第6話 月が見てる

 祭りは最終日、大いに盛り上がっていた。あちこちで叩き売りが野次馬を集め、俺たちの進行方向に対し直角に人の波がうねっている。横切るには、骨が折れるだろう。


「京」


「あっ……」


 はぐれてしまわないよう、自然と俺は手を伸ばしていた。下心もないまま二回りほど華奢な京の手を握る。僅かに躊躇いが繋いだ手から伝わって、ようやく俺はその行為の意味に気が付いた。


 そうか。顔色を窺うと、人混みにもみくちゃにされながらも、懸命に俺の手を握っている。仄かに染まった頬だけが名残で、京も手を離すまいと必死だった。俺もそれに応え、ぐいと力を込めて京を引き寄せると、流されてしまいそうだった彼を胸元に抱き寄せガードした。


「大丈夫か?」


 片手はきつく握り合い、片手は京の肩を抱きながら問う。


「う、うん」


 突然の密着に、今度は間違いなく頬に朱をはいて、京はギクシャクと身じろいだ。心臓の鼓動すら互いに感じられ、京は俺よりも随分と早いのが伝わってきた。京に気取られぬよう片頬だけで小さく笑い、俺はそのまま胸の中に彼を閉じ込めたまま、肩で切るように人波を渡っていった。


「凄い混雑だな」


「あ……あの」


 大通りを渡り終えると、眼下に微かな衣擦れの音と清潔な石鹸の香りがして、はたと俺は我に返った。腕の中には、ひどく居心地悪そうに俯く京。思わず、パッと両手とも勢いよく離した。


「あっ」


 下駄を履いた京が、僅かにぐらついて、再び俺はパッと支えた。


「あ、ありがとう」


 今度は京は素直に礼を言って、恥じらいながらも笑みを見せた。


「行くか」


「うん」


 街路灯が点々と照らす夜道を、カタカタと下駄の音と並んで歩く。やがて砂浜に入ると、


「あ、ちょっと待って」


 下駄を脱ぎ両手にぶら下げると、素足で砂地の感触を楽しみ始めた。


「あったかい」


「陽が沈んだばっかだからな」


 誰かが、置いていったものか忘れていったものか、レジャーシートが敷いてある。ちょうど良いとばかり二人でそこに座ると、寄せては返す波の音だけが静寂の中に浮かび上がった。先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。


 つい肩を抱こうと伸びた腕を、京の言葉が遮った。


「月が見てる……」


 詩的な表現で気に入った。無意識に俺の下心を見透かして、京は言葉を続けた。

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