第21話

 翌朝、依子と雷三に服と靴が与えられた。依子にはコットンのTシャツとジャージのズボン、雷三は上下ともコットンの、パジャマのような服だった。パンと牛乳ももらえて、依子と雷三は噛みしめながら、涙を浮かべた。なつかしい地球の味だった。

 その後、依子一人が檻の外に連れ出された。雷三は依子についていこうと力の限り抵抗したが警官に取り押さえられ、檻の中に置き去りにされた。依子が連れて来られたのは事務机と椅子がいくつか並んだオフィスの一室のようなところで、柿崎の通訳で警官から事情を聞かれたのだった。依子は何度も日本で金の糸に触れたところからカナダに現れるまでの一連の出来事を繰り返した。そのたび警官達は深い溜め息をついた。


「あなたたちも異形の死体を見たでしょう? 宇宙船だって見たはずよ。なのになんで知らんぷりするの?」


 柿崎はその言葉を通訳する前に依子にたずねた。


「ねえ、ほんとうに宇宙人なんているの?」


 依子は柿崎を見つめ、静かにうなずいた。


 依子が元いた檻に戻った時、雷三の姿はなかった。柿崎は檻まではついてきてくれず、依子は心細い思いで膝を抱えて座り続けた。

 二時間ほどたって、ようやく雷三は帰ってきた。警官に腕をつかまれ、むくれた表情で檻の中に入ってきた。


「雷三! よかった」


「よくないよ。俺の言ってること笑うんだ。O'zbekの人が言葉を……交換したんだけど、俺の言ってることをちっとも伝えてくれないんだ」


「それって、警察の人に通訳してくれなかったってこと?」


「つうやく? 言葉を交換すること? そう。してくれなかった。笑うだけだ」


「でも、警察の人は異形を見たはずだわ。きっとわかってくれる」


「依子は? 依子の言葉はちゃんと聞いてくれた?」


 依子は肩を落としてため息をついた。


「私達、籠の外にはもう出られないのかしら」


 雷三はだまって依子の肩をなでた。


 それから毎日、同じようなことが繰り返された。警官は何日かごとに代わったが、聞かれるのはいつも同じことで、返事もいつも同じだった。依子は次第に疲れてきた。それは雷三も同じなようだった。

 ある日、いつも通り檻から出された依子は、しかしいつもの部屋には連れて行かれず、警察署の外へ連れ出された。外には黒塗りの車が待っていて、警官は依子の腕をつかみ車に乗った。


「どこへ行くの? 雷三は?」


 警官は依子の言葉に反応を見せず、ただ前を向いていた。車窓では街並みが様々な色合いで流れていくが、依子は地球の懐かしい景色も心に入ってこず自分の着ている服の袖をただ見つめていた。

 連れて来られたのは白くのっぺりした壁の三階建ての建物だった。中に入るといつも見る警官とは違う制服を着た人たちが警備員のようにドアの両側に立っていて、行く手を腰高のカウンターが遮っている。警官は受付らしきカウンターの方へ進み、中にいた人に敬礼して依子を引き渡した。受けた方も敬礼で警官を見送る。警官が建物から出ていくと、依子は建物の奥へ連れて行かれた。

 エレベータで三階へとあがると、そこは檻がいくつも連なっている刑務所のようなところだった。進んでいくあいだ、いくつかの檻の中には人がいて座ったまま依子を珍しげに観察した。どの人も囚人服は着ておらず、ここは刑務所ではないのだと依子は胸をなでおろした。それならばここは何なのかと思っても、依子には見当もつかなかった。

 依子がその檻の一つの中に入れられてすぐ、檻の向こうに日本人の男性がやってきた。


「私は日本国警察庁から国際警察事務総局へ出向している元宮と言います。あなたは立花依子さん、日本人でまちがいないですね?」


 依子は檻に近付きうなずいた。元宮は手にしていた書類を何枚か依子に見せつけるように差し出して早口で話しだした。


「あなたには黙秘権、また弁護士を呼ぶ権利があります。あなたの人権は守られ……」


「弁護士? 弁護士ってなんですか?」


 元宮は不可解な表情を見せる。


「弁護士とは、被告人に代わり事務手続きや弁護を行う人のことで……」


「被告人? 被告人ってなんですか?」


「ああ。わかってなかったのか。立花さん、あなたは逮捕されたんです」


「逮捕?」


「スパイ容疑で」


「スパイ!?」


 依子は茫然と、ただ元宮の顔を見つめた。元宮は逮捕された後の諸手続きや身柄拘束について滔々と説明を続けた。依子の耳にはその言葉は一つも入ってこない。元宮は話し終わると書類をまとめて檻の鉄柵越しに依子に手渡した。


「なにか質問はありますか?」


 依子ははっとして鉄柵を両手で握る。


「雷三! 雷三は!?」


「雷三?」


「私と一緒にいた男の子です!」


「彼なら男子房に収監されました」


「会えないんですか?」


 元宮はまた不可解な表情で依子の頭からつま先までじろりと見回した。


「彼にも同じスパイ容疑がかかっています」


 依子は目を見開いた。


「そんな……、そんな私達、ただ逃げてきただけです! それだけなんです!」


「取り調べは明日から始まります。私が通訳します。言いたいことはそこで言ってください。個人的に聞いても無駄ですから」


 そういうと元宮は廊下の向こうに歩いていってしまった。依子は鉄柵を握り前後に揺らしてみた。鉄は固い手ごたえを返すだけで、わずかに揺れる事もなかった。

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