#B:ひまわり銀河に喝采を

 コートリア惑星群に複数存在する教育機関のうち、宇宙機構大学附属高等学校は、高等学校としては最高水準を誇っている。

 附属という名が付く通り、そこに属する生徒は、余程の成績不振や素行不良などがない限りは、宇宙機構大学への進学を約束されている。

 云わば、エリートコースの第一歩であり、並みの大人よりも高い知識教養を備えた生徒が多く在籍していた。


 それでも授業よりも休み時間が盛り上がるのは、他の高校と大差はない。

 その日の昼休みも彼らは思い思いの時間を過ごしていた。

 学校一の秀才と名高いクルエ・リズは、新しく手に入れた学術書のデータを、電子書籍端末「オレゴン」に落として嬉々として読んでいたが、それは不意な一言で遮られた。


「星座ってなんだろう?」

「はぁ?」


 顔を上げると、クルエの前の席に勝手に腰を下ろした女子生徒が、まるで独り言みたいな調子で口を開く。


「星をいくつか連結させて、何かに例えるものらしいけど、そんなことをしてどうするんだろう?」

「何言ってんだよ、ミーズラン」


 ショウレ・ミーズランはクルエの机の上に両肘を預けるようにして身を乗り出した。


「星座って知ってる?」


 長く伸ばした赤い髪が揺れる。

 少し前まではポニーテールにしていたが、最近はハーフアップにしていることが多いのをクルエは知っていた。


 クルエよりもショウレの方が座席が前にあるし、赤毛は珍しいのですぐに目につく。ただそれだけだと、クルエは無意識に自分に言い聞かせていた。


「知識としては知ってるよ。また旧星時代の文化に興味を持ったのか?」


 少し前に「旧星の夏が知りたい」と言われて、散々振り回されたのはクルエの記憶に新しい。

 あの時は、夏をテーマにした飴が作りたいという、なんとも飴職人らしい発想で、その後に受け取った飴はとても綺麗で、少し甘い味がした。


「違う、違う。あたしの幼馴染知ってる?レイト・バルバラン」

「あぁ、一学年下の。バルバラン准教授の息子だろ」


 クルエは話したことはないが、存在は知っている。

 少し前までは中の上程度の成績だったのに、突然首席に躍り出たことで話題となっていた。


「そいつがどうしたんだよ」

「レーちゃん、ICHIにこの前見学に行ったんだって。そこで宇宙に関する資料を見せてもらったらしいんだけど」

「うん」

「星雲。星雲は知ってる?」

「宇宙塵や星間ガスなどから構成されるガスのことだろ」

「すっごい綺麗らしいよ。映像資料とか見たことある?」


 クルエは少し口ごもった。

 コートリアは全ての惑星を外側から包み込む「外殻」というものによって、宇宙と隔てられている。

 ICHIの実行部隊と呼ばれる、宇宙空間での活動を許可された人間以外は宇宙を見ることは出来ない、というのが惑星群の常識だった。


 だが、クルエは何度か宇宙を見たことがある。

 育ての親であり、この惑星群の全てを掌握しているといって過言ではない女科学者、アキホ・F・フェリノルダ。彼女のラボ、すなわちクルエの住居には、宇宙空間を見えるモニタがいくつも置かれている。


「……資料で、何度か」

「ふーん。秀才って趣味も似てるわけ?」

「そういうことはないと思うけど」

「レーちゃんは星雲が気に入ってね、色々見てたらしいんだけど、殆どの星雲に変な名前がついているのが気になったんだって」

「……あぁ、なるほど」


 クルエはオレゴンを机に置いた。

 星雲はその位置や形状により、様々な名前が付けられている。


 さそり座星雲、おうし座星雲、バラ星雲、カニ星雲、暗黒星雲。

 そのいくつかは、星座の名前が冠されていた。


「それで星座に行きついたの?」

「そうそう。しかも旧星の資料を調べたら、昔は人が生まれた月によって星座が決まっていて、特にある国ではその星座を利用した占いが盛んだったらしい」

「星占いってやつだろ? 女子供が好きそうな話だよ」


 星が見えない場所では、どう足掻いても発展しそうにない文化だった。クルエは知識としては知っていたが、今聞かれるまで、記憶の片隅に封じられていた。


「それに、旧星とコートリアじゃ座標が違うから、もうその通りには見えないよ」

「だよね。でもレーちゃんは星を見たいんだってさ。意味わかんない」

「ミーズランは見たくないの?」

「別に興味ないかなぁ」


 あっさりとした返事に、クルエは少し意外な気持ちで見返した。


「ミーズランはそういうの好きだと思ってたよ」

「宇宙なんか興味ない。自分が体験できないものはどうだっていい」


 ショウレにとって宇宙とは、遠くにあって手には届かないものだった。

 旧星の夏は、舞台さえそろえば自分で体感出来る可能性があったので興味を持ったが、今も昔も選ばれた者しか到達できない宇宙には、憧れすら抱かない。


「でも、星占いは興味あるんだよね。ロマンチックだし」

「正直、お前の興味が何処にあるのかわからないんだけど」

「わかってどうするの?」

「……まぁ、そうなんだけどさ」


 何に興味があるかわかれば話しやすいのだが、ショウレという少女は掴みどころがない。


「あんたなら、星座のこととか知ってそうだと思ったんだけど」

「生憎、宇宙工学には興味があるけど、昔の星座まで覚えてないよ」

「なーんだ」


 残念、とショウレは呟いたと思うと、すぐに立ち上がった。


「邪魔してごめんね。じゃあねー」

「あ、ちょっと……」


 引き留めようとした時には、ショウレは既に教室を出て行ってしまっていた。

 用済みと言われたかのようで、少々傷ついたクルエは、それを慰めるかのように、オレゴンを再び手に取る。

 だがそれ以降、一ページも読み進められないまま、昼休みは終わってしまった。









「リズ君ってさ、わかりやすいよね」

「何が」

「何かあったんでしょ」


 放課後の体育館では様々なサークルがその活動をしていたが、演劇サークルは来月の大会に向けて毎日遅くまで稽古をしていた。

 休憩中に、ステージの端に腰を下ろして考え事をしていたクルエに話しかけたのは、同級生のメルティラ・アンジュだった。名前が言いにくいこともあって、周りには「メル」という愛称で呼ばれている。


「全然お芝居に身が入ってないもの」


 くすんだブロンドの髪を肩で切りそろえ、サイドをピンでまとめているのが特徴的だった。

 淡い緑色の瞳は、その上の扇状に広がった長い睫毛のために、少々物憂げに見える。


「カラス役が先導してくれないと、ハトが演じにくいんだからさ」

「悪かったよ。ちょっと考え事してたらテンポずれちゃって」


 クルエはなんとなく、手元に置いていた台本を手に取った。

 電子書籍が当然のように使われているこの世界で、頑なにアナログな紙製も存在する。そのうちの一つが台本だった。

 一時期は台本データを個人のオレゴンに配布して使ったり、壁にプロジェクタを使用して映し出したりと、様々な試みがなされたが、どこの演劇サークル、劇団でも大不評だった。

 特に、人気俳優シーラス・ミスティが「台本は紙に限る。何故なら我々はデータをなぞって演技をするわけではないからだ」と言ってからは、殊更その風潮が根強くなっている。


「どこだっけ、ズレたの」

「最初だよ」


 『惑星の死と死』という題名が書かれた台本は、何回も読み込まれては、文字を書き込まれていったために、所々破けて波打っていた。

 赤いタグを指で摘まんで、そのページを開いたクルエは、該当の台詞を見つけ出す。


カラス    それは良いことだ。して結果は

ハト     窓の外を見ればわかるだろう。

       雨乞いをしてせめて雨だけにしようとしたのに、雷が止まず。

カラス・ハト なんと嘆かわしい!



「遅かった?」

「遅かった。私はリズ君の台詞に合わせて自分の台詞のペース決めてるのに、二人で声を揃えなきゃ意味なーい」

「ゴメン」

「ショウレちゃんに何か言われたの?」


 クルエは返事すらせずに、ただ喉元にホットパイでも押し込められたような顔をした。



「あ、図星だ」


 中学校がショウレと同じだったメルティラは、愉快そうに笑った。


「ショウレちゃんって、男女の区別があまりついてないというか、そういうの疎いんだよね。中学校の時も同じような男子がいたけど、ぜーんぜん気付かないまま卒業しちゃった」

「なんかそれは想像つくけど」

「で、何があったの?」


 どこか興奮気味の相手に、クルエは嘆息する。


「メルが期待するような内容じゃないよ」

「えー、言ってみてよ」

「星座を知らないって言ったら、期待外れみたいな反応された」

「え、なにそれ。セイザ?」


 メルティラが目を丸くする横で、クルエは「屈辱だ」と呟く。


「俺が無知みたいに扱われるのはこれで二度目なんだよ」

「は、はぁ。そう」

「確かに知らないけどさ、もう少し粘ってくれてもいいだろ。前は夏について、あれだけしつこく「手伝え」って言って来たくせに」


 愚痴を台本に刷り込むかのように、俯いて呻く姿は、青春の色濃い体育館に不釣り合いのようでもあり、ある意味釣り合っているとも言える。

 いつの世も悩める少年少女は、青春に不可欠な存在だった。


「何言ってるのかよくわからないけど……」


 困ったようにメルティラは首を傾げる。

 クルエの宣言通り、その内容は確かに期待したものとはかけ離れている。メルティラが想像したのは、例えば他の男と遊びに行く約束をしただとか、思わせぶりな言葉を投げられて真意を測りかねているとか、そういうものだった。

 だが、期待外れだからといって無視をするほど、冷たい少女ではなかった。


「調べてから、ショウレちゃんに声かけるんじゃダメなの?」

「頼まれてない」

「いや、頼まれたとか頼まれてないとかじゃなくて」

「頼まれてもいないのに勝手に調べて声かけたら、変な奴じゃないか?」

「時と場合に因るかなぁ?」


 学年一の秀才少年は、普段はクールであるものの、演劇サークルで活動している時は存外子供っぽい。

 それは演技をする反動で地が見えているのかもしれないし、体力的にも精神的にも疲れる練習の後で、隠れている地が覗いているのかもしれない。

 何が正かはとにかくとして、演劇サークルの面々はクルエが頭でっかちで、融通が利かないことを知っている。


「だって別に嫌われてないでしょ?」

「嫌われてはいないはずだけど」


 現に今も、恋愛相談になってしまっていることにさっぱり気付かないクルエは、煮え切らない言葉を紡ぐ。


「そのー、なんだっけ。セイザ?」

「うん」

「それ調べてあげたら喜ぶんじゃないの?」

「……あいつって、なんかこっちが意図してないところで喜びそうじゃない?」

「ま、まぁそれは確かに」


 見た目は量産型女子高生だが、中身は非常に変わっている。

 例えるなら、皆が猫を見て可愛いとはしゃいでいる横で、猫の足跡を見て興奮していたりするタイプである。


「でも何もしなきゃ無反応だよー?」

「それは、そうなんだけど」

「夏にバイオトープで遊んだんでしょ? もう二ヶ月経つじゃん。その間、話したりした?」

「してない。今日、久しぶりに話しかけられた」


 メルティラは両手で頭を抱えて俯いた。ついでに溜息も吐く。体力があれば五体投地して天井に向かって発声練習をしながら、クルエがいかに間違っているか演説しそうな勢いだった。


「何で?」

「……話しかけにくい」

「いつも嫌っていうほど、クラスの女の子と話してるって聞いてるけど」

「あれは、あっちから話しかけてくるから大丈夫なんだよ。あいつ、話しかけてこないし。気付いたら一人で鼻歌歌いながら、ノートにお絵かきしてたりするから、余計話しかけられない」

「鼻歌歌ってるなら、機嫌いいんだろうから話しかけたらー?」

「俺が話しかけた途端に不機嫌になったらどうしようかと思って」


 クルエはこれでも正統に立派に悩んでいるつもりだったが、周囲から見れば、面倒くさいの一言に尽きる。

 メルティラは額に手を当てて数秒唸っていたが、やがて諦めたように手を離した。


「リズ君さ、このままショウレちゃんに話しかけないとするじゃない」

「うん」

「三年に上がって、クラスが分かれたとするじゃない」

「うん」

「多分、ショウレちゃんはリズ君のこと忘れちゃうんじゃないの?」


 雷に打たれたようにクルエは顔を上げた。


「え」

「残酷なようだけどー、一年生のクラスの人間って全員覚えてる? まぁリズ君は頭いいから名前ぐらいは憶えているかもしれないけど、人となりは忘れちゃうでしょ。印象に残ってない人間って結構すぐに忘れるんだよね」

「俺、ミーズランの印象に残ってないの?」

「今のところ、その恐れはある」


 クルエは必死に、幾何学と公式には強いが、人間関係には弱い頭を回転する。

 ショウレにとってクルエが「頭の良い同級生」止まりであることは知っている。別にそれでも構わない、寧ろそれ以上の関係がわからないので放置していたのは、クルエの怠慢とも言えた。

 ただの同級生を大事に記憶しておくほど、ショウレという少女は暇ではない。その両手で作り上げなくてはならない飴細工のほうに意識も記憶も全て傾けてしまう恐れもある。


「……それは嫌かもしれない」

「だったらさー、ショウレちゃんが話しかけてくる前に自分で話しかけないと」


 クルエが何か返そうとした時に、サークルの代表である男子生徒が、ステージの奥から声を張り上げた。


「全員集合! 脚本に演出を追加する!」

 

 二人は慌ててそちらに走り出した。









 旧星には八八個の星座が存在したという。

 宇宙には無数の星があるのに、どうして八八個しかないのかと言えば、単純に星の明るさの差異であるらしい。

 そのうち、見かけ上の太陽の通り道に属する十三の星座から、「Ophiuchus」を除いたものを黄道十二星座という。


「あれ、へびつかい座可哀想」


 思わず口に出してしまったクルエは、慌てて口を手で塞ぐ。

 宇宙機構大学の敷地内にある図書館は、クルエ達のような附属校の生徒も使用することが出来る。だが休日は大学生すら殆ど利用しておらず、そのために余計に声が響いた。


 館内には閲覧用の端末が何台も並べられ、利用者はそこで目的の書籍データを検索し、読むことが出来る。

 必要であれば、そのデータをオレゴンに転送したり、印刷することも可能だった。


 宇宙が見えないコートリア惑星群において、星座に関する資料は非常に少ない。

 旧星から持ち出された数少ない書籍や、当時の移民の記憶により構築されているが、その真偽を確認する術は彼らには失われている。


 星座とはあくまで旧星から見た場合の星の形を元にしており、仮に此処から星が見えたとしても、星座を見つけることは出来ない。

 もはや見えないもので星占いなんて、可能なのだろうか。

 クルエは悩みながら、古い書物データを見ていたが、「プラネタリウム」という施設に関する記載に目を止めた。


「……投影機を天井に向けて星空を映し出す?」


 旧星からは星空が見えたはずだが、何故そんなことをする必要があるのか。

 不思議に思って読み進めていたクルエは、次第に目を輝かせていく。そして、大急ぎでいくつかのデータをオレゴンに転送すると、可能な限り素早く、そして静かに図書館を後にした。







「はい、星座」


 オレゴンを急に突き付けられたショウレは、きょとんとしてクルエを見返した。


「何、急に」

「気になったから調べたんだよ。知りたいんじゃないかったの?」

「知りたいとは言ったけど、急に来るからビックリした」


 図書館を出たクルエは、エアレールを使って第八惑星「ミヤビ」まで来た。

 中央ターミナルを降りた先にある商店街に向かい、そこにある「ミーズラン商店」に飛び込んだ。

 運よく店内にはショウレがいたので、前述のやり取りが成功したが、これがショウレの親などであれば、しどろもどろになって撤退したかもわからない。


 狭い店内には飴細工が並べられ、そして入口から一番遠い角には、飴細工を作るためのスペースが設置されている。

 砂糖で出来た飴の甘い匂いが充満しているが、香水などとは違って優しいものだった。


「わざわざ持ってきてくれたの?」


 ショウレがオレゴンを受け取りながら尋ねる。

 そこでクルエは自分の行動を思い出して、照れ隠しに憮然として見せた。


「忘れないうちにと思って」

「ふーん。まぁ座りなよ」


 ショウレは飴が飾られている台の下からスツールを引っ張り出した。

 少しくびれた透明な円柱の中には、金魚の模型が入っている。

 腰を下ろしたクルエは、改めて店内を見回した。


「珈琲と紅茶、どっちが好き?」


 作業場の裏側へ向かいながらショウレが尋ねる。

 そこが給湯室になっているらしい。飴を作るのに水などを必要とするから、すぐ傍に置いてあるのだろうと、クルエは推測した。


「……甘ければどっちでもいい」

「甘いの好きなの? じゃあココア入れようか」

「うん」


 並んだ飴細工はどれも美しい。

 惑星を模したもの、猫、犬、最近流行りのイルカ。

 繊細で儚く、それでいて力強く塗られた色が、それらに躍動感を与えている。


「これ、誰が作ってるの?」

「パパとアタシ。でもアタシのは少ないよ」


 硝子のような、しかしそれよりも柔らかな光を帯びた飴細工。

 クルエは見回した先にあった、白猫の飴に目を止めた。


「この猫は?」

「猫なんてどっちも沢山作ってるよ。白くて目が青いのはアタシが作ってるけどね」


 その猫の目が青いのを確認して、クルエは安堵をした。

 二ヶ月前に貰った飴細工と作り方が似ているような気がしたのだが、その勘は間違ってはいなかったようだった。


「はい、お待たせ」


 ココアを持って来たショウレに礼を言って、それに口をつける。


「もっと甘いほうがいいなら、お砂糖あるけど」

「いや、これでいいよ。ありがとう」


 本当はもっと甘い方が好きなのだが、なんとなく気恥ずかしくて言えないあたりは、思春期の少年だった。

 しかも目の前で別のスツールに座ったショウレが、オレゴンを操作し始めたので、正直そちらのほうが気になって、味どころではない。


「へぇ、太陽の位置で星座決めてたんだ」

「旧星は太陽の周りを公転していたから、その時に太陽の位置が変わっているように見えたんだよ。それが黄道って言うんだ」

「それを生まれ月に当てはめて、十二星座にした。なるほどね」

「ミーズランは、どれ?」

「えーっとね」


 ショウレは星座表のデータを見て、少し考え込んでいたが、やがて顔を明るくした。


「乙女座だ。いい響きだね、乙女なんて。クルエは?」

「俺は……射手座かな」

「ふーん。で、星占いってどうやるの?」


 無邪気に尋ねるショウレに、クルエは端的に返した。


「それが、わからないんだ」

「わからない?」

「旧星からコートリア惑星群に来るときに、占い関係の資料は置いてきたんだろうね。移住に必要なものじゃないから。だから存在だけはわかっているけど、具体的にどのように占ったかはわからないんだ」

「なーんだ。つまんないの」


 ショウレは残念そうに溜息をつく。

 だがクルエはそれに対し、得意気な笑みを見せた。


「だから作っちゃえばいいんだよ」

「どういう意味?」

「旧星の占いが既にないのなら、新しく作ればいい。だって誰もそれを間違ってるなんて言えないだろ?」

「あ、確かに」

「それでさ、星占いってどうやるのかわからなかったから、とりあえず資料を参考にして、旧星の星空を再現してみた」


 ショウレからオレゴンを返してもらったクルエは、そこから家にある端末へとアクセスする。

 此処に来る間に作った、ある簡単なシステムを呼び出し、それを起動した。


「再現してみたって……。あんた本当に頭いいよね」

「旧星にもあった技術の応用だよ。実は、旧星の人たちは自分の星座の名前は知っていても、それを空から見つけ出せる人は少なかったらしいんだ」

「そうなの?」

「空には無数の星があって、星座じゃない星も沢山あるんだ。だから知識がないと、その中から乙女座を探そうとしても難しかったらしい」


 起動したシステムが、天井に淡い光を放つ。

 飴屋の天井が瞬く間に黒く染まり、そして星空を映し出した。

 ミヤビ式の建物の中に並べられた飴。そのすぐ上に輝く星。ショウレはそれを見て、すぐに歓声を上げた。


「綺麗、綺麗!」

「だろ?」

「いつ作ったの?」

「図書館からこっちにくる間に。だからまだ最低限しか出来てないけど……」


 操作をすると、星空の一部に線画が浮かび上がる。

 妙に波打った布を身に纏った、ふくよかな女性の姿だった。


「これが乙女座だよ」

「うーん……やっぱりどう見ても乙女の形には見えないね」

「そう。それは旧星の人も一緒だったらしい。だからこういった、星空を白いドームに映し出す技術を使って、「プラネタリウム」という施設を作り、そこで星座を学べるようにしていたんだって」


 だから、とクルエは言葉を繋げる。


「星占いを考えてさ、こういうシステムを配布したら、皆が星占い出来るんじゃないかな」

「それをするの? アタシ達が?」


 目を丸くして問い返すショウレに、クルエは一瞬だけ悩んだものの首を縦に振った。


「お、面白そうだし」

「うーーん……」


 ショウレは腕を組んで悩み始める。

 それを見てクルエは失敗したかもしれないと思ったが、すぐにその懸念は払拭された。


「それだけじゃ弱い」

「え?」

「星空が見えない惑星群で、昔の星座を使ってもピンとこないし、集客率が低い」

「しゅ、集客率?」

「星座には神秘的なものがあるけど、それに惹かれる人って少数派だと思う。となると、星座よりもわかりやすくて、かつ視覚に訴えるものがいいよね。初期投資からのリターン率も考えないと」

「なんで客を集めようとしてるんだよ」


 辛うじて指摘すると、ショウレは不思議そうな視線を返してきた。


「え? だって旧星でそれだけ定着していたってことは、ビジネスにも発展していたはずだよ」

「確かにそういう職業もあったらしいけど」

「折角やるならそこまで目指そう。過度に派手ではなく、それでいて飽きず、人目を惹くものがいいと思うんだけど」


 商売人魂に火がついてしまったらしいショウレを、クルエは唖然と見つめる。

 星占いにロマンが云々言っていたのは、本当にこの少女だったのか、自信が持てなくなっていた。


「……あ、そうだ!」

「何?」

「星雲がいいと思う。星雲占い」


 クルエは今度こそ口を半開きにして言葉を失った。


「レーちゃんが綺麗だって言ってたし。あの美意識の欠片もない奴が言うんだから、相当綺麗なはず」

「うん、まぁ綺麗だけどさ……」

「それを飴にしてね、占いデータをくっつけて売り出したら良いと思うんだけど、どう思う?」

「どう思うって聞かれても」


 丁度その時、誰かが店に入ってきた。


「こんにち……。うわっ、何これ!」


 クルエが振り返ると、少し背が低くて、茶色い髪に緑色の瞳を持つ少年が立っていた。天井に映し出された星空を見て唖然としている。

 ショウレがその姿を見て、「あっ」と声を出した。


「レーちゃん、丁度いいところに来た。この前ICHIで色々見て来たんでしょ? 星雲の資料持ってない?」

「何、いきなり……。これ、母さんが持って行けって」


 ケーキらしい包みを受け取ったショウレは、礼を述べると飴の陳列台にそれを置く。

 クルエは、初めて間近で見るレイトを思わず凝視していた。その視線に気付いた後輩の少年は、きょとんとした表情をした後に挨拶をする。


「ねぇ、レーちゃん!」

「え? あぁ、星雲なら、ちょっとはデータ持ってるけど」

「見せて」


 ショウレはもうクルエのことなどお構いなしだった。

 勢いに押されたレイトが、自分のオレゴンを取り出して、星雲のデータを見せる。


「これ、何て言うの?」

「M63、ひまわり銀河。属するのは猟犬座」

「可愛いー!」


 ひまわり銀河はクルエも知っている。渦状の明るい銀河で、その昔、旧星にあった「ひまわり」という花に似ているので名付けられたらしい。

 コートリア惑星群にも同じ名前の花はあるが、旧星時代のそれとは形状が異なると、植物学の本には記されている。

 因みにクルエにもレイトにも、それの何が可愛いのかは全く理解が出来ない。


「他は?」

「えっと……。これが「猫の足星雲」で、こっちは「小さな幽霊星雲」。……もう貸すから勝手に見なよ」


 オレゴンを受け取ったショウレは、嬉々としながらそれを手に、飴を作るスペースに移動する。今しがた言っていた通り、星雲をモチーフに飴を作るつもりのようだった。


「暫く帰ってこないな」とレイトが呟いたので、クルエは初めて相手に話しかけた。


「ミーズランって、あぁいうの借りっぱなしなの?」

「いえ、自分の世界から帰ってこないって意味です。……二年生のクルエ・リズ先輩ですよね?」

「あぁ、そうだけど」


 クルエがそう言うと、レイトは瞳を輝かせた。


「俺、一年のレイト・バルバランって言います。以前からお会いしたかったんです。この前の『アーネルス王の憂鬱と奇譚』で貴方が演じた道化のビッネルスは最高でした」

「そ、それはどうも……」


 急に舞台の演目を言われてクルエは困惑する。


「あと、セントラルで開かれた数学大会でも一位でしたよね。俺も出てたんですけど、予選の最後を間違ってしまって」

「あれは引っ掛け問題だからね。勉強するなら、過去問題を総ざらいするのがいいよ」

「なるほど」


 年下から慕われて悪い気はしないが、クルエとしては別の機会にしたいところだった。

 かといってショウレは何やら飴の素材を練り始めていて、二人には見向きもしない。見ていたとしても「また秀才同士が意味不明な話してる」と思うだけなのは想像に難くない。


「リズ先輩は、今日は何をしに此処に?」

「……えーっと」


 クルエが一部始終を説明すると、レイトは目を何度か瞬かせた。


「え? そんなことのために?」


 レイトは天井の星空とオレゴンを見比べ、何秒か考え込む。

 それから、何か納得がいったように頷いた。


「あの、余計なお世話かもしれませんけど……。ショウレは予想外の方向にぶっ飛びますよ」

「知ってるよ」

「もう直接言った方がいいと思うんです」

「今は無理だろ。俺の声が届くと思う?」


 ショウレは白い飴で渦巻き状の飴を作っていく。

 所々に絵筆で鮮やかな色を混ぜながら作り出されていく飴は、映像で見た、ひまわり星雲そのものだった。


「無理ですね」

「……折角、調べたのに」


 星占いの話を持ち掛けるまではよかった。

 クルエの誤算は、ショウレの商売根性だった。クラスにいる大半の女子よろしく、「わぁ、私の星座って乙女座なんだ。綺麗だね」で終わってくれればよかったのに、そう上手く事は運ばない。


 事前に作っていた「星占い」のシステムのことを考えて、クルエは溜息をついた。

 本当は、ショウレの星座も自分の星座も調べていた。あくまで偶然を装って、簡単な相性診断で「乙女座と射手座は相性抜群です」と、この天井に映し出す準備も出来ていた。


「ねぇ、クルエはどの星雲が好き?」


 急にショウレが話しかけて来た。

 作業台手前の台には、出来たばかりの星雲の飴が刺さっている。


「ミーズランはそれにするの?」

「え? いや、まだ沢山星雲あるみたいだし、未定。でもクルエの好きなの作ってあげるよ。レーちゃんもどう?」


 ショウレに声を掛けられたレイトは肩を竦めた。


「用事あるから、今日はパス。その「星雲占い」とやらが出来たら、また呼んで。あ、オレゴンは明日でいいから返して」


 レイトはそう言って店を出て行こうとしたが、クルエを振り返ると、小さくガッツポーズをして見せた。

 応援のつもりらしいが、クルエは少々憂鬱にそれを見送る。


 なぜ初めて会う後輩の男には看破されるのに、肝心のショウレには伝わらないのだろうか。

 自分にはそういう才能が欠如しているのだろうか。それともまだ高等学校の必修科目にないのかもしれない。

 そんなことを考えながらショウレを見ると、満面の笑みを自分に向けていた。


「…………」


 自分の思惑が外れたことなど、どうでも良くなるような笑みに、クルエは言葉を詰まらせた。

 旧星の夏を再現したあの日、スイカを頬張っていた時の笑みと同じだった。


「星雲って沢山あるんだよ」

「そうみたいだね。だからアタシもまだ決められない」

「俺も。……えっと、だから」


 自分のオレゴンの表面を指で軽く叩きながら、クルエは形容しがたい感情を言葉に乗せる。

 使われなかった姑息な手段は封じ込まれ、もはやその口にしか願いは込められない。


 旧星の星占いは、個人の日々の運勢を占うことで、彼らの行動を後押しする位置にあったと言う。相性占いも、相手との運勢の是非によって、恋の進展を助ける立ち位置にあったらしい。

 本来の使い方とは違うが、星占いを理由に仲を進展させるのは、きっと間違いではない。


「ひ、暇な時でいいからさ。一緒に、星雲決めて……占いを作ろうよ」

「いいよ」


 相変わらずショウレの返事はあっさりしている。

 此処で満足して引き下がってしまっては駄目だと、クルエは知っていた。ショウレにとってクルエがただの同級生から格上げになるには、星占いよりも勇気よりも、決意のほうが大事だった。


「星雲でどう占うのかはわからないけど、ミーズランの飴でまず星雲の認知度を上げてさ、その間に俺が新しいプラネタリウム作るから。だから……」

「あっ」


 ショウレが何か思い出したように声を出す。


「そういえば、なんであんたってミーズランって呼ぶの?」

「え」

「仲良い男子で、ミーズランって呼ぶのあんたぐらいだしさぁ、気になってたんだよね」


 小さなひまわり銀河を手に持って、ショウレはクルエに近づいた。


「苗字じゃ他人行儀だしさ。名前で呼んでよ」


 満天の星空。きらめく星と美しい飴細工。

 銀河を手にして微笑む少女。

 それはいっそのこと馬鹿馬鹿しいほど抽象的で、なのに目の前に確かに実在する。目に見えない星空をプラネタリウムシステムで、天井に映し出すかのように。


「……ショ」

「ん?」


 微笑んでいるのはショウレか、それとも彼女が生み出したひまわり銀河か。

 クルエは限界を悟る。

 今、この空間を受け入れるには、彼の純情はあまりに無力だった。


「ショウ、レ」


 肺の空気を絞り出すように名前を呼ぶ。まるで体内の全ての空気が失われたように視界がブラックアウトする。


「あれ? クルエ!?」


 スツールごと後ろにひっくり返ったのすら気付けないほど、クルエは混乱していた。

 暗転する視界には満天の星空と、銀河の一欠けらが見えて、クルエは宇宙に吸い込まれるような錯覚と共に転倒する。


「ちょ、ちょっと? また寝ないで勉強でもしてたの? ……パ、パパー! たいへーん!」


 遠くで聞こえるショウレの声が、妙に心地よくてクルエは泣いた。勉強以外には全く無力な自分が情けなかった。


 二ヶ月後に、星雲の飴を売り出したミーズラン商店は大繁盛を記録したが、星雲占いが流行ったかどうかに関しては、また別の話となる。


END

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