第16話 メイド・イン・トレーラ~

「・・・故郷を捨てた身です。ご迷惑を承知でお願い致します」


 わぁーわぁーぎゃぁーぎゃぁーとパニックを起こして騒ぎに騒いだ後、ようやく落ち着きを取り戻したカリン・トーナが、レンとノルンを前にして頭を下げた。

 このまま山の上に置いてくれというお願いだった。


「どんな事でもすると言いましたわね?」


 ノルンの眼がきらりと光る。


「そのっ・・み、身を売るような事はしたくありませんけど・・でも、それしか無いなら」


「くふん・・誰もそんな事をやれなんて言って無いわ。まっ、あんたが本気で罪滅ぼしをやろうとしてるのは分かったし、もう誰かに抱かれろなんて無茶は言わないわよ」


「ヴラウロッタさん・・」


「お方様とお呼びなさい。ノイリースルン・フォン・ヴラウロッタ、これが貴女を雇い入れる者の名前です」


 ノルンが腕組みをして睥睨へいげいする。


「わたしを・・置いて下さるのですか?」


 カリン・トーナが縋るように黒いドレスの勇者を見た。


「我が野望達成のために、貴女にも役割を与えて差し上げましょう」


「ああぁ・・感謝致します」


「おい」


 レンはノルンに声をかけた。


「ボスっ、なんでございましょう?」


「おまえ、変な薬や魔法、魔道具・・本当に使っていないんだろうな?」


「白でございます」


「ふむ・・」


 レンは、カリン・トーナという女を見た。


「こいつの無茶を聴かなくても、村で良い仕事を斡旋してもらえるんだぞ?無理して要求に従う必要は無い」


「お心遣い感謝致します、御館様。ですが艱難辛苦いきじごくこそ、わたしの犯してきた罪の清算に相応しい罰なのです。易きに流れる訳には参りません」


 物静かな落ち着いた表情で語る女の様子を見ながら、レンはちらとノルンを見た。


「何をさせる気だ?」


「あぁん、いやですわ、旦那様ぁ・・わたしって、そんな酷い事をさせるような女ですかぁ?」


「裸より恥ずかしい格好をさせたじゃないか?」


「あれは、チャーミングな冗談ですぅ~、無理矢理じゃないですぅ~、この人だって、ノリノリだったんですぅ~」


「ええっ!?わ、わたしは、恥ずかしいって・・あんな下着は着けられないって、嫌だって申したじゃありませんか」


「あぁん?主人に向かってなんじゃぁ、その口の利き方はぁ?」


 ノルンが眇目すがめになって下からすくい上げるようににらんだ。


「・・申し訳ございません」


 カリンが俯いた。


「この辺に住むんなら、小屋でも建てるか?」


「わたしのビッグなトレーラーに空いた寝台がございますから心配いりませんわ」


「そうか」


「基本的には、わたしの身の回りの世話をしてもらいます。女同士ですからね、一緒に居て貰った方が何気に心強いですし・・」


「雇用主はおまえだ。好きにしろ・・もう、おれの風呂の邪魔をするなよ?」


「サーイエッサー」


「・・・ふん」


 レンは疑わしげに黒い勇者の顔を見てから、カリンという女にどんな特技があるのか、魔法は使えるのかなど訊ねた。

 驚いた事に、びっくりするくらいに優秀である。

 治療、解毒や解呪の魔法は最上位まで使えると言う。退魔の聖術もかなり高位まで操れるそうだ。他にも、槍術、片手棍棒術など武技も修練を積んでいた。

 それを聴いていたノルンの眼が大きく見開かれている。

 おそらく、ここまで有能な人間だとは思っていなかったのだろう。


「どこぞの神殿の出なのか?」


「レンムリアの神殿で修行しておりました」


 カリンが頭を垂れる。

 才能を認められて神殿の見習い祭祀助役として働きながら武技の鍛錬に励み、やがて神官戦士として神殿の中でも抜きん出た力を身につけた。

 神官戦士団の副長として、各地に魔物討伐の任で派遣されるようになり、そして助力を求めて神殿に立ち寄った勇者に見初められたのだった。魔物をたおすことは許されているものの、人を殺めることは教義に反する。勇者に同行することは、それが山賊であったり、ならず者であるにせよ、人を殺める可能性が高まる。神殿は良い顔をしなかった。


「ですが、わたしは勇者様の掲げておられた理想に感銘を受けました。なんとかお助けしたいと・・」


「ふうん、勇者の理想にねぇ?」


 レンは黒いドレスの少女を見やった。これノルンも勇者である。


「少しずつですが、違和感は覚えておりました。目に余る横暴さも・・何度かおいさめしたのですが・・」


 魔物討伐を積極的に行っていたのは間違いないらしい。ただ、長い旅の中で、自分達が居なければ魔物討伐は成せない、自分達以上に魔物を斃せる者はいない、といった思い上がった気持ちが芽生えていったのだろう。

 

「お馬鹿さんですよねぇ。取り巻きの人達はともかく、勇者なんだから、鑑定スキルで相手のレベルが見えたはずなのに、どうして喧嘩売って来たんでしょうねぇ・・わたしなら、逃げるか土下座するかの二択だけどなぁ」


「おまえの言う、そのレベルとかいうのは何だ?」


「わたし達、勇者は基本的な体の性能・・筋力とか素早さとかを数字で把握できるんです。そして、レベルというのは、階梯・・と言うのかな?1から始まって、2、3って上がって行くんですが、これは戦いの経験を積むことで上がります。普通の人は、腕力を鍛えたら、腕力だけが上がったり、走る練習をしたら脚力がついたりしますけど、勇者は戦いで一定の経験を積むことで、体の性能そのものが総合的に底上げされます」


「・・よく分からんな」


「ただ単にレベルが上がるだけで、鍛錬もしていないのに、超人的な腕力とか素早さとか丈夫さとかがいっぺんに手に入っちゃうんです」


「ふむ・・」


「わたしなんて、大旦那様にひっついてダンジョンに潜っているだけで、もうレベル98ですよ?」


「きゅっ・・98!?」


 カリンが絶句した。勇者と同行していたのだ。それなりに、レベルについての知識があるのだろう。


「凄いのか、それ?」


「ぜんぜん、凄くないですぅ~」


 ノルンがへらへらと笑った。


「御館様にプチっと踏み潰されるノミくらいのものですぅ~」


「・・そういえば、最近はサイクロプスと殴り合ってるな」


「強敵と書いて、トモと読むんですぅ~」


「確かに、今くらいではどうしようも無いが・・・いつかはもう少しマシになるということか」


 レンは見直す思いで、黒いドレスの勇者を眺めた。

 いやん、だとか言いながら、ノルンがポーズを作って身をくねらせる。


「あのぅ・・」


 カリンが恐る恐るといった表情でそっと挙手した。


「なんだ?」


「その・・サイクロプスというのは・・つまり、あの伝説の一つ目の巨人でしょうか?」


「ぶはぁ・・伝説とか、なに言っちゃってんの?頭のネジが飛んでんじゃなぁい?そうよ、その一つ目巨人ちゃんよ?ごろっごろ居るわよ?村のダンジョンにいっくらでも、飽きるくらいに出てくんのよぉ?」


 ノルンが呆れ顔で言った。


「ダンジョンに・・あそこは、生まれたての低位ダンジョンだと伺ったのですが?」


「生まれたての高位ダンジョン・・ってのがあるのか知らないけど、あんた、この前の魔物市を知らないで来たの?」


「魔物市?」


「ミノタちゃんに、サイクロちゃん、さらには蛇龍ちゃんまで、ごろっごろと村の広場で解体されて、そこら中から商人やら解体業者やらが押しかけて来てたのよ?あれを知らないって、どんだけ情弱?」


「何やら騒がしい様子なのは知っていたのですが、商人同士で何か不文律というか箝口令が出てたようで・・・って、蛇龍と仰いました?・・ドラゴンまで居るんですか?そこのダンジョンに!?」


「居るわよ」


 当然じゃないの、とノルンが威張って言う。


「そ、そんな・・・龍が出るようなダンジョンなんて・・早く、中央の冒険者協会に連絡して応援を・・」


「お馬鹿さんですかぁ?脳味噌わいちゃってますかぁ?うちの大旦那様が、あんな蛇だか龍だか分かんないようなのに負けるわけが無いでしょう?サクサク斃して、商人のみなさんは、鱗祭りですわよ?一変に市場に流すと値崩れするから、少しずつ龍鱗が売りに出されるそうよ?」


「そんなっ!?だ、だって・・蛇龍ですよ?神代の時代に、神獣達を苦しめたという邪神の尖兵ですよ?」


「25階まで行って、封印の扉を拝んだんでしょ?」


「え・・ええ、酷く丈夫な扉で、勇者様がどうやっても壊せなくて」


 複雑な模様の彫られた光沢のある黒い扉だった。


「あれが蛇龍の鱗よ?」


「えっ!?」


「うちの旦那様が龍鱗に封印の魔法陣を描いてお造りになったのよ?強い魔物が外へ出てこないように・・・って!?」


 得意げに説明していたノルンの眼が大きく見開かれ、食い入るように一点を凝視した。

 カリンがその視線を追って顔を向ける。

 レンが昼飯の仕度をしていた。どう見ても、焼きおにぎりにしか見えない物が香ばしく焼かれ、小鍋では味噌汁らしきものが湯気をたて、スライスした蛇龍のタンが塩こしょうで焼かれている。横の小壺は、漬け物だろうか。

 焼けるような視線に気づいて、レンは2人の顔を見た。


「話が終わったなら、昼飯にす・・」


「いただきますっ!」


 ノルンが合掌した。

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