第6話 幽霊警察と猫さん、それと世間

 放課後であっても午後六時にもなっていなければまだまだ明るい。最近の日没は七時くらいなので完全に真っ暗になるのは七時半といったところかな。


 学校は住宅地の真ん中に建っていて学校の正門側に沿って用水路が流れている。水路から百メートルくらい離れたところにぽつんと開けた田んぼがあるので、そこからやってくるトンボ達で空はいっぱいになっていた。


 学校の校門を出るとランニングから帰ってきた陸上部とすれ違った。その中にクラスメートの顔があったので手を振ると相手も振り返してくれた。


 そして校門前の猫さんに挨拶をする。この猫は学校の正門と裏門辺りに住み着いていて、学校側は前に駆除しようとしたけど生徒達の猛反発を招いてそのままにされたらしい。みんなが思い思いに名前をつけているので決まった呼び名はない。子猫が生まれると学校の誰かが引き取るので辺りで野良猫が増えたりはしていないらしい。


 私は猫アレルギーなので触ったりはできないけど、見て可愛がる分は自由だ。正直言うと触りたいし飼いたい。でもすぐに肌にぶつぶつのできものが大量に出現して酷いと熱が出るので我慢している。ああ、でも触りたい。


 代わりといってはなんだけど牛村さんが猫をなでた。動物にも基本的に幽霊は見えないらしい。私も幽霊になれば触り放題になるのだろうか。触り放題でも相手が気付いてくれないならつまらないかもしれない。


 学校から離れて、歩いて先生の家へと向かった。


 一週間に一回、先生の所に行って、ただで検診を受けている。先生のボランティアだ。お母さんの知り合いで、元々私と先生は顔見知りだったらしいけど私は忘れてしまっていて、入院していたときに見舞いに来てくれてから再び知り合った。


 病院に行くと事件の惨状を思い出す。なのでしばらくは病院には行きたくないから、先生のところで診てもらうことにしている。


 先生は元教授で医局に勤めていた。教授っていうのはなるのにかなり苦労するらしいし、さらに医者なのですごく頭がいいってことはわかる。そんな先生が教授を辞めて、自宅で隠居暮らしのようになってしまったのもあの事件のせいだ。


 三ヶ月前の集団殺害事件。白昼の病院で37人が殺害されるという前代未聞の凶悪事件。病院で起こったこの事件は私も巻き込まれたし、私の家族も、多分牛村さんや瑛未さんもその被害者なのだ。今でも犯人不明で未解決のこの事件は世間に大きな衝撃を与えたに違いない。今でもワイドショーのニュースとかで取り上げられていることもある。


 災害で数十人規模で人が亡くなった時に発車する幽霊列車がやって来ていたことからも霊的にも大きな事件だったらしい。


 生存者は私一人だけ。


 事件が起こった当初、私は病院内に隔離されて、外からの情報なんかは完全にシャットアウトされていた。でも瑛未さんがいたので情報だけは色々と入ってきていた。私はその情報を元に犯人を捕まえるつもりでいた。


 初め、犯人はどこかへ逃げているのだと思っていたし、報道も犯人に気をつけて、みたいな感じだったのでそれは疑わなかった。


 数日して、病院の監視カメラなどから外に逃げ出した犯人がいない可能性が高いことがわかると有力説として犯人死亡説が流れ始めた。事件を起こした後犯人も自殺した、つまり被害者37人の中の誰かが犯人だと言うのだ。


 私はこの説には首をかしげた。根拠はない。でも、心の奥底で覚えている何かがそれは違うと訴えかけていた。


 そして、その死亡した犯人として最も可能性が高いと槍玉にあがったのが、私のお母さんだった。


 私でさえ何が起こったのかわからないのだから、テレビや新聞が好き勝手に書くことはしょうがないと思っていた。


 でも、お母さんがするわけない。お母さんに関する記憶は無いけど、きっと、そんなことするはずがない。私はその時体調を崩すくらいに怒っていた。


 証拠として新聞記事やワイドショーはいくつか提示していた。


 世間一般から見て変人であったこと。


 お母さんは研究者だったらしい。ただ、普通の研究者ではなかった。超自然科学、超心理学、つまりはオカルトを真剣に科学として研究していた。世間から見れば奇人のお母さんに興味が集まるのは仕方のないことだったのかもしれない。


 次に何故か事件の起きた同時刻に私の家が全焼してしまっていたこと。何者かが帖佐家に放火したらしい。全てが消し炭になって、私の家族や私の過去に関する物はほとんどが消失した。


そして最後に、私が生き残っていたこと。何故私だけが生き残ったのか、その理由を探して勝手に付け加えたのが、私のお母さん犯人説だった。


 結局、騒ぐだけ騒いで犯人かもしれない犯人かもしれないと言っただけで、警察が動くことはなかった。お母さんも事件で死んでいたから、物的証拠がなければ真実にはできない。


 世間的には気の狂ったお母さんが家を焼き、病院で無理心中、でも娘だけは殺せなかったという結論で終わっている。


 それだけは許せない。


 お母さんがどんな人だったのか、何も覚えていないけど、人殺しをするような人だったとは思えない。なんでか? 私のお母さんだから。


 お母さんの濡れ衣を晴らさなければならない。私はそのために“犯人は生きていて今も逃亡している”と信じている。そうでなければ、“今ある真実”を絶対に覆せる状況にならないからだ。私は、私のお母さんの無実のために、犯人が生きていることにしている。


 そして先生は、お母さんが初めに研究していた医療関係の、直属の上司にあたる人だった。何でもかんでも標的にする世間は新しいターゲットとして先生も攻撃して、先生は退職に追い込まれたらしい。


 すべては犯人のせいだ。先生の仇も取らないといけない。とにかく、私が今、目的にしているのは事件の犯人の逮捕なんだ。


 でも幽霊警察の掟、生きた人間が起こした事件は生きた人間に任せる、のせいで私には何の情報も入ってこない。そもそも幽霊警察は事件の捜査に取り掛かってすらいない。


 ずっとやきもきしているけど、退院して一ヶ月、女性二人と牛ではやれることはとても少なく今のところ進展はなかった。


「どうしたさっきから、しかめっ面をして」

「……なんでもない、ダイジョブ」


 牛村さんがまた私の顔を見つめていた。最近気づいたんだけど、牛村さんは私のことが心配になると下から覗き込むようにして私の顔を見る。表情がない、というか表情はあるんだろうけど牛の表情なので読み取れない牛村さんには行動で感情を知らなければならない。


 ちょっとめんどくさい。

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