぞもぞと動きはじめ、

胸元から ひょっこり と黄金色の生物が顔を出し、

あろうことか当たり前のように人の言葉を喋った。


「なんじゃ、何か言ったか?

 ………良い気分で寝ておったのに」


黄金色の細長い生物はそう言うと、

くぁぁと欠伸(あくび)をする。


「食料がこのままだと町に着く前に無くなってしまうって話だよ」


「ほらな、わらわの言った通りになったじゃろう。

 あれほど、食料は買い込んでおけと言ったのに」


黄金色のもさもさした物体は着物の中から青年の顔を見上げると、

むふーと得意げに鼻を鳴らした。


「九十九(つくも)は厚揚げを買えと言っていただけだろう?」


と青年が返すと九十九と呼ばれた黄金色のもふもふした物体は、

そうだったかの?とへにゃっと首を横に曲げた。


「まぁ、これからは一日に歩くペースを落として、

 山から食料を恵んでもらえば大丈夫じゃろう」


鹿、木の実、野草で凌げば良い、と黄金色の狐の形をした生物は鼻を鳴らす。


「それよりも凜紅(りく)や

 食料よりも水の方が厳しいかもしれんぞ?」


竹筒を見てみろと、黄金色の狐は鼻先で荷物を指した。


「あと一口残ってたはずだけど………」


凜紅と呼ばれた青年は気だるげに半身を起こすと、

荷物から竹筒を出して、水を一口飲もうとした………が

逆さにしても竹筒の中からは水が一滴も出てこなかった。


「…………………………」


「さっき、わらわが飲んだからもうないぞ」


凜紅は頭に被っている被り笠を持ち上げると、うらめしそうに真上で輝く太陽をにらみつける。

光り輝く太陽はいくら睨みつけようが燦々と降り注ぐ日光を止めてくれる気配はなかった。


「………………行くか」


「道を下れば川でもあるじゃろう」


はぁ、とため息を付き立ち上がった凜紅に、

黄金色の狐九十九(つくも)は着物の中にスルリッと潜り込む。

道中寝てばかりのこの狐は自分が山を下っているときも、

ぐーすか寝ているのだろう。

働かざる者食うべからず

という言葉はこの狐には当てはまらないらしい。


はぁ、と二度目の溜息を付いた凜紅は、

静かに疲労困憊の足を一歩踏み出し山を下り始める。

数歩歩くと胸元で安らかに寝息を立て始めた狐と一緒に………。

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