第2話 掃除機

 わたしの朝は、掃除機をかけることからはじまる。今使っている掃除機は、かなり吸い込みが悪い。いつも、いつも、使うたびにそう思う。

 なぜ掃除機を買おうとしたのかは、近所の家電販売を専門とする店にたまたま足を踏み入れたことが主な原因だった。そして、店内を巡っているうちに、オレンジ色のみかんのような色合いをしたこの掃除機と出会ったのだ。価格もそれほど高くはない。ただし、問題が一つだけある。それはどうやって、わたしの部屋まで運ぶかだ。徒歩十分もあれば、ゆっくりと歩いてもたどり着ける。しかし、かなりかさ張るのではないかと、購入を迷っていると、店員から税込み五千円以上の商品は宅配便で無料で居住地へ送れるというのだ。なるほど、確かにギリギリではあるが、価格の条件は達成している。わたしは購入を決めた。レジで諸々の手続きを済ませて、届くはずの掃除機を楽しみにしながら家路に着いた。

 翌日、インターフォンが鳴りモニターで確認してみれば、配送業者のようだ。荷物を受け取り、梱包をほどく。あの掃除機がとうとうわたしの部屋にやってきた。取り扱い説明書を横目に組み立てて、それからコンセントを差してみる。独特の音がして、ゴミが吸い込まれていく。その光景がなんだか愉快で、部屋中を掃除して歩いた。部屋のすみっこに、ベッドの下、そして、窓のサッシまできれいにしてやろうと思った。しかし、この段階になってようやくわたしは安値の秘密に気づいた。そう、吸い込みがとても悪かったのだ。ただ悪いのではなくて、とてもがつくくらい、悪いのだ。一応、掃除機内のエコフィルターをのぞいて見たり、コンセントを差す場所を変えたりしてみたのだが、結果は同じ。

 なるほど、これが安物買いの銭失いなのかと一人で納得して、購入店に問い合わせようかとも思ったのだけれど、きっと、モーターは価格と比例して良くなっていくものだと思った。この掃除機はせっかくわたしの所へ来たのだから、たまには動かしてやろう。毎日は多分、使えなかったとしてもそれでも完全に壊れるまでは、部屋のすみに置いてやろう。

 そんな経緯があって、わたしは時間のあるときは掃除機をかけることにしている。

 この習慣も、気づけば二年くらいにはなるのだろうか。そうか、わたしはまだ生きていて、こんな場所でこんな生活を続けているんだなと、過去を振り返った。

 そう言えば、昨日彼に会いに行ったときに、出会った男性は誰のお墓参りだったのだろうか。今まで考えるだけのゆとりがなかった。もう、二度と出会うこともないのであろう男性だ。考えても行く当てのないものだから、わたしは考えるのをやめるように努めた。

 そうだ、今日は久しぶりにサンドイッチでも作ろうかな。まだ、お腹がすいていない今が作るチャンスだと思った。

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