第19話 修羅場?

 またあの女か! 俺の京に手を出そうとは許せない。今しがた京を責めた事は反省したが、女に対する怒りは、また別だった。


「京、お前誰にでも優しいから、勘違いされてるんじゃないか?」


 不機嫌さを隠そうともせずに言うと、京は、


「そんな事ないよ。俺が甘えられるのって、真一だけだし」


 そう面と向かって言われると、尖っていた気持ちはやや和らいだ。


「それに」


 京が可笑しそうに口元に掌を当てる。


「先輩は、俺になんか興味ないよ。好きな人がいるんだ」


 その含み笑いの意味がイマイチ理解できず、俺は言い募った。


「本当か?」


「うん。毎日告白してる」


 京の笑みが大きくなり、ぶかぶかのTシャツに包まれた肩が、小刻みに揺れた。俺は少し呆れて、片目を眇める。


「毎日?」


「うん、毎日。断られ続けてるから」


「何だそりゃ」


 今度は俺も笑った。


「笑っちゃ失礼だけど、毎日、夫婦めおと漫才みたいで楽しいんだ」


 と、再び京の部屋のチャイムが鳴る。


「京、起きなさいよ! ちゃんとご飯食べないと、治るもんも治らないわよー?」


 確かに、多少乱暴だが面倒見の良い言葉だ。コンコンとノックの音も響く。寝込んでると思っているのだろう。


「あ、出なきゃ」


 ドアに向かおうとする京の腕を掴んで止めると、ベッドに腰かけさせた。


「良い。俺が行ってくる」


「真一、先輩ホントに俺には興味ないから、喧嘩しないでくれよ?」


「ああ。分かった」


 隣の部屋のドアは、いまやドンドンと叩かれていた。何てガサツな女だ……。こりゃフラれて当然だな。そんな風に思いながら、玄関を出る。


「あら」


 腕まくりし始めたあの時の女が、俺の顔を見て動きを止めた。その手には、紅いランチバッグが提げられていた。


「えーと確か……真一さんよね? 京、またアンタんち?」


「ああ」


 言ってから、初めてハッキリと女の顔を見た。アイメイクに時間をかけていそうなライナーにつけ睫毛で、ルージュは京のTシャツについていた鮮やかな赤カーマインだった。我知らず、視線がそのまま下りて頭の先から爪先まで眺めてしまう。これは――。


眞琴まことさん、夕食までありがとうございます」


 後ろから京が声をかける。


 レッドブラウンのロングヘアに真っ赤なワンピース、何もかも紅で揃えたその女は、よく見れば、京とは別の意味で中性的だった。――男!? 呆気にとられ言葉を失っていると、京が俺にだけ聞こえるボリュームで囁いた。


「ごめん、言うとややこしくなると思って」


「言わなくても充分、ややこしい……」


「マコって呼んでって言ってるでしょ。何よ、コソコソ話しちゃって! せっかく来てあげたのに、失礼な二人ね!」


 眞琴──マコという自称女は、そう言うとランチバッグを俺の手に押し付けた。


「じゃ、あたし、これから仕事だから、せいぜい二人で仲良くなさい。羨ましくなんかないんだから!」


「「えっ」」


「彼氏のパジャマでお泊まりデート? バレバレなのよ!」


 つけ睫毛の乗った瞼でバチっとウインクを決めて、マコは踵を返した。後には、開いた口が塞がらない俺と、マコのワンピースと同じくらい真っ赤になったアランが残された。

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