第41話 印

※直接的な性描写はありませんが、事後のピロートーク的シーンが少し入ります。ご注意ください※











「ん……」


 京がハスキーに呻いて、長い睫毛を揺らした。俺は、十五分前には目覚めていて、飽く事なくその寝顔を眺めていたのだった。色素の薄い鳶色とびいろの瞳が開かれ、額を合わせて間近に見詰めていた俺のそれと合う。


「真一……」


 恥ずかしそうに呟いて、頬が染まった。


「おはよう、京」


「おはよ……ん」


 唇を啄むと、心地良い反応が返ってくる。一糸纏わぬ姿で、俺たちは抱き合っていた。僅かに開いたカーテンの隙間から燃えるような朝陽が差し込み、京は眩しそうに瞳を眇めながら言った。


「真一……大好き」


「俺も、愛してる」


 俺たちは昨日、半分だけ結ばれた。初めての京には俺の分身は大き過ぎて、痛みを訴えた為、一つにはなっていなかった。だが、肌を重ねた幸福感は心を温め、俺たちは満足して眠りについたのだった。


 向かい合って眠っていた体勢から、俺は京の肩をぐいと引き寄せて強く抱き締める。密着すると、


「あ……」


 京が、ますます頬を上気させた。何故なら、触れ合った二人の下腹部が、天を仰いでいたからだ。身を離そうと身じろぐ京を逃さず、俺は笑った。


「恥ずかしがる事はねぇ。健康な証拠だろ」


「だって……」


「ん?」


 数瞬躊躇ためらって、京が俺の胸板に頬を当て、顔を隠して囁いた。


「また、したくなっちゃう……」


「それは困るな」


 俺は喉の奥の方で笑った。今日は、昼番だと京は言っていた。今から始めては、手放せなくなるだろう。そっと身を離すと、俺はベッドを離れ服を着始めた。


「真一……もう時間?」


「ああ。このままでいたいが、仕事だ。京は昼までゆっくりしてろ」


 作業着を着終えると、俺はベッドに半身を起こしている京にキスをした。


「行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 幸せそうに微笑む京を改めて見下ろして、俺はしまったといった心地で、掌で口元を覆った。


「京……悪りぃ」


「え?」


「後で鏡、見てみろ。首に……」


「何?」


 不思議そうに問われて、俺は言葉を失った。棚の薬箱を開け、絆創膏を取り出すと、京に握らせる。


「今度からは気を付ける。……マコとは今日会うか?」


「ううん。眞琴さんは、今日休み。何で?」


 無垢に見詰められ、俺は多少の罪悪感と共に教えてやった。


「キスマークだらけにしちまった。マコに何か言われても、動揺するなよ」


「えっ……」


 京は慌てて自分の身体を見下ろすと、小さく驚きの声を漏らした。そこが点々と、濃い紅色あかいろの花を散らせていたからだ。そして何を思ったか、腰から下を覆うシーツを、恐る恐る覗き込む。そこも、上半身に負けず劣らずキスマークだらけの筈だ。


「わっ……」


 照れるかと思いきや、京はただ純粋に驚いているようだった。


「キスマークって、ホントに付くんだ……」


 その言葉に、思わず小さく噴き出してしまう。


「ああ、だからマコに見っからねぇように、しっかり絆創膏貼るんだぞ?」


「う、うん」


 その段になって初めて、京は身体中を桜色に染めた。ようやく恥ずかしくなったか。俺はそんな京が愛しくて、顎をとって上を向かせると唇を触れ合わせ、再び言った。


「行ってくる」


「あ、うん。行ってらっしゃい」


 昨日とは逆の立場で見送られ、俺は部屋を出た。昨夜の出来事が脳裏に鮮やかによみがえり、思わず軽やかに口笛を吹きながら、俺はバイトに向かった。

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