第28話 リベンジ・マッチ!

 当たり前と言えば当たり前だが、白やベージュ色のシンプルな形の下着から売れ始めた。それまでの、厚地で硬めの下着では無いことで、だいぶ抵抗感があったようだが、高級娼館が火付け役になり、場末の娼婦ですら身につけるようになると、たちまち家庭にも広まっていった。何しろ穿き心地が良いらしい。

 さすがに、娼館で売れるような毒々しい色や際どい物は、そうそう家庭には広まらなかったが、"ノマリン"という作家名は女性たちの間では有名になっていた。そして、第二弾、ブラジャーの登場でその名は一躍有名になった。何しろ、形を整えた上で、量を増し増しにして見せるのだ。売れないわけがない。

 

「殿・・」


 しずしずと歩み寄ったノルンが、布の包みを差し出した。


「なんだ?」


 レン・ジロードは刻印の手を休めて、黒いドレス姿の勇者を見た。試行錯誤を繰り返して試作していた剣がようやく形になったのだ。強化の魔法印を彫っている最中だった。


「上納金で御座います」


「・・は?」


「え?いやだなぁ、殿に交渉して頂いたおかげで、わたし達のブランド服が売れ行き好調なのです。もう、ウハウハなのですよ。なので、売り上げの一部を御礼としてお持ちしたわけです」


「・・本音は?」


「えへぇ・・この数日、御姿をお見かけしないから、どうされてるのかなぁって・・」


 可愛らしく見えるようにと計算し尽くした、はにかみ笑いを浮かべる。


「本心は?」


「殿の御飯が恋しゅう御座いますっ!」


 黒いドレス姿の勇者が素直に白状した。

 神経を使う魔導の刻印作業だったため、ほぼ引き籠もって作業し続けていた。当然、他人の食事事情に構っている状況では無かったのだ。

 まあ、「自分達で作れ」と言うのが本筋なのだが、絶望スキルの黒い勇者と、味噌や醤油を知らない聖女に、それを言うのは酷だということは理解している。


「そうだな・・こいつが仕上がれば・・・」


 レンは、ほぼ仕上がった剣を見つめながら呟くように言った。


「剣ですかぁ?」


 ノルンが作業場へ入ってきた。


「ゴツいですねぇ・・厚みとか、斧より分厚いじゃないですか」


「丈夫さを優先したからな」


「ほぼ鈍器ですねぇ」


 黒いドレス姿の勇者が、身を屈めて真横から剣の厚みを眺める。


「いや、ちゃんと斬れるぞ」


「・・ほえ?」


「そのための魔導刻印だ」


 レンは、剣の表面を指でなぞった。薄暗い作業場に、魔導刻印が淡く光って浮かび上がった。


「おぉぅ・・ビュリィフォ~」


 もう長剣の長さと幅ではなく、完全に大剣の部類だ。重さも相当なものだが、まあ、ジロードの腕力があれば重さなど関係無い。

 剣先を下にして床に立てると、柄頭はジロードの喉元近くに迫るほどの高さになった。柄を握って水平にし、刃を立てて眺める。


(うん・・良いな)


 レンは満足の息をついた。

 ここまで、根を詰めて作業をしたのは久しぶりである。先に完成していた大ぶりな円楯に並べて大剣を置き、レンは、にこにこと愛想を振りまく黒い勇者を見た。


「・・・夕飯、一緒に食べるか?」


「はいっ、喜んでぇーーーー」


 ノルンが拳を握って飛び跳ねた。


「えっと、久しぶりにトレーラーハウスでどうです?」


「ああ、風呂に入ったら材料持って行く」


「お背中をお流ししま・・」


 などと言いかけるのを


「後で行く」


 ぴしゃりと遮った。


「アイアイサー」


「何か食べたい物は?」


「えぇとぉ・・翡翠魚のお刺身にぃ~、オークキングの味噌漬けとぉ~・・」


 とても食べきれないだろう種類をあげてゆく。


「ん・・まあ、なんか考える」


「殿っ、質問宜しいでしょうか?」


「なんだ?」


「殿の刻印の魔法紋は、すでに他の魔法が付与されている品にも有効でありますか?」


「火と水の同居は出来ないぞ?」


「・・喧嘩しない性質ならアリです?」


「問題無いだろうな」


「やふぅー!」


「・・なにが?」


「え・・いえ、ちょっと、マイウェポンの強化について、後で相談に乗って頂きたく、よろしくお願い申し上げますです」


「おまえの武器?」


 レンは、ノルンが持っている黒い日傘を見た。


「いえ、わたしも色々と考えたんですよぉ?なんていうか、勇者なのにですね?パンチしてるんですよぉ?」


「ゲロも吐くだろ?」


「ゲロじゃないっ!豪雷砲っ!雷を吐いてるんですぅ!」


「・・日傘に付与を?」


「このドレスと日傘って、破れても壊れても元通りになるんですけど、もうちょっと壊れにくいようになれば、武器としてイケてると思うんですよねぇ」


「傘を見せてみろ」


「はいっ」


 ノルンが嬉しそうに黒い日傘を差し出した。


「おまえ、これで殴ってるよな?」


「蝶のように舞い、蜂のように刺すのですよ」


「なんだ、それ?」


「わたしの世界の、チャンピオォーンのトレーナーさんの発明で、ヒラヒラと舞う蝶々のように攻撃を回避して、サクッと鋭く蜂のように刺すのです」


 分かるような分からないような説明である。


「・・・ふうん」


「あ・・わたし、結構、速く動けるんですよ?まあ、旦那様にはプチッとやられちゃうレベルですけども。もう、町のチンピラには追いつかれない自信があります」


 ノルンが拳を握って見せる。


「まあ・・な」


 苦笑しつつ、レンは黒い日傘の握りから骨、張ってある生地まで指で触って確認していった。それが終わると、工具棚の引き出しから、拡大鏡を取り出して観察してみる。

 その横顔を、ノルンが傍に立ったまま、キラキラと熱っぽい眼差しで食い入るように見つめていた。

 

「硬化は出来るな。後は重量の調整と・・・蜂のように?」


 ふと思いついて、レンはノルンを捜して視線を巡らせた。思いも掛けず、すぐ近くに少女の顔があった。何でどうスイッチが入ったのか、眼を閉じて唇を前に突き出し迫って来ている。

 回避スルーしようとすれば回避できるのだが・・。


(苦労賃を貰っておこうか)


 レンは腕を伸ばして少女の細い腰を抱き寄せた。


「むぅっ!?」


 唇を重ねられ、ノルンがぎょっと眼を見開いた。


「代金は前払いでお願いしようか。勇者殿?」


「ひっ・・ひ・・ひゃい・・はい」


 白から青へ顔色を変じながら、黒いドレスの勇者がガクガクと頷いた。

 レベルはたっぷり上がった。身体能力は、以前の比では無い。

 これは、決して無謀な挑戦では無いはず。


(け、喧嘩するんじゃないんだ・・あ、あああ・・愛を・・愛を確かめ合うためにぃ・・)


 寝台に優しく横たえられながら、ややぎこちないながらも笑顔でレン・ジロードを迎えた勇者ノルンだった。


 ほどなく、山頂に、絞め殺されるオークキングのような悲壮な絶叫が木霊した。


 突然の叫び声に銀色のトレーラーハウスでは、


「お・・お方様!?」


「真の勇者」


 エルフ族の聖女と闇精霊の娘が震えながら抱き合っていた。


 ようやく陽が暮れ始めた山頂に、いつ果てるとも知れない怪鳥の叫び声が木霊して周囲の山々へと震え伝わって行った。

 後に、中央の冒険者組合に報告されたところによれば、正体不明の怪鳥モンスターらしき鳴き声は夜半を過ぎ、夜が白み始めるまで続いたという。

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